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キラキラ  作者: るうあ
キラキラ 本編以後の小話
21/54

 やわらかな陽射しの降り注ぐ春の午後、鳥のさえずりを窓の外に聞きながら、若き領主は執務に追われていた。

 山積みにされている書簡を見ては眉を下げる。

 春先は何かと業務が多い。おかげで気軽に出歩くこともままならない日が続いていた。

 領民達の生活を預かり、守る者として、亜麻色の髪の若き領主の政治力は申し分ない。先代から補佐を勤めているハディスの手助けや助言を受け、経験という足らぬ部分を補い、政務が滞ることはなかった。

 有能な補佐役のハディスは、その有能さを発揮すべく、丁寧にまとめた書簡を束にし、主人たる領主の前へ積み上げてゆく。

 亜麻色の髪の青年は渋い顔をしながらも、執務を続けていた。

 人目を惹く美貌の青年は、名をセレンといい、国王の血をひく「王子」という身分でもあった。

 その「王子」にして「領主」であるセレンは、昼食を済ませた後、ようやく執務室を出ることができた。

 といっても、仕事ごと、である。

 執務室にこもってばかりでは、鬱になって、仕事も捗らない。補佐役であり目付け役のハディスにそうこぼして、許可を得た。

 屋敷の中庭へ仕事場所を移したセレンは、片付きそうもない書簡の山を見て、やれやれとため息をつく。

 ――会いたいが、出かけられそうもない。

 森の魔女の笑顔を思い浮かべ、セレンはまた深いため息をついた。



 だから、どんなに嬉しかったことか。

 感情の起伏をめったに面に表さないセレンだったが、

「こんにちは、王子。仕事忙しいって聞いて、差し入れ持ってきました」

 そう言って、焼き菓子の甘い香とともに黒髪の少女が中庭へ姿を現した時は、喜びに声も出ないほどだった。

「えっと……、お邪魔……でしたか?」

 よもや沈黙で迎えられるとは思わなかった少女は少々萎縮し、不安げにセレンの顔を窺った。

「いや、……驚いたものだから」

 少女の心配を拭い去ろうと、セレンは笑みを向けた。

 トネリコの木の下、陽射しを受けてセレンの亜麻色の髪が金の細波のように風に流れ、光を放っている。美神の恩恵を受けた美貌は艶めいて、煌々しい。

 極上の微笑みを見せられて、少女の動悸は激しくなる。卒倒しそうだったが、何とか持ちこたえ、呼吸を整えた。

「お仕事、忙しそうですね、王子」

「この時期はどうしてもね。君に会いにいけず、寂しかったよ」

「え、えー……と」

 セレンは優しく笑み、亜麻色の瞳で少女を見つめる。その甘やかな雰囲気に、少女はいつまでたっても慣れない。おそらくは、慣れないままだろう。

 会えなかったのは、たったの二日間。だが、少女にとってもそれは長い時間だった。

 会いたかったです、わたしも。

 それを言いたいのだが、いつもセレンに先を越されてしまう。

「王子の好きな焼き菓子を作ってきたんです。疲れてるだろうと思って、特別製のハーブティーも」

「ありがとう、魔女殿。ちょうど一息入れたいと思っていたところだ」

「よかった! じゃ、わたし、お茶淹れてきますね!」

 そう言うと、少女はくるりと身軽に踵を返した。紺色のスカートが風をはらんで、弧を描く。

「魔女殿」

「はい?」

 呼ばれ、少女は振り返る。

「ありがとう、来てくれて。嬉しいよ」

 少女の頬が鮮やかな紅の花のように染まる。

「わ、わたしも、会いたかったから。えっと、でも、どういたしまして」

 恋人のはにかんだ笑顔こそが、セレンを和ませ、疲れを癒させる。

 それを口にすれば、少女は恥じらって文句を言うだろう。

「そういうこと、さらっと言わないでくださいってば!」

 と。

 そんな君が愛らしくて、だからつい、「そういうこと」を言いたくなってしまうのだよ。――笑いを含み、そう言いたいのを堪えているセレンだった。




 森の魔女は魔法薬作りの名人だが、菓子作りにおいても、茶の淹れ方においても、名人だった。「褒めすぎです、王子」と少女は照れくさそうに言うが、セレンは褒めたりないとすら思っている。

 王子のためにとっておきのハーブティーを淹れてから、少女はふと視線を落とした先、テーブルの下に灰白色の大きな風きり羽根を見つけた。

「きれい」

 羽根を拾い上げた少女は、それを陽に透かしてみる。

「白い鳥の羽根はお守りになるんですよ」

 言ってから、少女は何か思いついたように、セレンに顔を向けた。

「王子、ここで魔法使っても構いませんか? たいそうなものじゃないですけど」

「構わないが」

「すぐに済みますから。じゃ、ちょっと失礼して」

 少女は小走りになって、セレンの傍から離れた。セレンは頬杖ついたまま、興味深げに少女を見やる。

 少女が魔法を使うところを見るのはこれで何度目だろうか。数えるほどしか見たことがなく、その様子は光の精霊そのもののように美しい。

 セレンは目を細め、桂の木の下に立つ少女を見つめた。

 少女の唱える呪文が、光を招く。

 小さな粒のような光が輪になって少女の元に集まってくる。それを指でなぞり、掬い取るようにして腕を前に伸ばした。少女が手にしている灰白色の風きり羽根に、光が吸い込まれてゆく。

