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戦いたくない異世界転生者はエナドリを売りさばく

作者: はにか えむ
掲載日:2026/05/13

「ティニーちゃん、今日も三本頼むよ」

 

 労働者が多く行きかう活気ある露店街で、今日も私ことティニーはエナジードリンクを売っている。私が異世界で作り上げたエナドリは、ほんのりと治癒の魔力を溶かした果実水だ。

 

 

 

 私は剣と魔法の世界に、前世の記憶を持ったまま転生した。転生前はどこにでもいる日本人女性で、大手洋服チェーン店で正社員として働きながら趣味の同人活動に没頭していた。

 確かに剣と魔法の世界には憧れたし、最初は喜んだ。しかし現実を目の当たりにすると、この世界は現代の価値観を持った人間が生きるのは辛すぎることに気がつく。

 まず私は孤児だった。生まれた瞬間から前世の記憶があったから、母親が娼婦だったことは知っているが、生まれて数か月で孤児院の前に捨てられたので親子の愛情なんてありはしない。

 そして孤児の人生は過酷だ。孤児院に居られるのは十二歳までで、それまでに自分の食い扶持を見つけなければならない。しかし孤児は身元保証人がいないため、雇ってくれるところは少ない。だから大抵の孤児は冒険者になって、魔物と戦い生きていくことになる。

 しかし考えてみてほしい。現代日本の価値観にどっぷり漬かっていた人間が、いきなり戦って生き物を殺せと言われてできるだろうか? 私にはどうしても無理だった。

 幸い私の魔力は珍しい治癒属性で、どの冒険者グループも欲しがるものであったが、はっきり言って冒険者にはなりたくない。

 

 治癒属性で一定以上の魔力量を持つ人間は通常教会で働くのだが、私はギリギリ魔力量が足りない。

 具体的に言うなら一日に低級ポーションを十本作れる程度の魔力しかなかった。精々ニ十本は作れなければ、教会の治癒士にはなれない。

 ちなみに低級ポーションはひっかき傷程度なら即座に完治し、大きな切り傷の止血ができる程度の薬だ。軽い風邪なら低級ポーション一本飲んで寝れば治るかなくらいの効き目である。

 そういう魔力不足の治癒属性持ちは、正式に治癒士を名乗って医療行為をすることは禁止されている。唯一公的に許されているのが冒険者ギルドに登録してパーティーの一員として魔物退治に同行することだ。

 それ以外では作ったポーションを売るくらいしかできないが、国法で治癒の料金とポーションの値段は厳格に決まっているので、それだけでは生活できない。

 その事実を知った時は、人生積んだと思った。

 

 意地でも冒険者にはなりたくなかった私は就職活動を頑張ったが、やはり十分なお給金を出してくれるような職場は見つからなかった。一応五歳くらいから低級ポーションを毎日作って教会に買取ってもらっていたからちょっとした貯金はあるが、やはり生きていくには心もとない。

 十歳になった頃、私はすっかりやさぐれていた。命の危険がない、安定した職につきたいだけなのに。私に異世界転生チートなんてない。日本の製品を再現しようとしても、そもそも製法を知らないし、アイデアだけ売るにも限界がある。同人活動で漫画を描いていたので絵は描けるが、画家だって安定した職業ではない。

 日本に帰りたい、毎日そればかり考える。あの頃は慌ただしかったが未来の心配をする必要はなくて、趣味に没頭できた。イベント前はエナドリ片手に徹夜することもあったがそれも楽しかった。

 

 どんなにやさぐれても、誰も助けてくれない。だから今日もポーションを作った。

 低級ポーションを作るのは簡単だ。材料は水と治癒属性の魔力。魔力を可視化できるまで水に注ぎ込み、魔力を水に定着させるための短い呪文を唱えるだけだ。完成したポーションは注ぎ込まれた魔力でキラキラと輝く。中級や上級ポーションになると薬草も必要になるが、そもそもそれを作れるだけの魔力量は無いのでレシピは知らない。

 

「ティニー。サリアが熱を出したの。ポーションを売ってくれないかしら?」

 

