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キラキラ  作者: るうあ
キラキラ 本編以後の小話
22/54

この身はおまえを支えるためにあり、この命はおまえを守るためにある。

 春麗らかな、ある日のこと。

 魔女の眷属であるリフレナスは久方ぶりに人間の姿に変じていた。むろん、主の命だ。

 リフレナスは長髪を鬱陶しげに掻きあげ、ため息をついた。金褐色の双眸が見つめる先には、リフレナスの主である、幼顔の森の魔女がいる。

「さ、始めよっか、リプ!」

 意気揚々、森の魔女たる少女は長い黒髪を結い上げ、腕まくりをする。

 魔女らしく魔法で掃除を済ませてしまえばいいものを、それをしないのは、少女が物質に直接働きかける魔法が苦手ということもある。だがつまるところ、身体を動かすのが好きなのだ。

「リプ~、それ、あっちに運んでおいてね」

 眷属遣いの荒さを先代の森の魔女から引き継いだ二代目の森の魔女は、木箱を積み上げていく。中身は使用頻度の少ない術具などである。それが実に十箱以上ある。

 リフレナスはげんなりしたが、命には逆らえない。持てるだけ抱え、指示された通り、倉庫へと運んだ。




 大掃除や模様替えというのは、突発的にやりたくなるもののようだ。

 少女が、「今から大掃除するよ、リプ! 手伝って!」と言い出したのは、書物庫で先代の森の魔女が揃えた魔術書や術具をあさりだしてすぐのことだ。

 掃除を始める前からすでに埃を被っていた少女はけほけほと咳き込んで、顔の前で手を小さく振る。

 こまめに掃除をし、舘を小奇麗に保っていた少女だったが、普段使われない場所はどうしても放置されがちになっていた。

 ことに舘の北端にある書物庫は、放置され続けてもはや何が在るのかわからない「魔窟」状態になっていた。

 どうしてそんな場所へ足を踏み入れたものか。

 訊くと、少女は古い魔術に関した記述のある本を探していたのだと答えた。

 自分の魔力属性の『光』について、少しでも情報がほしかったらしい。

「けどこんなに散らかってるんじゃ探そうにも探せないじゃない? やっぱりちゃんと片付けて整頓しなくちゃ!」

 リフレナスは面倒くさげな顔をする。

「下手に手出ししない方がいいと思うね。掃除完了まで何年かかるかわかったもんじゃない」

 少女は、気まぐれなところもあるが、元来生真面目で、「やると言ったらやる」、意志の固い性格だ。

 たとえ幾日かかっても、少女は掃除をやり遂げるだろう。

 それにつき合わされるのかと思うと、リフレナスはうんざりした気分になる。

 しかし、主の命には逆らえない。

「とりあえず! 要る物要らない物、選別するよ、リプ!」

「どれも要る物ばかりだと、師匠が嘆きそうだな」

 少女は両手を腰にあて、厳しく顔をしかめてみせる。

「整理整頓のコツは『処分』だよ、リプ! もったいながってちゃダメなの」

 同じことを、少女は師匠だった先代の森の魔女にも言ったことがある。だが師匠になだめすかされ、ごまかされ、うやむやにされ、結局今に至ってしまった。

 師匠が趣味で集めた書籍や術具の大半は保存しておくつもりだが、古くなって使えなくなってしまった物や、使用方法の分からないような物は、無駄に場所をとるだけだ。

 少女はせっせと作業を始めた。




 別棟にある倉庫から戻ったリフレナスは、主の姿を探し、辺りを見回した。書物庫の窓際、高い場所で少女を見つけた。本棚にかけていた梯子から降りようとしている。片手に分厚い本を持っていた。

