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キラキラ  作者: るうあ
キラキラ 本編以前の小話
7/54

正しい魔法の使い方

「魔法は何でもできる便利な道具ではないよ」

 いかにも物堅いことを、生真面目そうな顔を作って言うのは、魔法薬作りの名人として名高い、森の魔女だ。

 魔法を使えるからこそ言えることであるらしい。

 何でもかんでも魔法の力に頼り、解決できると思い込むのは危険だ。魔法はそれほど都合の良い“能力”ではないのだと、厳しい面持ちで語る。それは経験からくる言葉なのだろう。

 その森の魔女は、緑深い森の奥、まだ年端もいかぬ少女である弟子と、小さなネズミの姿をとっている眷属とともに、穏やかで慎ましやかな隠遁生活を過ごしていた。

 人里離れた森の奥で暮らしてはいるが、人間嫌いというわけではない。森から程近い場所にある町には度々出向いていたし、逆に、森の舘に訪ねて来る者もいた。来客は、人によるが大抵は歓待し、来訪を拒むことはめったにしなかった。

 王都や他領地、さらには隣国からわざわざ日数をかけてやってくる者もいた。

 森の魔女の名は、近在近郷に知れ渡っていたのだ。

 魔法薬の調合が、依頼の半数以上を占める。魔法薬といっても様々で、滋養の薬や、解熱剤、胃腸薬、睡眠薬といったごくありふれた薬から、不老不死の妙薬、恒久的な惚れ薬等といった、無茶なものある。

 歳長けた森の魔女は、そうした無茶な依頼をされる度、内心で苦笑し、ため息をつきつつ、慇懃に断わっていた。稀に、しぶとく諦めず、脅迫までして依頼してくる者には、魔法で撃退することもあった。




 森の魔女は、ふと思う。

 森の奥に隠居して、はたして幾年が過ぎたろうか。

 小事に拘らない大らかな性格だが、時に感傷に浸り、過去を振り返ってみることもある。手元にひきとった養い子の成長を見るにつけ、しみじみと、積み重ねてきた月日の和やかさを思う。

 ――なんと実りある日々であったことか。

 すでに老年に至っている魔女の今の生き甲斐は、養い子の成長を促し、見守ることだった。


 両親を不慮の事故で亡くした孤児を引き取ると決めたのは、その子に魔女たる資質があったからだけではない。遠くはあるが、血縁者であることも同情心をくすぐった、ということもある。

 森の魔女にとって、「血縁者」という存在は、寂寥感を思い起こさせるものではあったが、ある種の新鮮さ、懐かしさを胸に抱かせるものでもあった。

 家族のない魔女は、孤児となった少女に自分を投影していたのかもしれない。



 森の魔女は、己のはしばみ色の髪に白いものが増えていることに気づき、苦笑まじりにため息をついた。

 さる高名な魔術師の目にとまり、魔女としての生き道を示されたのは、はたして幾つの時だったろうか。その記憶もすっかり薄れている。

 今、自分を師匠として慕ってくれる少女よりは、年上だったろう。十代前半か、半ば頃だったかもしれない。

 森の魔女の養い子は、好奇心旺盛な性質だったが、師匠の過去を詮索するようなことはなかった。単純に、疑問を抱かないだけだったかもしれないが、家族についての話題に触れるのは、自分自身が辛かったからなのだろう。

 それでも遠慮がちに訊いてくることもあった。

「お師匠さまは、ずぅぅっと昔っからこの森の舘に住んでたんですか?」

「いいや。生まれたときからここにいるわけではないよ」

 森の魔女は、今でこそ世間から離れ、各地を見聞して回るようなことはしないが、かつては様々な地を転々とし、一つ所に落ち着くことがなかった。「森」ではなく、「流浪の魔女」という渾名もあったほどだ。

 もともと、今、森の魔女とその弟子が居所としている森の舘は、遠い昔この地に住んでいた、やはり魔力を持つ者の建てた隠れ家的な舘だった。既に廃屋と化していた舘を、当時各地を放浪していた魔女が偶然というよりは必然として見つけ、吸い寄せられるようにして住み着いたのだ。

「この森はね、今でこそ平穏な森だが、当時は魔物の出現の多い、危険な森だったんだよ。周辺に住む者達からは禁忌の森とさえ呼ばれていた」

「そんな森に、どうして住もうなんて思ったんですか?」

 少女は小首を傾げた。長い黒髪がさらりと華奢な肩に流れる。

「魔物の出現が多い、それはつまり、魔性の強い土地ということなんだよ。おまえにはまだ分かるまいが、魔力を持つ者は、えてしてこうした地に呼ばれる。危険だが、魔力を持つ者には居心地がいいんだよ。魔力を解放していても、周囲に迷惑をかけることがないからね」

 一方で、魔力の制御をするための、よい修行場でもあった。

 魔性に満ち満ちた土地では、自然、神経が研ぎ澄まされる。四六時中、離れた場所から矢を向けられているようなものさ、と森の魔女はこともなげに言い、笑った。

 黒髪の少女はぱちくりと目を瞬かせた。

 魔力というものについて、幼い弟子はまだ「不思議な力」という程度にしか感じていない。ある種偏った知識ではあるが、それは決して悪いことでないはずだ。魔力を持つゆえの弊害については、少女の成長に合わせておいおい説明してゆけばよい。