 孤児院の院長先生がポーションを作っている私に声をかけた。本当は教会以外からポーションを買うのは違法だから誰にも秘密だが、院長先生は孤児院の子が病気になるたび正規の買取価格より少しだけ上乗せした料金でポーションを買ってくれる。それでも正規の売値より安いから双方損はしない。

 

「私がサリアを看病しますよ。先生にうつったら大変ですし」

 

 治癒属性持ちはかなり病気になりにくいし、怪我の治りも早い。それは治癒属性の魔力が体を巡っているためだ。

 熱で朦朧としているサリアにポーションを飲ませると、サリアの症状は目に見えて落ち着いた。治療するにはポーション以外にも直接魔力を体に注ぎ込む方法もある。今日はもうポーションを作ってしまったので魔力が回復しきっていない。それでも残った魔力をもう少しだけサリアに注ぎ込んだ。

 サリアの呼吸がさらに少し落ち着いた。少量の魔力でも症状の緩和くらいはできるものだなと思ったところで気がつく。

 

「あれ? もしかして少しの魔力でもいいんじゃない?」

 

 ポーションは本来、可視化できるほどの魔力を込めるものだ。じゃないと効き目が弱いし、ただの水と見分けがつかないから失敗作と言われる。私も作り始めの時は、よく失敗したものだ。

 

「効き目が弱くて何が悪いの? 疲労回復薬……エナドリみたいなものじゃない?」

 

 私は急いで水を汲んでくると、普段ポーションを作るときの五十分の一ほどの魔力を込めて定着させる。可視化されるほどの魔力は込めていないから、見た目はただの水だ。

 それを持って、近所に住んでいるアル中おじさんの元へ走る。

 

「おじさん、ちょっとこれ飲んでみて!」

 

 いつものように店番をしながら酒をあおっているおじさんに水を渡すと。おじさんは首を傾げながらも水を一気に飲み干した。

 

「なんだこれ? なんか体が軽くなったような……? 気のせいか?」

 

 おじさんの反応を見て、私はこれならいけると思った。効能は二日酔いの緩和程度だが、確かに治癒属性の魔力が含まれているのだ。エナジードリンクと称して売り出せば、きっとファンがつく。

 教会から抗議があるといけないから、魔力が込められていることは内緒にしよう。水ではなくて果実水に魔力を込めて、疲労回復効果がある甘い薬湯とでも言って売ればいい。一応この世界でも薬草を用いた薬はあるが、総じて苦いのでポーションのほうが人気なのだ。

 それなら私の魔力量でも一日五百本は作れるから、ポーションを売るより格段に儲かるはずだ。

 

 それからの私の行動は素早かった。なにせあと二年も経ったら孤児院を出なければならないのだ。それまでに家を借りられるくらいの貯金が欲しい。孤児は孤児院を出たら冒険者としてその日暮らしになるのが基本だが、私は公共広場などにテントを張って寝泊まりするのはごめんである。

 私はまずエナジードリンクという概念を広めるため、今までのささやかな貯金をすべて使って露店街で試飲用のドリンクを配った。ちなみに試飲用は効果を実感してもらうために少し魔力を多めに込めた。

 結果は思った以上に話題になった。わざと疲れていそうな人を選んで試飲してもらったのだが、小瓶一つで疲れが明日に残らないと口コミで広まって、正式に発売開始した日から完売御礼だった。

 

 

 

 孤児院を出る頃には『ティニーのエナドリ』はこの街では知らない人がいないほど人気になっていた。

 毎日露店で販売していたのだが、あまりの盛況ぶりにこの街の商人のまとめ役が声をかけてくれて、固定スペースでの販売が許されるようになった。私は専用の屋台の看板にファンシーな花の絵を描いた。前世ぶりに真面目に描いた絵は自分でもなかなかうまく描けたのではないかと思う。

 私は小さな集合住宅の一室を借りて、孤児院育ちとは思えないほど余裕をもった暮らしができるようになった。

 

「よ、ティニー! また二十四本頼むよ!」

 

