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彼は私の最強手札(He is my joker)  作者: 野良にゃお
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その4)Go! Go! Go!

その4/Go! Go! Go!



 さて、問題です。

 横浜………と、いえば何でしょう?


 ズバリ言って、港!


 なのかどうかはたぶんきっと、意見の分かれるところなのだろうけれど。とりあえずそれは意識の隅っこどころか記憶の奥にすら置かず、所謂ところの詰まるところどうでもイイ事だから兎も角として。コンテナが幾つも並んでいるそこ、つまり港を僕は今こうして、


 こつこつ。

 こつこつ。


 と、踵を鳴らしながら独り、待ち合わせ場所付近を歩いている。のだけれど、こつこつという音は靴の底が地面に接触した際に自然と鳴っているだけの事で、意識して鳴らしているつもりはない。そんな事を意識してリズミカルに演出するのは、ダンディーな俳優が主役を張る映画くらいのもんですよ、うん。更にいえばキリリとした二枚目の、ね。


 えぇ、どうせ僕なんて

 三枚………こほん。


 愚痴るのはヤメよう。見渡し見回してみたところ、聞いてくれそうな人も犬も妖精も近くにはいないみたいだし。


「ま、これもどうでもイイ事だな」と、ぽつり。相変わらず緊張感のない性格だよ。これが、豪胆だからという理由から生じる事であるのなら自慢くらいにはなるのだろうけれど、実際のところはたぶんきっと、うん。


 壊れてるんだろうなぁ………。


「やれやれだよ、全く」と、左腕に巻いてきた時計の針をチラリ。時刻は現在、午後の11時を少しだけ過ぎたあたり。もう暫くすれば、日付が次の未来へと変わる頃だ。


「おぉー、時間どおりだ。珍しいじゃん!」なんて、よくよく考えてみれば自虐しているとしか思えない感慨を胸にふと、夜空を見上げる。


「お、満月みっけ!」すると、闇の中に丸い月が浮かんでいるのが見えた。どうやら、星達はお留守らしい。故にぽつん。と、寂しげ。視認は出来ていないのだけれど、雲でも漂っているのだろうか? あっ、だから月が朧気に見えて寂しそうだなって感じたのかも………じゃあ、視認しているという事、か? ま、そんな事はどうでもイイか。


「って、これで3回目だぞぉー」言いながら、ぴたり。理由があって歩みを止めた。それでも、緊張感は依然として全くないのだけれど。ま、それはそれとしてその刹那だけ後、視界を上方から前方へと変える。


 どれどれ、

 えっとぉ、


 いち、にい、さん、しい、ごぉ、ろく、なな、は………ち。


 がるる!

 暗いから数えるの面倒!


 だからヤメた。テキトーでもイイんだし、うん。見た感じ両手に余るくらいだろ、たぶん。別にイイじゃん算数のテストじゃあるまいしさ。誰だよ一応は数えとこうなんて考えたヤツ!


 ………ま、

 それは兎も角としておこう。


「来てるヤツみんな残さず始末しちゃうんだし、さっさと終わらせないとだし、夜だけに………ないと、だし?」


 ………ゴメンなさい。

 もう二度と言いません。


 さてさて。僕の視線の先にある視界には今、行く手を阻むかのように立ちはだかる黒スーツの男達が並んでいる。そして、その真ん中には白スーツらしき男が立っている。クソ忙しいこの僕をわざわざ此処へと呼び出しやがったのは、あの白スーツらしき男なのかな? 暗くても白系はなんとなく視認し易いね。


 そういえば白系というと、映画やドラマとかのワンシーンで撃たれちゃったり刺されちゃったりしちゃう役の人が、赤い血が視覚的に絵になるように着用している………なんていう事もあるのだけれど、そうじゃない時だって普段だってあんな風に着る時は着るだろうから、どうなるかはお楽しみ? 刮目せよ、みたいな。


「死亡フラグかぁ………アイツ、なかなかヤルじゃん」って、何を言ってんだかだよ僕ってヤツは。ま、そんな感じで緊張感が生まれる気配すら全くないまま、ポッケに突っ込んでいた右手を出す。


 と、ぴくり。


 断定ホワイト仕立て野郎を除いたその他の上下ブラック野郎達が、僕の挙動に対して敏感な反応を示した。何だと思ったのかは想像に難くないのだけれど。残念ながら、僕の右手に握られているモノは煙草。の、箱。


 で、勿論の事その中には何本か煙草が入っております。カラで持ち歩く趣味はないので。吸いたくなったから取り出しました。それだけの事なのにヤダなぁーもぉ、ポッケに拳銃なんて入れてるワケがないでしょーが。


「………」ま、それは兎も角として。箱の中から上手いこと一本、はむっ。と、口で挟んで取り出した僕は、その時には既に左手で握っていたライターを口元のそれに近づけた。勿論の事それも、ポッケから取り出して、ね。で、かちゃ。んで、しゅぼ………すはぁー。


「んふうぅー」いやぁー、美味いねどうも。なんて事を思ってみたりしたものの、よくよく考えてみなくてもどこがどう美味いのかと訊かれちゃうと激しく困る。


 あ………、

 黒上下達が距離を詰めてきた。


 もしかして、

 激しく怒っちゃっている、とか?