 少女の足元には白く光る魔方陣が出現し、そこから緩やかな風が起こり、上昇していく。少女の長く豊かな黒髪が、風に躍るようにして舞い上がる。光と風が少女を取り巻き、それはまるで、純白の翼のようだった。

 セレンは我知らず立ち上がり、少女の元へ駆け寄っていた。

 魔方陣が消えたのと、それは同時だった。

 セレンは背後から、少女を抱きしめた。

「お、王子?」

「…………」

 いきなり背中から抱きしめられ、少女はうろたえた。

「な、なんですか、王子? あ、あの……っ」

 セレンは少女の黒髪に顔をうずめた。抱きしめる腕の力はきつく、少女を逃すまいとしている。

「……君の……」

「え?」

 抑えられたセレンの声は、どこか苦しげだった。

「……君の背に、もし羽根があったなら、きっと私はそれをもぎ取ってしまうだろうな。――君を、飛び立たせないように」

 語尾に、苦笑が重なった。愚かしいことを言っていると、自嘲しているようにも聞こえた。

「……王子……わたし、どこにも行ったりしません」

「…………」

 セレンの心情を察したのか、少女は真摯な口調で応えた。

 私を置いて、どこにも行かないでくれ。そう言われた気がしたのだ。

 それも、少女がセレンに言いたいことだった。いつまでも傍にいて。どこにも行かないで、と。

 セレンの不安を拭うように、少女は言う。

「それに、もしも飛ぶのなら、……王子と一緒に、です」

「……キラ」

 セレンは少女の名をささやく。少女の秘された名。その愛しい名を。

 腕の力を少し緩め、セレンはキラの黒絹の髪に唇を落とす。ゆっくりと伝うように滑らせ、耳朶へ、そしてうなじへ、口吻を当てる。

「――っ、ひゃぁっ!!」

 セレンの熱い息がかかった瞬間、キラは空へ飛んでいくどころか、地に落下した。がくんと膝が折れ、声を上げたと同時にその場にへたり込んでしまった。

「……あぁ、ごめん」

 セレンはいたずらっぽく笑い、その場に座り込んでしまったキラに手を差し伸べた。

「そこ、敏感だったね、魔女殿は」

 セレンはキラが手で押さえているうなじを見やって、言う。

「も、もうっ、王子っ!」

「立てるかい? 立てないようなら……抱いて、そのまま寝室まで」

「たっ、立てますってば!」

 キラはセレンの手を掴み、慌てて立ち上がる。セレンはというと、「それは残念」と笑っている。

「もう王子ってば、わざとでしょっ!?」

 キラは真っ赤になった顔をそのままに、頬を膨らませる。

「王子、真面目に仕事してください! じゃないとわたし、今日はもう帰りますからねっ」

 いたずらっ子を窘めるかのように、キラは言葉尻をきつくあげてセレンを叱りつけた。

「それは、困るな」

 セレンは「悪かった」と謝罪するが、失笑を堪えている様がありありとわかる。キラは大きなため息をつき、「ほんとですね」と念を押した。

「君を帰したくはないからね」

「……っ」

 結局、キラに勝ち目はない。

 甘やかに微笑まれて、キラは己の負けを認める。王子には一生勝てそうもない、と。

 同じことをセレンも思っているとは、知る由もなく。



 気を取り直し、キラは「お茶を淹れなおしてきます」と、セレンに告げた。

「あ、と。そうそう、これ」

 キラは白い風きり羽根を、セレンに差し出した。

「守護術が施されてますから、ちょっとしたお守りになります。本の栞にでも使ってください」

「もらっていいのかな?」

「もらってほしいんです、王……セレンに」

 キラははにかんだ笑顔を見せる。その笑顔は春の陽射しのように、セレンの心を温める。

 セレンに羽根を手渡すと、新しいお茶を淹れ直すため、キラは小走りになって中庭を出ていった。

「……ありがとう、キラ」

 受け取った羽根に口づけて、セレンは呟く。



 浅ましいとすら言える私の願いさえ、魔女殿にあっては、かたなしだね。


 無垢な魔女の魔法が、セレンの心に安らかさを浸してゆく。

 それでも、滾る想いは消えることがない。

 少女を、自分という籠の中に閉じ込めてしまいたいという、その恋情は―――。




もともとこちらの「お題」は、口説きバトン?としていただいたものでした。

『雪』 『月』 『花』 『鳥』 『風』 『無』 『光』『水』 『火』 『時』

以上10点のキーワードをもとに気障台詞満載で口説き文句を考えようという「バトン」

せっかくなので、一本の話にまとめてみようと思い立ったものです。


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