「あ、リプ、いい本見つけたよ」

「探してた本か」

「ううん、そうじゃないけど、薬草の本なの。すごく詳しいし、師匠の覚書も挟まってた。魔法薬の処方箋みたい」

「そりゃ良かったが、ちゃんと足元見ろ。危ない」

 と、リフレナスが言っているそばから、少女は足を踏み外した。

「わっ、きゃっ!」

「――ッ!」

 リフレナスは素早く駆け、腕を伸ばす。

 派手な音とともに、埃が舞い上がった。

「……っ、いたったた……っと、リプッ?!」

 気づくと少女はリフレナスを下敷きにしていた。少女は慌ててリフレナスの身体の上から飛びのいた。

 本も自分も、無事だ。だが、落ちてきた本と埃にまみれているリフレナスは、無事ではなさそうだった。右足首に手を当て、顔をしかめていた。



「ごめんね、ほんとにごめんね、リプ」

 何度も何度も、少女は謝り続けた。今にも泣きそうな顔をしている。

 リフレナスは嘆息し、肩を落とした。

「気にするな。骨も折れてない。軽い打ち身と捻挫だけだ。すぐ治る」

 森の魔女に支えられなんとか居間に移動したリフレナスは、長椅子に足を投げ出す形で腰かけている。

 足首は痛むが、それより心配顔の主を見ているほうが、ずっと痛かった。

 リフレナスは軽く瞳を伏せ、細く息を吐いた。

「ごめんね、リプ。わたしのせいで。痛いよね? ほんとにごめんね」

「もういいと言ったろう」

「だってリプ、怒ってるでしょ? 無理に掃除付き合わせたあげく、怪我させちゃうなんて……」

 すっかり気落ちし、少女はうなだれている。黒い双眸は濡れ、頬と鼻が赤く染まっている。

 リフレナスは乱れた金褐色の長髪を軽く整えた。長髪だが、少女よりは短い。梯子から落ちた時に、少女の結わえていた髪はほどけてしまっていた。黒髪ゆえに、埃が目立つ。

「おまえに怪我がなかったんだから、それでいい」

「リプ……」

 少女はすまなそうな顔を、リフレナスに向ける。

 リフレナスは憮然とした顔をしていたが、不機嫌でそういった表情をしているわけではない。もともと愛想がいい方ではない。言葉がつっけんどんなのも、いつものことだ。分かっていても、責められているような気がして、居たたまれなかった。

 少女の心緒を気遣ってだろう。

 リフレナスは軽く息をついてから、平静な口調を保って、言った。

「俺はおまえの眷属だ。この身はおまえを支えるためにあり、この命はおまえを守るためにある」

「…………」

 一瞬の間と沈黙。それからすぐに少女は頬を真っ赤に染め上げた。

「リ、リプッ」

 赤くなった頬を両手で覆い、大きな瞳をさらに大きく見開いている。

「リプ、もしかして、――王子っ?!」

「はぁ?」

 リフレナスの声が思わず裏返る。

「何を訳の分からないことを」

「だってリプってば、王子みたいなこと言うんだもん」

「…………」

 リフレナスは眉根を寄せた。失笑を堪えている風に、口角が僅かにつりあがっている。

 たしかに、少女の恋人であるセレン王子が言いそうな台詞だ。

 別に意識してそれを言ったわけではなく、ただ事実を口にしただけなのだが。

 ふと、セレン王子の気持ちが分かる気がした。

 大仰に照れまくっている少女を見やり、リフレナスは微苦笑を浮かべた。

 困らせるつもりは毛頭ないのだが、からかい甲斐のある少女だ。素直すぎる反応が可笑しくて、愛おしい。

 ちょっとしたいたずら心が芽生え、リフレナスは口元を緩ませた。

「――キラ」

 主の秘された名を呼ぶ。

 それだけで効果は覿面だ。

 少女はぎょっとし、紅潮した頬をさらに赤らめ、リフレナスを見つめ返す。

「なっ、なに、リプ?」

 努めて平静を装うとしているらしいが、みごとに失敗だ。だが瞬く瞳にはもう、涙はない。

 くっ、とリフレナスは喉を鳴らした。

「……いや、やめておくか」

 そして、独語した。

 言いかけた台詞を飲み下し、苦笑を浮かべる。

「喉が渇いたな。ちょうど茶の時間だろう。おまえもついでに一息入れたらどうだ」

「あ、うん、そうだね。わかった。お茶、用意してくるね、リプ。あと師匠秘伝の軟膏も持ってくるから」

「ああ、頼む」

 キラは軽やかに身を翻した。そうして小走りになって、居間を出て行く。

 居間を出て行く寸前、キラはふと足を止めた。

 金褐色の髪と瞳の青年を振り返り見、恥じらうような笑顔を向けた。

「ほんとにごめんね、リプ。それと、助けてくれてありがと」

 リフレナスは片眉を上げただけで、応えない。

 ため息をこぼしたのは、戸が閉まってからだった。




「俺はおまえを守るために在る。それが俺の存在理由だ」

 言いかけたその台詞を飲み込んだのは、主であるキラの恋人、セレン王子に遠慮してのことだ。

 それに、やはりそうした台詞はセレン王子が口にし、照れさせる方が、セレン王子にも、主にも似合っている。

 だが、さっき口にした言葉に偽りはない。飲み込んだ台詞にもだ。

 主の幸せこそが、リフレナスにとって何より優先されるべきことだった。

 真実から、リフレナスはそれを願っている。


 いつまでも、『光の名≪キラ≫』に相応しい主であれ、と。


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