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輪廻転SHOW!魔王の息子  作者: 月のそうま
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父とは魔王でバカなのです!

 ウイングは十六番目の息子らしい。

 御披露目会で何人かの兄や姉とも会ったのだが、上は二百歳からで半分は亡くなっていた。


 それでも七人の兄姉がいるのだ。


 だが、未だに殆どの兄姉は覚えていない。

 上五人はそれぞれに独立して、城にはいないし、後継者第一位の兄は八層妖魔族という所に統治を学びに行っているのでやはりいない。


 唯一覚えられたのは、十歳になる姉のリオラディッタだ。


 リオラディッタは母譲りのピンクゴールドの髪にスカイブルーの瞳、角はやはり母似で白い巻き角、多少きつめの印象だが、将来は確実に美人になるだろう顔立ちをしている。


「お母様、ウイングで遊んでもいい?」


 リオラディッタは母の部屋に走り込んできた。

 母は上気したリオラディッタの頬を見て、この子は弟ができたことが余程嬉しいのだろうと見て、微笑む。


「あら、リオラディッタ、今日のお勉強は終わったの?」


「もちろんよ。

 先生も私は筋がいいって誉めて下さったわ」


 リオラディッタは胸を張って答える。


「今日は何を教わったの?」


 母がリオラディッタに尋ねる。


「今日は、礼儀作法を少しと、火魔法を教わりましたわ、お母様」


 言ってリオラディッタはスカートの端を摘んで、優雅に一礼する。


「まあ、そうしてるともう立派な淑女に見えるわね」


「ええ、それに火魔法は、動くボーンゴーレムに炎弾を十発当てられたら今日は終わりにして良いと先生が仰ったので、十五回で終わらせましたのよ」


 手でピストルを作って、その指先をフッと息で吹いて格好をつけるリオラディッタ。


「まあ、すごいのね、リオラディッタ。

 でも、ウイング『で』遊ぶのではなくて、ウイング『と』遊んでくれるなら、母はもっと嬉しくなりますよ?」


「え、ええ、もちろんですわ、お母様。

 大事な弟ですもの……分かっておりましてよ……」


 つい出てしまった本音を必死にフォローするリオラディッタだった。


 母は優しく微笑みながら、ウイングをリオラディッタに抱かせる。


「では、しばらくウイングをお願いしますね。お姉ちゃん」


「はい!かしこまりましたわ、お母様」


 ウイングを抱いたリオラディッタは、嬉しそうに母を見上げる。


 この頃にはウイングも慣れたもので、何も言わずにリオラディッタに身を任せる。


 ウイング一歳の夏である。


 リオラディッタはウイングを抱えて、城の中庭に出る。


 魔王城は正門こそ、他を威圧するように刺々しい造りをしているが、場所を選べば普通に中世、石造りの城の部分もある。

 もちろん、岩山をくり抜いたような部分もあれば、魔法的な建築技術によって神秘的な景観を保つ部分もある。

 何故、様々な、そもそも別の建築様式で作られた城なのかと言えば、これはもう歴代魔王の趣味によって、増築、改築が繰り返されたからとしか、言いようがない。