 バカにしやがって、的な? うん。うん。なんだかそんな感じだね。そうなんだ、ふぅ~ん。それならそれでわざわざ此処まで出向いたのだから、それに付き合う用意はありますよぉー! と、まずは一歩。体重を移動させようかと動いたその時。


 ばばはぁーん!


 僕の眼前、僅か二歩先というあたりの路面に、丸まった真っ赤な絨毯が出現した。ふわふわでふかふかなタイプの。って、なんちゃって。勿論の事それは実際の話しではなくて、僕がイメージした映像。なんかさ、映画の演出みたいでクールじゃん? 実際にはそんな魔法なんて使えませんし、そんな呪文があるのかすら知りませんし、そんな気の利いた演出を用意してくれる裏方さんも見あたりません。


 けれど、です。


 たしかに出現しているのですよコータロー。この場面ならそのつもりでいたいのですよ。イメージで独り遊びするのは個人の自由ですから。


 でしょ?

 でしょでしょ?


「………よっしゃー!」そんなワケで赤い絨毯のご登場。異論を挟む余地なんてありません。所謂ところのレッドカーペット。ちゃんと英訳すると………カーペット・オブ・ザ・レッドカラー、とかなのかな? ほら、ハリウッドの大スターとかが颯爽と踏みしめていくようなアレ。そのアレが、ころころころろぉ~。と、一直線に真っ直ぐに視線の先へと転がっていく。広がっていく。故に、次第に、一筋の赤い道が出来上がっていく。まさに、レッドカーペット。もう一度だけ言おうか。ハリウッドの大スターとかが踏みしめる、あの、アレですよ。

 そのアレを僕は、ジッと見つめる。目で追う。敷かれていくその先頭を、行方を、転がる毎に丸まりが小さくなってゆくそれを、視界に入る限りただただ目だけで追う………のだけれど、すぐに目だけでは視界に収まりきらなくなっちまったので、ゆっくりゆっくりと顔を上げていく。のにも関わらず、ころころころころぉ~、ぴたり。


 ………何、だ、と?


 一直線に転がりながら敷かれていく赤い絨毯が、転がり終える前に止められてしまったよがっでむ! 赤い絨毯は、その圧力に簡単に屈してしまった。暗いから判然とはしないのだけれど、その圧力の大本はたぶん………あの白スーツ野郎の右足、だよ。ま、イメージなんだからどっちでもイイのだけれど。と、いうよりも僕の最終到達地点が其処だから、止められても支障はないのか………うん。がっでむアンドびっくりマークってのは取り下げよう。


 それにしても、

 脳内独り言が多いねどうも。


 って、ま、それはそれとして、だ。僕はその足元から順に、膝、腰、胸、そして顔へ、たっぷりと時間をかけながら視線を上げる。と、いっても白の上下とは僅か15mくらいしか離れていないので、さほどの時間も浪費しない。だからすぐに視線が交わる。ま、暗いから定かではないのだけれど。気持ちの問題だよね、こういうのって。


 なのでとりあえず、にやり。僕が口の端を上げると同時、まさにその時、アドレナリンとかいうヤツが踊り狂ってトランスしまくっちゃうようなBGMが流れたのだった………。


 以上、

 イメージ映像のみ終わり。


 待たせたかな雑魚ども。オマエもだよ白色スーツ野郎。けれど、でも、その分だけ寿命が延びたのだから文句はないっしょ。それが例え、儚いまでにほんの少しの間だけだったとしてもね。行き先は天国なのか、それとも地獄なのか、そんな事は預かり知らずだから他の誰かに訊いてくれ。知っているヤツが存在するかどうかもそうだ。その代わり、僕が知っている事を三つだけ教えてやろうか。一つ、どっちにしても同じ事が一個だけあるって事。そしてもう一つ、その一個とは苦しみもがきながら死んでいくという事。最後の一つ、それがこの僕によってだという事だ。


 あ、声に出して言わないと伝わらないなぁ………でも、凄い面倒。どうせすぐにただの塊になる奴等だし、わざわざ声にすんのは却下!


