自重しないのです
「遺跡発掘隊、出発じゃー!」
陽が昇り、南の大門が開けられると同時にグラディス老がスコップを高々と掲げて号令する。
『風精団』と『大地の牙』の輜重隊を中心に遺跡発掘隊が動き出す。
『風界の鷲』はグラディス老を囲むように先頭を歩き、すぐ後ろには『白夜の蒼炎』が続く。
さらに後ろには古参パーティーと中堅パーティー、輜重隊を挟んで、後方を『深緑の狼』と『砂塵の爪』が警戒している。
さらにその後方にはたくさんの冒険者が続いている。
新人冒険者などにとっては樹海の道案内に丁度いい。
隊列は街道をある程度進み、途中から樹海へと入っていく。
半日も進めば道と呼べるようなものはなくなる。
隊列後方、『深緑の狼』リーダー、ロックがさらに後方を歩く冒険者たちに告げる。
「薬草採るなら、俺のオススメはここら辺だ。
南西にあと五グミョーン〈キロメートル〉も進むと『魔物の吹き溜まり』があるからな。
無理するなよ!」
言われて新人冒険者らしき者たちが、パラパラと散っていく。
隊列後方にまだ残る冒険者たちは、もう少し奥を目指す者たちなのだろう。
ロックは隊列が進む度に、この辺りは魔物が少ないとか、水場があちらにあるだとか、自分の知識を惜しげもなく披露していく。
「まるで新人研修みたいだね!」
遠くロックの声を聞きながらアキラが仲間に言う。
「まあ、確かにそういう側面もありますね……私も最初の頃にお世話になりましたから……」
ムースが言う。
「気になるなら、聞いてきてもいいぜ!アキラの実力なら変なことしなきゃこの辺りで遅れは取らないだろうしな」
ミルキルがアキラを促す。
「じゃあ、ちょっと聞いて来ようかな?」
「あ、私も行っていいですか?」
アリアが手を挙げる。
「それなら、ウイングも行ってきな!」
ミルキルはウイングにウインクしてみせる。
アキラとの関係を少しでも改善しろよ、という意味なのはウイングにも分かった。
しかし、『勇者でなければ分からない』と言って拒絶されたのはウイングなので、改善しようにもアキラにその気がない限り無理な話だと思う。
だが、そこでウイングを拒絶したくせに、アキラはミルキルの誘いに乗った。
そこがまたウイングの悩みの元なのだ。
何故、ウイングとも行動を共にすると分かっていながら、アキラはミルキルの誘いに乗ったのか、しかも、ウイングを拒絶したことなど無かったかの如き振る舞いに困惑は増すばかりだ。
「ウイングはあんまり興味ない?」
アキラがウイングを気遣うように言う。
「あ、聞きたいです!」
つい、素直にそう返してしまうものの、ウイングの困惑に拍車がかかる。
「なら、行こうよ!」
アキラが誘ってくる。
これ以上、固まっていると腕を取られそうな笑顔だ。
同郷の者としてのシンパシーなのかもしれないと、相容れない部分はあるものの、頼る相手がいないからこそ自分を頼るのかもしれないと、無理矢理自分に言い聞かせてウイングは笑顔を作った。
そうとでも考えないと、ウイングはまた固まってしまいそうな自分を動かせなかった。
今は怖くて聞けない。だけど、いつか聞ける時が来るかもしれない。
ウイングは自分を誤魔化して、アキラに続く。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
わざわざ後方に来た三人に『砂塵の爪』のアールタイルが言う。
「せっかくロックさんが講義してくれているので、新人として話を聞いておこうと思いまして……」
恥ずかしそうにアリアが言う。
「ああ、そうか……アリアもウイングも樹海の奥を狩り場にしていても、本来なら新人冒険者だったか……」
「えっ!?そうなの?」
アールタイルの言葉にアキラが驚いた顔をする。
「その子も『白夜の蒼炎』の新人か?」
アールタイルがアリアに聞く。
「いえ、正式加入じゃなくて、今のところは仮登録なんです。
アキラちゃんが気に入ってくれるか分からないですし……」