大広間は五つあるし、謁見の間は七つある、なので歴代魔王たちは自分の感性に従って、使わない部分を壁で埋めてしまうのが通例だ。


 今は今代の魔王の趣味に合わせて、人世の様式に近い石造りの簡素な城を中心にしている。


 そんな中でも、リオラディッタのお気に入りは庭師で竜魔族のヴィ(ヒュー)リーが手入れをしている花壇の花々だ。



 竜魔族はそのものズバリ、ドラゴンの形をしている。


 ヴィ(ヒュー)リーは体高四メートル程の小型竜だ。


 大きな麦わら帽子を被って、いつも煙管で竜酩草(りゅうめいそう)を吸っている。


「おんやぁ、リオラディッタ様にウイング様でねえですか?」


 ヴィ(ヒュー)リーはブレス言語で「ヒュボッヒュボッ……」と豪快に笑う。


 リオラディッタが花壇が好きなように、ウイングはヴィ(ヒュー)リーがお気に入りだ。


「ごきげんよう、ヴィヒューリー」


「ヴぃ、ヴぃ……」


 ヴィ(ヒュー)リーは花壇の片隅で休憩を取っていたが、二人を認めて、目を細める。

 煙管を膝でポンと叩いて、煙管を持つ手と反対の手で火種を受ける。

 それを、パクリと口に入れると飲み込んでしまった。

 それから、作業着に付けた巾着の中へ煙管を突っ込むと、(ボッ)こいしょと立ち上がる。


 竜魔族には独特の言語が存在する。

 それはブレス言語と呼ばれるものだ。

 ヴィ(ヒュー)リーの(ヒュー)の部分もブレス言語を使っている。


 竜魔族は生まれながらに魔法に対する強い親和性を持っている。

 ドラゴンの吐くブレスの極小版がブレス言語なのだ。


 本来ならば魔王の娘、息子の前でブレス言語訛りに話すなど、到底許されることではない。

 何故なら、ブレス言語はドラゴンの代名詞、恐怖のブレス攻撃を極小化しただけのものだからだ。

 だが、魔王であるウイングの父はそれを許した。

 だから、リオラディッタも気にしていないのだ。

 ウイングにしてみれば、そもそもそんな内情があるなど知る由もないので、ファンタジックな話し方を面白がるだけだ。


「今日は何か持っていかれますか?」


 ヴィ(ヒュー)リーがリオラディッタに花を切るか尋ねる。


「ううん。今日は弟にお花を見せてあげたかっただけだから、いいわ。

 一番見頃なのはどの辺りか教えて」


 中庭の花壇は広い。

 しかも、背の高い木や草花も育てているので、時期によって見頃な場所が違うのだ。

 リオラディッタの身長ではどこが見頃なのか、一望するという訳にもいかない。


「今朝、ちょうど華炎草(かえんそう)が花開いたところでさあ。

 あとは、水場蔦巻(みずばつたまき)も面白いですよ

 三番と十八番の花壇にありまさあ」


「華炎草!あれ、私好きよ」


「それはようございました。

 でも、伐り花じゃねえんでお気をつけくだせえ」


「分かってるわ!

 ありがとう、ヴィヒューリー!」


 言ってリオラディッタは歩き始める。

 それを見送りながら、ヴィ(ヒュー)リーは大きな声で注意を促す。


「それとー、水場蔦巻はあんまり見とれてると、蔦に巻きつかれやすからねー!