「さて、と…」んじゃ、ま、

「始めちゃいましょう」か。


 呟きながら俺はゆっくりと、けれど確実にアスファルトを踏みしめた。はじめまして、黒上下&白上下野郎共。


 御用は、なぁ~に?


「なんか、ヤバいかも。めちゃんこ楽しくなってきたぁー!」よぉーし、イメージ映像と音楽を復活させちゃおう。と、提案。勿論の事、即採用。


「うむ!」僕は落ち着いた足どりで赤い絨毯を踏みしめていく。一歩、二歩、三歩。向こうさんも何人かがそれぞれに同じく。今まであった距離が劇的にといった感じで縮められていき、それにつれて表情までも見えるようになってく………おぉー、ヤル気満々だね。どうやら、心の距離までは縮まらないみたい。漂う空気も怒気を軽く越えて既に殺気だし。ま、考えるまでもなくそりゃそうなのだけれど。


「死ねやコラぁー!」そう叫ぶ………叫ばれる? 兎にも角にもそうするや否や、前方左手側の黒上下その1が勢いを強めながら突っ込んできた。死ねやって、アンタさぁ………待てぇーって叫びながら追いかけちゃうような警官さん達くらいベタじゃね?


 とかなんとか思いながら。


 ソイツのたぶん、推測するにえっと、えっとね………あ、胴タックル? を、左に移動してスカす。するとソイツ、おもいっきりヘッドスライディング! あらヤダ、そこにベースとかってあったっけ? 何塁のヤツ? 暗くて判んなかったよ。じゃあ今、何回の裏なの? それとも表とか? お、お次は右の拳を振り上げたヤツの番らしい。せっかちだね。三時間半ルールのせい?


 ま、イイや。


 僕は左腕で拳を腕ごとブロックし、ほぼ同時に右拳を肋付近に叩き込む。


 ぼこっ!


 うずくまる右拳男。続けざまにその顔面に右膝を入れる僕。どごっ! という衝突音の中に紛れて、ぴきっ! という音………鼻、かな。どんまい。


 続いて、右足を引いて地面に置くと共に、回転しながら左足を右斜め前に踏み込ませ、回転する軸をそれに変えつつ左足を振り上げて右側から向かってきていたヤツの腹部にその足裏をおもいっきり当てる。所謂ところの後ろ回し蹴りってヤツですおー。


 ぼふっ!


 で、自身の後方へと儚くブッ飛ぶ右から男。ま、くの字ってヤツですな。その衝撃………慣性の法則? に、よって回転が止まった僕は、白上下野郎に向かって進む。


 勿論の事、

 何事も無かったかのように、ね。


 その途中で面倒な事に雑魚が左側から掴みかかってきたのだけれど、面倒だから視線を逸らさずパッチギ単発のみで軽く撃退。


 がつん!


 すると、激しく面倒な事に続けざま右からも掴みかかられる。が、しかし。これも面倒だから再度のパッチギのみで撃退してみる。


 ごつん!


 直後、正面から前蹴りが跳んでくる。が、これはサイドに避けて掬って持ち上げ、おもいっきり地面に叩きつける。


 ばすん!


 それと同時に跳び蹴りが来たが、それもひょいと交わして服を掴み、地面へと叩き落とす。


 どすん!


 さっき叩きつけたヤツをサンドの具にしちゃった。えぐっ! って、呻いたからタマゴだな………うん、反省する。


 僕は再び歩き始める。その最中に四人くらい、パッチギで返り討ち。連続だったから頭がクラクラしちゃって定かではないのだけれど。


 で、そんなこんなで到着。やっぱ正解だった。上から下まで白一色なスタイルだよコイツ………新郎なの? スーツにネクタイだし。あ、もしかしてラッキーカラーとか?


「よっす、白尽くしヤロー!」ま、そんな事はどうでもイイ。ファッションセンス皆無と言われて久しいこの僕に、上から目線で評価されたくないだろうし。


「この期に及んで話し合い………なんてカードは勿論の事、NGだぞぉー」兎にも角にも、こんばんわ新郎擬き野郎。時間厳守でと言われた覚えはないのだけれど、ほぼジャストで来てやったったぜ。


 ぱぁん!


