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キラキラ  作者: るうあ
キラキラ 本編以後の小話
48/54

猫と魔女と、憩いのひととき。

 白猫のサラは、森の魔女の眷属である。

 もとは水の精霊だったが、森の魔女と契約を交わして眷属となった。

 普段は(やや長毛の)白猫の姿をしているサラだが、魔女の力を借りれば人間の姿に変ずることもできる。猫と人間、どちらの姿でいるのも好きだが、猫の姿でいる方が多い。猫の姿の方が何かと気楽なのだ。昼寝の心地よさを、「猫って気持ちいいわよぉ」と主である森の魔女に自慢するほどだ。日がな一日寝てばかりいる時すらある。

 主である森の魔女の魔力属性は「光」だ。元・水の精霊だったサラとは魔力の相性がよく、相互扶助しやすい。そう語ったのはやはり森の魔女の眷属であるリフレナスだ。新米眷属サラにとっては先輩といえる存在だ。リフレナスは金褐色の毛並みの鼠である。

 リフレナスはサラとは違い、先代の森の魔女と契約を結んだ眷属だ。元は風の精霊であった。先代から引き継がれた眷属だったため、リフレナスと森の魔女のつきあいは長い。もちろん、サラ同様に人間に変身できる。リフレナス自身はめんどくさがってあまり人間に変じたがらないのだが、内心では悪くないと思っているに違いない。と、森の魔女は勝手に推量している。

 魔法を使う時に補助的な役割を果たすのが、魔女の眷属である。魔女にとっては援助的な存在であって、ただの愛玩動物ではない。

 リフレナスは、森の魔女がその身に有している強大すぎる光の魔力の制御に力を貸し、守っている。他、魔法の結晶石の研磨を任されたりもするし、魔法薬作りを手伝わされたりもする。

 リフレナスは働き者の眷属だ。ぶつくさと文句を言いながらも、魔女の言いつけには必ず従う。そしてその仕上がりはいつも完璧だ。

 小さい体のリフレナスだが、森の魔女の眷属として、大きく役に立っている。

 一方、新米眷属はといえば、留守番を先輩眷属のリフレナスに任せて、のんびりと寛ぎ、毛繕いなぞしている。亜麻色の髪と瞳を持つ美しい青年の膝の上で。


 白猫のサラにはお気に入りの場所がいくつかある。

 とりわけ気に入っているのは、主である森の魔女の恋人である青年の膝の上だ。間近に美麗な容貌を眺められ、しかもほどよい力具合で「なでなで」をしてくれる、絶好の憩い場だ。

 青年の名は、セレンという。

 森の魔女達が住む土地の領主であり、現国王の庶子という身上の青年だ。類い稀なる美貌の青年は、「ご領主様」と呼ばれるよりは、愛情を込めて「王子」と呼ばれることが多い。そう呼ぶのは若い娘たちがほとんどだ。

 しなやかな絹糸の亜麻色の髪、甘やかな色を湛える瞳、白磁にたとえられる肌理きめの美しい肌、声音は穏やかで、言葉づかいも丁寧で優しい。すらりとした長躯で、その体つきに似合った典雅な物腰はさすがに王族らしい品格がある。美艶なる青年セレンは、天上の美神の愛めぐし児とすら称えられた。

 見た目の美しさもさることながら、セレンの気質の優美さ、穏やかさに好感を抱いている領民は多いといっていいだろう。領主としての手腕は、卓越こそしていないがそれなりに優れた統治能力を示している。まだ二十そこそこの年若い領主だが、セレンに対する不満の声はあまり上がってこない。もともと治安のよい土地だったことも影響しているのだろう。ともあれ、健やかで安定した領地を維持させられる領主なのだ。ワケありで領主の地位に就いたセレンだったが、いまのところ大多数の領民の支持を得られている。

 その若き領主には、周知の恋人がいる。

 魔法薬作りの名人と誉れ高い、森の魔女である。

 この二人の仲は、領民達にすっかり知れ渡っていた。セレンといえば森の魔女、といった具合に、たいてい二人一緒に語られる。二人の仲が睦まじいのを、皆、微笑ましく眺めているのだ。ほんのすこし、やっかみのまなざしも混じっていたりもするけれど。

 そして森の魔女の眷属であるサラもまた、この二人が大好きなのだ。

 初めて会った時から、森の魔女が大好きだった。だから眷属になれて嬉しかった。

 ――だから。

「王子のことも、だぁい好き」

 サラはセレンの腕にすりすりと頭を擦り寄せる。セレンは「ありがとう」と微笑んで、サラの頭を撫でてやる。傍でその様子を見ていた森の魔女も笑みを浮かべていた。

 今日は所用があり、森の魔女はセレンの屋敷へ来ていた。所用がなくとも、いつでも来てくれて構わないとセレンは言ってくれるのだが、さすがにそれはと、森の魔女は苦笑する。なんといってもセレンは領主なのだ。仕事がある。それも決して少なくない。老執事のハディスや他にも補佐をしてくれる者はいるが、だからといって暢気に遊んでいられる立場ではない。

