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キラキラ  作者: るうあ
キラキラ (本編)
1/54

キラキラ scene.1

 緑深い森の奥。そこに魔女の舘がある。

 森に住む魔女は、畏怖の念よりも親しみの感をこめて、「森の魔女」と呼ばれていた。

 天気を読んで、稀には変更させてみたり、魔物除けの護符を作ってみたり、人にあらざる力を持った「森の魔女」の名声は国の内外に広まっていた。ことに魔法薬の効き目は絶対的な信頼があり、そのため遠路はるばる薬を買いも求めに来る者もいた。

 実入りはよかったのだが、生来の地味好みが暮らしぶりにもあらわれ、舘には魔女とその弟子、そして小さな眷属が一匹いるだけだった。

 ――そして、現在。「森の魔女」が他界して二年。残された弟子と眷属は、森の奥の舘で、ひっそりと暮らしていた。






「惚れ薬を作ってほしい」

 魔女の舘に、そういった依頼を携えてやって来るものは珍しくない。

 だからその依頼自体はそう驚くようなことではなかったのだが、それを言った依頼主が意外な人物だった。

 亜麻色の髪の青年は、ぽかんと口をあけている黒髪の少女に繰り返し告げた。

「聞こえなかったかな? 惚れ薬を作ってほしいと依頼しているのだが?」

 唖然とした顔で、黒髪の少女は応じた。

「…………冗談なら、もうちょっと気の利いたことを言ったほうがいいと思いますよ」

「冗談ならね。君も魔女ならば、惚れ薬くらいはお手の物だろう?」

 どうやら本気の依頼らしいと悟って、魔女と呼ばれた少女は笑顔を返した。

「残念です。もう店じまいです。閉めます。帰ってください。またのご来店をお待ちしてます」

「まだ午後のお茶の時間だが、早い閉店だね」

「魔女は夜行性なんです」

「わかった。ならば深夜にもう一度でなお……」

「臨時休業です、たった今から」

「長年の顧客は大切にするものだと、師匠殿から聞かされてはいなかったのかな?」

「何事も臨機応変にが師匠の教えの一つでした」

「師匠殿の言うとおりだね。ここは一つ臨機応変に接客してもらえたら嬉しいが」

「相手によるのも、“臨機応変”です」

 亜麻色の髪の青年は、小さく笑う。まだ年若い魔女との会話は、いつもこの調子だ。

 青年の身分を知りながら、そのことに関してさほど頓着しない。そのことが青年には嬉しく、気楽だった。

「だいたいですね、王子」

 しかたなく、黒髪の少女は「お客」として青年をもてなすことにした。どうせ、素直に帰るようなことはないだろう。

 淹れたてのハーブティーを青年の前に置いた。

「いきなり惚れ薬って、何ですか」

 問われて、王子と呼ばれた青年は意味ありげに微笑んだ。

「なんですか、その顔」

「何と言われても。……気になる?」

「どうでもいいですけど。……とにかく!」

 少女は片手を腰に、もう片手を青年の前に人差し指を立てて突き出した。

「惚れ薬は作れません。なので、その依頼は却下です」

「おや、魔法薬作りの名人が?」

「作れません」

「師匠殿だったら、作れたかもしれないね?」

「作れません。師匠を引き合いに出しても無駄ですよ? 師匠にだって作れない薬はありましたから」

「不死の薬と、惚れ薬?」

「知ってるなら、そんなばかげた依頼しないでください。だいたい、どうして惚れ薬なんて必要なんです?」

 必要ないだろうと思う。

 今少女の目の前にいる青年は、卓越した美貌の持ち主だ。

 気さくで物腰穏やかな王子は、町の女の子達のみならず、身分のある貴族階級のご婦人方や財産家のお嬢様方から熱い視線を注がれている。惚れさせる薬など、王子には無用のものだろう。

 少女はふと思いつき、確認してみた。

「もしかして、別の誰かからの依頼ですか? 王都のご兄弟からとか?」

 この王子は六番目の王子だ。末弟でなく、下にあと二人はいる。身分の低いめかけ腹の王子で、認知され、王宮の敷地内に屋敷を与えられていたが、後に辺境の領地に封ぜられた。

