雪
朝から降り続けていた雪は、夜が更け始める頃になってようやく止み、雲間に星が瞬いている。
「積もりましたね、雪」
黒髪の少女は小窓を開けた。冬の夜風は冷たく、少女は軽く身を竦ませた。
少女は窓辺に降り積んでいた綿雪を指先で掬ったが、それはすぐに溶けて水滴にかわる。
冬生まれの少女だが、寒い季節は少しばかり苦手だった。
両親の訃報が届いたのは、木枯らしが吹きつける寒い日。
そして親代わりでもあり、魔法薬作りの師匠でもあった森の魔女が静かに息をひきとったのも、やはり粉雪の降る真冬のことだった。
少女は深いため息をついた。白い息が、すぐ傍にいる人にかかる。
「風邪をひくよ。……おいで」
少女は戸惑う間もなく、亜麻色の髪の青年の胸に抱き寄せられていた。
「だっ、大丈夫ですってば、王子っ」
「そんな寂しそうな顔で大丈夫と言われてもね」
王子と呼ばれた亜麻色の髪の青年は、髪と同じ色の瞳を少女に向ける。笑んでいるが、少女の心緒を案じているようでもあった。
「ほら、窓閉めて」
「でも、せっかくの雪なのに。真っ白で、冷たいけど、きれいですよね」
「……そうだね。雪は、君に似ているね」
王子は艶然と微笑み、少女の肩を掴む手に力をこめた。
「わ、わたしにですか? 雪が?」
「そう」
「……それってば王子、もしかして冷たいって言いたいんですか?」
少女は拗ねてみせ、濡れた黒曜石のような双眸を王子に向ける。上目遣いに見つめられ、王子はやれやれとため息をついてみせた。
「君の……」
王子は肩を抱いていない方の手で、少女の長い黒髪を一房掴み、唇に当てた。
「……ちょっ、王子ってば」
少女は一瞬にして頬を真っ赤に染めあげた。少女の発する熱で、窓辺の雪が溶けてしまうのではと思われるほどだ。
「君の、その滑らかな肌の色のようだと思って」
「―――っ!!」
恥ずかしさのあまり卒倒しそうになっている少女だが、王子から目は逸らせなかった。甘やかな亜麻色の瞳は、少女を縛る。
「汚れない、雪の色だ」
王子は窓を閉め、華奢な少女を抱き寄せた。油断をすれば、少女は腕の中から逃げ出してしまう。
「今は冷たくとも、私が温めるよ。……キラ」
少女の秘された「名」は、魔法の呪文のようだ。
少女のためらいが、僅かに緩む。
「温めて、君のすべてを溶かすから」
少女の瞼に、そっと口吻を落とした。
少女は恥じらいに瞳を潤ませ、可愛らしく抵抗をしてみせる。
「も、もう、王子ってば、そっ、そういうこと言うの、なしですっ」
王子の腕の中から逃げようとするが、もはやそれは叶わない。
「そういうことを言わせるのは、君だよ、キラ」
「しっ、知りませんっ」
王子はからかうように笑い、今度は額に軽く口づける。
「もう……寒くはないかな?」
「……ない、です」
少女は気づいた。
王子に心配をかけてしまったと。
少女は俯き、唇を軽く噛む。
ごめんなさい、もう大丈夫です。
そう、言いかけたのだが、王子に先を越された。
「今夜一晩かけて君を温め、溶かしてあげるから。……覚悟して、キラ」
王子は、少女の熱い頬に手を当てる。そしてそこからゆっくり、指をうなじへと這わせ、髪を梳く。
「……っ」
もはや口もきけず硬直している少女の耳朶に、王子はそっとささやいた。
「以前君が代言してくれた、私のわがまま。今日のうちに、その台詞全部を消化しようか?」
「ちょっ、お、王子……や、セ、セレンってばっ」
「大丈夫。冬の夜は、長いからね」
「~……っ!!」
何がどう大丈夫なんですかっ!? という少女の内心の叫びが聞こえたかのように、王子は満足げに笑う。
すでに窓辺の雪が溶けてしまっているように、少女の凍えていた心も、とうに溶けていた。
少女の白雪色の柔肌に、王子の情熱の痕を見つけるのは、雪解けの水溜りが陽を受ける、きらきらと眩しい翌朝のこと――……。
もともとこちらの「お題」は、口説きバトン?としていただいたものでした。
『雪』 『月』 『花』 『鳥』 『風』 『無』 『光』『水』 『火』 『時』
以上10点のキーワードをもとに気障台詞満載で口説き文句を考えようという「バトン」
せっかくなので、一本の話にまとめてみようと思い立ったものです。