「ほう……マルガレーテが査定役を受けたって話を聞いたが、もしかしてその時の?」
「ええ、そうですよ!ミルキルさんがナンパしてきたって……」
「なるほど……俺は『砂塵の爪』のアールタイルと言う。
アキラ、でいいか?よろしくな!」
アールタイルはアキラに挨拶する。
「うん、よろしく!」
アキラは普通に握手を求めた。
アールタイルはその手を握り返しつつも、アキラに苦笑を向ける。
「なんだか、どこかの誰かに似た印象を受けるな……」
言いながら目線はウイングを見ていた。
「どういう意味です?」
ウイングが言うが、アールタイルは苦笑するばかりだ。
それを聞いてアリアが申し訳なさそうに笑った。
アキラはキョトンとしていたが、大して気にならなかったのか、ウイングに小声で耳打ちする。
「それよりも、ウイングって新人なの?試験を査定するのはこの町でも実力者って言われる者だって聞いたけど?」
「だから、マルガレーテだろ?もちろん、ウイングの実力は認めているが、こいつは冒険者になって一メグリ〈年〉も経ってないぞ!」
聞こえていたのか、アールタイルが答える。
「あ、そういえば、あの時ウイングは見学だったんだっけ?」
「そうですよ。模擬試合ならウイングとやってみたいって言ったのは、アキラちゃんじゃないですか」
アリアがにこやかに答える。
「うん、だって一番強いのはウイングだと思ったから……」
「待て待て、ウイングの実力は俺も認めているが、一番は言い過ぎだろう……」
「えっと……強さで言ったら、ウチじゃやっぱりウイングですかね……冒険者としての経験とか抜きにしてですけど……」
「マルガレーテよりもか?」
アールタイルが険しい顔で言う。
「え、ええ、マルガレーテさんも最近はウイングに指導を受けてますし……」
「そ、それはまさか、お前がマルガレーテに手取り足取り剣を教えてたりするのか!?」
アールタイルが変なところにひっかかる。
いや、アールタイルにとっては重要なことなのだろう。
「マルガレーテは基礎がしっかりしてるですから、手取り足取りなんて教えることないのです」
「そ、そうか……いや、そうだよな……だが、ウイングが一番だと言われても、お前は新人だろ?」
「まあ、過去の記憶がないので、あれですけど、身体が覚えていることくらいは教えられるのです……」
ウイングは記憶喪失ということになっているので、当たり障りのないことを言う。
「そ、そうなのか……すまんな……つまらないことを言った……」
アールタイルは過去の記憶がないと知って、痛ましい顔でウイングを見る。
「あ、記憶のことは気にしてないから大丈夫なのです……」
「あ、ああ……」
アールタイルが押し黙る。
ウイングはアキラに向けて、申し訳なさそうな顔になる。
「新人だと知って、がっかりしたです?」
アキラにしてみたら、ウイングが頼りになるだろうと見て笑顔で接してくれただろうに、期待を裏切る形になってしまったと思ったのだ。
だが、当のアキラは変わらずウイングに笑顔を見せる。
「いや、逆にちょっとホッとしたよ。
アリアちゃんもだけど、新人がボクだけじゃないんだって思ったら、少し気が楽になった!」
嘘だった。
アキラがホッとしたのは確かだが、それはウイングに辛い過去が無いだろうから分かり合えないと思っていた部分だった。
前世の記憶は幸福なものだとしても、今世に辛いものを味わっているのなら、少しなりとも分かり合えるかもしれないと思ったのだ。
ウイングが記憶喪失だと偽っているというのは、すぐに分かった。
でなければ前世の記憶を持っている時点で混乱しているだろう。
だから、ウイングには記憶を失くしてしまったと言わなければならない過去がある。
それだけでも、アキラにとっては救いだったのだ。
ウイングもまたアキラの言葉に少しだけ救われた。
冒険者の経験を求められたら、何もいえなかったが、アキラが求めているのがそこではないと知れて、ウイングの思い込みは否定されたが、それ以外の部分で頼りにしてくれているというのが嬉しかったのだ。
