十三話 入学準備.
次の日。予定通り学園へと出向くと学園の門番へと用件を伝える。二人いた門番の内一人がアレクを受付へと案内してくれた。呼び鈴を鳴らし暫くすると、奥から職員であろう女性がやってきた。
「ようこそ、ゼファール王立学園へ。私は教員のメリッサといいます」
「初めまして、アレクと言います。今日は学園の試験を申込みに来ました」
メリッサと名乗った教員はアレクが名乗ると微笑みながら試験要項を説明してくれた。
「受験資格は読み書きが出来る事。受験費用として銀貨一枚が必要となります。この費用に関しては不合格でも返金致しませんのでご了承ください。合格した場合は初年度の学費として銀貨一枚をお支払いして頂きます」
試験を受けるだけで銀貨一枚は高すぎるとは思うが、これは興味本位での受験を防ぐ為と、不合格者の分を運営費に回すためなのだろう。
「申し込みの締め切りは今月末までとなっており、試験は来月の末日となっています。では、こちらの申込用紙に必要事項を記入願います。何か不明な点がありましたらお尋ねください」
そう言って出された紙にアレクは必要な項目を順番に埋めていく。名前と出身地と現住の住まいなどの項目を書いていく。
「はい、確認しました。申込み費用をこちらのトレイにお願いします」
アレクが銀貨を支払うと、代わりに一枚の紙を差し出され受け取る。目を通すと受験票と書かれており、受験番号と受験日が記入されていた。
「そちらは受験当日に必要となります。朝に門の横に受付が設営されますので受験票を見せてください。朝の九時には試験が始まりますので一時間前には受付を済ませるようにしてください」
時間を指定されたがアレクは時計を持っている訳は無く、宿にある大型の時計を見て出発するしか方法が無い。
(安いやつでも時計買わないといけないかな。村だと時計なくても困らなかったんだけど)
時計の魔道具は安いものなら銅貨三十枚で取引されており、貴族や商人は懐中時計を持ち歩いている。
時計を持たない平民は王都で日に数回鳴る神殿の鐘を目安に生活しているのだ。
因みにロハの村では村長だけが時計を持っていたが、盗賊に持ち去られてしまった。
受験票を受け取りアレクは再び門番に連れられて学園の外へと出た。門番へとお礼を言いアレクは学園を離れその足で雑貨商のバンドンの店へと向かった。
散々悩んだ挙句、一番安い懐中時計を銅貨七枚で購入した。秒針などは無く、時針と分針だけの物だが十分実用品である。分針といっても十五分刻みで針が進み、四回刻むと時針が動くタイプだが。
これで残金は銅貨七十枚を切ってしまった。
シルフの気まぐれ亭に帰ったアレクはティルゾやミミルに申し込みが無事に済んだ報告をすると、昼食用の仕込みをする為厨房へと入る。時計を買った所為もあって少しでもお金を稼ぎ直さないといけないので必死である。
夜、片付けも終わって部屋へ戻ったアレクは手に持った懐中時計を見ながら順調に魔力を消費していた。
「魔力枯渇で死んだあと、何時間くらいで復活するのかこれで計れるな」
最近では生活魔法のみでは魔力を消費できず、ボーンウルフに魔力を注ぎ込みながら同時に魔法を発動させている。
一度、太陽をイメージし魔力をかなり注ぎ込んだ《ライト》を唱えて失明しかけてからは注ぎ込む魔力量は慎重に計っている。
ふと、アレクは違和感を覚えて膝の上のボーンウルフへと視線を落とす。ボーンウルフは先ほどまで黙ってアレクの魔力を受け取っていたが、プルプルと少し震え始めていた。
「あれ? どうした?」
ボーンウルフに聞いたところで答えれる訳ではないのだが、どことなく苦しそうに見える。原因も状況も分からずボーンウルフを困惑してみていると、不意に震えが止まり口から何かを吐き出した。
「はぁ?」
吐き出した物体にアレクは見覚えがあった。三週間前にバンドンへ売った魔石と酷似していたのだ。ただし、以前売り払った魔石はどこか濁った色をしていたのだが、この魔石は透明度が高かった。
アレクは魔石らしき欠片を手に取ると光に透かして見る。
