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キラキラ  作者: るうあ
キラキラ 本編以後の小話
42/54

媚びしずめて

 木漏れ日が眩しく、美しい。

 ゆるゆると馬を進めていたセレンは手綱を引き、暑天を仰いだ。梢の隙間から見える青色は濃く、初夏らしい爽気に満ち満ちている。

 深呼吸をすると、森の清々しい香りが身中を清涼とさせ、心も潤ってくるようだった。

 緑陰を渡る風が、セレンの亜麻色の髪と白い肌を優しく撫ぜていく。ふと、和やかな微笑がセレンの端正な口元をほころび咲かせた。

 自分でも可笑しくなるほどに、気持ちが浮かれ、急いている。

 セレンは再び馬を歩ませ、目的地へと向かった。

 森の奥深くにひっそりと建つ古めかしい舘、そこに住まう「森の魔女」に会うために。




 森の舘の東側、少し行った所に小川が流れている。

 セレンの訪ね人、森の魔女はそこにいた。

 小川に足を入れ、水中に何かを探しているようだった。水に浸からぬよう、長い黒髪は一つにまとめて後頭部で結っており、同じ理由から、スカートの裾もたくしあげ、腰のあたりで落ちないよう巻きつけて縛っていた。捲くりあげられた紺色のスカートの下、白い素足が艶めかしい。

 ひどく無防備な姿の少女が、せせらぎの中に立っている。

「魔女殿」

 声をかけると、森の魔女は驚いて腰を伸ばし、振り向いた。頬に赤みが差し、明るい笑顔がセレンに向けられる。

「王子ってば、もう、驚かせないでください!」

 などと、つい文句を言ってしまう少女だが、嬉しげな表情は隠しようもない。

「君に会いに来たのだよ」とセレンが言うと、

「それならそうと前もって言ってくれたら、ちゃんとお茶の用意をして待っていたのに」

 少女は申し訳なさそうな、つまらなそうな顔をする。もっとゆったりとした場でセレンを歓待したかったのだろう。

 セレンは川縁に立ち、いまだせせらぎに足を浸している少女に尋ねた。

「ところで、さっきから何か探しているようだけど、まさか砂金でも?」

「砂金が見つかれば、それは嬉しいですけど」

 セレンのからかいに気づいているのいないのか、少女はまじめな顔で答え、ちょっと笑ってからまた水中に手を入れた。

 浅瀬で、流れも穏やかなため、水底が良く見える。

「石を探してるんです。魔力を込められる石が、この小川からはよく見つかるから。……あ、ほら、こんな感じに」

 そう言って少女は拾い上げた白い石をセレンに見せた。丸に近い三角形をしていて、少女の両手ですっぽりと覆い隠せてしまう程の小石だ。たしかに、見た目にきれいな石ではあるが、セレンに魔力はなく、その石が魔力を込めるに適した石なのかは分からない。

「石って、その性質なんかによって込められる魔力の種類や力加減が違ってきちゃうんだけど、持続性が高いから、お守りにするのに適してるんです。もちろん他にも利用方法はあって、薬になったりもするんです」

 亡き師匠から学んだことを披露する時、少女はいつになく自慢げになる。自分の魔力の高さを誇ってのことではなく、魔力そのものの神秘性を語りたいのだろう。むろん、誰に対してもそうなるわけではない。魔力に対して冷やかな偏見を持たないセレンだからこそ知ってほしいと思い、つい饒舌になる。

「たとえば翡翠なんかは、握薬って言って、握っているだけで精神鎮静の効能があるって重宝されてたんです。とくに翠緑色のものが好まれて、装飾品として使用されるのも緑色が多いですよね。あ、そういえば、王子もいくつか持ってますよね、翡翠の装飾品」

「そうだったかな? 憶えがないが……」

 セレン自身が美材であるためか、宝石などの装飾品にほとんど関心がなく、無頓着といっていい。指輪も腕輪も、ごてごてとした飾り物は仕事に邪魔だからと嵌めたためしがない。

 少女が言うセレンの持っている装飾品とは、ベルトやブローチの類だ。翡翠に限らず、高価な宝石が使われている物が多い。

「王子は、……うん、翡翠が似合います。深緑色のもだけど、白系で緑の斑点が奇麗に入ってる石が似合いそう! そうだ、たしか物置のどこかに保管してあったはず! 探して、王子にあげますね。お守りになるよう、守護の魔法もかけておきます。でも細工とかってわたしはできないから、宝飾の職人さんに頼んでもらわないといけないけど。あまり大きいものじゃなかったと思うから……たとえば外套の留金に嵌めこんだりするといいかもしれません」

 水面を跳ねる光の粒のように、少女は明るく朗らかに笑っている。

 小川を覆うようにして茂っている木々の梢がそよぎ、葉がこすれ合って涼やかな音をたてている。枝から枝へ、小鳥が賑やかに鳴きながら飛び移り、射し込む光を揺らした。

 少女は儚げで愛らしい水の妖精のようでもあり、“光”そのものにも思えた。

 セレンは目を眇め、恋しい少女を見つめ続けていた。無邪気に笑う少女を見ているだけでも心は癒されるが、それだけではやはり足りない。

「それは嬉しいし良い提案だと思うが、……魔女殿。そろそろこちらへ来てもらえないかな? いつまでもこうして離れたままでいるのはもどかしいよ」

「あ、そっ、そうですねっ」

 セレンの切なげなまなざしに捕らわれて、少女は慌てて踵を返した。

「あっ、……つっ」

 急いで川岸に上がろうと身を翻し、川底を蹴った時に、どうやら石か何かで足の裏を傷つけてしまったようだ。右足の親指の付け根に痛みが走った。

「魔女殿? どうかした?」

「あ、……えっと、ちょっと切っちゃったみたいです。でもたいしたことないですから」

「放っておくのは良くない。魔女殿、まずそこに座って、傷を見せて」

 セレンは右足に体重をかけないようそろそろと川岸にあがった少女の手を取った。それから当たりを見まわし、すぐ近くにあった腰かけるによさそうな岩に少女を促し、座らせた。セレンは身を屈ませた。自然、セレンは少女を前にして跪くようなかっこうとなる。そうして少女の右足を手に取った。――少し冷たい。

