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キラキラ  作者: るうあ
キラキラ 本編以後の小話
49/54

ふたりしずか 1

 結び合っている心の緒。

 けれども掴みきれないこともある。

 恋結びは、時折ひどく絡んで、縺れてしまうものなのだ。


* * *


 セレンの求めは、いつでも明快なようでいて、薄物に包まれているように曖昧だった。

 セレンの想いを一心になって受ける少女は、時々ひどく哀しい気持ちになってしまう。恋人の心を疑っているのでも怖れているのでもなく、ただ、ほんの少しだけ不安になってしまうのだ。

 あるいは、セレンも少女と同じ気持ちでいるのかもしれない。



 薄闇の中で、セレンの亜麻色の髪はまるで月明かりのように映え、蠱惑的ですらあった。

 汗に濡れた亜麻色の髪が甘やかに匂い立つ。

 セレンに組み敷かれ、白い四肢の檻の中で少女は陶然としていた。自分を見つめる美しい亜麻色の双眸の虜になっていた。

 少女の黒眸に映るのは、セレンだけだ。瞼を閉じても、そこにセレンの面影が映る。

 熱る身体を持て余し、少女の口からはあられもない声が漏れる。

みだりがわしい行為に羞恥を覚える一方で、いい知れぬ悦びを味わえる至福の時でもある。

 セレンは性急に少女を求めた。恋焦がれている少女だ。何度肌を重ねても

むことがない。

 一人寝の日が続いていたせいもあり、今夜は滾る想いを、一切の手加減なく、愛しい恋人に注ぎ、与え続けた。少女もまたよく耐え、セレンに応えた。

 少女のほっそりと華奢な身体は、憐れなほどセレンの愛撫に反応した。白珠の肌はしっとりと汗ばみ、熱帯びている。セレンの執拗といっていいほどの情熱的な抱擁と口づけに、少女は堪らず声をあげかけ、しかしその都度懸命に堪えて、息をひそめた。自分の口から零れる嬌声が恥ずかしいのだろう。片手を口元に当て、喉の奥から這いあがってくる声を必死に耐える。

 耳を塞ぎたい。けれど、セレンはそれを許してくれない。

 その意思すら、やがて薄れていった。

 少女の耳元で、セレンは吐息まじりに睦言を囁くのだ。それを拒めはしなかった。

 うつ伏せにされ、腰だけを持ちあげられている少女は、我を忘れているかもしれなかった。少女の意思に反して、あるいは意思のままにか、少女の身体はセレンの求めに呼応し、動いた。

 枕に顔を埋めていた少女は息継ぎをするために顔を横向ける。

「……っ」

 うまく息ができない。髪が濡れた唇にはりついて邪魔をする。

 少女は苦しげに眉根を寄せる。眦に溜まった涙が零れ落ちた。

 セレンは手を伸ばし、少女の黒髪をはらってやる。ほんのわずか、力を抜き、深く息を吸わせ、吐かせてやる。しかし手加減はしてやらない。解放もしてやらず、さらなる深みへと追い込んでいった。

 少女の口から漏れる声は甘く、扇情的ですらある。幼げな容貌と体つきをしている少女だが、セレンの熱情によってその姿態は艶めかしく彩られていく。

 セレンだけが知っている姿だ。セレンの瞳にだけ映る、可憐な少女の姿態。

 長い黒髪が白いシーツの上に斑紋を描いている。少女が身じろぐ度に髪は蠕動した。

 少女の黒髪を掬い取って絡ませ、口づける。それだけでも少女は反応した。

 絡みとられているのは、はたしてどちらなのか。

 かぼそく、掠れた声で「セレン」と呼ぶ。乞うように。

 セレンも少女の名を囁く。融け合う息と息の合間に、愛しい少女の名を。


 窓辺に落ちる月影にすら、その名を秘めるよう、ひそやかに。


* * *


 翌朝、すっかり疲れ果てて、少女は足腰の立たない状態にされてしまっていた。体が軋む。

 目覚めた時、少女はひとりだった。

「…………」

 あたりを見回しても誰もいない。人の気配は部屋の外からしかしない。

 ひろすぎる寝室はしんと静まりかえっている。

 日はすでに高いところにあり、すっかり寝過ごしてしまった。少女は、普段は早起きなのだが、セレンの屋敷に泊まると、起床が遅くなりがちだ。

 早寝早起きを心がけている健康的な森の魔女だが、近頃どうにも時間を狂わされる。セレンのせいだ。体調を崩すほどではないが、今日みたいなのは、困る。とても困るのだ。……恥ずかしくて。

 痛みを訴える身体をどうにか動かし、身支度を整え終わった頃だ。頃合いを見計らったかのように、セレンが寝室に戻ってきた。少女の様子を窺いに来たのだろう。暢気な顔で「おはよう」を言う。

