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キラキラ  作者: るうあ
キラキラ 本編以後の小話
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ふたりしずか 2

 黒眸をぱちくりとさせ、森の魔女は恰幅のいい女中を見つめ返した。顔馴染みの女中で、彼女は先代の森の魔女とも親しかった。

 五十がらみの女中、彼女の名はベリンダと言った。セレンの屋敷に勤める女中を束ねる、いわば女中長である。先代の頃より、領主の公邸兼私邸に勤めている。屋敷の執事ハディスとともに屋敷を切り盛りしており、セレンにとっては母親代わりといってもいい女性だった。

 ハディスと対面する時とは違った緊張感がある。魔女は声をかけられたものの、すぐに言葉を返せず、慌てて会釈をした。

 そんな魔女が可笑しかったのか、ベリンダは目を細め、「どうか、畏まらずに」と言ってくれた。

 ベリンダは茶を用意してくれていた。中庭の隅のベンチに座るよう、魔女を促す。テーブルが傍にないため、ベリンダは茶器の乗ったお盆をベンチに置いた。「一息入れましょう」と言い、ベリンダも同じベンチに腰かけた。魔女は素直に頷き、ベリンダが淹れてくれた茶をいただいた。この辺りでは稀少種の茶だ。馥郁たる香が口内いっぱいにひろがり、爽やかな口あたりと喉越しの良さがとても美味しい。

「魔女様、少しお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 改めてベリンダが問う。魔女はカップを置き、頷いた。

「女同士として、忌憚なきお話したいのですが。……ここだけの話、ということで」

「は、はあ……?」

 王子のことかなと、魔女はちょっとだけ身構えた。「喧嘩をなさったのか」と問われた後だけに、そうとしか考えられない。

 ベリンダは微笑んだままだ。ふっくらとした顔に穏やかな笑みに。魔女もつられて微笑んだ。ちょっとだけ力みがとれた。

 そういえば、セレンの屋敷でセレン以外の人とゆっくり対面する機会はほとんどなかった。むろん、他の女中達や料理人、庭師などと軽いお喋りを交わすことは多い。だがこうしてベリンダと二人きりになり、改まって話をしたことはなかった。

 ベリンダは微笑を崩さぬまま、森の魔女を見つめる。丁寧な言葉遣いなのは、魔女をセレンの恋人として認めているからだけではなく、「森の魔女」として尊重してくれているからかもしれない。ベリンダは律儀さを、魔女はよく知っていた。

「もうずいぶんと前に先代の森の魔女様から窺ったことなのですが、魔女……魔力を持つ者は、子を成しにくいというのは、本当なのでしょうか?」

「…………」

 魔女は目を瞬かせ、ベリンダを見つめ返した。返答に窮してしまったのは、それがあまりに唐突な質問だったからだ。

「ご不快になられたなら謝ります」

「あ、いえ」

 魔女は慌てて首を振った。ベリンダは真顔になっている。

 ベリンダの問い……心配は、もっともなことだろうと魔女は思案した。

 おそらく、ハディスあたりも懸念しているのではないか。が、ハディスからはさすがに魔女には問えない。それでベリンダが代わりに確認にきたのかもしれない。

 セレンは、「領主」という地位にある。領主の地位は基本世襲制だ。セレン自身がその基本からはずれているが、先代の領主とはまったく血縁がなかったわけではなく、その上で養子縁組をして体裁を整え、領主を継いだ。国王の庶子であるがゆえの強硬措置であったのは間違いないが。

 ともあれ、セレンは現在領主の地位にあり、つまり「世継ぎ」を望まれる立場にある。その前に婚姻を結ばねばならないのだが、その相手はセレンの意向で森の魔女と決まっている。となれば、森の魔女と「世継ぎ問題」は切り離せない事柄だ。

 魔女は俯きがちになって、ベリンダの質問に答えた。

「子が成しにくい、というのは……その……たぶん本当です。で、でも、お師匠様が言ってたんですけど、決してできないわけではないのだって。子どものいた魔女もいたそうです」

「さようでしたか」

 ベリンダは安堵した表情を僅かに見せた。

「そもそも魔女の存在自体が稀なものでしたね」とベリンダは笑う。

「魔女の子は、やはり魔力を持つようになるのでしょうか?」

「ええっと、それはよくわからないですけど……。お師匠様は、その可能性はある、くらいにしか言ってませんでした。わたしの親は、魔力とか、そういうのはまったく持ってなかったそうで……だから、えっと……答えになってませんけど……」

 魔女はしどろもどろに答える。

 実際、明確には答えられないことだった。

 先代の森の魔女は、「魔力を寿命に替える」引き換えに、子を成せなくなる場合はあると語ったことがあった。子を成さぬ代りに、魔力で寿命を延ばす。そういう魔女もいると教えてくれた。先代自身が、あるいはそうだったのかもしれない。

 ――魔女は、人間とは違う異質な存在なのだ。

 魔女であることを卑屈には思っていないが、魔力を忌みものとして見る人間がいるのは承知している。事実として受け止めてはいるが、やはり領主であるセレンの相手に「魔女」は相応しくないのかなぁと、魔女はまたしても気落ちしてしまう。普段考えぬようにしていることだが、時折、そんな風に落ち込んでしまうことがある。

 ――子を成せるかどうか分からない「魔女」。

 そんな「魔女」であるわたしを、王子はどう思っているんだろう……――

 魔女はしょんぼりと項垂れた。それを見、ベリンダはいささか慌てた。

「魔女様、どうかお気になさいませんよう。ですが、質問がよくありませんでしたね。セレン様と魔女様のことは、皆、応援していますよ。魔女だからといって魔女様を忌む者は、少なくともこの屋敷にはおりません。もちろんこの私もですよ。それに町民達もみな魔女様を慕っておられるでしょう?」

