何よりも愛しい君をゆるやかな鎖でつなぎ止め、広い檻に閉じ込めよう。
抱き寄せると、少女は頬を赤らめ、身を硬くする。
にわか雨に濡れた長い黒髪を手に掬い、口づけた。
少女は恥じらって声を上げる。いつものように。
「もう、王子ってば、ちょっとは人目を気にしてくださいっ!」
真昼の町中、雨に濡れぬよう軒下に誘われ、身体をすっぽりと覆われている少女は、軽く抵抗してみせる。
少女を抱きしめて離さない亜麻色の髪の青年は、町を行き交う人々の目など、一向に構わぬといった風だった。
ふと、青年は髪と同じ色をした瞳を伏せた。
辺境地の領主であり、また「王子」という身分である自分。
常に人目を気にし、身分に相応しい立ち居振る舞いをしなくてはならなかった日々が、閉じた瞼の裏に甦る。
――だが、もう自分を無理に装う必要はない。
この、腕の中にいる少女の前では。
優麗な微笑を、いたずらっぽい微笑にかえ、王子はささやいた。
「他人の目など、気にしないで」
少女の耳朶に、そっと打たれる甘やかな声。
ぞくりと鳥肌が立つほどに艶かしく、少女は身を縮こまらせる。
「やっ、お、王子ってばっ」
全身に火がつき、湯気が出そうだ。少女は紅潮した頬を、王子の胸に押し当てる。そうすることでさらに王子の心を煽っているなどと、無防備な魔女はまったく気付かない。
「……キラ」
髪を撫で、王子は少女の秘された名を口にする。他の誰にも聞かれぬよう、少女の耳元で。
いつしか雨はやみ、雲の切れ間からやわらかな陽射しが地上に降り注いでいた。木々や家屋に残っている雫が、光を受け、白く煌めいている。
その美しい光景すら、王子は少女の瞳に映させない。
―――私だけを見、感じていればいい。
抱きしめる腕に力をこめる。
少女は息苦しさに眉間を寄せ、首を伸ばした。
「……お、王子っ」
王子は腕を緩めた。少女を、己の腕の中で窒息させてしまうわけにもいかず、致し方なしに解放する。
「もうっ王子ってば、いつも唐突なんだから」
可愛らしく拗ねる少女を見やり、王子は少し困った風に笑う。
「いつも君だけを見ていたいと思うのは、いけないことかな?」
「まっ、またそういうっ」
「怒った顔も愛らしいが、笑ってくれるともっと嬉しいのだけどね?」
硬直し、少女はあ然と口を開けている。返す言葉もない、といったところだった。
王子は再び少女の黒髪を掴み、微笑みを向ける。
「君は、私のものだ」
口にはしない、その言葉。
――この黒髪が鎖となり、私と君とを繋ぎとめてくれればいい。決して離れられないように……。
「……好きだよ、キラ。誰よりも」
結局口に出して言えたのは、その一言。
だがそれが、全てでもある。
王子の想いを受け、少女キラは頬を火照らせている。
「わたしも、……です」
もちろん王子は訊き返す。聞こえなかった、その肝心な一言を。
ただしそれは、―――今宵、二人きりの時に、ね。