会長たちのバレンタイン。
即興で書きたくなったので・・・。
新作予定のキャラの練習がてら。
ちょっとライトで粗いかもしれませんが、どうぞよかったら味わっていってください。
0
苦いのは、チョコレートか、青春か。
どちらなんでしょうね、と君は言った。
1
「というわけで悠先輩。チョコレートを食べてください」
「いや、どういうわけだよ」
翔講館高校、生徒会室。円卓を模してはいるけれど構成しているのが角机のせいでいまいち平等間の出ない配置の机と、乱雑に置かれた書類を、部屋の大きさに不釣合いに小さな窓から差し込んだ午後の日差しが照らしている。
実に平和なそんな光景の中、会長たる僕は椅子に腰掛け一人お茶を飲んでい……たかったんだけどなあ。
一人じゃないのも、静かじゃないのも悲しいかな既にのっけから丸解かりである。
「訳なんか、いらないんですよ……」
と、無駄にキメ顔を作るあほ後輩が僕の他に一人、生徒会室にいる時点で午後の平穏はないようなものだ。いや、普段なら仕事をやらずにたしなめられるのは僕なのだけれど、今回この日この話題に限っては別である。理由は……まあ、追々。
「友香」
僕はその後輩の眼を見て、真剣な顔で名前を呼ぶ。流石の後輩も真面目オーラを察知したか「な、なんですか?」と若干態度を改める。
おーけーおーけー。じゃあ肝要なことを伝えよう。
「理由、大事、ワカルカ?」
「……なんでカタコトで諭されたのかは解かりませんけど、若干冷静になっていたので何を言わんとしてたのかは伝わってきたのが悔しいです」
解かればよろしい。
「んで? なんで僕にチョコ食わせたいんだよ? 理由を述べろ」
「いや、だって、今日はバレンタインですよ?」
「そうだな」
「バレンタインは、女子が男子にチョコレートをあげる日です」
「そうだな」
「だから、先輩。これ食べてください」
「そう、じゃねえよ」
なんだその三段論法。最後飛躍しすぎだろう。お前、それがまかり通ったらダチョウも空飛ぶわ。
「いや、先輩。逆になんでそんなに私のチョコ食べたくないんですか?」
と、客観的にこのやりとりを見ていればもっともな質問を投げかけてくる。確かに、たかだかチョコレート一つに拒絶しすぎだと思うだろうが……しかし。
「そいつは面白い冗談だな、友香」
この場面においてそれは愚問。これ以上ないほどの愚問である。
「冗談もなにも、私は本気です」
「……本気の冗談?」
「冗談なんかじゃないですってば!」
「そうか…去年のあの所業を自覚してなお、僕にお前のチョコを食えと、そう言うのか?」
去年同日、翔講館高校始まって以来の惨劇として名を残すことになったあの血のバレンタインを、繰り返せと?
「う……あれはちょっとした悪意……いや、事情があって先輩のチョコだけ砂糖と塩を間違えちゃっただけです!」
「その塩が人間の致死量こえてなきゃ、ただのドジっ娘属性なんだがなあ……」
ちなみに塩の致死量は30から300g。僕の体重がもう少し軽かったら危なかったらしい。命が。リアルに。
「今年は大丈夫! むしろ去年の味を知っている先輩だからこそ、今年の私のチョコの劇的な変化に驚くんです!」
「いやだ」僕はまだ死にたくない「そもそも何で去年あれだけの惨劇引き起こしておいて、なんで自作にチャレンジするんだよ」
他の生徒会メンバーには、市販の奴を配ってたじゃないか。
「んー、なんといいますか、他のメンバーの皆さんを危険な目に合わせる訳にはいかないな、と」
「僕は実験台か何かなのか……?」
呆れる僕、けれど、
「それに」と、申し訳なさそうに「先輩には確かにちょっとした事情で去年とんでもないもの食べさせちゃいましたし。今年は、義理でもちょっと頑張って美味しいのあげようかなー、って」
そう、思ったんです、なんて。
柔らかく微笑みながら、そんなことを言うのだった。
2
「それではチョコレート大試食会を始めます」
「……いえーい」
……結局押し負けたよ。
責めるなら責めればいい! あんな言い方をされて断れる先輩諸君がこの世界にいるだろうか!? いや、いない!
