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キラキラ  作者: るうあ
キラキラ 本編以後の小話
24/54

連理

 魔女だからといって、万能なわけじゃない。

 と、当の魔女である少女は、ちょっと怒った風に、あるいは少しばかり悲しげに眉目を曇らせて、ため息まじりにこぼす。

 超常的な特殊能力を持っている者、そしてそれを生業にしている者は、魔女だの魔法使いだのと呼ばれ、忌避されたり、歓迎されたりしてきた。魔力を持つ者の在り様は、時代によって大きく変わる。為政者次第ともいえるだろう。

 森の魔女と呼ばれる黒髪の少女は、幸運にも、魔女蔑視の憂き目にあったことはなかった。先代の森の魔女ともども、町人に親しまれ、魔法薬作りの名人として、信頼されてもいる。

 ただ、誤解されることはある。

 つまり、魔法を使ってなんでも叶えられるのではないか、できないことはないのではないか、と。

 それに関して、少女はちょっとムキになって否定する。

 牛をヒキガエルに変身させることなんてできないし、太陽を西から昇らせることもできない。ましてや、不老不死の妙薬を精製するなど、不可能だ。

 例外的に、幻術という魔法を使って、牛をヒキガエルだと思い込ませたり、太陽が西から昇っているような錯覚を見せたりすることはできる。

「でもそんなのは全部まぼろしで、実際にそうなるような魔法なんて、ないんです」

 生真面目な性格の少女は、魔力という特殊能力を、物堅くとらえているらしい。人智を超えた能力は、制御して使わねばならないと、心に留めていた。それは先代の魔女からの教えでもあった。

 その一方で、少女は少女らしい……いや、恋をする乙女らしい悩みを抱え、愚にもつかぬことを考えてしまうこともある。

(心が、読めたらいいのに……)

 読心術を使えたらいいのに、と。



 少女の魔力属性は「光」である。この「光」という魔力属性についての詳細を、少女は知らない。精神に作用する類の属性であることは、師匠であった先代の森の魔女から聞いた。稀少な魔力であることも。

 稀少で強力な「光」の魔力を身の内に有していたとしても、だからといって、少女は万能な魔女ではない。

 少女は、読心の術を会得していない。その術を希求することは、普段であれば、ないことだ。

 ただふと、「読めたらいいのに」と思ってしまうことがある。それはただ一人の人に対してのみ、思い煩うことだ。

 温顔を崩すことなく、穏やかで美しい笑みをたたえている、その人。

 その人は、少女にとっては大切な幼馴染みであり、恋人でもある。名をセレンといい、現国王の庶子であり、少女の住まう土地を治める領主でもある。

 類稀な美貌と典雅な雰囲気を天稟として持っているセレンは、心意を容易く悟らせないところがある。

 寡黙というわけではない。かといって、多言を好む性質でもない。話をはぐらかしたりごまかしたりするのは得意なようだが、嘘偽りを言うようなことはない。誠実な人柄のセレンは、それゆえに領民達から信頼され、親近感ももたれている。ことに、若い娘達からは絶大な人気がある。「美麗な高嶺の花」と。

 その「高嶺の花」の恋人が自分であるという事実に、少女はいまだ慣れず、戸惑っている。

 気に病んで、セレンの傍にいられなくなる、というほどのことはないが、少々不安に思っていることがある。杞憂に過ぎぬことだと頭の隅では分かっていつつも、不安を拭い去ることはできなかった。