 こうして仕事の合間に休憩時間をとり、そこでお茶をともにするのがせいぜいだ。……夜は別として。

 森の魔女は持ってきていた木の箱を、セレンの執務用の机に置いた。机の上には未処理の書類がまだいくつもある。それらの邪魔にならぬよう、箱は机の端に置いた。

 午後のひととき、小休憩中のセレンは、執務用の机から離れ、窓際のソファーにゆったりと腰をおろしている。そのセレンの膝の上にはサラがいる。

「王子、依頼されたお薬です。もし足りないようでしたらまた作りますから」

「助かるよ、ありがとう。早速明日にでも使者に持たせよう。薬の服用方法だが、とくに気をつけることは何かあるかな?」

「水にあたったってことのようですから、生水と一緒には飲まないようにしてもらえれば。お薬は粉末なので、一度沸騰させた水を冷まして、それに匙いっぱい分の量を溶かして飲ませてください。あとは、えぇっと、飲ませ過ぎないように。一日一回服用で十分です。あ、小さな子には、大人の半分くらいの量で。強い薬ではないし、副作用的なものはでないようにしてありますけど、子どもは魔力の影響を受けやすいから」

「わかった。その旨伝えよう」

 魔女が持参した木箱の中身は胃腸薬だ。魔女が特別に精製した、魔法薬である。

 ここから西方にある地域で、多くの村民が下痢症に罹病したとの報告が、昨日セレンの元に届けられた。井戸水が原因らしい。夏から秋へ、季節の変わり目ということで体調を崩す者が多かったため、病人が倍増したようだ。症状は比較的軽いようで、今のところ死者は出ていない。しかし医師も薬も足りない。ともかく薬だけでもと懇願され、セレンは求めに応じ、森の魔女に薬の依頼をしたというわけだ。

 森の魔女は魔法薬作りの名人で、様々な薬を依頼される。顧客は多いといっていい。セレンなどは常連客といっていいだろう。ただしセレンは個人的に依頼することはほとんどない。もっぱら領主として、森の魔女に薬を依頼する。

 ――そういえば、「惚れ薬」ぐらいだったろうか、個人的な依頼は。

 ふと、森の魔女はそんなことを思い出す。

 もちろんその依頼はすげなく断った。作れない薬だったし、そもそも必要のない薬だったのだ、セレンには。

 思い出すと、ちょっと可笑しくて、けれどなんとも妙な気分になる。

「なに、魔女殿?」

 思い出し笑いをしてしまった魔女に、セレンは目敏く気付く。サラを膝に置いているため立ち上がり、魔女の傍に行けないのが、少々もどかしげだ。

「なんでもないです」

 そう言ってから、魔女は改めてセレンの方に体を向け直した。

 森の魔女の長い長い黒髪は、手入れが大変だろうに、乱れもなくとても美しい。セレンはそれに触れるのがとても好きだった。触れて、口づけたい。もちろん、森の魔女のすべてに。

 魔女はセレンの膝の上で寛いでいる眷属に声をかけた。

「サラ、そこで寝ちゃったら、王子が動けなくなっちゃうよ」

「いいじゃない。だって、王子の疲れ癒すために来たんでしょ?」

 サラは一声、ニャァと鳴いてから言い返す。セレンの膝の上から降りる気はまったくないようだ。すっかり寝る体勢に入っている。

 しかしまだセレンには仕事が残っている。それを言ってみるものの、魔女の口調は厳しくはならず、サラを抱き上げてセレンから離すという強硬手段にも出られなかった。

 所用があってセレンの屋敷に来た。その用は済んだ。薬を届けた時点で帰っても良かったのだが、仕事に疲れているだろうセレンを慰労したかった。それで新作の香茶を持参してきたのだ。……少しでも長く、セレンと一緒にいたかった。できればもっと近くで。

「こうしてれば王子だって癒されるでしょ? ね、王子?」

 サラは顔を上げてセレンを見やる。琥珀色の瞳に見つめられ、セレンは微笑みを返し、サラの背中を撫でてやる。

「癒されるよ、とても」

「ほらね。王子、ちゃんと癒されるって! あたし、癒し担当の眷属なんだもん。ちゃんと癒すよ!」

 おそらくこの場に先輩の眷属リフレナスがいたら、容赦なく「寝てるだけだろうが」と突っ込んだだろう。主である森の魔女は、内心ではそう思っていても、口には出せない。実際、森の魔女も、サラをだっこして撫でて、その撫で心地の良さにいつも癒されているのだ。猫の癒し力というのは、けっこうな威力がある。それにサラは水属性の眷属だ。水の魔力は治癒の力が高い。それを知っている魔女としては、サラの言い分を否定できないのだ。

