十一話 入学へ向けてとお財布事情.
目的の本屋へとたどり着くと、店内へと入る。
学園の近くに位置する為か、蔵書の量はかなりのものだ。アレクは目的の本を探すため、店の主に声を掛けた。
「すいません。生活魔法を覚える為の入門書みたいなものと、学園の入試に必要な本を探しているんですが」
「ん? おー、坊主も学園を受けるのか。だが試験は来月末だろうし今からじゃ間に合わんぞ?」
店の主はそう言いながらも店の一角へ案内してくれた。
「ありがとうございます」
アレクは礼を言うと並んでいる書物を順に見ていく。
(えっと、文字の読み書き、算術、歴史、貴族名鑑っと。歴史と貴族に関しては丸暗記だな。あの女性に感謝だ!)
アレクはまず読み書きと算術の本をパラパラとめくってみる。知識にある以上の内容が書かれていれば購入するつもりだが、既に知っている内容が書かれているならば買う必要な無い。
(読み書き、算術は大丈夫だな。やっぱり歴史書と貴族名鑑だけは必須だな。あとは生活魔法に関するものと、初級の魔法くらいは覚えたいな)
歴史書は宿でじっくりと読めばいいのでこの場では目を通さず、生活魔法と魔法入門について書かれている本を探してみる。すると、『魔法の基礎と生活魔法の覚え方』と書かれていた本があったので購入することにした。
「おじさん、この三冊買いたいんだけど幾らです?」
「ん、『ゼファール建国記』は銅貨二枚、『最新版貴族名鑑』は銅貨三枚。『魔法の基礎』は五枚だよ」
「高っ!」
店主が告げた値段にアレクはつい声に出してしまった。本が高いのは理解していたが、たった三冊で銅貨十枚もするとは思わなかった。
だが、この世界には活版印刷のような印刷技術が発達しておらず、すべて手書きによる写本が基本である。よって製本にかかる人件費などで書物は高いのが一般的だ。
「買います……」
店主に銅貨十枚を支払ったアレクは、大分寂しくなってしまった財布を見つめる。
購入した本を抱えながら宿へと戻ったアレクはベッドにうつ伏せになりながら、枕の横に置いた買って来た本と少なくなってしまった所持金の事を考えていた。
「残りが銀貨一枚と銅貨七十六枚かぁ。この時点で一年目の学費が払えないんだけど」
頬を冷や汗が伝う。元よりギリギリのお金しか持っていなかったのだから、使えば減るのは当然の事だ。
「はぁ……悩んでいても仕方無いか。入試までの七週間で何処かに働きながら勉強しよう」
元より入試までに少しでもお金を稼ごうとは思っていたので大きな方針の変更では無い。それでも本を購入したが為に数日は王都に慣れてからと考えていた思惑が前倒しになってしまった。
それに加え、入試や学園に入る際にはそれなりに見た目の良い小奇麗な服が必要になるのだ、金はいくらあっても足りないのが現状である。
「どこかで働くとして未成年でも出来る事か……。ミミルさんに聞いてみようかな」
アレクは困ったときのミミル頼みとばかり、一階へと降りると女将のミミルを探す。王都の事情もだが、一般的に何歳から働く事ができるのかを知らないアレクにとって誰かに聞くしか知る手段が無い。
一階へ降りると、まだ昼には早すぎる時間のせいかミミルが食堂でテーブルを拭いていた。音で気付いたのか、耳がピクっと動いた後降りてくるアレクへと顔を上げた。
「あら、アレクくん。また何処かへおでかけ?」
「いえ、ちょっとミミルさんに教えて欲しい事があるんですけど。今時間大丈夫です?」
表情が晴れないアレクを見て、ミミルは首を傾げながら近くの席を勧めた。その席にアレクが座ると正面にミミルも腰かけてアレクへと話を促す。
周囲に客の姿は無いが、仕事の邪魔をしないように手短に話そうと決めて口を開いた。
「ちょっと手持ちのお金が心許なくて。どこか仕事を斡旋してくれる場所を知りませんか?」
下手に誤魔化しても無意味と思い直球な尋ね方をした。親が居ない事を知っているミミルなら事情を酌んでくれると思いそのまま尋ねる。
続けて、王都の仕事事情を知らないことや、頼れる大人がミミルさん達くらいしか知らないと子供らしさをアピールしつつ頭を下げて教えを乞う。
頼られて嬉しいのかミミルの耳はぴくぴくと忙しなく動いている。ミミルも目の前の子どもが騎士団から連れてこられて、村が盗賊団に襲われた事は既に知っていたので、少しでも力になってあげたいと思っていた。
