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キラキラ  作者: るうあ
キラキラ 本編以後の小話
16/54

晴れのち雨 雨のちまた晴れ

 舘の裏庭には、少女が丹精込めて耕し、育てたハーブの畑がある。畑のハーブは自家製のハーブティーのみならず、魔法薬作りにも役立つ。魔法薬作りの大権威だった師匠の跡を継いだ少女の日課に、この畑の手入れがある。

「う~ん、ここ、何か植えたいなぁ」

 新たに開墾した場所を、黒髪の少女は腕を組んで眺める。

「ハーブをか?」

 少女の肩に乗っている金褐色の毛色のネズミは、少女の眷属だ。名前をリフレナスというが、その名で呼ばれたことはない。

「ハーブでなくてもいいんだけど。リプ、何か植えたいものある? 花とか、果物とか」

「別に」

 リフレナスはそっけなく答え、少女は口をとがらせた。

「つれないなぁ、リプってば。春だし、花がいいかな」

「花ならそこらじゅうに咲いてるだろうが。森の中なんだから」

「じゃ、果物? リプが食べやすいものっていったら、苺かな?」

「なんでも好きにしろ。それよりも、そろそろ舘へ戻ったほうがいい」

「え?」

 どうして、と問おうとしたのと同時に、ぽつんと鼻先に水滴がかかった。

「あ、雨か」

 朝一番は晴れていた。俄かに雲がかかりはじめたのはつい先刻で、どうやら雨が降るらしいと気がついたのは、少女ではなくリフレナスの方が先だった。

「お前の師匠は、天気を読むのに長けていたがな」

 リフレナスは軽く皮肉った。それを受け、少女は少々むくれたが、さほどは気にしていない。

 雨は次第に勢いを増し、見る間に視界を遮っていく。

 窓の外を眺めながら、少女はため息をついた。

「通り雨だね、これ。早くやんでくれないかな」

 町へ行く予定だった。食料や花を買いに。それと、町より少し遠いところにも、行くはずだった。

 ほぼ毎日会っている人に、昨日は会えなかったのだ。時々、そういう日がある。

「王子、どうしてるかなぁ」

 恋人のことを、想う。少女の日常すべてを埋めていると言ってもいいほどの、その人。

 恋人ではなかった頃から、そうだった。

 王子は、領主という立場にあって多忙なはずなのに、いつも自分のことを気にかけてくれる。

 嬉しいけれど、申し訳ない気もする。生真面目な少女らしい心情だ。

 恨めしく雨を睨みつけていても、それで雨が即刻やむわけではない。

 少女は自分とリフレナスのためにお茶を淹れ、それから焼き菓子を作り始めた。

 魔法薬作り以外に、少女は料理も得意だ。気分転換のために、よくこうして焼き菓子を作る。それを王子に会いに行く時の手土産にしていた。王子が舘を訪れてくれることがほとんどだが、そういう時は旬の素材を生かした手料理を披露する。