 で、所持していた拳銃をニセ新郎野郎の額に押し当てた僕は、それではごきげんようとばかりに躊躇なく発砲………させるとみせかけて、これまた隠し持っていたスタンガンを首筋に押し当ててこちらを躊躇なくビリビリ! っと、放電させましたとさ。


 びくん。

 どさっ。


 痙攣してすぐ崩れる白上下野郎。

 ………あ、泡吹いてる。ヤバい。

 

 ヤリすぎたかも、あはは。MAXは危険レベルだったみたい………でも、どんまい! 拳銃を使用するワケにはいかないもんね。威嚇用として持ってきただけで、もう殺めるつもりはない。ギリギリ死ぬか死なないか、後はソイツの生命力が頼みの綱ってトコまではヤッちゃうつもりではあるのだけれど、ね。


 こうなるに至る理由が理由だけに。

 ま、当たり前の報復行為って感じ?


 とは言っても、

 それでも拳銃の使用はNGです。


 だから、スタンガン。だって、殴り倒すのも蹴り倒すのも踏み潰すのももう疲れたから面倒だし、拳や頭が痛い痛いだし、パッチギの連発でクラクラもしていたりするし、何よりもケツかっちんだから、さ。ザ・時間厳守! 円満な信頼関係を維持する為には大切な事です。あ、拳銃もスタンガンもポッケには入れておりませんでしたから。


 だから、

 ウソツキじゃないもぉーん♪


「てへぺろ?」そんなワケで、結局のところミスター白服も雑魚扱いで処分しちゃいましたとさ。良かったね、これで運悪く御陀仏になっても白装束に着替える手間が省けたじゃん。って、恨まれる?


 ま、何はともあれこれでめでたくエンドマークって事でイイのではないでしょうか。あ、でもね、エンドロールは流れないから。てか、流さないでおく。何故なら、コイツ等の名前を知らないからです。雑魚Aとか雑魚Bとかクレジットしても、そんなヤツばっかのスクロールなんて時間の無駄だもんね。


 はぁーい、

 そんなワケで楽勝でぇーす。


 いえい! ま、雑魚だから当たり前なのだけれど。向こうさん、飛び道具を使わなかったのは失策だったね。向こうさんは気兼ねなく使用デキるのだから、躊 躇なく使わなきゃですおー。


 ま、そんなこんなで。


「ではでは」早速、と。ポッケからブツを取り出しまして、かちっ。ブツからピンを抜きまして、ぷちん。


 で、えいやっとぉおおおー!


 真っ直ぐ行った先にある倉庫の前に、ずらりと屯している高級外国車。そこへ目掛けて、レーザービーム51番気取りでブツを放り投げる。


 ひゅーん………。


 いち、

 にい、

 さん、

 しい、

 ごお、

 ろ、


 どかぁあああーん!


「え! え? えっ?」なんと、カウントしていた甲斐もなく予想より早めの大爆発。ちょっとビビッた。びくんっ! って、なっちゃったよあはは。結構これでも離れたつもりだったのだけれど、少なからずな熱風を肌に感じた。それプラス、耳に違和感。ま、初使用だったからどんまいどんまいまいせるふ。うん………修行しなきゃだな。


 って、しないけどな!


 あはは………は。

 ………さて、と。


 じゃあ、

 本編に突入しようか。


「で………あの奥の倉庫、か」呟きながら、ちらり。時計を見る。もう日付けが変わるあたり。既に報告しに倉庫内へと入ったのか、それともトラップありなのか、取り敢えず見張りはいないみたいだな………どうする?


 正面から突っ込むか、

 或いは裏手を探すか。


 どちらにしようかな、

 天の神様の、


「言う、と、お」り。


 よし、決まった。問題は、この緊張感皆無なテイストを維持デキるかどうかだなぁ………冷静さが著しく欠けてしまうと判断力やら何やらが鈍るから、だから敢えて作ってみているのだけれど。


「シズカさん………」実のところは、自分自身の不甲斐なさとアイツ等への怒髪天で今にもブチキレそうだ。


 それ故に………、

 実際に目にしたら。


「完全に諦めるしかない、か」考えてみれば虫の良い話だし、もうチクられているかもだし、結局のところは目の前で使う事になるだろうし。また、こんな事になるかもだし、ね。


 エンドマーク、か………うん。

 その方がお似合いなのかもね。


 静香さん………。


 ………って、

 往生際が悪いぞぉー。


「………」忘れる為に飛び込んで、忘れたフリして続けて、忘れられなくて辞めて、忘れたくなくて戻ってきたら、引かれる事になりましたとさ。


「………」って、何コノ迷惑かけまくりで自業自得すぎる失恋フラグ………マジで立ち直れないかもしれない。


 静香さん………ゴメンなさい。


 今、僕が出来る事。それを、

 精一杯頑張ろう………よし。


 ほんなら、

 ちゃっちゃと行きますかぁー!


