魔王のお供をするのです
翌日、午前中のレンバート先生との仮初めの授業を終えて、ウイングは父を探して城を歩いている。
レンバート先生との仮初めの授業というのは、レンバート先生が授業を普通に進めている同じ部屋で、より高度な自習を進めることだ。
例えば、水の精霊アンディが作り出すしゃぼん玉を木剣で叩き割る。
そのしゃぼん玉は一斉に飛んでくるのではない。
ぎりぎりウイングが叩き割ることができるタイミング、角度を完璧に調整されて飛んでくるのだ。
そのすぐ傍でレンバート先生は「ですから、マナーの基本というのは相手に不快な思いをさせないという……」などと関係ない授業を進めている。
これはレンバート先生の提案によって始められた授業形式で、ウイングは何よりも生き残るための術を手に入れることが大事で、マナーや教養は二の次としているからだ。
その為、ウイングは非常に物覚えの悪い子供ということになっている。
そして、夜中になれば、こっそりと部屋を抜け出してレンバート先生と合流、集中特訓が待っている。
ベッドに入っているのは大地の精霊アースが形を作り、光の精霊ラッシュが幻の姿を被せたウイングの人形という寸法だ。
ウイングは夜中の訓練で様々なことを覚えた。
身を隠す方法や魔法の実戦的な使い方、武器の扱い、食べられる物の見分け方、野宿の時に気をつけることなど、実に様々なことを教えられた。
教わることはどんな状況でも生き残るにはどうするべきか、というサバイバル術がほとんどだった。
睡眠時間が足りないということは無かった。
眠そうにしていれば、仮初めの授業時間に風の精霊ジーンが張った遮音結界の中で寝るように指示されたし、それでも足りない時は精神魔法で短時間に深い眠りを獲得することもできた。
これはメイドのディサドラが得意とする魔法で、眠そうにしているウイングを見かけるとたまに掛けてくれるので覚えたのだ。
便利なので精神のマナも精霊化しようとしたが、他の精霊たちに止められた。
マナの急激な精霊化は世界に強い影響を与える。
すでにウイングは五体もの精霊を生み出している。
その影響は魔物の異常な活性化やマナ分布の極端な偏りとして出ているらしいがウイングには分からない。
だが、ウイングにしてみれば五体の精霊たちに守られていることで充分以上に心強いと感じていたので、素直にその言葉に従うことにしたのである。
深い眠りを獲得するだけならば、普通に魔法を使うだけでも事足りるというのも、理由ではある。
先ほどの仮初めの授業でも一時間ほど眠りの魔法を使ったので、頭は随分とすっきりしている。
この世界でも時間の単位は前世の時と変わらない。
一メグリ(年)は三百六十五マワリ(日)だし、一マワリは二十四キザミ(時間)だ。
距離や重さも字は違うが同じ単位が使われている。
ミョーン(メートル)とミョン(センチ)、グト(キログラム)とチト(グラム)と呼ばれている。
これはウイングの魂が勝手にそう解釈しているだけという可能性もあったが、体感として差異を感じていないので、ウイングは問題ないこととしている。
城の廊下をあちこち移動していると、料理長で鬼人族のヴォルディーノが歩いているのをウイングが見つけた。
ヴォルディーノは青髪、二本角、瞳は金色の整った顔立ちをした偉丈夫だ。
身長は二ミョーン(メートル)くらいある。
白いコック服に前掛け、今はコック帽は被っていないので二本角が天を突くように立っている。
ウイングは走り込んで飛び跳ね、コック服に掴まるとその大きな背中をよじ登る。
「おや、ウイング坊ちゃん。
どうしたね?」
多少、ぶっきらぼうな話し方だが、飛び付いたウイングにたいした驚きも見せずに、ウイングが登るのを軽く補助してくれる。
ある意味、これはよくある風景だ。
ヴォルディーノはにこやかにウイングが登るのを待っている。
未だにウイングは、というかウイングの前世はファンタジーな生き物に興味津々だ。
ヴォルディーノのサラサラ青髪や艶やかな紺の角に触れたくて仕方がないのである。
ウイングはヴォルディーノの肩に腰掛けると熱心に髪や角を見聞する。
「はっはっはっ!