そうして、二人は勘違いのまま、でも、少しだけ分かり合えた気になって、目と目で笑った。
アリアもそんな二人を見て微笑んでいた。
それから、アリアはアキラとウイング、二人の手を取って、アールタイルに黙礼してから、ロックの近くに行って耳を傾ける。
「北に三グミョーン〈キロメートル〉も歩けば、少し拓けた場所に出る。
空手兎や一角狼を狩るなら、そこがいい。
ただし、数には注意しろ!数が多い時は東に逃げろ。
木立が密集しているから、追われにくい。
間違っても西に逃げるなよ!『魔物の吹き溜まり』があるからな!」
「あ……」
言ってアリアの動きが止まる。
「どうしたです?」
ウイングの言葉にアリアは何とも言えない引き攣った笑顔を作る。
「たぶん……今の話にあった拓けた場所です……」
「う?」
「あの、ウイングに出会う前に私が薬草採りに行ってた場所……」
「ああ、魔物に追われて夢中で逃げてってやつです?」
「なに、なに?ウイングとアリアちゃんの出会いの話?」
アキラが興味深いという風に二人の話に入っていく。
「あ、はい……もう半メグリ〈年〉くらい前の話なんですけど……薬草採りの仕事を一人でやってたんです……その時は思う様に薬草が採れなくて、普段より少し奥まで行こうと思って、そしたら密集した木立の奥に拓けた場所があって、薬草がたくさん生えてたんです。それで夢中になって採ってたら……魔物に出会ってしまって……それも、一角狼の群れで……慌てて逃げたら『魔物の吹き溜まり』に当たってしまって……」
「その時にウイングに助けられたり?」
「あ、いえ、それだったらかっこよかったんですけど、そうではなくて、魔物に追われて、さらに奥に逃げるしかなくなったんです……それで、方向も確かめずに走って、走って……ようやく魔物を振り切ったと思ったら、辺りはすっかり暗くなってて……私、日帰りのつもりでまともに食料も用意してなかったんですよ……お金もなかったですし……それで、お腹減ったなあって、とぼとぼ歩いてたら、焚き火の明かりを見つけて……そこでウイングに出会ったんです……」
アリアが遠い目をして語る。
「あの時のアリアは僕の焼いてた魚しか見えてなかったと思うです……」
「む……そんなことないですよ!ちゃんと挨拶したじゃないですか……」
「へえ、それが二人の出会いだったんだ……」
アキラが二人を見ながら言う。
「ええ、樹海の奥に一人で居る人なんて、ウイングしかいませんから」
「ああ、まだミルキルたちは居なかったんだね!」
「そうですよ。確か……ウイングってその頃から変でしたよね……記憶喪失でなんでここに居るのか分からないって言ってて、何事かと思いましたもん……でも、そこでウイングに助けられて、二人でなんとか樹海を抜けたんです……」
「ふーん……二人の出会いは樹海の中かあ……」
「ええ、それで樹海を抜ける時にも、色々あったんですけど……とにかく、滅茶苦茶で……道が分からないからって、ウイングったら『魔物の吹き溜まり』を突っ切ったんですよ!」
アリアが両手の手のひらを上に、大仰に肩を竦めて見せる。
それを見てアキラが笑う。それから、考え込むように首を傾げる。
「……ねえ、それって僕でもできるかな?」
「おいおい、おい!俺がせっかく冒険者の安全向上のために講義してるってのに、トップパーティー間近のお前たちがぶち壊しな会話をここでするなよ……」
それまで大きな声で講義していたロックが、急に声を落としてアリアとアキラにジト目を投げつける。
「あ、す、すいません……」
「まあ、アキラならこの辺りの『魔物の吹き溜まり』くらい楽勝で突破できるです!」
謝るアリアの横でウイングがアキラに太鼓判を押す。
と、ロックの拳骨がウイングの上に落ちる。
「あいたーっ!」
ウイングが頭頂部を撫で擦りながら、ロックを見る。
「すんなっていってんだろうが!