「おっ、王子っ!?」

 あまりのことに少女は声を上げた。

「うん?」

 セレンは別段照れる様子もなく、少女の足の具合を確かめている。

「あの……っ、王子、だっ、大丈夫ですからっ!」

 少女は周章狼狽し、顔を真っ赤にしている。そんな少女をセレンは内心可笑しがっていた。少女の反応の一つ一つが初々しく、セレンの悪戯心を煽ってくる。

 セレンは片膝をつき、少女の足首を掴み持っている。水を払うように足の甲を撫ぜると、少女は思わず肩をすぼめて目を閉じた。苦しげでもあり、……感悦を得たようでもある。

「そうはいっても、ほら、血が滲んでいる。――ああ、でもそう深くは切っていないね。よかった」

 親指の裏、付け根あたりの皮膚を薄く切った程度の傷だった。血はもう止まっていたが、痛みはまだあるだろう。

 少女は足を引っこめようとするのだが、結局のところ強くは出られない。

「うんっ、だから、たいしたことなくて! そんな切り傷は、舐めておけば治りますからっ!」

「…………」

 困惑の態で口にした言葉は、セレンを苦笑させた。

 少女から向けられた誘い水は、とても甘い。飲まずにはいられず、酔い痴れたくなる。

 セレンは少女に熱視線を注ぐ。そして名を呼んだ。

「キラ」

 たったその一言で、少女の頬がさらに紅潮する。

 黒い瞳が見開かれ、とまどいがちにセレンを見つめ返した。

 セレンは目を細めて、したりと笑う。

「それならば、キラ、私が、そうしよう」

「え、えぇっ?」

 何のことですかとキラが問う間もなかった。

 セレンは恭しげにキラの足を掲げ、少し小首を傾げて、傷口に唇を近づけ舌を伸ばした。血を舐めとると、キラの足先がピンと張って、硬直した。

「――……っ!?」

 硬直しているのは足先だけではない。キラはあ然として、頭から湯気でも出そうなくらいに顔中を赤くしている。

 熱帯びているのは、セレンも同様だった。

 セレンは絶句しているキラの様子を覗き見、満足を得るや、行為を続けた。親指の爪に軽くキスをし、それから足の甲にも口づけを落とした。下から上へ、ふくらはぎに手を這わせると、キラは堪らず身じろいで、「王子ってば!」と泣きそうな声を上げた。

「痛い?」

 セレンは悪戯な笑みを隠して、上目遣いにキラを見やった。

「いっ、痛いとかじゃなくて、はっ、恥ずかしすぎますっ! 胸が苦しくて、頭もくらくらするんですけどっ」

「それはいけないね」

 セレンは名残惜しげにキラの足から手を離して、立ち上がった。

 キラがホッと息をついた次の瞬間、セレンはやおら身を屈め、キラの背と膝裏に手を回し、抱きあげた。

「おっ、王子っ!?」

 キラはさっきからセレンにびっくり仰天させられてばかりだ。声も、思わず裏返ってしまう。

「王子ってば、いきなり何するんですかっ」

「舘まで、歩いて戻るのは足の傷によくない。眩暈もするというのなら、なおさらだ」

「で、でもですねっ」

 眩暈の原因は王子なんですけど! と訴えてみたところで、かえって照れが増すばかりだ。キラは口ごもりながら、なんとか反駁しようと言葉を探していた。しかしセレンは素早く追い打ちをかけてくる。

「それにね」

 セレンは語を継ぎ、優しく微笑んだ。腕の中、キラはうろたえ顔でセレンを見つめている。

「翡翠を握っているよりも、こうして君を抱いている方がずっといい」

「……っ」

 セレンの臆面のなさは相変わらずのものだ。いつまでたってもセレンの甘やかな雰囲気にキラは慣れない。恥ずかしに悶えて、身体中が熱くなる。

「さあ、キラ」

 セレンはゆっくりと歩き始めた。

 一見華奢な体躯のセレンだが、その腕の力強さは、やはり男性のものだ。危なげなくキラを横抱きにし、足の運びも安定感がある。

 セレンは歩きながら、間近にキラの熱った顔を見つめ、甘い声で囁いた。

「舘に戻って、続きをしようか」

「つ、つづきって、な、な、なにを……っ」

 声を上擦らせて訊き返してくるキラに、セレンは艶笑を浮かべ、揶揄めいた声音で答えた。

「もちろん傷の手当てをだよ? それとも、別の“続き”をしてほしい?」

「な、何を言って…っ」

「君がそれを望むのなら、私としてはやぶさかではないよ」

 そのために今日はこうして愛しい君のもとへやってきたのだから。

 それに、誘ったのはキラの方だ。無自覚にではあっても。

「そんなからかうようなことばっかり言って! もうっ、セ…セレンなんて知らないんだから!」

 そう言って、キラは羞恥に赤く染まった頬をセレンのやわらかな髪の中にうずめた。セレンの首に白い腕を巻きつけて、呟いた。

「せっかく涼んでたのに、熱くて、沸騰しそう……」



 セレンは忍び笑っている。

「私はここへ、暑気払いに来たわけではないからね」

 ――だから口づけの続きは、熱気の去らぬ、今宵に。




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