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キラキラ  作者: るうあ
キラキラ 本編以後の小話
53/54

たくさんの“奇跡”を抱えた君だから 1

 少女は魔女だ。

 それは周知の事実で、少女もまた魔女であることを隠したことはない。またそれによって周囲の人たちから蔑視されることもなかった。

 少女が買い物に訪れる町には親しくしている娘たちもいるし、年配の知人も多い。亡き師匠同様「森の魔女」は領民たちに親しまれ受け入れられている。

 先代の「森の魔女」は領民たちにとって「善き魔女」だった。もともと余所者だった「森の魔女」だが、いまではそれを知る者も少ない。先代の養い子だった少女もまた余所から引き取られてきたのだが、それを理由に「魔女」を領内から排斥しようとするものはいない。

 魔女は異端だと排斥されていた時代は、いまはもう遠い過去のことだ。


 先代と同様、少女は薬草に詳しく、そのため町の薬師のような存在になっている。森の魔女の作る魔法薬の評判はいい。効き目も確かで魔法による後遺症もほとんどない。だが少女自身が魔法薬の気軽な配布を控えている。魔法に対して誰よりも慎重なのは「森の魔女」自身だ。

「森の魔女」の作る魔法薬は領地外でも評判だ。

 余所の土地から不老不死の薬だの惚れ薬だのを求めてやってくる者もいる。近頃では魔女の存在自体が稀少で、実在の魔女を見物したいという物見高い客もいる。が、そうした客はめったに来ない。

 森の魔女の元へやってくる客の大半は顔馴染みだ。胃腸薬や解熱剤、鎮静剤などを求めてやつてくる。そうした薬は、魔法を施したものもあれば、魔法をかけていないものもある。魔法薬といってもそこにかけられている魔法はせいぜい薬草の効果を高める程度の微々たるものだ。

 魔法で病や怪我を魔女自身が直接患者に触れて治すこともあるが、めったに行わない。

「魔法でパパーッと病気や怪我を治しちゃうのって、けっこう難しいんです。病人とわたしの力の相性が合わなくて悪化させちゃう場合もあるし、わたしに全部かかってきちゃうこともあるから。それで相手が治ればいいんだけど、魔法が逆流しちゃって、魔法をかけてる相手の体力も奪っちゃうこともあって……。病気や怪我自体は治るけど、どこかに歪みが生じるみたいな。たぶんわたしがうまく魔法を制御できないから、そんなことになっちゃうんだと思うんです」

 魔力の属性も関係しているだろうと少女は言う。

 少女の魔力属性は「光」だが、それがどういった魔力なのか、少女自身実感することはない。先代に教えられ一応は納得したが、「正直なところ、よく分からない」が少女の本音だ。

 魔女としてまだまだ未熟なのだと、少女は少し自嘲気味に言う。けれど悲嘆はせず、少女は努力を怠らず、日々の魔法鍛錬を楽しんでいる。むしろ未完成なままでいることに安堵しているような節があった。未熟なままでいる自分自身に苛立ちを覚えることもあるが。

 だが、もともと好奇心旺盛な性質だ。

 そしてそんな性格ゆえか、「逃げ道」をそこにつくってしまうこともある。たとえば愉快ではないことがあって、気分が沈んでしまった時などだ。

 知らぬことを調べるために行動を起こせば、その間は忘れていられる。――不安や寂しさ、苛立ちを心から追いやれる。

 そうして今日、少女は書庫にこもって調べ物に没頭していた。


 夏の気配が去り、陽の色も風の音も次第に秋の深まりを見せるようになっていた。ゆるゆると紅葉し始めている樹林も増えている。下草も黄や紅に染まり始め、降り積む枯葉の色と織りなす艶やかな模様が美しい。梢を縫い、下草に隠れながら動く小動物達も活発になってきた。風が小枝を揺らす音に、鳥のさえずりや小動物の駆けまわる足音が重なって聞こえる。秋の森は賑やかだ。

 日が傾き、気温が徐々に下がってくると、森は徐々に静かになってゆく。風が森を渡っていく。

 少し肌寒い。しかし少女は書物の前から動かない。膝に置いていた外套を肩にかけ、そのまま読書を続けた。指で文字を追う。

 必要な書物はすべて手の届くところに積んである。さっきまで眷属のリフレナスが傍にいたはずだがいつの間にか姿を消していた。

 少女が書庫に入ったのは昼食を済ませてからだったから、それほど長い時間は経っていない。だが太陽はすでに西に傾き、日当たりのよくない書庫はそろそろ薄暗くなってきている。こういう時魔法は便利なもので、少女はガラスのランプに魔法の光を入れ、室内を明るくしている。火の色よりも白光に近く、本を読むのに最適な明るさを保っている。

 森の舘の北側にある書庫は少女にとってお気に入りの空間だ。一日入り浸って亡き師匠に窘められたこともあった。書庫にあるのは本ばかりではない。珍しい魔術具も保管してある。少女にとってこの書庫は宝物蔵のようなものだ。魔術具を使用することはなくても、それらにかけられた魔法や由来を調べるのが楽しい。分からないまま放置されている物がほとんどだが。