「えっとそれは……お師匠様の影響もあると思います。お師匠様の魔法薬の効き目は抜群でしたから」

「けれど、薬のおかげだけではなく、人柄も親しまれておいででしたよ。先代様同様に、魔女様、あなたも」

「…………」

 真正面から褒められて、魔女は照れくささに頬を染めた。「ありがとうございます」と礼を言うと、ベリンダは微笑み返してくれた。

 ベリンダは安心して話を続ける。

「なにしろ当のセレン様が、もう魔女様以外は目に入らないご様子ですからね。最初は反対していたハディスも、今では認めておりますでしょう? セレン様が説得されていたのですが、実はセレン様と魔女様の仲を微笑ましく思っておられる先代のご領主、ご隠居様が口添えしてくださったのですよ」

「えっ、ご隠居様が?」

 これは初耳だった。

 前領主は、セレンに地位を譲り、隠居領に屋敷を構え、そこで夫人とともに過ごしている。老夫妻は数年前に世継ぎであった息子を不慮の事故で亡くし、そのためセレンを養子に迎え、後継ぎとした。老夫妻はセレンを孫のように思い、可愛がっている。それは魔女に対しても同様だった。先代の森の魔女と懇意であった前領主夫妻は、魔女がまだ幼子であった頃から親しく接してくれた。老夫妻はセレンと魔女の仲をおおらかに見守ってくれている。

 だから、セレンとの仲を反対されているとは思っていなかったが、まさかハディスに口添えまでしてくださったとは。嬉しいやら申し訳ないやらで、魔女は言葉を失ってしまった。

 王子は、そういったことは何も話してくれない。それが少しだけ、魔女には不満だった。

 魔女に余計な心配をかけたくないからあえて黙っていたのだろう。それは分かる。分かるから、分かった時に、魔女はなんだかちょっとだけセレンを責めたい気分になるのだ。

 話してくれたらいいのに。

 そう思ってしまうのは、わがままかもしれないけれど。

 魔女は軽く唇を噛み、俯いた。

 不満……というよりも、淋しさなのかもしれない。もやのかかった、甘いような痛いような、複雑で曖昧な感情に魔女はまだ時々振りまわされてしまう。セレンの想いに、乱されてしまう。

 ベリンダは魔女の様子を窺い、少し間を置いてから話を続けた。

「セレン様は、もしかしたらご自身でも自覚なさっておられないかもしれませんが……、家族を欲していらっしゃるのですよ。やはり淋しさを拭えておられないのでしょうね。魔女様のことを思いやってのこともあるでしょう」

「…………」

「ただ、セレン様は家族を持たれることに戸惑いもおぼえておられるようです。そうしたことは口に出しては言わないのですが、……そうですね……なんとなく察せられると」

「ベリンダさんの勘……ですか?」

「そうですね」

 ベリンダの言うとおりだろう。それは魔女にもなんとなく分かる。

「なにぶんお若くていらっしゃるし、責任感の強い方でもいらっしゃいますからね、戸惑いは当然のことでしょう」

 にこりとベリンダは微笑む。ちょっとからかいまじりの笑顔は、いままでにない親しげなぬくもりがあった。

 ふと、魔女はベリンダの微笑みに、師匠とセレンの母の面影を見た。

 気恥ずかしいような、ほっとするような、不思議な気持ちに胸が詰まり、言葉が出てこない。こんな時、何を言ったらいいのだろう。恥ずかしいけれど、とても嬉しい。同時に申し訳なくもある。うまく気持ちを表せず、魔女はもじもじと膝の上で指を擦り合わせていた。

 魔女は父母を知らない。物心のつかぬうちに両親を亡くし、天涯孤独の身の上となった。幼子であった魔女を引き取り育ててくれた先代の森の魔女は、師匠であると同時に保護者として、みなしごの魔女を慈しんでくれた。しかし先代の森の魔女に対し、母という感覚で接してはいなかった。

 セレンの場合、父は健在だが気安く「父」と呼べる立場の人ではない。セレンは現国王の庶子だ。同母の兄弟はいないが異母の兄弟は複数いる。だが異母姉のシリンを除き、異母兄弟とは会ったことすらないのが現状で、「家族」はいないも同然だ。

 それでもセレンはまだ「家族」を知っている方だろう。母と過ごした穏やかな思い出があり、父の優しさも知っている。異母姉のシリンもセレンを弟として見、隔てなく接してくれる。僅かなりにも知っているからこそ、家族の温もりが欲しくなるのかもしれない。

 ベリンダは優しく言った。

「何事も、少しずつでもよいから、お二人で話し合われるのは大切なことですよ」

「そう……ですね……」

「それに魔女様?」

「はい」

「些細なことでもいいんです。セレン様にしてほしいことがあったら、逆にしてほしくないことがあったら、言ってみてしまえばいいんですよ? そうですね……、たとえば、朝食時にひとり部屋に置いていかれるのはイヤだとか」

「うぅ……っ」

 恥ずかしさに、魔女は両手を頬に当てて肩をすぼめる。

 こどもっぽく拗ねていたのを見透かされてしまった。

 ベリンダだけじゃなく、きっとみんな気づいているのかもしれない。それでも言葉にされるとやっぱり恥ずかしい。

 ベリンダはにこにこと笑っている。魔女の素直な反応が可愛らしく、笑みが自然とこぼれてしまうのだ。

「セレン様がお忙しいのは事実で仕方のないことでもありますけど、だからといって遠慮ばかりしていたら、心は伝わりませんよ。セレン様にも、それは言っているのですけどね」



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