第五話:血筋と弾丸
重厚な爆風扉の向こうに広がっていたのは、旧時代の遺物である地下弾薬庫を利用した臨時抵抗基地だった。
殺風景なコンクリートの壁。薄暗い非常用照明の下で、怪我を負った男たちが血の手拭いを握りしめてうめいている。焦燥と絶望の匂いが立ち込める中、銃器を整備する金属音だけが冷たく響いていた。
「おい、生存者か! 新しい班が戻ったぞ!」
声をかけてきたのは、胸元にいくつもの勲章を付けた白髪交じりの大柄な男――地下基地の指揮を執るバロウズ司令官だった。
「学園の生徒か……よく無事で逃げてきた。だが、休んでいる暇はない。あいつら……女たちの第一波が、この地下坑道にも迫っている」
バロウズ司令が示してくれた待機所で、僕とシオン、そしてタクミは冷えたコンテナに腰を下ろした。
「おい、大丈夫か? 朝飯代わりの合成高カロリーバーだけど、食えるか?」
声をかけてきたのは、僕たちの倍近くはあるどっしりとした体躯の男だった。丸刈りの頭に優しげなタレ目。その手から差し出された棒状の食料を受け取りながら、僕たちは顔を上げた。
「オレはダイゴ。元は市民警備隊のメカニックだ。……で、こっちで銃の掃除をしてる威勢のいいのが、オレの息子のハルだ」
「父さん余計なこと言うなよ! 弾込めならもう終わったってば!」
ダイゴの後ろから顔を出したのは、14歳ほどに見える少年――ハルだった。やんちゃそうな跳ねっ毛に、体格に合わない大きめのアサルトライフルを肩に担いでいる。目元にはまだ幼さが残っているが、その瞳には強い闘志が宿っていた。
「親子……?」
タクミが思わず呟いた。
無理もない。僕たちを含め、この世界の男の大半は国の育成施設にある『人工子宮カプセル』から生まれる。ランダムに選ばれた二人の男性の遺伝子細胞を掛け合わせて作られるため、親の顔も名前も知らないのが当たり前だ。
「ああ、オレと愛する夫の絆の証さ」
ダイゴの表情が、少しだけ切なく陰った。
「オレと夫が結婚して、お互いの細胞を持ち寄って人工子宮で授かった大切な命だ。……だが、上の街が襲われた時、夫はあいつら……女たちの急襲を受けて喰われた。目の前で、オレとハルを庇って死んだんだ」
ダイゴは握りこぶしを強く握りしめ、そして愛おしそうにハルの頭を撫でた。
「だからオレはこの子だけは絶対に死なせない。あいつらに夫を奪われ、この子まで奪われてたまるか。何があってもこの子の命を未来へ繋ぐ……そのために、ここへ戦いに来たんだ」
「親父……。俺だって親父の無念は分かってる! 俺だって立派な強化人類だ、あのバケモノどもを倒して、絶対生き残ってみせるよ!」
ハルは気恥ずかしさと悔しさを隠すように叫び、バシッと自分の胸を叩いた。
僕とシオンは、その親子のやり取りをどこか眩しい気持ちで見つめていた。
施設生まれの僕たちには「親」という存在が分からない。けれど、女たちにかけがえのない家族を奪われながらも、残されたお互いを想い合い、背中を預け合う二人の空気感は、あまりにも温かく、胸の奥を締め付けた。
「……僕たちも、戦います」
シオンが力強い声で言った。
「僕らには旧時代の3倍の筋力がある。銃を持たせてください。親友を殺された……ただ逃げるだけなんて嫌だ!」
「いい顔だな、若者」
ダイゴは包容力のある笑みを浮かべると、僕たちの肩をぽんと叩いた。
「よし、オレの横に来い。射撃のコツを教えてやる」
だが――温かな時間は長くは続かなかった。
ブゥゥゥゥン――――――――ッ!!
地底を揺るがす不吉なサイレンが響き渡る。
「敵襲――ッ! 地下第3坑道の防衛線が突破された! 女たちだぁぁぁッ!!」
通信機から悲鳴のような叫びが上がり、暗い坑道の奥から、カツン、カツンと乾いた足音が近づいてくる。
「全員配置につけ! 銃火器の最大火力を叩き込めぇぇッ!」
バロウズ司令の怒号が響く。僕とシオン、タクミ、独立して構えるダイゴとハルもまた、土嚢の壁の前に身を躍らせた。
暗闇の奥から現れたのは、無機質なコンバットスーツに身を包んだ、見知らぬ女兵士たちだった。
「撃てぇぇぇーーーッ!!」
バズズズズズズッ!!
僕たちの保持する重機関銃やライフルが一斉に火を噴く。強化人類の力で抑え込む圧倒的な反動と、弾丸の嵐。旧時代の3倍の能力を持つ僕たちが放つ凄まじい鉄の雨が、坑道を埋め尽くした。
キンッ! カンッ! ギギィッ!!
しかし、弾丸が彼女たちの体に命中した瞬間に響くのは、肉を穿つ音ではなく硬質な不協和音だった。遺伝子改造によって鋼鉄並みに強化された彼女たちの皮膚は、大口径の弾丸すら歪ませて弾き返してしまう。
「効いてない……!? 弾が弾かれてるぞ!!」
「落ち着け! 口の中や目を狙え! 内部組織まで硬化してるわけじゃない!!」
バロウズ司令が叫び、自らライフルの狙いを定める。一人の女兵士が大きく口を開けて跳びかかってきた瞬間、口内へと弾丸を叩き込んだ。
バァンッ!!
「ぐああっ!?」
口内を撃ち抜かれた女兵士は悲鳴を上げて崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
「倒せる……! 口の中なら撃ち抜けるぞ!」
だが、希望の兆しは一瞬でかき消された。
敵も愚かではない。ひとたび弱点を察知すると、彼女たちは腕や強靭な手のひらで顔前をガードし、弾丸を弾きながら猛烈なスピードで間合いを詰めてきたのだ。
「肉の匂い……逃がさない!」
一人の女兵士が驚異的な脚力で防衛線の土嚢を一飛びで越えてくる。
「ハル、下がれぇぇぇッ!!」
ダイゴが大声で叫び、我が子を庇うようにしてその巨躯を前に突き出した――。