 ………。


 ………。


 倉庫内。重く息苦しい緊張感が張り詰めている。総勢二十名といったところだろうか、黒服に身を包んだ男達の誰一人として音を立てない。


 しかし、唯一人。


 倉庫の正面にある主に人間が出入りする時のみの際に使用するドアのあたりで見張りを担当していた若い男が、倉庫の中央あたりに陣取っている者の内の一名へ何やら報告をする為に走っており、その他はただただその姿を見据えながら立ち尽くしていた。


 男が向かっている先には、

 組織のナンバー2がいる。


 そしてその横に、

 今回の首謀者が。


 更にその横に、

 捕らわれた姫の姿がある。


「………」

 静香は様々な感情に苛まれていた。逡巡、不安、恐怖、その中でもこの三つが占める割合は大きく、今こうしてその身に起きている事態の理由が判らないまま立ち尽くしている。


「………突っ込んでこないのか」

 その横で、ぽつり。今回の首謀者であるとある組織のボスが呟く。恰幅の良い白髪混じりの男だ。俊二によるブツの使用によって倉庫の外でかなり大きな爆発音がした為に、もしやと思って警戒レベルを上げたようなのだけれど。


「羊飼いのヤツ………てくてく歩いて向かってるそうです」

 駆けてきた男がボスのすぐ横にいたこの組織のナンバー2である鋭い眼光をした男に報告しにきた事を、そっくりそのままボスにぼそぼそと耳打ちした。


「って事はオマエ、外の………」

「はい。あっさりと全滅したようです。しかも、羊飼いに掠り傷一つすら刻めずに」

「う、む………噂に違わぬ男だな。ますます我がモノにしたくなったわ」

「ですが、噂に違わぬとなりますとかなり厄介だと思いますが………」

「だが、悪い話しでもあるまい。それにこっちは、このカードがある」

 そう言うや否や、捕らわれた姫であるところの静香の肩をぽんぽんと叩く。


「あうっ、うう、うく………」

 びくん。と、静香が震える。そして、声にならない声。無理もないと言えばたしかに無理もない事なのだけれど、かなり怯えている様子だ。


「いつまで怯えているんだ。言った筈だぞ? オマエは羊飼いにとって大事な姫なのだから手荒な事はしない、と」

 ナンバー2が無表情で静香に話しかける。低音で抑揚の少ない声色が、かえってその重々しい空気に不気味さを増している。


「うくっ………」

 しかし、静香は事態の中核が飲み込めていない。彼等の言う羊飼いがどうやら俊二であるらしいという事は推測可能なのだけれど、どうして俊二が羊飼いと呼ばれているのかが判らない。そして、どうしてマフィアのようなこの男達が俊二を狙うのか。今朝から続くこの顛末がどのような終息を迎えるのか、静香には判らない事だらけだった。


 ばんっ!

 ………!


 それは、突然と言えば突然の事。広い範囲に大きく響き渡る音がして、倉庫内に居る全員がびくんと震える。出入り口のドアが勢いよく閉まった事による物音だった。


 そして………、

 その僅かに後の事。


 がらっ、がらがら、

 がらがらがらがららぁあああー!


 今度は正面の大きなドアの方が僅かに開き、更に少し開いた直後。大きな音を立てながら勢いよく左右に分かれていった。


 そして分かれた中央には、

 分かれさせるに至った男が一人。


「シュンくぅーん!」

 それが俊二だと判るや否や、静香が叫ぶ。


「シズカさん拉致ってオレに脅迫コールして戦闘しかけてきた事、覚悟してんだろぉーな! おい! 全滅させるぞコノヤロー! シズカさん拉致ったヤツはどいつだコラ! 実行部隊は誰だよ!」

 目視可能な範囲にいる数と静香の位置を把握しつつ、俊二が怒髪天でずかずかと中へ進む。その行為は、有利に事を運べる側に立っている向こうさん達を勢いで威嚇するのが主な狙いであり、実のところ人質というカードをほぼ無効化するにはパーサーカーの如く我関せずな無秩序ぶりを演じて暴れるのが良策だったりする。それによって向こうさん達は、人質というカードを切り札として使用する機会がなくなるからだ。なのだけれど、俊二自身それよりも何よりも感情がその思考すらも黙らせている感もあった。


「オレ様がそうだが文句があっ」

 故に、俊二に飲み込まれて大男がこうしてずいっと名乗り出た途端。


「テメェーかゴラぁあああー!」

 感情があからさまに爆発して一直線、俊二は大男へと躍り掛かる。


 ばごっ!