 無類の猫好きというわけではないが、セレンも猫は好きだし、サラのことは気に入っている。こうも懐かれては嫌いようがないというのもあるが。

 サラの毛並みは美しい。やわらかくて撫でているだけで気持ちがいい。たしかにこうしていると癒されるし、ゆったりと寛げる。

 セレンに撫でられているうちにどうやら眠くなってきたようだ。サラはもぞもぞと体を丸めて、琥珀色の瞳を閉じた。

「もう、サラってば!」

 サラの主である森の魔女はため息をつく。無理に引き剥がすのも可哀想だ。

「あまり長くはこうしていられないが、ちゃんと癒させてもらうよ」

 セレンは苦笑し、森の魔女を見やった。怒らないであげてと、亜麻色の瞳が語る。

 何か言いたげな様子の魔女だ。サラに対して怒っている様子はない。ただ、少しだけ気持ちを表せないもどかしさのようなものが、黒い瞳にかかっていた。

「魔女殿」

 セレンは手を伸ばし、「こちらへ」と魔女を促した。傍に来てほしい。微笑んで、魔女を見つめた。

「魔女殿。なにか、不満そうだね?」

「…………」

 魔女はセレンから目を逸らした。頬が、僅かに赤みを帯びている。

「魔女殿、私が何か、君にしてしまったかな?」

 セレンは不安げに尋ねた。魔女は首を横に振る。そのあどけない仕草が可愛らしい。

 小柄で幼い顔立ちの魔女は、表情も仕草も、いかにも少女然として、初々しげだ。いじらしい恋人が、セレンには愛しくて堪らない。

 素直な気質の森の魔女だが、遠慮しがちなところもあって、感情を言葉ではなく態度で表してくることが多い。気持ちを伝える前にまず葛藤が生じ、ところがその葛藤が声よりも早く表情に出てしまうのだろう。

「魔女殿」

 サラを膝の上に置いたままで立ち上がれないセレンは、声をかけて魔女を呼び寄せるしかない。

「…………」

 魔女はふっ切ったようにセレンの方に顔を向け直し、それからすたすたとセレンの傍にやってきたかと思うと、すとんとソファーに腰をおろした。

「魔女殿?」

 セレンは真横に座った魔女に目をやった。魔女は頬を赤くして俯いている。

 そして俯いたまま、小声で言った。

「わたしが癒したかったなって、ちょっと、妬いちゃったんです。ごめんなさい」

「…………」

 可愛らしい魔女の告白に、セレンは思わず声を詰まらせる。

 なんという不意打ちであろうか。

 セレンの口元が堪らず緩む。

 セレンは魔女の肩を抱き寄せた。ほっそりと華奢な体を自分にもたれかからせる。

 そして、耳元で優しく囁いた。

「――キラ」

 最愛の恋人の名。

 森の魔女の秘めたる、真名。

 名を呼ばれて、キラは顔を上げた。

「あの、王子……呆れてますか?」

「うん? どうして?」

「……だって……」

 サラに嫉妬したのだ。気持ち良さそうに撫でられて、王子の膝で眠って、そして癒しを与えてあげている。

 自分がそれをセレンにしてあげたかった。――して欲しいと、思ってる。

「呆れてなどいないよ。むしろ嬉しいくらいだ。君が今日来てくれたことも、こうして傍にいてくれるのも。さっき淹れてくれたお茶も、とても美味しかった。また後で淹れてくれるかな?」

「ほんとに? よかった、お茶、気に入ってもらえて。冷めても美味しいから、仕事の時に飲めるよう、作り置きしておきますね」

 キラは愁眉を開き、明るい笑みを見せた。よろこびを素直に面貌にあらわしてくれるキラが可愛くて堪らない。セレンは微笑みを深めた。

「キラ」

「はい?」

「まだ、私を癒そうという気持ちはある?」

「え、それは、もちろん! わたしで出来るなら、なんでも」

 魔力を持っている魔女でありながら、キラは妙に鈍いところがある。それが可笑しくもあり、愛しくもある。セレンの仕掛ける罠に、キラはいつも容易くひっかかってしまう。

 かつて、惚れ薬を頼んだ時も、そうだった。

 ――いやあれは、罠とは言えないものだったな。

 セレンはあの時のことを思いだし、苦笑する。

「……王子?」

「セレン、と」

「セ、セレン、あの……?」

 くすっと小さく笑ってから、セレンはキラの頬に手をあてがう。さっきからずっと触れたかった。感触を得たかった。ようやく触れられたそこは、とても温かい。

「癒してほしい。キラ。君の、――口づけを」

「……っ」

 甘い口づけを落とされて、キラの頬に鮮やかな紅の花が咲いた。



* * *



 翌日のこと。

 セレンの屋敷から戻ったサラは、森の舘で留守番をしていたリフレナスに、得意顔で自慢した。

「空気読んでちゃんと寝たふりしてたよ! 王子も癒せたし、雰囲気作ったし、あたし、偉いよね! 眷属として、ちゃんと役に立ってるって、そう思うでしょ、ね、リプ?」

 先輩眷属のリフレナスは大きなため息吐いた。

「そういうのは、主のいないところでこっそり報告しろ」


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