 お気をつけをー!」


「はーい!」


 意気揚々とリオラディッタは歩いて行く。

 複雑に湾曲したり、コの字型になっている花壇を迷いなく進んで行く。


 色とりどりで見たこともない植物が所狭しと並んでいる。

 ウイングはそれらを興味深く見ていた。


 姉は時々立ち止まっては「あれは熊手の木、あっちはカリナス……」などと、草花の名前を教えてくれる。

 その都度ウイングが目を丸くしたり、細めたりしながら「うゃ?」とか「ほー!」とか反応を示すので、面白くて仕方がないらしい。


 リオラディッタが背の高い真っ青な草が生える花壇で一度、立ち止まる。


「あぁう?」


 姉からの説明がないので、何だろうとウイングは姉を見上げる。

 姉は少し悪戯っぽく笑うと、ウイングの身体を正面にするように抱き直す。

 少し抱きにくいのか、よたよたした足どりで青い草の生える花壇を曲がった。


「あれが華炎草よ」


 ピンクの花弁に赤い翅の蝶が二匹、向かい合って止まっていると思った。

 だが、姉に連れられて近づくとそれが花なのだと分かる。

 しかも、花軸の部分は黄色い花軸を覆うように透明なゼリーがついていて、それがえもいわれぬ瑞々しい甘い香りを放っている。


「うきゃーあ!」


 ウイングの口からは知らぬ間に歓声が漏れていた。

 思わず手を伸ばすが、それを見てとった姉がウイングを連れて数歩下がる。


「あぅ……さーる!さーる……」


「ダメよ、ウイング!触ったら火傷じゃ済まないんだから!」


 ビクッとして、慌てて手を引っ込める。


「あけど?」


「そう、いたい、いた〜いなのよ」


 姉が姉ぶりを遺憾なく発揮していると声が掛かる。


「お、リオラディッタ!ウイング連れて、お散歩か?」


 見ると父が近づいて来るところだった。


「お父様!」


 途端に姉が甘えたような顔を見せる。


「偉いなあ、リオラディッタ」


 父はくしゃくしゃと姉の頭を撫でる。

 それから姉とウイングが見ている物を見て、にんまり笑う。


「おお、華炎草か、もうそんな季節なんだな……」


 華炎草を見ながら、父が少し遠い目をする。


「お父さんが子供の頃はな……」


 言って、無造作に華炎草を手折る。

 途端、華炎草の蝶の部分から本当の炎が吹き上げて燃え上がる。


「「ひっ……!」」


 姉とウイングが同時に驚くが、父は平気な様子で花を掴むと花軸を剥き出しになるように花弁を握った。

 それから、人差し指の脇と親指で花軸のゼリーみたいな部分をウイングに向ける。

 ウイングが瑞々しい甘い香りに誘われるように、顔を向けた。


「こうやって……」


 姉も興味深く父のすることを見守る。

 父はウイングの頬に向けて花軸を押し潰した。

 ゼリーに見えたのは膜のようなものだったらしく、ブチュッと音がして水分が弾けた。


 バチンッ!


 水分が頬に掛かった瞬間、鋭い電撃がウイングを襲う。


「あだーっ!」


「あっはっはっはっ!

 この花は食虫植物でさ、燃やした虫なんかを自分の周りに落として養分にするんだよ。

 そんで花に触れない器用な奴には蜜に流れる電撃で驚かして、花弁に誘導する役割があるんだ。

 これ使って、よくコボルト苛めて遊んだなあ……」


「ちょっと、お父様!」


 慌てて姉が弟を庇う。

 ウイングはかなり涙目だ。


 こんのっ!馬鹿親父〜!最悪じゃねーかっ!


 数分後。


「いやあ、懐かしいなぁ、(ゴボゴボ……)あの時もこうやって、水場蔦巻に絡まれて、(ゴボッ……)逆襲されたんだよなぁ……(ごぽんっ……ゴボゴボ……)」


 水場蔦巻は二メートル程の太い茎が伸びていて、その先端は噴水のように水を吹いている。途中、天然の鹿威し(水が貯まると重みで水を吐き出す、日本庭園なんかにある、チョロチョロチョロ……かぽーん!と音を出すアレだ)構造の花が下に行くほど大きく咲いている。