「それじゃあ、食べるぞ?」
「どうぞどうぞ」
友香の小さな両手でもって差し出されるのは既に封の解かれた箱。中にはカップケースで小分けにされた9個のチョコレート。
一つ手にとって、眺めつつ匂いを確認。「やだなあ、そんなにみつめたら照れちゃいますよ」とか言ってるバカは放置。
ふむ。見た目、匂いともに問題はない。柑橘系のリキュールでも入っているのか、むしろ食欲をそそられる。これなら確かにいけるかもしれない。
「いただきます」
言って、口に放り込み、もぐもぐ。
チョコレートの甘みと食感、そして柑橘系のカオリが鼻にぬけて──これは、
「……友香。一つ、ほめてやろう」
「何です? そんなに美味しかったですか?」
きらきらと純粋な光をたたえた瞳で、期待に満ちた質問をぶつけてくる。
しかし、残念ながらその期待には、答えられそうにない。なぜなら──
「──僕に、飲み込むまで毒物だと気付かせなかったことを、だ」
すうっ、と頭が遠くなって、地面と友香が斜めになる。アホな後輩が何か叫んでいるようだけど、言語として認識できない。
あっれー、これは、ちょっと、ヤバイかなー。
なんというか、無理に表現するなら、あれだ。
チョコレートは甘くて美味い。そう思っていた時期が、僕にもありました……。
3
「という夢を見た」
正確には、という夢であって欲しかった、だろうけれど。
消毒液と太陽の香りの染み付いた保健室のベッドの上で目を覚ましてから小一時間後、僕は生徒会室での業務を「やってられっか! こちらとら手が震えとるんじゃ!(後遺症)」と放棄。若干遅くなってしまったので、友香を家に送りながら帰路についていた。
んー、死んだかと思った? 残念! 生…いや、僕も死んだかと思った。これは、流石に。
「生きててよかったですねー」
夕焼けの中、並んで歩きながらそんなことを軽くのたまうのは今回の殺人未遂の犯人である。
「ほんとだよ」
「どうやれば溶かしバターと食器用洗剤間違うんでしょうね、私」
「こっちが聞きたいよ……」
オレンジの香りは、除菌も出来るJ●Yの物だったらしい。
「しかしまあ」声のトーンが、少しだけ落ちる「はは、今年はちょっと本気で失敗しちゃいましたねー」
「…………」
「先輩、流石に怒ってます?」
「……ん」
「ですよね……」
寂しそうな、声。俯いているのが、解かる。
確かに、ちょっとした殺人兵器で2年連続殺されかけたのは事実だ。けれど──
「いや別に、怒ってねえよ」
洗剤はともかく、チョコそのものの味は、しっかり作りこまれていて悪くなかった。甘すぎないあたり、僕の好みも解かっていた。
「え?」
友香が立ち止まって、こちらを見上げる。
「あれは悪意で細工したような味じゃなかったし、それに」友香の頭に手をのせて笑って「わざと失敗したやつが、そんなに落ち込むかよ」
「……っつ!」一瞬、言葉に詰まって「な、落ち込んでなんかいませんよ!」
と、2歩後ろに下がって僕の手から逃げる。ふむ、流石に子ども扱いしすぎたか。
「落ち込んでないなら、なお結構。来年──は僕は卒業しちゃってるから、まあ、僕みたいな新しい実験台か、本命渡す相手でも作って、そいつに美味しいチョコ食わせてやれよ」
と、歩き出しながら極力明るく言ってみる。僕のような実験台と犠牲者の量産は望ましくないが、入学当初愛想の欠片もなかったこいつに、本命チョコをあげるような相手が出来るのは、大いに歓迎したい、はずなんだが。なんだろう、若干もやもやである。まだ洗剤が胃に残っているのだろうか。
「んー……」
と、そんな声にひかれ、ふと後ろを見ると、友香がついてきていなかった。
「ん? どうした?」
「い、いえ。そうですね!」顔を上げて急に駆け足で僕を追い抜いて「先輩なんか目じゃないくらいの本命探してその人に実験台になってもらいます」
「いや、それは駄目だろ」
本命が死んじゃったら意味無い。我が母校でシェイクスピアじみた悲恋の末の殺人事件、っぽいただの過失致死(多分毒殺)を発生させるわけにはいかない。
などと、雑談しながらてくてくという疑問が似合うペースで歩くこと少し。
「……あ、先輩、ここでいいです。家、もうすぐそこなんで」
「そうか? じゃあ、気をつけて」
「はい、先輩こそ」
踵を返し、駅へと向かう…あ。とその前に、肝心なことを言い忘れていた。
「友香!」
「はい? なんですか」
二メートルほど進んでしまっていた友香が振り返って疑問符を飛ばすのと同時、僕は、
「チョコ、どーもな!」
僕はちょっと照れて尻すぼみになってしまった言葉をかけて。
「どういたしまして!」
友香が夕闇のなかでも解かるような笑顔を返した。
と、まあそんな感じで。
今年のバレンタインは、そういう、ちょっとした非日常な感じの一ページになったのだった。
◆
で、かっこよく去ろうとした僕を呼び止めて。
「あ、実はですね、先輩」
「ん?」
「ここに、あれが失敗していたら渡そうと思っていた市販のチョコが」
「今すぐそれを僕に寄越せ」
という会話の後、二メートルの距離を市販のビターな板チョコが飛んだ。
なんて、しょうもない日常的オチがあるんだけれど、まあこれもまたいつもどおりの僕たちの毎日の一つだったと、そういう訳なんだろうか?
いやホント。
にげえなあ、青春。
いかがでしたでしょうか。
この二人含め生徒会メンバーがぐだぐだコメディー時々青春する連作短編を次回作にする予定です。
作風が急にライトになりますが、そこは模索中ということで、どうかひとつ。