胸を焦がす熱い炎は消えることなく、いつか君をも飲み込んでしまうかもしれない。
上半身を起こし、亜麻色の髪の青年は傍で眠る少女を見つめ、ベッドに流れる黒髪を指に絡めた。
安らいだ寝息をたて、少女は眠っている。
冷やして風邪をひかぬよう、少女の肩に毛布をかけ、青年は嘆息した。
身体の熱は去ったが、心にはまだ紅の炎が揺れている。
――……おそらくは、消えぬままだろう。
秀麗な容貌と物腰の穏やかさ、そして歳に似ず冷静沈着な性格の青年セレンは、町の娘達の憧れの的だった。優れた行政手腕を示し、領主として申し分ないという評価も得ている。
美貌と品性は天賦のものだが、他の事柄は努力の賜物だ。
冷静を装うのは、他者との距離をとるためだった。むろん、だからといってセレンが排他的な性格だということはない。「国王の庶子」という身の上がセレンを縛り、無意識的に他者との間に一線を敷かせているようだった。
長い年月の間に培ってきた「冷静」という性格は、しかし、いともたやすく崩される。
幼顔の、恋人の前にあっては。
「王子ってば、物事にあまり動じない人ですよね?」
と、少女は感心して言う。
魔法薬作りの名人である森の魔女は、ネズミ姿の眷属に、「もうちょっと落ち着いたらどうだ」と常々愚痴を言われているらしい。
感情の起伏が豊かな森の魔女は、喜怒を包み隠さず、そのあどけない顔に映す。
くるくると表情をかえる多感な少女を、セレンはまぶしげに見やり、微笑する。
「そんなことはないよ。いつも君には動揺させられっぱなしだからね」
そう言ってセレンは少女の手を引く。腕の中に押し込めようとするのだが必ずしもうまくいくとは限らない。
「それはわたしの方こそです!」
頬を、今しがた摘んできたばかりだというさくらんぼのようにほんのり色づかせ、少女は恥じらって言い返す。
「王子にはドキドキさせられてばっかりです。もうほんと、顔から火が出そうなくらいなんですけどっ」
「ああ、ほんとに熱いね?」
艶然と笑み、小首を傾げてセレンは少女の頬に手を伸ばした。
触れた頬は、柔らかく、温かい。
「ちょっ、もう、王子ってば! 蕩けちゃったらどうしてくれるんですかっ?!」
セレンはいたずらっぽく笑い、少女の身体を今度こそは逃さぬよう、強く抱き寄せた。
「もっと、蕩けさせようか? 君がそれをお望みなら」
「やっ、ちょっ、そんなこと言ってませんっ」
「そう聞こえたけど、違う?」
「ちっ違いますっ! 違いますってば!!」
頬からこめかみへ、セレンは指先をゆっくりと這わせる。そして少女のしなやかな黒髪を指で梳き、耳元でささやいた。
「私こそ、焼け焦げてしまいそうなんだけどね。……どうしてくれるのかな、キラ?」
「――……っ!!」
もはや少女に抗う術はなく、セレンの罠に易々と捕らえられるばかりだった。
少女が寝返りをうった。
背を向けられ、セレンは思わずため息をつく。
ふと、少女の白い背に、刻み付けた炎の痕を見つけた。
指先で、鬱血痕をなぞる。
痛かったろうか。……そういえば、声を上げていた。
セレンは微苦笑し、はだけてしまった少女の背に毛布をかけなおした。
「……どうしてくれるのかな、キラ?」
眠れそうにないよ、熱くて。
夜明けまでは、まだたっぷりと時間がある。
セレンは身体を横たえ、傍で眠る少女の髪を指先でもてあそんだ。
ようやく寝付いた少女を再び熱し、蕩けさせようか。
キラは、セレンの恋情を拒みはしないだろう。
蕩けた瞳で、甘い声で、さらにセレンを煽ることはあっても。