 一番下には葉が変化したバケツみたいな漏斗状の物がついている。

 水を飲みに来た動物などを蔦状の根で縛り付けて、バケツの葉に突っ込んで養分を得るらしい。


 父が養分として、姉に突っ込まれていなければ、頭頂部から吹いた水が鹿威しを順番に辿って下の葉に吸い込まれる、見事な水芸が見られたことだろう。



「あの時は、コボルトたちも相当怒ってたみたいでさあ(ゴボゴボン……)マジで半日以上放置だったから、さすがのお父さんも死ぬかと思ったよ(ゴポッ、ゴポッ……)」


「へー……よく生きてましたわネ」


 姉が抑揚のない声で答える。


「はっはっばっ……がぼっ、ぐえっ、ごばっ……………………。

 あぶねぇ……自慢で逝きかけた……」


 笑った瞬間、大量の水を飲んだのだろう、父の足が一度、ビクンと震えて、暫く小刻みにジタバタしていた。

 それから、んごっく、んごっくとバケツの水分を飲み干す音が続く。


 それを見ていたウイングは気付く、気付いてしまう。

 バカな!水場蔦巻の水分が涸れるまで、飲もうとしてんのか!と、姉を見上げる。


 姉も、ギョッとしてその光景を見ている。


 始め、衰えることなく水を吹き上げていた水場蔦巻の先端部分から五分もすると次第に勢いが弱まっていくのが見える。

 父が水を飲み込む音は衰えることなく続いている。


 ウイングは呆れながらもその光景を眺めていた。

 リオラディッタは「ヨシ……」と自分を納得させるように頷くと、左手を開いた状態で父に向け、右手は人差し指と中指を残して握り込んで、その先端を口元に添える。


「リオラディッタ・エリュセイグド・V・S・ルーシュフエルがマナに願う。

 我が名の元に集い、水流となりて彼の敵を打て……我は暁の星と魔を統べる者に守護されし傲慢の宝石(スペルビア・ジュエル)なり!

 高圧水流波!(ハイプレッシャー・ストリーム)」


 リオラディッタの呪文に反応したマナがリオラディッタの魂が発する力を糧に高圧水流へと転じていく。


 しかし、ウイングには違う景色が見えていた。


 姉の身体が言葉に従い発光する。

 すると、どこからともなく光の粒が表れ、姉に纏わりついて姉の光を奪っていく。


「……呼び?」

「……ばれたかな?」

「あ、……ティック・オーブだ!」

「……うよ!ジュエルがくれるって!」


 いつもよりたくさんの光の粒がいる。

 色とりどりの光の粒は姉に纏わりつくと青い光になって左手のひらに集まっていく。

 幾分か光が強まっている。

 と、思うと光が瞬く。


 そこには水流が表れていた。

 少し大きくなった光の粒は満足そうな響きをウイングに残して空間に溶けた。


 十センチ程の太さの水が五メートル以上飛んで父に当たる。


「がぼらっ……ごぼっ……ぐばっ……」


 水流の激しさ自体は父の身体に何の痛痒も与えていないようだが、純粋にバケツに入る水量は増える。

 水場蔦巻の先端から吹き上がる噴水も元気を取り戻したようだ。


「ちょ……リオ……がはっ……」


「反省してないでしょう、お父様はっ!」


 父は足掻くのを止めた。

 というか、動かなくなっていた。

 姉が魔法で生み出した水はとめどなく父の身体を伝って、父の頭が突っ込まれているバケツに注がれいる。


「………………ふんがっ!」


 一瞬、父の身体が膨れ上がる。


 ブチブチィッ!と蔦が引きちぎれて父の拘束が解ける。

 父は重力に従って足を地につけると、頭をバケツから引き抜く。


 ボタボタと全身から水を滴らせ、恥も見栄もなく大股で姉の前まで歩く。

 目は血走り、口からはだらしなく水を零し、全身の筋肉は血管を浮き上がらせている。


 姉は父の形相に目を剥いて、口元をひきつらせる。


「リオラ……ディッタぁぁぁ……」


 姉の顔面は蒼白を通り越して、真っ白だ。

 それでも、気丈に一歩斜め前に出て、座り込むウイングを庇うようにしている。

 父は姉の前に立つ。

 ウイングも姉の前に出ようとするが、恐怖に身体が動かない。


 ゆらり、父の身体が揺れる。


「すいませんっしたあぁぁぁ!」


 土下座だった。

 偉大なる魔王である父の全力土下座だった。


「謝るなら、ウイングにでしょう!」


 姉は正論だが、容赦がなかった。


 父が地に額をこすりつけながら、びくんっ、と身体を震わせる。

 そのままの体勢で器用に膝と足の甲を使い姉を回り込むと、ガバッと身を起こす。

 額に付いた砂利の跡が痛々しい。


「ウイングくん、すいませんっしたあぁぁぁ!」


 もう一度、額を地にこすりつける父だった。


 これが魔王。

 これが魔を統べる者。

 これが父……。


 ウイングは天を仰いで嘆息するのだった。



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