「お師匠さまにとってここは、居心地のいい所、なんですか?」

「そうだね。まぁ、こうも長く住み着くことになるとは思いもしなかったけれどね」

 にこりと優しく微笑む森の魔女に、少女は「う~ん」と唸ってから、ちょっと不満げな顔をした。

「でもお師匠さま」

 少女は腕を伸ばし、森の魔女の後方にある、ちらかり放題の棚を指差した。ちなみに言えば、ちらかり放題なのは、何も書物や小物が埃をかぶって並べられている棚だけとは限らない。

 今、森の魔女と少女がいる小部屋は、主に魔法薬の調合をする際に使用する、いわば仕事部屋なのだが、その仕事部屋の散らかりようときたら、足の踏み場もないほどだ。扉を開け閉めするときも、そうっと静かにせねば、どこから何が床に落ちるか分からない。

「きれいに片付いていた方が、もっと居心地がいいって思うんですけど! お師匠さま、お掃除はこまめにして、ちゃんと後片付けとかした方がいいです!」

 少女が力いっぱい机を叩くと、その拍子に積み重なっていた本がどさどさと音をたてて床に落ち、森の魔女を慌てさせた。

「使った物は、使い終ったら、ちゃんと元の場所に戻してくださいっていつも言ってるのに!」

「…………」

 森の魔女はばつの悪そうな顔をし、肩を竦める。そんな困り顔の師匠を、少女は厳しい面持ちで睨んでいるのだ。

 こうなると、もはやどちらが師匠でどちらが弟子なのか分からない。

「まぁ、たしかに、おまえの言うことも一理あるが、ある程度散らかっている方が、私は落ち着けるんだよ」

「ある程度じゃないです、この状態は! 今は乾季でカビとかキノコとかが生えちゃう心配はいらないですけど、そのうちにお師匠さま自身にカビが生えちゃうかもですよ!?」

 やっと十歳になったばかりの少女は、読み書きなどの国語や算術などの一般教養、そして魔法薬作りを中心にした魔法の使い方を師匠から学んでいたが、それ以外のことは自己学習することが多かった。生活能力という点に関して言えば、歳経た森の魔女よりも、その弟子である少女のほうが上であるかもしれない。

 少女は、炊事洗濯、掃除などの雑務をてきぱきとこなす。いったいどこでそうした家事全般を覚えてきたのかと、森の魔女は苦笑しつつ、感心していた。

 森の魔女は養い子のお小言を楽しげに聞いていたが、栗鼠のように頬を膨らませて怒っている弟子の機嫌をこれ以上損ねてはなるまいと思ったのか、ゆっくりと腰を浮かせ、椅子をひいて立ち上がった。

「わかったわかった。すぐに片付けよう」

 そう言って、森の魔女はパチンパチンと指を二度鳴らした。

 すると、水晶球やガラス棒、琥珀の連珠といった魔術具、そして様々な装丁の本がふわふわと浮き上がり、壁にもたれかけさせたまま放ってあった箒がひとりでに掃き掃除をはじめた。

「お、お師匠さま……っ!」

 魔法の顕現に、少女は一瞬「わ、すごい!」と嬉しげな顔をしたが、すぐに険しい面持ちに戻し、毅然とした口調で師匠を窘めた。

「もうっ、お師匠さまってば! 魔法は便利な道具じゃないって言ったじゃないですか! お掃除くらいは、魔法の力に頼らず、自分で体を動かしてやった方がいいと思いますっ!」

 呆れるほど生真面目に、この弟子は自分の教えを守っている。

 実に感心なことだが、度を過ぎてしまっては柔軟性を失うことになろう。そうなっては、魔術の会得にも支障が出る。軽佻であれとは言えないが、視野を狭めてはいけない。それを改めて諭さねばなるまい……。

 森の魔女はそう思いつつ、結局は「やれやれ、仕方ないね」と肩を竦め、魔法をおさめた。

 諭すにしても、時と場を選ぶことが肝要だ。今のこの状況では何を言っても説得力に欠けるだろう。

「ただでさえ舘に引きこもっちゃうことが多いんですから、時々は身体を動かしたほうが、健康にもいいんですよ、お師匠さま!」

「……はいはい」

 魔法薬作りの名人というだけでなく、雨雲を呼んだり払ったりすることさえできる、強力な魔術を持つ「森の魔女」だが、養い子であると同時に優秀な弟子である少女にあっては、かたなしだ。

 森の魔女は、働き者の栗鼠を見るような和んだ瞳で黒髪を揺らして動き回っている少女を眺めやり、しみじみと呟いた。

「おまえは良き魔法の使い手になれるだろうね。正しい魔法の使い方を、そのまま忘れないでいておくれ」

 ――ただ時々は、魔法を使って後片付けをするのを許してくれると嬉しいのだけどね。

 付け足したその言葉に、少女は「しょうがないなぁ」と微笑みを返した。



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