 少女はつんとそっぽを向いた。頬が赤くなっている。

 拗ねて、少女はセレンと口をきこうとしない。ご機嫌斜めだ。

「朝食を、こちらに持ってこさせようか」

「…………」

 少女は首を横に振る。長い黒髪はまだ少しばかり乱れていたが、ともかく急ぎ寝室を出ることにした。

 歩き方がどうにもぎこちない。そんな自分が恥ずかしい。

 体中が痛くて、衣服を着るのですらたいへんだった。身体の節々が痛むだけじゃなく、そこら中に鬱血痕がある。自分で確認できる箇所だけじゃないだろう。他の誰に見せるわけでも、見えるわけでもないが、とにもかくにも恥ずかしい。

 颯爽と歩いていきたかったのだが、腰やら臀部やらが悲鳴を上げて、よろけた歩行になってしまった。

「手を貸そうか、魔女殿?」

 セレンの申し出も、少女はすげなく断った。含み笑っているのがにくらしい。

 セレンは苦笑し、困ったように眉を下げた。

「機嫌を直してくれないかな。……昨夜は、手加減できなくて、つい」

「ついってなんですか、ついって! というかですねっ、そういうの、口に出して言わないでくださってば!」

 余計に恥ずかしくなるじゃないですかと、少女は顔を真っ赤にしてぷりぷりと怒る。

 セレンはくすくすと可笑しげに笑っている。それがまた口惜しいやら恥ずかしいやら、少女は今度こそそっぽを向いた。

 セレンに反省の色がないのも、ちょっと腹立たしいのだ。

 腹立ちまぎれに、「もう口をきいてあげませんからっ」と子供じみたことを言ってしまった。

 本気では怒っていないが、少しは手加減してほしいと責めたてたくもなる。セレンは時々、少女の限界を超えさせる。夢も見ずに泥のように眠った。おかげで起きあがるのも一苦労だった。気分が悪いということはないが、とにもかくにも体が軋み、その痛みが恥ずかしいのだ。

 もう口をきかないなどと突っぱねたことを言ってところで、結局少女はセレンを拒みきれないのだ。昨夜と同じように。

 口をきかない、を実行するにはさっさと森の奥の我が家へ帰ってしまえばいいのだが、それをしないのは、本当は言いたいことがあるからなのだ。

 けれど、それをどう伝えたらよいのか。

 引っ込みがつかなくなり、少女は逃げるようにセレンの前から立ち去った。「もう、仕事に戻ってください」と素っ気なく言い放って。



 少女はおぼつかない足取りで、なんとか厨房へと行き、そこで軽食をとった。セレンに言いつけられていたのだろう。食事はすでに用意されていた。

 屋敷の使用人達と顔を合わせるのはいささか恥ずかしかったが、もはや今さらという感がないでもない。使用人達は心得顔で、少女の相手になってくれた。からかったりするような者は一人もいなかったが、身体に不調がないか、心配し、さりげなく声をかけてくれる女中はいた。昔馴染みの女中達だ。

 少女は、セレンの屋敷に招かれてやってきた「客」ではあるのだが、もはやセレンの身内のようなもので、そのように遇されている。少女も「客」として接待を受けるのに慣れず、使用人達の仕事を手伝うのを好んだ。もともとじっとしていられない性質なのだ。先代の森の魔女の弟子だった頃から、それは変わらない。

 少女の作る料理は使用人達の間でも評判が良かった。ことに菓子類は女中達に人気がある。

 魔法薬作りの名人と謳われる魔女だが、皆、少女が作る料理に警戒心……たとえば食べたらカエルに変身してしまうとか急激に老けてしまうとか性別が変わってしまうとか、そういった疑いはまったく持たない。常より、少女の作る頭痛薬や胃薬の世話になっているからだろう。少女に寄せられる信頼は厚い。

 ともあれ、今日も少女は使用人達の手伝いをすることにした。「帰らない」口実を作った。……と、自分では認めたくないところだが。

 今日は天気も良く、お洗濯日和だ。春もけ、少し汗ばむくらいの陽気だ。

 魔法薬作りの他にも魔法は使える。シーツ等、大物の洗濯に魔法は便利だ。水と風の魔法を使えばよい。近頃ではコツも覚えて上手く、綺麗に洗えるようになった。

 ちなみに、浴場の掃除にも魔法を使った。洗剤を含ませた水を魔法で操って浴場全体を洗った。風の魔法で水気を飛ばすこともできる。洗濯に使った魔法の応用編といえる。ただ、細かいところを磨いたり拭いたりするのは手作業になるから、結局は身体を動かすことになる。それは洗濯も同じだ。それでも女中達には十分有り難がられた。魔法を目の当たりにできたのも嬉しいらしい。

 ともあれ、洗濯や掃除と、女中達とともに働いていたおかげで、少女は気鬱に呑み込まれなくて済んだ。

 元来楽天的で、明朗な性格の少女なのだが、ことセレンに関しては、自分でも戸惑ってしまうくらいに、不安になったり我儘になったり、心が揺らいでしまう。恋という感情に、未だ不慣れなのかもしれない。なんといっても「初恋」なのだから。

 仕事中はあれこれ考えを巡らせずにいたのだが、ふとした時に無意識にため息をついてしまっていたらしい。

「セレン様と、喧嘩でもなさったのですか?」

 穏やかな微笑を浮かべて少女に尋ねてきたのは年嵩の女中だった。

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