相変わらずだな、坊ちゃん。
そんな珍しいもんかね?」
「いい匂いする!」
ヴォルディーノの髪はサラサラだが芯が太く弾力がある。
髪を折り曲げても、ピョンと元に戻ってしまう。
さらに元に戻る時に森のような涼やかな香りがするのだ。
この髪が青い色と併せて、お気に入りなウイングなのだ。
夢中になって、結んだり解いたりしていると、ヴォルディーノがもう一度話し掛けてくる。
「それで、坊ちゃんは今、暇なんかね?」
その言葉に、ハッと顔を上げるウイング。
「父を探しています」
「へえ、珍しい。
坊ちゃんは魔王様が苦手かと思ってたよ」
「なんでですか?」
「だって、魔王様がおもちゃを持ってきても、いつも目を逸らすだろう?」
「父はセンスないです」
この世界にも野球のような遊びがある。
そこで使う木製バットを贈られたが、あきらかに釘バットだ。
ボールを粉砕して遊べとか言うつもりなのか、さすが魔王はひと味違うと思ったら、父に知識がないだけだった。
人間の子供の遊び道具として贈られたのが、玉なしのけん玉だった。
紐と剣でどうしようというのか……これもやはり父の知識がないことが問題なのだ。
使えない物ばかり贈る父のおもちゃはセンスがないとしか言えないのだ。
「ああ、確かに……。
じゃあ、魔王様が苦手な訳じゃないのか?」
「父は馬鹿なので、苦手です……」
「あー、そうなの、か……」
何故だかヴォルディーノは寂しそうに言ったので、ウイングは少し言葉を続ける。
「ただ、いつでも楽しそうにしているので、それはいいと思い……ます」
ウイングはヴォルディーノに話すことで、自分が少し父を羨ましがっていることに気が付いた。
それは、ほんの少しの変化だったが、父の真似をして馬鹿というレッテルを貼って貰おうという目的とは別に、父に遊んで貰おうという子供らしい発想だったのだと思い至り、気恥ずかしさと清々しさを同時に感じたのだった。
「なるほどな。
確かに魔王様はいつでも楽しそうだ。
俺のような者にも気さくに話し掛けてくれるしな!」
ヴォルディーノがウイングに顔を向けて、ニッカリと笑う。
「確か、朝飯のすぐあとに近衛騎士団長のバルディラント様に連れていかれたから、教練場にでも行ってるんじゃないか?」
言って、ウイングを優しく下に降ろしてくれる。
ウイングは礼を言って教練場に向かうことにした。
ヴォルディーノは片手を上げてウイングを見送ると、夕食に使う野菜を穫りに中庭へと向かった。
教練場で目にしたのは、土下座で許しを請う魔王エリュセイグドの姿だった。
「すいませんっしたー!
