第二話:空が裂ける日
昼休みの学園の中庭は、いつも通りの賑やかさ。
「よっしゃ、勝った! 限定肉サンドGETだぜ!」
シオンは片手に購買の袋を掲げ、子供みたいにはしゃいでみせる。
「もう……シオンってば、運動神経の3倍をそういうところで無駄遣いしないでよ」
「無駄なもんか。腹が減っては戦はできねえ。ほらルカ、半分やる」
日当たりのいいベンチに腰掛け、受け取ったサンドイッチを頬張るひととき。
芝生の上ではレンが同級生たちとサッカーに興じており、プロ顔負けの脚力で豪快なシュートを叩き込む。その傍らではカイが涼しい顔で電子書籍を読み耽り、タクミは相変わらず端末と睨めっこ。
どこを切っても、退屈で完璧な日常。
さっきの胸騒ぎなんて気にしすぎ――そう思いかけた、まさにその瞬間。
耳を刺す高周波の異音が、突如として街中に響き渡る。
鳥が一斉に羽ばたき、清掃ドローンたちが火花を散らして地面へ落下していく異常事態。
「な、なんだ……!?」
ボールを蹴ろうとしたレンが足を止め、ハッと頭上を仰ぐ。
青空の真ん中に走るのは、黒いガラスが割れるような空間の『亀裂』。
空を覆っていたホログラムの光学迷彩が内側から弾け飛び、雲を押し払って『それ』が姿を現す。
「……嘘、だろ……?」
誰かの震える呟き。
東都地区の空を覆い尽くしたのは、漆黒の巨大金属塊――超巨大宇宙戦艦の群れ。
一隻や二隻ではない。数百、数千という圧倒的な数が陽光を遮り、街全体を暗い影で塗り潰していく。
『緊急警報。緊急警報。住民の皆様はただちに最寄りのシェルターへ――』
街のスピーカーが告げる警告音も、途中で不気味なノイズへ変化。
「おい……おい待てよ! なんだよあれ!?」
タクミが端末を落とし、蒼白な顔で叫び声を上げる。
「船……? なぜ上空にあんなものが……!」
カイの手にしていた本が、力なく芝生へ落ちていく。青ざめた顔で端末を操作しながら、カイは信じられないといった様子で声を荒らげた。
「おかしい……あり得ないぞ! 地球の大気圏外には元老院の広域防衛センサーが張り巡らされているんだ! あんな超巨大艦隊、月に近づいた時点で緊急アラームが全地区に鳴り響くはずなのに……なんで何ひとつ反応しなかったんだ!?」
「じゃあ……センサーをすり抜けて、いきなり空から降ってきたってことかよ!?」
タクミの叫びに応える者は誰もいない。
空に浮かぶ巨艦の底面が重々しく開き、放たれたのは光線でもミサイルでもない。
黒い雨のごとく降り注ぐ無数の『流星』――大気圏を突入してきた生体降下カプセル群。それらは超高層ビル群や繁華街、そして僕たちの学園の敷地内へ容赦なく激突する。
ドドドドドオンッ!
激しい衝撃波が中庭を襲い、僕とシオンは必死に芝生へしがみつく。舞い散る土煙と粉塵に、一瞬で奪われる視界。
「くそっ……! ルカ、大丈夫か!?」
「うん……っ、なんとか……!」
シオンに腕を引かれ、なんとか立ち上がる。
中庭の中央――サッカーゴールがあった場所に穿たれた巨大なクレーター。その中心に刺さっているのは、有機的な曲線を描く不気味な金属カプセル。
シューッ……と高圧ガスを吹き出し、装甲が花弁のように開いていく。
「な、何なんだよ……出てくるぞ……!」
レンが拳を握り締め、身構える。強化人類としての本能が、全身で警鐘を鳴らしていた。
煙の奥から聞こえるのは、コツン、コツンと響く静かなブーツの音。
姿を見せたのは、怪物でもロボットでもない。
「……え……?」
口から漏れる、間抜けな声。
そこに立っていたのは、一人の少女。
流れるような銀髪に、吸い込まれそうな紫の瞳。濡れたような光沢を放つ黒の第二皮膚を身に纏い、華奢な肩から伸びるしなやかな肢体、キュッと引き締まった腰のラインが容赦なく浮き彫りになっている。その可憐な容姿と、身体の曲線を露わにする過酷な装具とのコントラストが、見る者を圧倒するような存在感を放っていた。
その少女は、鬱陶しそうに空を仰ぐ。
「……不味い空調。これが、母船の記録に残る『地球』の空気ね」
「じ、女性……?」
タクミの顔から血の気が引いていく。「歴史の授業で見た……追放されたはずの……!」
その時、凄まじい駆動音とともに学園の警備ドローン三機が飛来。治安維持用の高圧エネルギー銃が、少女の頭部へ照準を合わせる。
『警告! 未確認生命体、ただちに武器を捨て投降せよ!』
ドローンの機械音声に対し、一瞥すら送らない少女。
代わりに、彼女の後方からぬっと影が躍り出た。
長い足を一歩踏み出して前に出たのは、モデルのようにスラッとした高身長の女性だ。身体の凹凸を一切殺さず密着する漆黒の特殊繊維が、長く伸びた脚や豊満な胸元、くびれたウエストの美しさを鮮烈に際立たせている。凛としたクールな顔立ちをしたその副官――カルラは、冷酷な眼差しでドローンを見上げた。
「リリア様の手を煩わせるまでもないわ」
跳躍一回。
長身から繰り出される重力を無視した動きで、数十メートル上空のドローンに肉薄。カルラは美しくも恐ろしい口を――人間の可動域の限界まで、精一杯大きく開く。
バリィッ!!
響き渡る、金属が噛み砕かれる凄惨な音。
一機の装甲を、その小さくも強靭な颚でバリバリと噛み砕き、そのまま飲み込んでしまう。
「――っ!?」
完全に行方不明になる僕らの思考。
ドローンは爆発することすら許されず、彼女の体内にエネルギーとして吸収されていく。残った二機も長身から放たれた鋭い手刀で一瞬にして引き裂かれ、そのまま彼女の胃袋へ。
「ごちそうさま。やっぱり機械の生体エネルギーは少し固いわね」
張り詰めた生地越しに豊かな胸元を張るようにして、スラリとした指先で口元を優雅に拭いクスクスと笑うカルラ。
「な……喰った……? 鉄を……ドローンを食ったのか……!?」
がくがくと膝を震わせるレン。3倍の肉体能力も、目の前の狂気を前にしては何の気休めにもならない。
銀髪の少女――リリアと呼ばれた彼女は退屈そうに息を吐き出し、僕たち5人――ルカ、シオン、タクミ、レン、カイへ紫の瞳を向ける。
「さて……地球の『餌』たち」
冷ややかに響く声が、惨劇の幕開けを告げる。
「お腹を空かせた部下たちが、すぐ後ろまで来ているわ。――逃げられるものなら、逃げてみなさい」
楽園の終わりはあまりにも唐突。そして、圧倒的な絶望とともに。