「あ、『雷鳴』の皆さん。お帰りなさい」

 

 長く店をやっていると、常連もできる。冒険者グループ『雷鳴』はこの街でもトップクラスの実力を持つ四人組のグループだ。剣士が一人に魔法使いが三人なのだが、みんなどうして冒険者なんてやっているのだろうと思うくらいの実力者である。実力がある人が、福利厚生のない冒険者になることは少ないのだ。

 彼らがここに通っているのは、私も気がつかなかったエナドリの効果に気がついたからだ。エナドリは飲むと一定時間、魔力回復量が数パーセント程度向上するらしい。これはポーションを飲んだ後にも起こる現象だそうなのだが、時間ごとの魔力回復量など気にしたことがないから知らなかった。常に魔力の残量を計算しながら戦う一流の魔法使いだからこそ気がついたのだろう。

 魔力回復薬というものは一応教会で売られているが、ポーションより高いしエナドリとは性質が異なる。魔力回復薬は一気に一定量の魔力を回復させるもので、緊急時に用いるものだ。

 普段使いするなら、魔力回復量だけでなく一定時間治癒力も向上させてくれるポーションの方がコスパがいい。でもポーションはあまり無駄遣いすると教会に叱られる。緊急時に数が足りなくなったら困るからだ。ポーションを作れる魔力量の治癒属性持ちはそもそも数が多くない。

 

「もう一日一本飲まなきゃやってらんないよ。なんなら何本も飲みたいくらいだ。俺らなんかは一度依頼受けると数日山から出られないしさ、疲労の蓄積は命にかかわる」

 

 教会に怒られると困るので、エナドリに魔力を込めていることは誰にも言っていない。製法を聞かれても秘伝の調薬ですと言ってごまかしている。でも恐らく彼らは気がついているんだと思う。知っていて、無くなると困るから誰にも言わないでくれている。

 

「そういや知ってる? 教会の聖女様が、今年の冬に疫病が蔓延するって神託をうけたんだって。だから今、ポーションの値が最大まで上げられてるんだ。病に備えなきゃいけないっていうのはわかるけど、冒険者にとっちゃ痛い出費だよ」

 

 おしゃべりなリーダーのトーマさんは、私がエナドリを瓶に入れている間ずっと喋っている。聖女様の神託のことはもちろん知っている。街でも話題になっているからだ。

 治癒属性持ちの私は疫病にかかることはないと思う。だからあまり心配していないのだが、街は大騒ぎだ。商人の移動も制限されているし、ポーションの買いだめもできないようにされている。

 前世の知識がある私は、病の流行を教えてくれる神様なんてすごいな程度に思っている。そもそも神託は百年に一度あるかないかで、必ず人類にとって未曽有の危機となりえる事象が予知されるらしい。

 それでも人々が少しの混乱で済んでいるのは、皆が神を信じているからだ。教会が大丈夫だというならきっと大丈夫。この世界の人は心からそう思えるのだ。……前世の記憶がある私には理解しがたい感覚だ。

 どちらにせよ、私には関係ない。今は教会もポーションを高く買い取ってくれて、私のような魔力の少ない治癒属性持ちにも協力要請が出ているが、エナドリを売る方が儲かるので知らんぷりだ。

 

 そして迎えた冬。神託のとおり疫病にかかる人が出始めた。症状が出た人は即座に隔離され、教会が病人であふれかえる。神託のおかげで一年近く準備期間があったからさほど大きな混乱はなかったが、亡くなった人もちらほら出たようだ。

 私はそんな街で、今日もエナドリを売っている。

 不思議なことにうちの店の常連は皆元気だった。売り上げも少ししか落ちていない。

 トーマさんがやってきて私に耳打ちした。

 

「ティニー。このエナドリ、もしかして予防効果があったりしないか?」

 

 私は首をかしげる。

 

「このエナドリ、治癒属性の魔力が込められてるんだろ? 毎日飲んでたらその魔力が多少体内に蓄積される。それで予防になってることなんてないか?」

 

