君の笑顔を見るたびに自分だけのものにしたくなるのは、いけないことなのだろうか。
―――贅沢な望みなのだろうか。
セレンは、安堵しきって眠る少女の髪を撫ぜる。
普段は早起きらしい少女だが、セレンが隣にいる朝は、大幅に寝過ごしてしまうようだ。そして寝ぼけ眼をセレンに向けるとその後すぐに、慌てて身を離そうとする。
いいかげん慣れても良さそうなものだけどと笑うセレンに、少女は決まって、
「無理です、慣れませんっ!」
と言って顔を赤くする。
時に、寝たふりをして少女に心の準備をする時間を与えてやるのだが、それがわかると少女は照れもあってのことだが、ふくれっ面をして拗ねてしまう。
恥じらっている様子も愛らしいに違いないが、やはり笑顔を見せてほしい。
夜、さんざん啼かせておきながらそれを望むのは、やはり贅沢なのだろうか。
そして今朝も、同じ事を繰り返す。
セレンは頬杖をつき、ようやく目を覚ました少女の顔を間近に覗く。
「おはよう、キラ」
少女は二、三度瞬きをし、それからようやく「目を覚ます」。
少女の黒髪を一房掴み、セレンはそっと触れる。再び「おはよう」と告げた、その唇で。
「ちょっ、ちょっ、お、王子っ!」
今にも湯気が出そうなほど顔を赤らめ、少女はおたおたと慌てふためいている。
「おっ王子っ、顔、迫らせないでないでっ!」
セレンは「今さらだと思うけど」と苦笑する。
「それにしても、……夜は名を呼んでくれるのに、朝になるといつも「王子」に戻ってしまうんだね?」
からかう風に言うが、それは吐露されたセレンの本心だった。
それを察し、素直な少女は胸を痛め、返答に窮してしまう。
私を見て。名を呼んで。
セレンの亜麻色の双眸が、それを語る。
―――王子が望むことなら、なんでも叶えてあげたい。
いつもそう思っているのに、うまく行動に表せない自分が歯がゆく、もどかしい。
少女キラは戸惑いがちに、だが、火照った顔をセレンに向けた。
「……あ、えと、……セレン」
「ん?」
「……っ」
笑って「おはよう」を言おうとしたキラだったが、くじかれてしまった。
セレンの微笑が、あまりに艶かしすぎて。
「セ、セレン、えと……」
恥じらいに頬を紅潮させている少女の、なんと愛しいことか。
セレンは目を細め、ため息をつく。
それは、無自覚に発せられる、森の魔女の魔法。威力は絶大だ。
セレンを惑わせ、眩ませる。
「今日はずっとこのまま、こうしていようか?」
「だっ、だめっ、だめですっ!!」
「起きるの、億劫だし。……ね?」
「ね、じゃありません! 朝なんです、起きなくちゃだめなんですっ!」
肩を抱き寄せようとするセレンの腕を、キラは必死に解く。
「どうしても?」
「どっ、どうしてもですっ」
くすっと小さく笑って、セレンはキラの手を取り、指先に口づけた。
当然、キラは真っ赤になって硬直する。
「それじゃぁ、もう一度。――おはよう、キラ」
「……う」
こうやって、セレンにはいつも先手を打たれてしまう。
キラは観念したように、肩の力を抜いた。そうしてやっと、
「おはよう、……セレン」
それを言えたのだ。
セレンが望む、笑顔とともに。
―――やはり、贅沢な望みなのだろう。
セレンは苦い想いをため息にかえ、吐きだした。
愛しいキラ。
君のその笑顔を、私だけのものにしたい、私以外には見せないでほしいと、――縛るのは。