「がふっ!」

 勢いよく大男が吹っ飛ぶ。


「ただの雑魚が主要キャスト面して真ん中に立ってんじゃねぇーよオラ!」

 俊二は止まらない。


 どこっ!

 ばすっ!

 ばきっ!


「ぎゃっ! う、ご………」

 大男が一方的に沈んでいく。


「オラ! オラ! テメぇーは日陰で体操座りしてろやボケぇー!」

 俊二は止まる気配を見せない。


 ばこっ!

 ばこっ!

 ばごっ!


「うぐ、う………」

 大男がどんどん地面と同化していく。


「雑魚がオラ! コラ! ゴラぁー!!」

 が、しかし。俊二はそれでも止まらない。


 ばきっ!

 べちゃ!

 ぐちゃ!


「………」

 大男が自身の意思を披露しなくなる。詰まるところ、されるがままに原型を崩されるのみ。


「クソが! あとは誰だ! オマエかおい! オマエかよ! あ? オマエ等ごときがクライマックス飾れるとか思ってんじゃねぇーぞ! 呆気なく退場させてやんよクソ共がぁー!」

 が、再びしかし。俊二は一向に収まらない。


 ………と、その時。


 がらがらがらがららぁあああー!


 裏手側の大きなドアが開いた。


 ざざざっ、ざざっ。


 そして、

 そこに屈強そうな男達が並ぶ。


 ざざざっ、ざざっ。


 更に、

 正面の入り口にも同じく。


「ななっ、仲間だと? どういう事だよおい………」

 この展開に、首謀者であるボスがたじろぐ。


「影の手ですけど、何か?」

 屈強な男衆の中に唯一人の女性。小春が冷めきった表情で冷たく言い放つ。


「とっ、どどどどうして此処が判ったんだテメぇー………」


「其処にいらっしゃる羊飼い君と行動を共にしておりましたので」

 狼狽する首謀者に、小春がさらりと明かす。


「な、なな、まさか、そんな………どうやって羊飼いを手懐けたんだ?」


「ふうう………身の丈に合わない事をするからこういう結末を引き寄せるのですよ。イイですか? 私達が裏手の方に待機して動向を窺っておりましたところ、正面の方から爆音が響いてまいりましたもので、隊を二手に分けて廻ってみたのですよ。そうしましたら、あらヤダなんとそれは羊飼い君によるお茶目な御挨拶だと判明しました故、それならばと少しお手伝いをさせていただきました。そしてその後、そのまま今の今まで待機しておりましたの。ですが、このままでは羊飼い君だけが目立ちますので、影の手ですけどスポットライトを浴びにこの手を伸ばさせていただきました」

 そして、ご丁寧な説明を続けた。


「なっ、お、お手伝いだと?」


「うん。あのドアを開ける時に」

 その間に静香を拉致した三人全てを事も無げに始末した俊二が、幾分すっきりした声で参入した。


「なんと!」

 ボスが素で驚く。


「えっ………気づけよ。たかだか御一人様であんなデカい扉を動かせるワケないだろ? まだ何人か潜んでるとか想像するのが普通じゃ、な………って、何なのバカなの? ファンタジーな要素が皆無の現実世界をナメんな!」


「………」

 ボスが素でヘコむ。


「激しく同感ですね………では、羊飼い君。この男達は全て、私達が頂戴しますよ? 私達の仲間がヤラれておりますから、きっちりとお返ししませんとね」


「うん。オレにそれを左右させる権限なんてないし、何の文句もないよ。そんなワケで呆気なく終了! って感じ? 結局のところ、雑魚は大した描写も作り出せずに退場、と。あ、それとついでにもう一つ。こっちには人質が~とか言われると面倒なんで、パーサーカーな感じで突っ込んでみました。まる」


「なるほど。たしかに作り物では人質うんたらかんたらは定番ですが、人質を人質として此処に持ってくるなんて、実践では持って行けと言っているようなものですからね。それも激しく同意させていただきます………では、連れていけ!」

 暫しの会話の最後で落としどころを提案した俊二に対して、小春は異論は無いという意思表示をした上で一言。屈強そうな部下達に最後の一手を投げかけた。


 ざざっ!

 ずるずる、ずるずる


「ま、待て! 待ってくれ! 頼っ」

 抵抗虚しく連れていかれる。


「………」

 その、途中。


 ごきっ!