 蔵書の種類は様々で、古いものが多い。羊皮紙に巻物、石板まである。古代魔法についての書物が主で、少女がいま手にしている書物もそうだ。煤けた色の古く分厚い本は百年ほど前の書物だ。馴染みのある言語だったから文字を追うのは存外簡単だった。だがページによっては秘匿の魔法がかけられており、読み解けない部分も多い。魔術を得ようとする者にとって、その個所は重要だ。読み飛ばすわけにはいかない。少女は文字を指で辿り、魔法を紐解いていく。指に魔法が絡まって読み進めなくなる個所もあった。少女は眉間に皺を寄せ、一文字一文字に意識を集中した。

 人の気配も感じなくなるほどの集中力だ。

 が、それは、つい油断してしまう相手だからこそ気配を察知できなかったといえなくもない。

 少女に会いに来た恋人の存在にも暫時気づかぬほど、読書と魔法に集中していた。

「魔女殿、飲まず食わずでは集中力も落ちるだろう。ひと休憩に、お茶とお菓子でもどうかな?」

 背後から声をかけられ、少女はハッとして顔をあげ、振り返った。

 そこには一人の青年が藤籠を持って佇んでいた。ちょっと困ったような微笑を浮かべているのは、穏やかな亜麻色の瞳と髪を持つ美貌の青年だ。

「王子ってば、いつの間に!」

 少女が慌てて立ち上がった拍子に机に体をぶつけ、積まれてあった本の山がぐらつく。とっさに両手で押さえたから何とか机から落ちずに済んだが、開いていた本は自然に閉じ、同時に魔法も"閉じ"てしまった。

「すまない、驚かせてしまったかな?」

 美貌の青年はこの地を治める領主であり、少女の恋人でもある。

 亜麻色の瞳を少し細め、青年は苦笑を形の良い口唇に浮かべている。見目麗しい青年は名をセレンという。名を知りつつ、けれども少女はつい「王子」と呼んでしまう。幼い頃からずっとそう呼んできたため、なかなかなおらない。セレンもそれに慣れてしまっているのか言い直させたりはしない。もしかすると少女にとって「セレン」の名は、セレンにとっての少女の名のように、特別な気持ちを呼び起こさせるのかもしれない。

「びっくりしましたよ、もう、王子ってば。急に現れるんだから……」

 机の上を片づけながら少々冷たい口調で少女は言うが、口ほどには怒っていないようだ。

「君の顔がどうしても見たくなってね。ここ数日、忙しくて君と会えなかったから」

 数日と言っても三日だけですけど、と思いながらも少女はそれを口に出さなかった。会いたかったのは自分も同じだった。とくに今日は。セレンの顔を見たかった。声を聞きたくて、ぬくもりを感じたくて、たまらなかったのだ。

「それにしてもまたずいぶんとたくさん難しそうな本を引っ張り出してきたものだね。やはり魔法に関する書物ばかりなのかな? ……気のせいか、肌がチリチリするような……」

 セレンは首に手を当て、虫を追うようにあたりを見回す。魔力を持たぬセレンだが、勘はいい。

「わっ、ちょっと、散らばっちゃったみたい……!」

 少女は蜘蛛の巣を払うような仕草で手を振った。空中に魔力のかけらが舞っている。光の粒が時折チカチカと星のように小さく瞬いて、それはセレンにも視えるようだ。

「すぐ消しますからっ」

 飛び散った魔力のかけらは無害とはいえ、物に対する影響力がまったくないわけではない。魔力を帯びた何か……この場であれば主に魔法書だが……触れたり宿ったりすると、何が起こるか分からない。少女は慌てて空間を清めた。

 魔法書を読む際に指先に乗せていた解呪のまじないが、驚いて立ち上がった時に宙に散ってしまったのだろう。

 魔力が不安定になっているのだ。セレンに驚いたからだけではなく。

 心の揺れがそのまま魔力にも伝わって、抑えが利かなくなってしまう。

 少女は思わずため息をつきそうになったが、堪えた。

 ――気をつけなきゃ。

 深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。深呼吸すると心も魔力も落ち着いてくる。一度軽く目を閉じ、それから改めてセレンを見やった。

「もう大丈夫」と、少女のその言葉を受けて、セレンは何か訊きたそうではあったが、微笑むだけに留めた。

 それから少女は机の上を大急ぎで片付け、セレンが持ってきてくれたお茶とお菓子を藤籠から取り出して並べた。ポットの中の紅茶は時間が経ちすぎて少し苦くなっているかもしれない。

 少女とセレンは向かい合って座り、しばらくは他愛無い会話を楽しんだ。そして、ややあってからセレンが「ところで」と切り出した。

「実はここに来る途中、見知らぬ男三人を見かけたのだが、あれは魔女殿を訪ねてきた客だったのかな?」

 セレンに問われ、少女は目を見開いた。黒曜石のつやめきをもった瞳が驚いたように、あるいは戸惑ったようにセレンを見つめる。少女は頷いた。

「……久しぶりでした、王子と同じ依頼をしに来た人って」

 言ってから、少女は悪戯っぽく笑った。セレンは片眉をあげ、それからちょっと首を傾げた。

 魔女はいささかわざとらしいため息をついて言葉を続けた。

「惚れ薬を作ってくれって。しかも、相手を虜にしちゃうほど強力なヤツをって」

「それはまた」

 セレンも複雑そうな笑みを目元に浮かべた。

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