ミミルはアレクに王都の仕事事情を詳細に教えてくれた。
「王都で働くのは十歳を超えると見習いや手伝いくらいなら大丈夫なのよ」
そう言ってミミルはアレクにこの世界での一般常識を教える。この国のみならず、全ての国では平民が職に就くには三つの方法がある。商業ギルドか冒険者ギルドに登録するか、衛士などに志願するかである。
衛士は毎年試験があり冒険者からの転職や各村の腕自慢が挑戦するが二十歳以上という制限がある為アレクには無理だそうだ。
商業ギルドは商売をする人が加入しているギルドで、鍛冶職やミミルのような宿屋を経営している者まで全て加入している。ギルド経由で税金を国へ納めるため、未加入ではギルドに睨まれてしまい最悪国から摘発されるので商売をするなら絶対条件だそうだ。
「でね? 商業ギルドだと十歳から見習いや手伝いという事で人を募集しているのよ」
鍛冶職などの専門職ならば、小さな頃から鍛冶に触れ技法を学んだり物を見る目を養う必要がある為に見習いを取る場合がある。逆に宿屋や道具屋などは小間使いや掃除などを手伝う人足として同様に十歳から人を募集している。現代でいうならばハローワークのような側面も商業ギルドにはあるそうだ。
「あとは冒険者ギルドね。私は正直アレク君には勧めたくないなぁ」
「どうしてですか?」
心配そうな目で告げられるとアレクとしても理由が気になる。大方予想は出来ているのだが。
「だって……アレク君は剣とか魔法とか使えないでしょ?」
「まあ、そうですね。それを学ぶために学園に通うつもりだし」
アレクの予想通り、戦う術が無い人間は冒険者ギルドに登録は出来ないし、出来たとしても街の近くでの収集などの小遣い稼ぎしか出来ないだろう。そして、一歩街の外に出れば獣や魔物、そして盗賊や人さらいなど常に危険が付きまとう。ミミルでなくとも未成年の子供に冒険者を勧める馬鹿は居ない。
「そうすると、商業ギルドに行って手伝いの仕事を探すのが一番よさそうですね」
「そういえば、アレク君って何が出来るの?」
商業ギルドへと行く事に決めたアレクにミミルが尋ねる。未成年の子供が出来る事はたかが知れてる。雑用や掃除での募集もあるが賃金が安いのだ。算術でも出来れば一気に賃金が上がるので出来るに越したことは無い。
「一通りできますよ? 読み書き、算術、料理とかも出来ますし。家の手伝いで農作業や採集もやっていたので薬草なども少しなら見て判別できます」
「ええ!? アレク君まだ子供なのにすごいね! というか、それだけ出来るなら家で働かない?」
ミミルはアレクが予想外に多彩な能力を有している事に驚いた。普通は十三歳でここまで教育されているのは貴族か商人の子供くらいである。平民でそこまで教育されているアレクに驚きを隠せない。
「流石学園を目指すだけあるわね。アレク君ならあっさり合格しちゃいそう」
「いや、それが歴史と貴族についても知ってないといけないらしくて。それに生活魔法を覚えておきたくて、歴史書とか魔法入門の本を買ったら所持金が少なくなっちゃったんですよ」
ミミルが手放しに褒めるとアレクは頬を指先で掻きながらお金が少なくなった理由を告げる。
「え? 魔法入門書なら家にもあるから言ってくれれば貸したのに」
「えええ!?」
ミミルの言葉に、銅貨五枚が無駄な出費だった感が襲ってきてアレクは力無くテーブルに突っ伏した。
突っ伏したアレクを見てミミルはあわあわと慌てながらも必死で宥める。暫くして気を持ち直したアレクはミミルの厚意に甘え宿で働かせて欲しいと頭を下げた。
「全然構わないよ? むしろ助かるし。一応算術が出来るかの簡単なテストと料理がどの程度できるか主人に見せて貰っていいかしら?」
この後、ミミルの予想を上回る算術の能力とティルゾも認める包丁の腕と料理のレパートリーを見せて雇ってもらえる事が決まった。賃金は昼時と夕方の数時間手伝う事で一日鉄貨四十枚という十三歳には破格の報酬となることが決まった。
翌日にはミミルに商業ギルドへと連れて行って貰い見習い登録を済ませた。商売を始める本登録と違い、見習いでは登録料は要らないようで、無料で登録が出来た。