 しかし、思ったことは素直に口にする性質の少女だ。

 少女は少しためらった後、不安に思うそのことを心を読みたいと思っている相手に尋ねた。

「あのぅ、王子、ちょっと訊きたいんですけど……」

 遠慮がちに、少女はセレンの顔を覗き込む。

 ほんのつい先刻まで執務中だったセレンは、少女が淹れた甘い香気の茶を飲んでいる。

 場所は執務室で、セレンの前にはまだ片付けられていない書簡が積まれていた。それらを気にしつつ、少女はセレンの傍に所在なげに立っている。

「王子は、わたしのどこが……好き、なんですか?」

 唐突すぎる質問だった。

 それに、少女がそうしたことを訊いてくること自体、珍しいことでもあった。

 セレンは亜麻色の瞳を大きく開いて、驚いたように黒髪の少女を見つめた。が、瞳の色はすぐにやわらいだものに変わる。

 少女は頬を赤らめていた。羞恥に染まった顔で、まっすぐにセレンを見つめている。

「いきなりだね」

 そう言ってセレンが微笑むと、少女は顔を俯かせ、「いきなりだけど、いきなりじゃないです」と、拗ねるような口調で呟いた。

 半分だけ開かれた窓から、爽やかな風が入り込んで、少女の黒髪をさらさらと揺らした。

 春爛漫、競い合うようにして咲いている花々の馥郁とした蜜の香が、午後の風に含まれている。

 長い黒髪を風に撫ぜられている少女は、まるで咲き始めた薄紅色の小花のように、初々しい。

 セレンは瞬きすらも惜しいといったように目を細め、愛しげに少女を見つめ返している。そして、さらりとこともなげに答えた。

「君の全てが好きだよ」

「答えになってません」

 間髪いれずに、少女は言い返した。黒曜石の瞳が、まっすぐにセレンをとらえている。

「全てって言われても、全然分からないです。そんなの……曖昧です」

 思いもかけぬ少女の反応に、セレンは驚き顔をした。恥ずかしがって、文句をつけてくるものとばかり思っていたのだ。

 セレンは微苦笑を口元に浮かばせた。そして、椅子に腰かけたまま、そっと手を差し伸べた。

「――こちらへ、来て」

 少女は素直に応じた。いつもなら恥ずかしがって、警戒の声をあげるというのに。

 おずおずと、少女は差し伸べられた手を取った。セレンの手は少し冷たい。その手が、少女の細い指を優しく握っている。

「わたし、その……えっと、王子の気持ちを疑ってるんじゃないんです」

「うん?」

 少女は真摯な口調で語りだす。頬にさした赤みは薄れることなく、そこに生まれた熱が全身に広まっているようだった。

「だけどわたし、王子みたいにキレイじゃないし、魅力なんて全然ないし。魔女としてだってまだまだ未熟で、できること、少なくて」

「…………」

「わたしってば、王子に頼ってばかりですよね? 昔からずっと」

 春先、領主であるセレンは何かと忙しい。

 朝から晩まで働き詰めということすらある。こうして執務室に籠もる日もあれば、領地の見回りに出ることもある。

 何か手伝えることがあればいいのにと少女はいつも思うのだが、しかし行政に明るくない少女は、何をどう手伝っていいのかが、まず分からない。第一、セレンには有能な補佐役がいるのだ。少女がしゃしゃり出たところで、かえって邪魔になるだけだろう。

「今もこうしてお茶を淹れることくらいしかできなくて……」

「お茶を淹れることくらい、と言うけれど、それがどれほど私の心を癒してくれているか、君は分かっていないのだね」

「え……」

 少女は小首を傾げた。

「――キラ」

 少女の頬にセレンは手を添えた。そして、少女の秘された名を呼ぶ。まるで睦言でもささやくように。

「キラ、私を見て」

「…………」

 言われるまま、キラはセレンの亜麻色の双眸を見つめる。

 淹れた茶よりも淡い色の瞳は、匂いたつような甘さがあり、キラの胸をときめかせるには十分すぎるほどに、熱かった。

「今、君は誰を見つめてる? この地の領主であるセレン? それとも、国王陛下の庶子であるセレン? 君が好いてくれる私は、いったいどのセレン?」

「そんな、の……!」

 キラの潤みを帯びた瞳に力強い光が宿る。

「王子は……セ、セレンは、王子なのも領主なのも、ひっくるめて全部がセレンで! わたしが今見つめてるのも、す、好きな、のも、そういうセレンの、全部です!」

「うん」

 にこりと、セレンは穏やかに笑った。

「そう、私もだよ、キラ。魔女である君も、魔女ではない時の君も、全てをひっくるめて、君という存在が愛しくてたまらない」

「……っ」

 セレンの甘いささやきは、魔法の呪文のようだった。キラの身体を一瞬にして硬直させる。そしてその隙を狙って、セレンは言葉を詰まらせ噤んでいるキラの唇に、口づけるのだ。小鳥の羽が触れるかのように、軽く。

