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プロローグ.

 人はだれしも思うはずだ――『死にたくない』と。それが寿命や病気ではなく、不慮の事故や事件に巻き込まれての死ならなおさら――。


 ―― とある年のクリスマス・イヴ ――



「帰りが遅くなったな。あんが寝る前に帰れるかな……」


 俺は独り言をつぶやきながら駅への路を小走りに駆けていた。まったく、部長もクリスマスだというのに残業なんてさせないで欲しいもんだ。


(部長が家に帰ってもやることが無いからと言って、俺まで巻き込むなよ!)


 俺は三十路みそじ手前の平凡なサラリーマンだ。五年前に結婚して、今年で三歳になる娘がいる。まあ、自分で言うのも何だけど幸せな家庭を築けていると思っている。

 まい年クリスマスは家族で過ごすし、今日も早く帰ろうとしていたのだが。部長の一言で残業をする羽目になった。部長は独り身だからクリスマスなんて関係無いのだろうけど、俺には美人な妻と、かわいいあんが家で俺の帰りを待ってくれているのだから止めてほしい。

 俺は腕時計をちらっと見て、電車が発車するまでの時間を確認した。


(発車まで残り五分だけど、駅は直ぐ目の前だしなんとか間に合うだろう)


 俺は娘へのプレゼント用に、片腕に少し大きめな箱をを抱えている。その箱へと視線を向けながら、娘が喜ぶ姿を思い浮かべる。

 俺は息を切らせつつ、駅へと向かうべく最後の角を右に曲がった。


「キャー!」


 その瞬間、駅の方から女性の甲高い悲鳴が聞こえた。何事かと思って足を止めると、道ばたにサラリーマンらしき男性が倒れているのに気づく。倒れている男性の周囲には他にも何人かうずくまる人の姿も見えたが、俺は倒れている男性に慌てて近づくと、肩を揺すって声を掛けた。


「ちょっ! 大丈夫ですか? ――だれか、救急車を!」


 倒れている男性は、腹部に怪我をしているらしく、積もった雪を徐々に赤く染めていく。

 俺は自分のカバンと荷物を傍らに置くと、ポケットからハンカチを取り出し止血を試みようとする。


「君っ! そこは危ないぞ!」


 少し離れた所に居た中年のサラリーマンが俺に声を掛けてきた。

 その声に顔を向けた直後、不意に横から強い衝撃を受けて、俺は吹き飛ばされた。


「うぉ!?」


 どうやら、俺は何者かに突き飛ばされたようだ。倒れ込んだ俺は、ぶつかってきた相手へ文句を言おうと顔を向けた。そいつは、まだ未成年の少年に見えた。ラフな格好で、こんな冬に寒くないのかと思うような薄着をしている。

 その少年の右手には、赤く染まった刃物が握られていた。その刃先は俺に向けられていて、力いっぱいに握っているのが分かる。表情はどこか狂気を感じさせる。口元からよだれが垂れっぱなしだった。


(なんだ? 薬か何かやってるのか? ――最近よく聞くドラッグかハーブか)


 俺は刃物へと再び目を向けた。血にぬれていると言うことは、この惨状を生み出したのはこの男と言う証明だろう。そう思い、俺は少年から距離を取ろうと立ち上がろうとした。


「――ぐぅ!?」


 立ち上がろうとしたのだが、脚に力が入らなかった。それどころか、さっき体当たりを食らった脇腹に激しい痛みを感じて顔をしかめる。

 左手で痛みの感じる場所を触れると、ぬるっとした感触を感じた。左手を目の前に持ってくると、どす黒い血で染まっていた。


(さっき刺されたのか!)


 そう意識してしまうと、急激に震えが体を襲ってきた。スーツの内側を伝って、血が脚へと流れるのを感じる。

 どうやら、かなりの出血があるようだとどこか他人事のように認識していた。


「お前るぁ! みんな死ねやぁ!」


 目の前の少年が呂律の回らない口で叫んだ。やはり正気じゃ無いようだ。俺は膝立ちになりながら、なんとか倒れないように腕に力を入れ体を支える。すると、少年がまた俺に向かって刃物を突き出してきた。

 なんとか避けようとしたが、痛みのせいで体が上手く動いてくれない。少年の持つ刃物が俺の胸に吸い込まれていくのを、黙って見ているしか無かった。


「かはっ!」


 再び襲ってきた激しい痛みに、声を上げようとしたが口から出たのは真っ赤な血と肺にたまった空気だけだった。

 少年は俺へ突き刺した刃物を抜くと、俺から興味を失ったかのように、ふらふらと別な方へと離れていった。俺は胸から噴き出す血を手で押さえつけながら、地面へと吸い寄せられるように倒れた。