お前が新人のくせに規格外なのは知ってるけどな、空気読めよ!」
「いきなり叩くことないです……」
「俺は男には容赦しないことにしてるんだよ!……ったく。
お嬢ちゃんもこいつの話を真に受けるなよ……こいつはあそこのアールタイルって男とタメ張る怪力の持ち主だ。
新人は『魔物の吹き溜まり』に近付かない。これがこの町の冒険者の鉄則だ」
ロックはウイングに怖い顔を向けていたかと思うと、急に柔和な表情を作ってアキラに釘を刺す。
「怪力?」
「ああ、酒場で腕相撲五十人抜きは伝説になりつつある……後はゴブリン狩りの時の頭に血が昇ったアールタイルとのつばぜり合い事件とかな……無駄にアホっぽい逸話持ちだからな……」
ロックは呆れたような顔でウイングを見る。
言われたウイングは拗ねたような顔で「アホじゃないです……」と小さく抗議の声をあげる。
アキラは何故か納得したような顔になって、ウイングを見てから、ロックに言う。
「つまり、ウイングくらいの怪力があれば『魔物の吹き溜まり』は突破できるってこと?」
「いやいや、怪力だけで突破できるもんじゃねーよ!
あのな、普通『魔物の吹き溜まり』つーのは、突破するもんじゃねーんだよ!
ただでさえ人間を見ると襲いかかって来る魔物が他の魔物と共存するようなスポットなんだぜ?
数も種類も半端ない上に、そいつらが連携してくるような特別な場所なんだ。
こいつらが突破できたってのも運だよ、運!」
「まあ、普通はそうですよね……」
アリアもウンウンと頷く。
ウイングは何か言えば、また拳骨が落ちるのではないと口先に指でバッテンを作って黙る。
何か有益な情報でも聞けるかもと、隊列についてきている冒険者たちが耳を傍立てているのだ。
「まあ、近付かないのが無難ってことだね!」
アキラはわざとそう言った。
アキラは事を荒立てるためにここにいる訳ではない。
最終的に魔王を殺せるだけの力を手に入れるために冒険者という道を選んだのだ。
そのためには冒険者としての常識を学んでおく必要がある。
その常識を守るかどうかは別として、知るために口を噤んでおこうというスタンスだった。
「そうそう……おっと、あんまり無駄話してちゃ聴衆に悪いな……」
そう言ってロックは講義に戻る。
魔物別の対処方や食べられる草、木の実についてなど、ロックの話は多岐に渡る。
冒険者ギルドでも基本的な知識は得られるが、やはり実地で話を聞いた方が分かりやすいのだろう。
まだ、あまり樹海に慣れていない者にとっては非常に良いものとなった。
そうして隊列は一マワリ〈日〉目の野営地に着いた。
壁のような崖に突き当たった辺りで、樹木が少ない場所だ。
基本、野営はパーティー単位で、お互いを目視できるくらいの距離にいる。
パーティーによって野営の仕方もマチマチなので、この方が都合が良いのだ。
「さて、みんなに言っておきたいことがある……」
隊列が止まり、各々が野営の準備を進めている中、マルガレーテが仲間に向けて告げる。
『白夜の蒼炎』全員がマルガレーテに視線を向ける。
「今、この時から、我々は自重をやめようと思う!」
「どういうことです?」
「我々もトップパーティーに名乗りを上げる時が来たということだ。
名声は充分稼いだ。金もいざという時のために動けるだけの蓄えはある。
実力的にも、そろそろいい頃合だと思う……。
つまり、ウイング!」
マルガレーテはそこで言葉を切って、ウイングを指さす。
「ぼ、僕です?」
「風呂を作れ!」
「えっ……あの……いいのです?」
今まで他パーティーがいる場所で封印してきたものが『白夜の蒼炎』にはいくつかある。
その内のひとつがウイングの作る風呂である。
「同時に灰魔法の使用を限定的に認めようと思う。