もう無理ですっ!」
どうやら、昨日の組み手は全部終わらず、今朝から再開されていたらしい。
父は全身、泥まみれ、痣はつけられたそばから超再生で消えているが、服も鎧もボロボロだ。
ウイングは相変わらずな父を呆れ交じりで見ながら、近づいていく。
それを見つけた騎士団長バルディラントが居住まいを正して礼をする。
「ウイング様、どうされました?」
「父に遊んで欲しくてきました」
ウイングは正面から叔父に対して答える。
「えっ……」
それまで全力土下座をしていた父が顔を上げて、ウイングを見る。
その顔は捨てられた子犬がようやく本当の主人に会ったようなといえばいいのか、驚きと喜びと不可解に直面した混乱と、複雑な内面を表しつつ全身の喜びに身体がふるふると震えていた。
それから、ゆっくりと弟であるバルディラントを見る。
「おい……バル……ど、どどど、どうしよう?ど、どうしたらいい?」
騎士団長バルディラントは魔王エリュセイグドの馬鹿みたいな動揺を見て、頭を抱える。
「ダメ……ですか?」
ウイングは父と叔父を交互に見て、そういえば父はまだお仕置きが終わっていなかったと思い、さすがにタイミングが悪かったかと、確認の言葉を発する。
少し自分の空気の読めなさに落胆した。
だが、父や叔父にはそう見えなかったらしい。
叔父バルディラントはウイングの大人しい雰囲気や自己主張の少なさを心配していた。
そのウイングがようやく父である魔王に心を開いたのだ。
この機を逃がしてはならないと強く思う。
ウイングにはわんぱくでもいい、逞しく育って欲しいと常から願っていたのだ。
「ダメじゃないですよ。
お父さんはちょうど今、暇になったところです。
遊んでもらいなさい」
叔父として、精一杯の優しさを込めて言う。
魔王である父は、ウイングに嫌われていると思っていた。
こんなにも自分は息子を愛しているのに、その愛情はなかなか伝わらないようで、むしゃくしゃして周りにあたっていたのだ。
だが、愛情はゆっくりとでも確実に、今、ここに、結実した。
魔王エリュセイグドは、滂沱の涙を流す。
「ふっ、ぅぐうっ……うぃんぐッ……おどーざん、と……あぞんで、ぐれる……のがッ……」
こくり、とウイングが頷く。
さらなる歓喜の涙が溢れる魔王エリュセイグド。
兄の酷い姿にバルディラントは引きつった笑いが零れる。
騎士団長バルディラントは部下に命じて、タオルを持って来させるとウイングに愛想笑いを向けながら、兄に後ろを向かせ、その涙を拭ってやる。
「兄上!涙を拭きなさい……嬉しいのは分かりますが、ウイングにそんな顔を見せるものじゃないでしょうが……!」
「け、けどよぅ……バル……俺は、ウイングがようやく心を開いてくれたと思うと……うぐっ、ヒック……」
「いいから!貴方は魔王である前に、ウイングの父親でしょうが……!」
「ぐッ……うん。
わがっ、てる……」
騎士団長バルディラントは魔王エリュセイグドの涙を拭いながら立たせると、身体の泥を落としてやる。
「ほら!」
背中を押されて、父エリュセイグドがウイングの前に立つ。
生まれた時は随分小さかったのに、大きくなったと感じて、また涙ぐみそうになる。
鼻を、ずずっと啜ると爽やかに頼もしく見えるように笑う。
ウイングからすれば、どう反応すればいいのか分からない顔をしている父だった。
威厳を保とうとしているのは分かるのだが、鼻水と涙と泥でぐちゃぐちゃなのだ。
だが、気付いていないのか、父はウイングの横に来て、手を握ろうという風に差し出してくる。
ウイングはなんだか素直にその手を握るのが嫌だったので、上着の袖を少しだけ摘んだ。
何故だか騎士団員がその光景をほっこりした笑顔で見送っていた。
「父、顔がぐちゃぐちゃです……」
「いいんだよ……」
言いながら空いた手で顔を拭う。
「他の方の手前もあるんですから……」
「嬉し涙だから、いいんだ……」
「魔王なんですから……」
「お前の父親だから、いい……」
ウイングはこれじゃあどっちが大人だか分からないなぁと思いながら、今まで素直に甘えられなくてごめんなさい、と心の中で謝った。
それから、近くの井戸まで行って、そこで父が顔を洗うのを手伝った。
ようやくひと心地つくのを待っていると、父が今度こそ爽やかで頼もしい笑顔を向けてきた。
「ウイングは何して遊びたいんだ?」
「普段の父が見たいです」