 自家製の苺のジャムを瓶につめて、焼き上がった菓子と、ハーブの茶葉を籠につめて、いざ、出かける準備は万端だ。

 台所の小さな窓から外を見ると、雨は小降りになっていた。雲の切れ間から、光がこぼれている。

「リプ、そろそろでかけられるよ」

 少女は大急ぎで着替えをすませた。長い黒髪は、後頭部で結わえたままだ。

「いや、その必要はなさそうだ」

 リフレナスは窓の縁に座り、外を眺めてそう言った。

「え、なんで?」

「すぐわかる」

「?」

 リフレナスの言うとおり、その理由は舘に近づいてきていて、馬のいななきがそれを報せた。

 少女は駆け足になって、舘を飛び出した。



 雨がやんだのと、王子が舘に到着したのが同時だったのは、ほんの偶然だったのだろうが、少女を驚かせ、喜ばせるには絶大の効果があった。

 とはいえ、不器用な少女の口から出たのは、つれない言葉だった。

「王子、どうしたんですか、この雨の中!」

 王子と呼ばれた、亜麻色の髪の青年は、少女のこうした不器用さには、もう慣れていた。と言っても、「どうした」はないだろう、とは思うが。

「とっ、とにかく中へ。風邪ひいちゃ、タイヘンですっ!」

「そうさせてもらうよ」

 馬を馬屋に連れて行き、その足で舘へ入る。雨具を羽織ってきていたのだが、顔や髪などは雨に濡れ、少々冷たい。

「大丈夫ですか? 寒くないですか? あ、お茶、すぐに淹れますから!」

「ありがとう。大丈夫だよ、さほどは濡れなかったからね」

「でも、春といってもまだ雨は冷たいです」

「そうだね。とくにこの森は、まだ春の彩が少ないようだ」

「…………」

 大急ぎで淹れたハーブティーは、もしかしたら味が薄かったかもしれない。

 少女は唇を軽く噛んだ。

 言いたいことを、どれも言っていない。王子は不満顔をしたりはしないけれど、実はがっかりしているかもしれない。

 王子は、気恥ずかしいからあまり口にしてほしくないけど、いつでも心に想うことを言ってくれるというのに。

「お、王子、あのですね!」

 意気込んで王子に近づいた少女だったが、その足を踏みとどまらせたのは、また降りだした雨の音だった。

 王子が窓の外を眺めたのに、つられたのだ。

「また降りだしたね。でも、陽もさしているから、すぐにやむかな?」

「本当。……こういう時は虹が見られますよ」

「それじゃぁ、良い時にここに来たね。君と一緒に虹を見られる」

「…………」

 こんな具合に、だ。

 王子は、気障を意識せず、さらりと想いを告げ、少女を赤面させる。

 こんな台詞のあとには、何を言っても照れ隠しにしかならない気がして、少女は言いかけた言葉を喉に詰まらせた。たとえ、声に出しかけたその言葉で窒息しそうになっても。

「ん? どうかした? 気難しげな顔をして?」

 からかうような笑みを向けられて、さらに少女はむうっと頬を膨らませた。

「……なんでもないです、別に」

「そう?」

 王子は笑う。そうした顔を作らせている原因が、自分だと判っているのだ。

「ところで、君に渡したいものがあって今日はここへ来たんだが」

 話を無理につつけば、少女はもっと不機嫌になってしまうだろう。だから強引にでも、王子は話をかえた。

「知り合いの園芸家にわけてもらったものなんだけどね」

 少女は小首を傾げた。黒曜石のような瞳で、王子を見つめる。

「新作の花の苗なんだそうだよ。私は、花には疎いので名前は忘れてしまったが、とてもキレイな薄紅の花だよ」

 そう言って、王子は持ってきていた鞄から、小さな包を取り出した。

「これはまだ花はつけていないけれど、もう少し暖かくなれば、花をつけるそうだ」

「…………」

 受け取った包を広げると、中にはまだ芽吹きだしたばかりの小さな苗があった。

 細長い葉は濃い緑色で、すぐにも伸びだしてきそうな茎がその姿を覗かせている。

 少女は嬉しさに、今度こそ、喉を詰まらせた。




 雨が完全にあがるのを待たず、少女は王子とともに舘の裏の畑へ向かった。

「やあ、相変わらず見事なハーブ園だね」

 園、というほどではないですけど。少女はそう言ったものの、素直に褒められたことには礼を述べた。

「王子ってば、すごいです」

「ん?」

「ここに、何か植えようって考えてたところだったんです。だから、すごく嬉しい」

「君の考えていることならば、なんでも……と言いたいところだけれど、こればかりは偶然だ。昨日、出先で、かの園芸家と久しぶりに会ってね。そのために帰宅が遅くなってしまったのだが」

「そうだったんですか。それで昨日は屋敷に行っても会えなかったんですね。遠方に出かけているとは聞いたんだけど」

「そう、か。寂しい想いを、させたかな?」

「……ん、と。少し」

 これは、「少し」嘘だ。かなり、と言うべきだろう。

「でも、苗が一つでは足りなかったね? 頼めば、もう少しはわけてもらえると思うが」

「いいですよ、そんな!」

「一つでは、寂しいだろう? …………寂しい想いは、させたくないからね」

「……えーと……」

 王子は嫣然と微笑み、そして少女の黒髪を指に絡ませる。

「おっ、王子、あそこっ!」

 次に発せられる甘い台詞をとどまらせるためと照れくさいのをごまかすため、少女は空を指差した。

 西の空に、大きくかかる虹。

 多彩な色を煌めかせる、光の魔術だ。

「……ああ、とてもキレイだね」

 雨上がりの陽光が、王子の亜麻色の髪に弾く。

 虹もキレイだけど、王子も、とてもキレイだ。

 少女は虹ではなく、じっと、王子を見つめていた。

「……王子」

「ん?」

 王子は、視線を落とす。そこに、ひたむきに自分を見つめる恋人がいて、少々、胸をつかれた。

 王子の胸中を、知ってか知らずか、少女はまじろぎもせず、澄んだ双眸を向けている。

「王子、ありがとう、本当に」

「苗のこと?」

「それもだけど、えっと、今日、会いに来てくれて、嬉しかったから」

 さっき言いそびれたことを、ようやく伝えることができた。

 少女の頬が赤い。

 それを言うのに、きっと心の準備とやらがいったのだろう。王子は微笑を浮かべて、少女を見つめた。

 気恥ずかしげな少女が愛しくて、たまらない。

 王子は少女の手をとり、そしてやにわに、抱きしめた。

「キラ」

 耳元で、そっと恋人の名をささやく。

 その行為に、少女はなかなか慣れない。気恥ずかしさに、声が詰まってしまう。

「キラ、私を想っていてくれて、ありがとう」

「……えっ、と、……どういたしまして」

 耳まで赤くなりながら、少女……キラは笑んで、応えた。

 キラの晴れやかな笑みは、青空よりも、そこにかかる虹よりも、いつかは見られる薄紅の花弁よりも、はるかに美しく、いとおしい。

 でもそれを口にしたら、きっとキラはまた、恥ずかしがって怒りだすだろう。

 だから、今はこうして、静かに抱きしめていよう。

「王子」

 王子を眼差しを受け、はにかんだ笑顔をそのままに、キラは想いを告げた。

「大好き、……セレン」




 雨上がりの清涼な風と、空にかかる光の半円は、自然の織りなす、とっておきの魔法だ。

 その魔法の力にあやかろう。

 キラは、笑う。

 雫がきらきらと、光を弾かせる。

 そのきらめきのように。




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