「むぉがっ、が、あ………」


「………連れていけ」

 小春はまるで、コンポから流れる音量を下げるかのような軽さで首謀者の口を塞ぎ、再び部下達へ投げかけた。


「わお。無表情でアゴ外しますか」

 影の手は容赦なさすぎだよ………と、自身の事はサラリと棚に上げた俊二が呟く。


「ですが、静かになりましたでしょ?」

 にっこり微笑む小春。


「何その微笑み真逆すぎる!」

 これだから影の手は………と、棚卸しする事なく俊二が返す。


「あ、静かと言えば………」

 思い出したかのように言いながら、ちらり。小春はゆっくりと静香に向き直った。


「え、あ、何でしょ、う、か………」

 小春に見据えられた静香に、多大な緊張が走る。


「坂木静香さん、申し訳ありませんでした。許してください」


「えっ! え、えっ?」

 が、しかし。小春に深々と頭を下げられたので、静香は困惑の表情で俊二を見つめた。


「………?」

 どうやら、俊二も意図が判然としない様子だ。


「警官を装って貴女を連れ出したのは我が組織なのです」


「「えっ………」」

 突然と言えば突然な小春の言葉を受けた二人が、揃ってフリーズする。 


「あっ………」

 しかし、部屋で小春が何か言い掛けていた事をすぐに思い出した俊二は、今になって漸くあの時に聞いておくべきだったかもと思った。


「………えっと、何でしょう?」

 俊二が何か言うつもりなのかと思った小春は、俊二にターンを渡したのだけれど、俊二が何も言わないので、逡巡しながらも窺ってみた。


「え、いや、話しの腰を折ってゴメン。何でもないから続けて」

 が、しかし。ただ単にそれを思い出したというだけの事だったので、俊二はそう告げて小春を促した。


「判りました………では。信じていただけないかもしれませんが、実はアイツ等が貴女を拉致し、羊飼い君を組織に組み入れる為のカードにしようとしているという情報がありまして、此方としましてはそうなると厄介な事になりますので、先手を打って貴女を保護しようとしたのです」


「保護、ですか………」

 今度は静香が逡巡する。眼前で起きた一連の体験をこれは現実だと受け入れてはいるのだけれど、それでもまだどこかで非現実的な数々を受け止められないでいたからだ。


「はい。ですが、どうせならそれを恩義として羊飼い君を此方につかせようという案が出まして、ならば早めに動いてしまおうと少々強引な手段を選んでしまったのです」


「それが、その、つまり、警官の?」

 しかし静香は、丁寧に応対してくる小春に誠意のような心を感じていたので、此方も同じように接しなければ失礼だという生真面目さから、兎にも角にも落ち着いて取り組もうと思っていた。


「そうです。警官であれば人の目も訝しさを和らげますし、一応は平和的についてきていただけるでしょ? ですが、早めにと急展開で動いてしまったので、情報が洩れてしまいました。故に、このような危険な」


「待って。それは違うよ。原因はオレだから。怖い思いをさせたのはオレ。オレが悪いんだ」


「シュンくん………」

 静香が何故そのような生真面目さを発動するに至れたのかは勿論の事、俊二が傍に存在しているからである。


「ゴメン、シズカさん………ホントにゴメンなさい。全てオレのせいです。責任とります。シズカさんの好きにしてイイよ。死んで詫びろと言うなら、今すぐにでもそうする。どんな責任でも………とります。ゴメンなさい!」

 その俊二は、静香に怖い思いを味わわせてしまったという罪悪感と、自身の裏の顔を知られてしまったという焦燥感に苛まれていた。


「………何でも、イイの?」


「何でもします!」

 しかし、覚悟して救出に来た分だけ罪悪感の方が大きいのはたしかだった。


「………」


「ゴメンなさい!」

 勿論の事、嫌われたくはなかったのだけれど。


「………じゃあ、じゃあ、さ。ホントに責任とってもらおっかな」


「うん。何でも言って」

 出来る事ならば、離れたくなかったのだけれど。


「じゃあ、じゃあ………例えば、ほら、その、えっと、お詫びとしてこの先も、ずっと、さ………ずっと、傍に、いてくれたり、とか?」


「………えっ」なんですと?


