第三話「積み荷の正体」
「やらなければいけないことがある」と言った割に、マリアはしばらく黙っていた。
アイコは待った。十秒。二十秒。
「……マリアさん?」
『少し、整理しています』
「整理って何を」
『何から話すべきか』
「全部話して」
『全部話すと——』
「長い?」
『とても』
「じゃあ短くして」
『難しいです』
ケンジが横から言った。
「じゃあ一番大事なことだけ」
間があった。
『——この機体の中に、人がいます』
コックピットに沈黙が降りた。
「人?」
『正確には、眠っている人です。コールドスリープ状態で』
「どこに」
『この機体の最深部に、カプセルがあります。そこに』
「誰が」
『私には——名前しか分かりません』
「名前は」
『ハセガワ・サチコ』
アイコの全身の血が、一瞬止まった気がした。
「……それって」
『あなたのお母さんだと思います』
しばらくの間、アイコは何も言えなかった。
ケンジも何も言わなかった。
スピーカーからも、何も聞こえなかった。
アイコの母、長谷川サチコは——三年前に失踪していた。
海洋研究者だった。ある日、調査船ごと消えた。遺体も、船の残骸も、何も見つからなかった。
アイコは今でも、母が死んだとは思っていなかった。
思いたくなかっただけかもしれないけれど。
「……本当に?」
『確認できていません。でも、カプセルの登録名がそうなっています』
「会える?」
『カプセルを開けるには、特殊なコードが必要です。白鳥機関が管理しています』
「じゃあ奪えばいい」
アイコは操縦桿を握り直した。
「白鳥機関のコードを奪って、お母さんを起こす。それが正しい場所に届けるってこと?」
『……少し違いますが、方向性は合っています』
「どこが違うの」
『白鳥機関のコードは、世界に三か所に分散して保管されています』
「三か所」
『一つは海底基地。一つは宇宙。一つは——』
「宇宙!?」
『はい』
「宇宙って、宇宙?本物の?」
『本物の宇宙です』
アイコはケンジを見た。ケンジがアイコを見た。
「……聞いてた?」
「聞いてた」
「どう思う?」
ケンジは少し考えた。
「無理だと思う」
「だよね」
「でも」
「でも?」
「君のお母さんが中にいるなら——」
ケンジは眼鏡がないまま、アイコをまっすぐ見た。
「やるしかないんじゃない」
アイコは一秒だけケンジを見て、それからモニターに向き直った。
「マリアさん」
『はい』
「まず海底基地から行く。場所は?」
『ここから東に四十キロ。ただし——』
「ただし?」
『白鳥機関の索敵艇が、さっきより多く展開しています。今、外は』
モニターが切り替わった。暗い海の中に、光の点が無数に広がっていた。
「……多い」
『十七機確認しています』
「十七!?」
『はい』
「一機でどうやって十七機を——」
『アイコさん』
「何?」
『この機体には、まだ使っていない機能があります』
コンソールの隅で、今まで灯っていなかったボタンが一つ光った。赤いボタン。
「これ何?」
『変形します』
アイコとケンジの声が重なった。
「「変形!?」」
『この機体は海中形態と——戦闘形態、二つの形を持っています』
「戦闘形態って」
『見た方が早いです。押しますか?』
アイコは赤いボタンを見た。ケンジを見た。モニターの十七の光点を見た。
押した。
機体が唸った。
変形が始まった。
つづく