即答されて、父が困ったような顔をする。
「そんなに、楽しいことなんてないぞ?」
「それでもいいです」
「よし、じゃあ俺の子分たちに紹介してやる!」
言って父が自信あり気に歩き始める。
ウイングは黙ってそれについて行く。
連れて行かれたのは、城の外れに建てられた、一般兵舎だった。
高さはないものの、広い建物だった。
前世の知識でいうとアパートが何軒も連なった集合住宅みたいな場所だった。
「一般兵舎は初めてか?」
「初めてです」
そんなやりとりをしながら、父は鐘突き堂のようなところに行く。
鐘を前に、空手の正拳突きのような構えをとると、素手での連打が始まる。
ごわっごわっごわっごわっごわっごわっごわわわわぁぁん……。
連続して打ち込まれた正拳が鐘を七度鳴らす。
しばらく待つと、兵舎から慌てたようにゴブリンが三匹、駆けだしてくる。
父によると、鐘七つは魔王の呼び出しと決まっているらしい。
兵舎待機の父の子分はこれで集まるのだそうだ。
ゴブリンは緑色の肌と尖った耳、人間より頭ひとつくらい小さな身体を持った種族で、特徴的なのは強い繁殖力(交配可能種族は多いが、生まれるのは全てゴブリンになる)と肉体の割に強い膂力を持っていることだろう。
父が並んだ子分を前に紹介を始める。
「お前ら、この子が俺の十六番目の息子、ウイングだ」
「よどしくでごぶ!」
一斉に挨拶してくるので、ウイングも律儀に頭を下げる。
「そんで、こいつらが右からカタミミ、マルハナ、ホオキズだ」
見れば確かに片耳、丸鼻、頬傷が特徴的なゴブリンだった。
ゴブリンの名前は身体的特徴、役職、出身地で決まるらしい。
なのでカタミミ・キャッスルガード・カマリ城というのが正式な名前になるらしい。
カマリ城というのは八層妖魔族が持つ城のひとつで、父エリュセイグドが留学していた城なのだそうだ。
「まあ、こいつらは俺の親友ツノデッパリ・ジェネラル・カマリ城の孫だからな」
父の親友はツノデッパリという名前だったそうだ。
興味が湧いたウイングは父の親友の話をせがんだ。
父は、少し遠い目をしてゆっくりと話してくれた。
最初はツノデッパリに敵愾心を持たれていたこと。
ツノデッパリは将軍、父は領地経営のノウハウを学びに来た魔王の息子、二人は折に触れ衝突していたらしい。
だが、ある時、巨大ミミズ(ワーム)が領地に現れて、近隣を荒らし回ったらしい。
ワームは太さ八ミョーン、長さ数百ミョーンはある天災と呼ぶしかない大きさで、この規模の魔物が湧くと全滅しないことを祈るくらいしかないらしい。
ゴブリン王とその他大勢が何もできることはないと、近隣に避難勧告をしただけで、嵐が過ぎ去るのを待つ姿勢で行くことを決めた時、父とツノデッパリだけがワーム退治を主張。
しかし、二人だけの主張が議会を通る訳もなく。
仕方ないので、父とツノデッパリ、そしてツノデッパリの手勢数十人だけで、ワームに挑んだらしい。
結果、ワームは最果ての森と呼ばれる広大な未開地に退散、その時から二人は親友になったのだそうだ。
ふとウイングが横を見ると、カタミミ、マルハナ、ホオキズが目を輝かせて話に聞き入っていた。
ウイングの目線に気付いたのか三匹と目があう。
ウイングと三匹はしきりに、すごい!を連発していた。
どうやら三匹も初めて聞く話だったらしい。
父は少し満足げな顔をする。
「あの時、ツノデッパリが家宝の戦斧を奴に打ち込んでくれなかったら、さすがの俺も死んでいた。
だから、ツノデッパリには返しきれない恩があるんだよ……」
「じいさん、魔王様の魔法がなければ死んでたって……。
だから、おでたちに魔王様に恩返ししてくれって言ってた……。
今の家の家宝は魔王様から貰っだ魔法の剣。
アレすごいキレイ。
アレに恥じない兵士になれ、言われだ……」
カタミミが言う。
すると、ホオキズも、うんうんと頷きながら。
「魔王様、今度ナガオヤユビとイトメにもその話して欲しい。
今、魔物退治に出てていないけど、絶対聞きたがる」
ウイングはマルハナに聞いてみる。
「ナガオヤユビさんとイトメさんは魔物退治に出てるの?」
すると、同じように興奮で話を聞いていたのが連帯感を生んだのか、マルハナが答えてくれる。
「ナガオヤユビとイトメ、『さん』いらない。
おでたちもマルハナ、カタミミ、ホオキズでいい。
最近、魔物いっぱい出る。
でも、おでたち負けない!
