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輪廻転SHOW!魔王の息子  作者: 月のそうま
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僕は人間じゃなくなったのです

 その時、彼に見えていたのは光の奔流だった。

 光の渦の中を押されるように、流されていた。

 その光のトンネルは永遠に終わりが見えないのではないかと思える。


 なんだこれ?とぼやけた思考の端で引っ掛かる。

 そこで彼は気付いてしまう。


 ああ、僕は死んだんだっけ……世を儚んで、怨みを残して、すべてが嫌になって、死のうとして、でも、死ぬのが怖くなって、そんな自分に絶望して、だけど、お腹が空腹を訴えて、身体だけは正直に生きたいって言ってる自分が馬鹿みたいに思えて、笑った。

 笑った拍子にそこが学校の屋上だったことを忘れて足を滑らせて、落ちた。

 なんて間抜けなんだろう、と彼はつい先ほどの自分を思い出す。


 『つい先ほど』がどれくらい前の話だったか、彼は覚えていない。

 時間の概念が希薄になっているんだななんて、ちょっと小難しいことを考える。

 それから、意識がぼやけて眠さのピークが襲ってきた時のように、途切れ途切れの思考を繋げるでもなく繋げてゆく。

 名前……なんだっけ?

 彼は自分の名前が分からない。

 記憶が次々に消えていく感覚がある。

 そんな中で、彼は自分の名前を思い出そうと思考の中でもがく。

 羽根?いや、翼だっけ?そう、たしか翼だった。校舎から落ちた翼。皮肉な話だよなあと自嘲する。

 後悔はある。

何故ならば、死ぬつもりはなかった。最初はそのつもりだった。しかし、身体の欲求に従って生きるつもりだったのだ。


 でも、落ちた。

 死んだよな……たぶん。と彼は自問自答する。


 何故、『たぶん』かと言えば痛みがないからだ。

 そもそも痛みを感じる身体もない。


 身体がない……?


 意識に上ってくると途端に自覚する。


 僕の身体、ないんですけどぉぉ!


 彼、翼の身体はなかった。

ただ、自分が球状の光になっているのが直感的に分かるだけだ。

 そうして、自身の変化に焦っていると、一瞬、人影が()ぎったような気がした。

 翼が感覚的に振り向こうとした時、衝撃があった。

 背中から固い何かにぶつかったような衝撃。

 んごぉっっ!と叫びにならない叫びは身体がないので声にならない。

 それから、ずぶずぶ、と柔らかい何かに引き込まれていく感覚。

 慌てて腕を伸ばして、身体を突っ張って……というのは感覚の中だけの話だ。


 溺れる者は藁をも掴む。


 何かに引っ掛かった気がした。

 気がしただけだ。

 翼の感覚はそのまま、柔らかい何かの中へ落ちていった。


 割れ鐘が響くような音が断続的に聞こえる。

 ……アアァァァァン!

 ……アアァァァァン!

 ウルサい……うるさいっ……五月蝿いっ!

 翼は叫ぶ。

 目の焦点が合わない。人影のようなものが浮かぶ。

 翼は慌てて助けを求めるように腕を伸ばす。


「あらあら、お母ちゃまがいいのね~。

は~い……お母ちゃまですよ~」


 目の前の人影が消えて、新しい人影が現れる。

 その人影は翼に向けて、ぐんぐんと近づいてくる。


 誰でもいい。助けて!


 翼が手を伸ばす。

 その手は人影に当たり、その温かさに驚いて翼は伸ばした手を動かせずにいた。

 すると、割れ鐘のような音が途端に止む。


そこで翼は初めて自分が新たな生を得たのだと知った。

 先ほどの割れ鐘のような音は自分の泣き声だったと気付く。


 手の先に伝わる温かな物。これが母なのだろうか?


 前世の翼は父母を知らない。

 翼が生まれると同時に母は産後の肥立ちが悪く、亡くなってしまった。

 父は翼が生まれる直前、交通事故だったそうだ。

 なので、翼の知る父母とは母方の祖父、祖母のことだった。

 その祖父母も翼が死ぬ数日前、事件に巻き込まれて他界してしまった。

 翼を守る者はなく、人並みに構築できなかった人間関係や、それが元で巻き起こる嫌がらせや暴行などに耐えられなかった。

 だから、翼も後を追おうとしたのだ。

 それでも、思い直そうとした矢先に亡くなってしまったのは失敗だったが、結果として新しい生を得られたのは幸運だったのかもしれない。


 これが、母親の手触りなのか……感心するように母の肌に触れ、その柔らかさと温もりを何度も確かめる。


「そろそろ目が見えるようになると思いますよ」


「そうなの?」


「ええ、奥方様の血よりお父様の方の血が濃く出ているようですから……」


「早熟なのねぇ……」


 そんなやり取りが聞こえたと思うと、翼の目の焦点が像を結び始める。


 桃色に上気した肌、線が細く整った目鼻立ち、瞳は吸い込まれるようなサファイア色……どうやら日本人じゃないようだと翼は観察する。

 髪は赤みがかった金色で、目を合わせようと母が頭を垂れると、サラサラと流れてくる。

 優しそうな顔だった。

 翼は夢に思い描いた理想の母だと思った。

 さすがに髪と瞳の色は夢にも思わなかったが。

 耳はピンと長めでその少し上には羊のような巻いた白い髪飾りが均等に生えていた。


 ?……ん?髪飾り、不思議なつけ方してる母だな……まるで生えてるみたいな……。


「あら、私の角が気になるの?」



 母は楽しそうにそう言って、翼の身体を持ち上げ、顔を横にずらしてくれる。

 いつの間にか翼の手は、その白い髪飾りに触れようと伸ばされている。

 触ると少し温かい。

産毛のようなものが周りを包んでいる。 そして、根元は確かに母の側頭部から生えていた。


 それに気付いた時、翼はビクリとする。

 母は人間じゃない!……っていうか、何っ!?


 翼がもう一度、確かめようとした時、扉が開く音がして誰かが急ぎ足で近づいてくる。


「おい!生まれたか!……やったな!でかしたぞ、グロリア!……どれ、俺にも見せてくれ!」


 喜色満面の声色で男性の声がする。

 やはり温かく大きな声だ。


「あなた……」


 ホッとしたような吐息と共に母が言うには、父なのだろう。

 翼は振り向こうとしたが、首の据わりが悪いのか、思うように首が回らない。

 母の横に座り込んで顔を覗かせたのは、見目麗しい男性だった。

 藍色の短めな髪、紅い瞳、口元から覗く雄々しい牙、そして頭に屹立する二本の角。


 やっぱ、人間じゃなかったあぁぁ!


 翼はヒッと息を呑んで、それから盛大につっこんだ。

 それは割れ鐘のような泣き声にしかならなかったが、持てる最大のエネルギーを発して、エセ関西弁でつっこんだ。


 な~んでやね~ん!


 そうして、翼の第二の人生は始まった。


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