 それは俊二にとって、

 思いがけない幸運であった。


「なんなら、いっその事、お、お、お嫁さんに、しちゃうとかして………そ、その、面倒見てくれるみたいな、さ」

 俊二の事だけを想い続けてきたからなのか、静香は彼の裏の顔についてはあまり気にしてはいなかった。それどころか彼女は、その事実を自身の想いの達成の為のアイテムにしようとしている。こういう一面があるところが所謂ところの女性の強さであり、情の深さなのかもしれない。


「シズカさん………」

 俊二は途端に、感極まった。


「なんちゃって………ゴメンなさい」

 が、しかし。感極まって動けない俊二を眼前に見た静香は、俊二がそれで動けないとは気づけなかった。なので、おもいきって告げてみたものの失敗だったようだと焦燥し、そして落胆した。


「シズカさぁーん!」

 が、しかし。ここで俊二が、漸く気持ちを爆発させた。ギュッと静香を抱き締めたのだ。


「あうっ! え、えっ、あああの、えっと、シュンくん?」

 途端に、静香が硬直した。


「それ、責任とる事にならないけど」

 静香の耳元で、俊二が言う。


「………えっ?」

 俊二の意図が判らず、ただただ静香は逡巡する。


「それだとオレ、凄い幸せになっちゃうもん」

 俊二が告げる。


「シュンくん………」

 俊二が発した言葉の意味を理解した途端に、静香は全身至る所全てが幸せに震えるのを感じた。


「シズカさん、ホントにイイの? またこんな事になるかもだよ? オレのせいで」

 告げたものの、俊二には心配事が残っていた。


「でも、でも、その時はまた守ってくれるんでしょ? 今日みたいにさ、正義のヒーローしてくれるんでしょ?」


「勿論それは! いやその、それは、そうなんだけど………」


「じゃあ、じゃあ、それが責任。それなら、イイでしょ?」

 対して静香は、俊二のそれを全力で潰していった。


「シズカさん………」


「もう、離れるのはイヤだもん………離れたくないもん!」

 静香が想いを爆発させる。


「責任とるからには………この先、誰にも渡さないよ? ずっと、ずっと独り占めしちゃうよ?」

 俊二も想いを爆発させる。


「そんなの………ずっと前からシュンくんのモノだもん」

 恥ずかしそうに、けれど力強く。静香が想いの丈を告げる。


「シズカ、さん………ヤバいシズカさん抱きしめたい!」

 静香の言葉と仕草にヤラれた俊二が、想いのままを形にする。


「あっ、はう、う………って、もう抱きしめてるよぉー」

 恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに。静香は俊二によるそれを受け入れる。


「ずっと傍にいてください」

 俊二が告げる。


「………ホントに、アタシでイ」

 静香が訊く。


「オレの傍にいてくれる?」

 それを遮り、俊二が言い方を変える。


「イっ、う、うう………アタシ、離れてあげる気なんか、ないもん。アタシ、アタシ、離れてなんか、もう、もう離れてなんかあげないんだからね」

 静香が答える。


「じゃあ、時間は沢山あるね」


「時間?」

 俊二からの謎かけのような言葉の意味を計りかねた静香が、俊二に問う。


「うん。だから、その間に考えといてよ」


「何を考えたらイイの?」

 が、しかし。俊二が先に進んだので、静香は再び問う。


「責任。だって、まだ責任とった事にならないから。惚れた女性を守る為に、男は生まれてきたんだし。でしょ?」

 すると、漸くといった感じで俊二が解答を示す。


「………うん。じゃあ、じゃあさ、覚悟しといてよね」

 なので、漸くといった感じで意味を理解した静香は、甘えるようにそう返した。


「我が姫様の、仰せのままに」

「はう、う、シュンくぅん………」

「愛してるよ、シズカさん」

「アタシも愛してる」

 そして、徐々に顔を近づけ合う。


「アタシも、って事はさ。私もシズカさんの事を、って事?」

「あう、う、イジワルさんだぁ………そんなの判ってるクセに!」

「えっ、判んないよぉー。ちゃんと言ってくれないと判んないなぁー。だって、あの頃はちゃんと言ってくれたし。言ってくれてたし」

「あう、う………愛してる」

「誰を?」

 が、しかし。直前で会話が続く。


「うう………シュンくんの事、愛してる忘れられない忘れた事なんかない! だから、だから離れてあげないしがみついてやる死んでも生まれ変わってもずっとずっとずうーっと、アタシが独り占めしてやる!」


「ありがと。よく判りました」

 そんな、昔に戻ったかのような仲睦まじい会話が暫し続いた、その後。


「………イジワル、ん」

「んっ………」

 唇が触れ、


「「………んぐ」」

「「んっ、ん………」」

 幸せが宿り、


「ん………っ」

 唇が離れ、


「ん………えへへ」

 笑顔が宿った。


 ………。


 その頃、

 少しだけ離れた場所では。


「………」

 私の事、完全に忘れているんだろうなぁ………ぐすん。と、小春が思っていた。


 その溜め息とは裏腹に、

 微笑みを浮かべながら。


 ………。


 ………。




              その4/終わり

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