「よく覚えてないけど魔石だよなぁ、これ。濃い青ってそこそこの値段しないっけか。というか、なんで魔石を吐き出したんだ?」
万が一本物の魔石だとすれば銅貨十枚くらいの値段だった筈だ。原因を考えても全く分からず、誰かに聞こうにも《眷属召喚》自体が固有の能力なので誰に聞いたら良いか分からない。
一頻り考え抜いた結果、魔力を注ぎ続けた結果魔石が発生したのだろうかという推測に落ち着く。だとすれば、魔力枯渇によって魔力量が上がるだけに留まらず、お金を得る事が出来ると言う思わぬ付加価値が生まれた事になる。
魔石を吐き出した後のボーンウルフは落ち着いた様子を取り戻したようで、毛繕い(骨繕い?)をし始めた。その様子を見て考えているのが馬鹿らしくなったアレクは魔石を袋にしまい、魔力枯渇になるまで再び魔力を注ぎ込んだ。
入試まであと一月となった。月の初めにティルゾから先月分のお給料だと袋を手渡された。
袋を開けてみると、銅貨が七枚入っていた。
「いやぁ。アレクが働き初めてから仕事が楽になって助かってるよ。学園に入るまでの間だけなのが惜しいくらいだ」
隣にいるミミルも笑顔で頷いてくれている。
この三週間余りで、シルフの気紛れ亭の仕事はかなり変化していた。アレクが水を大量に生み出すことで井戸に汲みに行く必要が無くなった。これにより仕事がスムーズに行えるようになった。
「ティルゾさん、ミミルさん。ありがとうございます! 大事に使わせて頂きます」
「ううん! こっちこそアレク君が手伝ってくれたお蔭で食堂は今までで一番繁盛したのよ? アレク君が考えた新しい料理なんてすごい人気だし!」
礼を言うとミミルが嬉しそうにアレクを褒める。実際、アレクは記憶にあった日本での料理を何種類か再現してティルゾに教えていた。とは言えハンバーグやゼリーのような簡単な物であった。とはいえ、肉は切り分けて焼くか煮込むだけの発想しか無かったこの世界の住人にとっては新境地の食べ物だった。
当初、アイスクリームを作ろうとしたのだが手間と冷却が大変だった為諦めた。代わりにゼラチンに似た食材を探し出してゼリーを作ると、女性や子供に大人気となった。
結果としてアレクの泊まり始めに比べると客足が倍以上に増えており、ミミルもティルゾも嬉しい悲鳴を毎日のようにあげていた。
「そう言って貰えると頑張った甲斐がありますね」
アレクにとっても新しい料理を食べて喜ぶ人の姿を見るのが嬉しかった。しかし、調味料や乳製品が余り手に入らないこの世界では記憶にある料理を再現するのは本当に大変だった。幾度頭の中で考えたメニューを諦めたか分からない。
「今月末は試験があるから大変だとは思うけど。可能な限り手伝ってくれると助かるよ」
そう言ってティルゾはアレクを気遣った。当然給料を貰う以上はきちんと働くつもりだ。
「僕のほうこそ助かってます。残り一ヶ月宜しくお願いします」
アレクはティルゾとミミルに向け頭を下げる。試験に合格できたとすれば更に銀貨一枚を学園に納めなければならないのだ。ボーンウルフが魔石を継続して吐き出すか分からない以上、しっかり働いてお金を稼がなければ払えないのだ。
ちなみに、ボーンウルフが吐き出した魔石をバンドンのところへ持って行ったところ。銅貨二十枚で買い取って貰えた。これだけ透明度の高い魔石はなかなか見ないと興奮気味だったが、ティルゾの紹介ということもあってか無用な詮索はされずにすんだ。
試験の勉強と魔法の練習に加え、今月からは多少身体を鍛えようとアレクは考えていた。
元が開拓村で農作業や狩猟の手伝いをしていたので体力が低い訳では無い。だが、この一ヶ月はろくに身体を動かしていなかった為、何処か運動できそうなところが無いかティルゾに聞くことにした。
「うーん。冒険者ギルドか騎士団なら運動場くらいあると思うけれど。それ以外となると聞いた事が無いなぁ。街中を走るのはあまり良い顔をされないし。かといって王都の外だと人攫いや獣が出るかもしれない」
王都の中は思ったより運動が出来る場所が無いようだ。結局、数カ所ある公園の周囲を、背嚢におもりを入れて背負って走り込むことにした。