 考えたこともなかった。うちの店の常連だけなんか元気だなと思ってはいた。でもそれがエナドリのせいだとは思わない。

 私はこそっとトーマさんに耳打ちする。

 

「正規のポーションの五十分の一くらいしか魔力を込めていないんですよ。そんなことあります?」

 

 五十分の一と聞いてトーマさんも首をかしげた。

 

「もしかしたら魔力量と持続時間はあまり関係ないのかもな。エナドリの魔力回復量上昇もしばらく続くし……」

 

「じゃあ、弱い効き目で長く効果は出てるってことですか?」

 

「悪化した病気を治すほどの力は無くても、病気が体に入った直後なら治せる程度の効果なのかもな……だから予防効果がある」

 

 それは結構すごいのではないだろうか。一応この世界でも、衛生管理はある程度行われている。しかし病気を積極的に予防しようというほどではない。ポーションは即効性があるから、症状が出てから対処が基本だ。

 

「なあ、この情報。教会に売る気は無いか?」

 

 トーマさんが悪い顔をしている。

 

「嫌ですよ。売ったらライバルが増えて、稼げなくなるじゃないですか」

 

 私は絶対にばらすなよという意味を込めてトーマさんを睨みつける。トーマさんは両手をあげておどけた。

 

「おー、こわ! でもなぁ、実は神託には続きがあるんだよ。この疫病の蔓延で、医学界に革命を起こす聖女が現れる。偽物が出たらまずいから、一般には出回っていない情報だ。俺はそれがティニーなんじゃないかと思ってる。聖女に認定されれば、働かなくても一生食うに困らないぞ」

 

 それが本当だとして、なぜ彼がその情報を知っているのか。怪しいことこの上ない。もし聖女に認定されなかったら、エナドリの製造方法だけ盗まれて終わりだ。

 

「嫌です。そんな博打に人生かけたくありません。エナドリの製法、もらしたら絶対に許しませんからね」

 

「聖女になるのは嫌じゃないんだな」

 

「そりゃまあ、認定されたら楽に生きられていいですけど……されるかはわからないじゃないですか」

 

 そっか、とトーマさんは笑った。製法は絶対に秘密にすると言って去ってゆく。私は怪しんだが、それからは変わりなく時が過ぎ、疫病も終息した。

 そしてうららかな春の朝。久しぶりにトーマさんがやってきた。彼の周りには数人の教会関係者と思しき人がいる。

 

「あれ? トーマさん。久しぶりですね。何ですか? その恰好」

 

 トーマさんは聖職者が着るようなローブを着ていた。そして厳かに私の前にひざまづく。

 

「教会より派遣されました。トマス・ギルクスです。教会はあなたを神託の聖女と認定いたしました。つきましては一緒に教会までお越しください」

 

 は? と私は混乱した。ギルクスって教会寄りの貴族だよね。トーマさん貴族だったの? 

 

「あ、ちなみに約束はやぶってないぜ。俺一人で検証から証明まで全部やったから、神託の聖女を裏切る真似はしない」

 

 先程の丁寧な振る舞いは完全に消え失せた。トーマさんは楽しそうに私の疑問を潰してゆく。トーマさんはギルクス家の三男で、冒険者をやるかたわら教会の仕事を手伝っていたらしい。情報収集などが主な仕事だそうだ。

 冬に会ってから春まで何をしていたのかと思ったら、国中から集まった神託の聖女かもしれない女性の情報を吟味し、誰が本物の聖女であるのか調査していたそうだ。

 その結果、私が聖女であることがわかったから報告に来たらしい。

 

「よかったな、これで毎日遊んで暮らせるぜ。俺という護衛付きだ」

 

 非常に楽しそうな目の前の男に怒りがわくが、これ以上ないほど安全快適な人生のレールが敷かれたことに気がつくと、ため息がこぼれた。

 私が作った異世界版エナドリは、この世界の常識を根底から覆す発明だったらしい。

 教会に向かう道すがら、トーマさんに耳打ちされる。

 

「ついでに人生の伴侶に、俺とかどうよ?」

 

 私の人生これからはバラ色な予感です。

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