何か意見がある者はいるか?」
「えっ?何、何?何が始まったの?」
アキラが『白夜の蒼炎』を見回す。
「すまないな、アキラ。暫く黙って見守っていて欲しい。
このパーティーにとって、大事なことなんだ……」
マルガレーテが頭を下げる。
「え、うん、いいけど……なんならボクは席外しておこうか?」
「いや、一時的とはいえ、今はアキラも私たちの仲間だ。よければ聞いていてくれ」
「あ、うん……」
アキラは居心地悪そうにしながらも、黙って見守ることにした。
最初に発言したのはミルキルだった。
「あたしとムースは?」
ミルキルとムースの使う灰魔法は『治癒』だ。
これは神聖魔法に分類されるので、他の魔法より扱いを厳重にする必要がある。
「それは各自の判断で、ウイングの剣が間に合わない時のみとしたい……」
「それが妥当なところでしょうね……」
ムースが頷く。
「私とウイングは既に結構、使っちゃってますけど……」
アリアが申し訳なさそうに言う。
「それは今まで問題になっていないから、引き続き同じ要領で構わないと考えている」
マルガレーテがきっぱりと言う。
「つまり、私とマルガレーテ姉さんの話ですわね!」
モーリーの使う闇魔法『幻闇』とマルガレーテの『水生み(スプリングウォーター)』を使うかという話なのだ。
「まあ、今回は水を生む魔導具の貸し出しがあるから、モーリーについて、だろうな……」
「戦闘中の魔法は大丈夫だろ?じっくり聞いて分析する暇なんてないしな!」
ミルキルがあっけらかんと言う。
「問題はお風呂と食事ですわね……」
モーリーがウイングを見る。
「確かに、他の冒険者がいるからと自重するのは、ただのストレスですからね……」
ムースもウイングを見る。
ウイングは少し考えてから答える。
「じゃあ、やるです!」
マルガレーテは最初に答えを示している。
いざとなれば逃げてもいいし、文句を言わせないだけの力をつけたと判断している。
それならば、使ってみてもいいとウイングも判断したのだ。
ウイングは口の中で呪文を小さく唱えると、壁、浴槽、竈をひと息で作る。
少し離れた場所で自分たちの野営準備をしていた他の冒険者が小さな違和感にそちらを見た。
「わ、わ、これ、魔法?
魔法なの……?」
目の前でそれを見せられたアキラが驚いていた。
「では、浴槽の水は私がやろう」
マルガレーテは壁の中に消え、浴槽に水を張って出てくる。
それからミルキル、モーリー、ムース、アリアが辺りから枯れ木を拾ってくる。
ウイングはアキラに軽く説明する。
「これが大地の精霊魔法、お風呂と竈なのです!」
「え、じゃあウイングも精霊を……」
ウイングは敢えて何も答えず、ただニッコリと笑った。
「そっか、やっぱり転生と関係あるのかな……?」
アキラは呟いてから、竈を見る。
「あ、それ、ボクやるよ!」
竈に準備された薪にアキラが指を一本立てる。
「出ておいで、あの薪に火をつけて……」
アキラの指先に赤い光が生まれる。
アキラの指先の動きに合わせて、赤い光は飛んでいき、竈に火をつける。
「魔法力にまだ余裕はあるです?」
「魔法力?あ、糧ね!うん、まだまだ、全然あるよ!」
アキラがさらりと魔法力の事を『糧』と呼んだことにウイングは違和感を覚えるが、やぶ蛇になるのを避ける意味もあって、敢えて流すことにする。
「じゃあ、湯沸しもお願いするです」
「おっけー!まさか、お風呂に入れるなんて、夢みたいだよ!こっちだと宿にお風呂ついてないし……」
アキラが嬉しそうに壁の隙間を通って、浴場に向かう。
それについていきながら、ウイングが答える。
「僕らの宿にはお風呂付いてるですよ!」
「え!?マジで?」
「高級宿だから、ついてるです」
「なんだっけ……『涼風亭』だっけ?