 ここでやっと、警官が到着したようで少年が取り押さえられた。横になった視界の片隅でそれを捉えながら、俺は悪態をつく。


(くそっ! 遅ぇよ。この胸の傷なんて致命傷じゃねぇか)


 閉じてしまいそうになるまぶたを必死で開こうとするが、急激に意識が遠のいていく。薄れゆく意識の中、視界に妻と娘に渡すはずだったプレゼントの箱が見えた。


(ああ……娘にこれを渡さないと……)


 俺は娘に渡すはずの箱に最後まで手を伸ばし続けた。走馬燈そうまとうが流れてくる中、結婚して五年目の妻の顔や、三歳になったばかりの愛しい娘の記憶を最後に、意識が闇へと沈んでいくのを感じた。


(こんな理不尽な死に方は嫌だ……まだ死にたくない――)


 そんな悔恨を最後に、俺の意識は途切れた。






 ―― 神界 ――



「ちっ! せっかく数週間ぶりにコーヒー飲める時間が取れたのに、また評定が必要な奴が出たのか。少しくらい休ませてほしいな!」


 そう苛立ち叫んでいるのは、黒いローブを羽織った一人の男だ。

 長く伸びた黒い髪、普通に見ると日本人に見えなくもないその容姿だが、人と比べて異質なのがその眼だ。

 男の眼は、すべてが漆黒の水晶でできているかのような光沢を放っており、通常の眼でいう白い部分が無かった。

 この男は、俗に死神と呼ばれる存在だ。死神といっても、伝承にあるように死を告げたり、魂を刈り取るという事は無い。遙か昔ならばいざ知らず、人口爆発以降は死に対していちいちそんな手間はかけてられない。


 半オートメーション化したシステムにて、死んだ魂を輪廻の輪に乗せるだけの毎日だ。死神の一族である彼はそのシステムを監視し、通常処理ができない案件に対処するのが日常業務となっている。

 彼の名はバストル。一族の中で日本を担当している。

 バストルの仕事は多忙をきわめていた。戦後の人口爆発以降、仕事量が爆発的に増えたのだ。

 何しろ日本だけで、一日に三千人以上は亡くなっているのだ。数週間ぶりに休憩を取ろうとコーヒーを煎れていたバストルの目の前に、自動で処理されなかった死亡報告書が一通浮かび上がった。

 せっかくの休憩時間を潰されたバストルの表情は、苦々しいものだった。


「どれどれ――通り魔に刺され死亡か。年齢は二十七歳。妻と娘を残し聖夜に現世とさよならか。最近じゃこんな死亡原因も珍しくなくなったな」


 バストルはコーヒーを飲みながら、無表情で死亡報告書を机へと投げ捨てる。

 近年、平和と言われた日本ですら凶悪犯罪が日常化していて別段珍しくも無い死亡原因だったからだ。


(しかし、善行の値が高いな。今の世じゃ珍しい奴だ)


 バストルは眉を顰めて投げ捨てた報告書を一瞥する。善行を積んでいたにもかかわらず理不尽な死を迎えた者は死亡報告書から独特のオーラが発せられるのだ。

 システム的にこのオーラが発せられた報告書は一旦通常の輪廻ルートから外され、死神の評定を受けるのがルールとなっていた。


「面倒くさいな。善行の値から行くと次は人間で地位の高い家庭への転生とかが無難だが、単純にそれだと面白みがない――」


 横目で報告書を見たままコーヒーを啜る。日常的に発生するこの手の評定はいい加減うんざりしていた。たまには変化を求めてしまうのも仕方のない事ではないだろうかとバストルは自問する。

 それに、近年ではこの男のように善行の値が高い者は少なくなっている。バストルから見ると絶滅危惧種の動物を見た気分だった。

 このコーヒーを飲み終えるまでにあの報告書は処理しておかないと後々の仕事まで響いてしまう。バストルはペンと取ると、報告書をペン先でトントンと叩きながら考える。


(次の転生先を別な世界にするか? この世界よりも死が間近な環境だった筈――簡単に死なないように加護でも与えてみるのも面白いか――)


 バストルはそう考えると書類にペンを走らせた。書き終えると書類をシステムへと転送させる。これでこの男は来世へと輪廻転生するだろう。


「これで不遇の死を迎える事はなくなるだろう。楽しい来世を送ってくれ」


 バストルはそう呟くと残ったコーヒーを味わうのであった。






 *****

 評定№二一四

 性別:男

 加護:死神の呪福じゅふく

 *****






この話のみ一人称です。次回から三人称になります。


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