魔王様に魔法教えてもらった!」
ウイングは、ドキリとする。
魔物が活発化しているのは自分のせいかもしれないのだ。
「まあ、シゲリの季節(夏)だしな。
魔物が出るのは仕方ない。
ウチの兵士たちは優秀だから、心配しなくても大丈夫だよ」
父がウイングの肩に手を置いて、告げる。
そう言われても、ウイングの心配は増すばかりである。
「あの……見に行きたい、です」
「ん?魔物をか?」
ウイングは考える。
そのまま、魔物を見たいと言っても、父は許さないだろう。もし許されたとしても、近場で済まされてしまう可能性が高い。
ウイングが不安なのは、自分が精霊を生み出したせいで活発化した魔物が、父の友人や城の兵士たちを傷付けることだ。
安易に精霊を生み出してしまった自分の迂闊さにようやく実感が湧き、恐怖する。
魔王城から出たことのないウイングでは、兵士たちがどこにいるかも分からない。
自身の仕出かしてしまった過ちを見なければならないとウイングは決意する。
「兵士たちのかっこいいとこ、見てみたいです!」
ウイングは父に精一杯の我がままを言ってみる。
「ふむ……イトメたちはどこに派遣されたか分かるか?」
父がゴブリンたちに聞く。
「氷樹森林の手前の村だと、ナガオヤユビが言ってまじた」
ホオキズが答える。
父はそれを聞いて、含み笑いを漏らす。
「ふっふっふっ……じゃあ、ウイングに父のかっこいいところも見せてやるかぁ!」
父は背中の竜の被膜の翼を開いて、ウイングを抱え上げる。
「暴れると危ないからな、大人しくしてろよ」
父に向かってウイングは首肯する。
風のマナが勝手に集まって来て、翼に力を与える。
ごうッ!!と風が爆発したような音がして、ウイングを抱えた父が飛ぶ。
そのスピードは瞬間的に目を開けていられない程だ。
前世のジェットコースター以上の重力を感じて、ウイングの息が詰まる。
「ほら、見てみろウイング!」
言われて風の中、頑張って目を開ける。
「……うわぁ!」
緑が直下を駆け抜けていく。
大河に沿って、北上していく。
点在する村や街が幾何学模様みたいで、河に映る空が雲を置いていく。
まるで時間の流れがここだけ別物になってしまったようだった。
ウイングには翼がない。
その内、生えてくると言われているが、まだ空を飛んだ経験がない。
この光景を見てしまったら、翼よ生えろと思ってしまう。
「父、すごいです!」
「だろー!よし、スピードアップするぞ!」
「はい!」
父はウイングの感嘆にご機嫌で、ぐんと速度を増した。
ウイングは強い風でさらに目を開けていられなくなってきたので、目の上に庇を作って飽くことなく眼下を眺めた。
大河を過ぎて山脈を越え、森の色が濃くなってきて、また山を越えると、白い世界が広がっていた。
山裾に灰色の要塞が見える。
その周りには山を囲むように城壁が張り巡らしてある。
その城壁の上には妖魔族の兵士たちが並んでいる。
怒号と悲鳴が飛び交い、矢と魔法が飛び交っている。
父は空中で静止する。
「なん……だ?
魔物が要塞まで押し寄せて、いる?」
城壁の周りには見えにくいが灰色の何かのまとまりが駆け巡っている。
平野部の奥の氷樹森林から、次々と魔物が出てきている。
さらにその奥、森林の上に黒い点が一斉に浮き上がる。
「くそっ!何でこんなに……」
父は慌てた様子で要塞に向けて、竜の被膜の翼を振ると、駆け降りていった。