こりゃ稼ぎが安定したら引越しかな…… 」
アキラが真剣に悩み始める。
壁の中、風呂場にウイングとアキラ、二人っきりだった。
「アキラはなんで冒険者やってるです?」
「まあ、簡単に言えばレベル上げだよ。ウイングは納得できないだろうけど、ボクには使命があるだろ?」
ウイングは言いたいことを飲み込んで頷く。
「概念としてレベルがある訳じゃないけど、ボクにはなんとなく他人の強さが分かるんだ。
直感みたいなものだけどね……。だから、ボクは今のままじゃ足りないって感じてる……」
「そんなのが分かるです?」
「うん、でも結構いい加減でさ。
ウイングにも勝てると思ってたけど、負けちゃったしね……。
戦い方を知らないから、それを身につけなきゃ……って」
そうして風呂の温度を確かめていると、辺りが騒がしくなる。
シキシロとロックの声が重なって聞こえる。
「これは何事ですか?マルガレーテ」
「なんだこりゃ?……って、え?竈?」
「聞け!これはウチのパーティーが用意した風呂と竈だ。
別に危険な物ではない!」
代表として何事かと確認に来た各パーティーリーダーがマルガレーテのひと言に全員、ポカンと口を開けている。
「風呂って、娼館とか貴族のお屋敷とかにあるお湯に浸かるやつだろ?」
ロックがなんとか理解する。
「この竈は?」
「精霊魔法だ」
シキシロの質問にマルガレーテが端的に答える。
「今まで、こんなことしてなかったよな?」
ゴブリン狩りの時に同行していたロックが聞く。
「混乱を避けるために自重していた」
「では、今回は何故?そもそも、精霊魔法なんて誰が?まず、混乱は予想していたということですよね?」
シキシロが冷静さを取り戻そうとしてか矢継ぎ早に質問してくる。
「混乱するのは予想済みだ。だからこそこうして真摯に答えている。
いつかは分かることだ。だが、混乱を避けるために持っている力を使わないというのは、私たちの戦力の低下に繋がる。
だから、今なのだ。
精霊魔法はウチならウイングとアリア、今回の同行者のアキラも使える。
何故、今かと言うなら、そろそろ中堅パーティーを名乗るのに飽きたのと、実のない華呼ばわりしてくれている者たちに示しておこうと思ったからな。
他に質問はあるか?」
「ひとつ、いいか?」
手を挙げたのは『風界の鷲』のライアスだ。
マルガレーテは目線だけで応じる。
「精霊魔法使いはマナ魔法を行使できないはずでは?」
「秘密はある。だが、それを教えると思うか?」
「つまり、精霊魔法とマナ魔法、両方が使えると?」
「そう思うのなら、そうかもな……」
マルガレーテはニヤリと笑う。
ライアスはそれに動じるようなことはせず、マルガレーテと正面から向き合う。
「ふむ、ならば今回は使えるものとして、アテにさせてもらおう……」
言ってから、ライアスは使える戦力を頭の中で組み立て直しに入ったのか、一歩下がる。
「おいおい……こりゃ、トップパーティーが入れ替わる事態じゃねえか?」
大事のようにロックが言う。トップパーティーに名を連ねるまでもう少しという所まで来ている『深緑の狼』としては確かに大事だろう。
「それはまだないな。実績から言えば『風界の鷲』と『砂塵の爪』、このふたつには敵わない。今のところはな……」
それは静かなマルガレーテの宣戦布告だ。
この町のトップパーティーと言えば『白夜の蒼炎』と名実共に言われるようにしてみせるという意気込みで、マルガレーテは不敵な笑みを浮かべるのだった。