「な、なっ、王子ってば!!」

 顔中真っ赤にして、キラは思わずのけぞった。

「そうやってすぐに恥ずかしがるところも、好きだよ、キラ。ああそうだ、せっかくだから、他もひとつずつ挙げていこうか? たとえば君の……」

「いっ、いいですっ! もう、分かりましたからっ!」

「曖昧なのは、嫌じゃないのかな?」

「曖昧だけど、……けど、分からないわけじゃないから、もういいんです!」

「キラが望むのならば、好きな気持ちを具体的に示してもいいのだが」

「だから、もういいんですってば!」

 セレンの言葉を遮ると、キラはさっと足を引き、体を離した。

 キラが強引に止めなければ、セレンは具体的な行動に出ただろう。嫌だというわけではないが、恥ずかしくて居たたまれないのだ。“それ”を望んでいたのはキラ自身だというのに、いざ実行されると照れくさくなってしまう。

 セレンはクスクス含み笑っている。

 それがまたキラの羞恥を煽るのだ。

「わ、わたし、今日はもう帰りますから!」

「……怒ったのかな? 魔女殿の機嫌を損ねてしまったのなら、侘びをせねばなるまいね?」

「違います、怒ってなんかいません!」

「本当に?」

「ほんとです! ただ、もうあんまり長居しちゃいけないかなって思っただけです」

「…………」

 セレンは立ち上がることもせず、ただため息をついた。

 引き止めたいのは山々だったが、強くは出られなかった。机上に積まれている書簡の山が、セレンを引き止めた、ともいえよう。

「これ以上お仕事の邪魔をしちゃいけないし。だから、えぇっと、その、王子……、ヘンなこと言っちゃってごめんなさい。お仕事で疲れてるのに」

「気にしていないよ。むしろ嬉しかったよ」

「え?」

 キラはきょとんと目を丸くし、まじまじとセレンを見つめ返した。

「私の気持ちを確かめてくれたことも、私の全てを好きと言ってくれたことも」

「…………」

 キラの頬が、鮮やかな紅色に染まる。キラの表情は、含羞と溢れんばかりの恋慕の色に美しく彩られていた。

「あ、あの、王子」

「ん?」

 セレンは小首を傾げた。亜麻色の髪が、光を帯び、さらさらと肩に流れる。

「あの、明日もまた、来ていいですか?」

「もちろん」

 セレンはやわらかな微笑をたたえている。キラはほっと胸を撫で下ろし、喜色を浮かべた。

「それじゃぁ明日は、王子の好きな焼き菓子を作って、持ってきますね!」




 それからすぐに帰り支度を整えたキラは一人、見送りも遠慮してセレンの住まう屋敷から出た。仔馬よりはやや大きい程度の飼い馬にまたがってから、キラは首を伸ばし、深く嘆息した。

 吹いてくる風はしっとりとした花の香りを含んでいて、素肌にも髪にも優しい。

 空は満々と青く、雲はのんびりと流れている。木々の隙間からは、鳥のさえずりが聴こえてくる。もしかしたら、求愛の歌かもしれない。甲高く空に響き、長く、途切れない。

 おぼろげで、のんびりと和やかな春の午後は、キラの心に不安という淡い霞をかけ、そうかと思えば花蜜のように甘い気分にもさせる。

 春は、とまどいがちな季節だ。



 魔女は万能じゃない。できることもあれば、できないこともたくさんある。

 好きな人の心すら読むことができない。そのせいで不安になったりもしてしまう。

(――でも、それでいいんだ……)

 キラの口元には、穏やかな微笑が浮かんでいた。

 不安は心の隅に残っているけれど、それを無理に掻き消そうとする必要はない。

 想う人の心を知りたいのなら、物怖じせず、訊けばいい。伝えたい想いがあるのなら、素直な気持ちになって、言えばいい。

 それらは、魔法なんかに頼らなくてもできること。むしろ魔法の力に頼ってはいけないことなのだろうと、キラは真摯に思う。

 セレンの心をこっそりと読む必要など、ないのだ。


 だけど、と、キラはちょっとだけ眉根を寄せて、微苦笑した。


 ――王子ってば、ズルイ。

 わたしの気持ち全部を見透かしちゃってるのに違いないもの。

 実は読心の術を会得したりしてるんじゃないかな?

 王子には、本当に敵わない。敵わなすぎるよ……。


 非万能な森の魔女は、甘んじて、非凡な王子の虜になっている。

 そして、安堵している。




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