 王子の身上については、本人から聞かされていて少女も知っている。……たとえば今、王子に恋人がいないことは知っている。だが意中の人がいるかどうかまでは知らなかった。

「……いや」

 王子は曖昧に笑って、首を横に振った。

「私に必要なんだよ。是非に、ね」

「……」

 胡散臭そうに、少女は眉をしかめた。






 王子と出逢ったのは、少女がまだ五歳の頃だった。

 両親を亡くした少女は、縁あって、森に住む魔女に預けられていたのだが、才能を認められて魔女修行に励むこととなった。

 一方、領主の座を継ぐべく、王子は英才教育を受けていた。その勉学のためと、王子の母親が病気がちだったために、森の魔女が招かれることとなった。

 そこで、魔女修行中の少女と、領主の後継者たる王子は、出逢ったのだ。

 三つ年長者の王子は、おとなしく控えめな、品の良い少年だった。「よろしく、魔女のお弟子さん」と、握手を求めてきた時の明るい笑顔は、今でもはっきりと憶えている。

 少女はため息をついた。

 あの頃は可愛かったのに、と。とはいえ、二十歳の男がいつまでも可愛いままでいるのは、薄ら気持ち悪いかもしれないが。

「それにしても惚れ薬だなんて、どう思う、リプ?」

 リプと呼ばれて振り返ったのは、尻尾の長い、金褐色の毛並みのネズミだった。

「リフレナスだと、何度言ったらわかる? 勝手に短縮するな。それにプじゃなく、フだ」

「そんな長ったらしい名前、めんどくさいよ。リプのほうが似合ってるし、可愛いじゃない」

「お前の師匠がつけた名だ。正式な名前で呼ばれたいものだな、現在はお前が主なんだからな」

「主なんだから、好きに呼んだっていいでしょ? ほら、リンゴ剥いたよ」

「…………」

 リフレナスはリンゴを受け取った。少々不機嫌そうにも見えるが、別段怒っているわけではなく、それがリフレナスのいつもの顔だ。

 リフレナス、少女が呼ぶところのリプは、ネズミの形をとっている魔女の眷属だ。

 二年前に他界した少女の師匠がもとの主だったが、代替わりをした。おかけで、眷属というより、まだ幼さの残る少女のお喋りの相手にされている。

「で、どう思う、リプ? 王子が惚れ薬なんて?」

「必要なんだろう、王子にとっては」

「てことは、そういう相手がいるってことだよね? リプ、何か知ってるの?」

「さぁな」

「リプってば、なんか知ってそうな口ぶり。……まぁ、王子だってそろそろ結婚話くらい持ち上がってるよね。一応はこの地の領主って立場にいるんだし。だけど結婚話なんて、そんなの聞いてないなぁ」

 リフレナスはリンゴを齧っただけで、応えなかった。

 夕食後のお茶をすすりながら、少女はネズミ相手にお喋りを続けた。

「そういえば王子、最近は毎日のようにここに来てるけど、仕事とか、大丈夫なのかな?」

「丸一日居るわけではないから大丈夫だろうさ。一応は、お前の身辺を気にかけてるんだろう」

「それは、……ありがたいけど。師匠が亡くなった時なんかも、すごく助かったし」

 二年前師匠が他界した時に、王子から屋敷に来ないかと誘われた。

 森の奥で少女が独り暮らしをするのを案じて、そう申し出てくれたのだろう。気持ちは嬉しかったが、丁重に断った。

 魔法薬作りの腕を上げ、町で評判の「薬剤師」になった少女は、一人でもなんとか暮らしていける自信はあった。何より、師匠と暮らした思い出のある舘を出るのは、しのびなかった。

 王子の行政力が高かったため、治安は良いといっていい土地だし、師匠の威光が国中に広まっていたおかげで、「魔女の住む森」には盗賊なども入り込まなかった。いざとなれば、リフレナスが(たぶん)護ってくれるだろう。

 王子の屋敷には行かなかったが、かわりに王子が頻繁に森にやってくるようになった。

 魔法薬作りの名人となった少女に、時折は薬の処方を依頼することもあったが、それは大抵風邪薬や胃腸薬などのごくありきたりなもので、馴染みの上客として快く応じていた。

 その王子が、いきなり「惚れ薬」とは。

 惚れ薬など、作ることは不可能だ。

 師匠もそうだった。そのことを何度説明しても、王子は引き下がらない。ただにこにこと笑って、「頼む」と繰り返すばかりだった。




 魔法薬の大半は、魔法を使わず調合できる。材料は薬草だから、知識さえあれば、魔女に限らず作ることは可能だ。

 魔女はそうした薬草などの知識が豊富なため、薬を作ることが得意なのだが、稀にその薬に魔法を用いることがある。

 効き目をよりよくするための調味料、もしくは香辛料のようなものだ。

 だから、肉体の全てを変化させる薬や、心を操るような薬は、作れない。

「よしんば魔力でそれを作ることができても、作るべきではないんだよ」

 師匠はそう言っていた。

 何十年魔女として生きてきたのか、それを知る者もいないくらい長生きをしてきた師匠も、やはり「不死」ではいられなかった。

「変わっていくことは、良いことなのだよ。それを無理に捻じ曲げてしまえば、そのしわ寄せは必ずおのが身に返ってくるからね」

 少女は師匠の言うことを、いつも肝に銘じていた。

 その時は難しく聞こえた事も、時が経つとともに、解かる事もあった。

 変わっていくということが残念に思えることもある。けれどそれも自分次第で良い方向に向かうかもしれない。

 うら若い魔女は王子を思いだし、知らずため息をついていた。

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