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ファミレスのハンバーグはいつ食べてもうまい

作者: attoh

      *


 タダ飯がうまく感じるのはなぜだろうか? 時折食べるファミレスのハンバーグがタダってだけでうまい。

「悪いね、ただで晩飯食わせてもらって」

 さっきまでホールで料理を運んだりレジ打ちをしていた武が目の前に座っている。バイトが終わり、学生服の武の前にもハンバーグ。午後十時の少し遅い晩飯だ。

「感謝するのは俺じゃなく、キッチンの奴らだ。ホールは飯を運ぶだけ。にしても圭介、お前こんな時間によくハンバーグ食えるよな。俺みたいにバイト上がりだったらわかるけど、お前食ってきてるんだろう?」

「いや、今日はポテチ食っただけ。予習してるから」

 タダ飯を食わないかと誘ってきたのは三日前だった。学校帰りの特急電車の中で偶然隣に武が座っていて、話の流れでファミレスで働いていることを知った。高校生になった直後にファミレスのホールで働き出したという。それこそ働くのが待ちきれないといった感じだ。

「武、やっぱりバイトって辛いか?」

「慣れたらそうでもない。最初は何にも分からないから誰だって辛いけど、慣れたらこっちのもん。昔、親父がよく『三日で仕事を覚えて、三ヶ月で慣れて、三年でベテランだ』って言ってたけど、俺は二週間で慣れた。親父の言ってることも当てにならなかったっぽい。まあ親父はいないけど」

 武と知り合ったのは小学生の頃。その時から「親父」は存在しなかった。ぼんやりとした話しか教えてもらってないが職を転々とした挙句、蒸発してしまったらしい。そういうことをまるで気にせず話してしまうのが武だった。

 だからバイトを始めたんだな。とは言えなかった。

「お前はバイトしないのか?」

「いや、部活ばっかり。大して強くも無い野球部だけど、何もやらないよりかはましだと思って毎日球拾いの日々」

「まあいつかは高校も終わるし、部活も終わるし、大学受験だからな」

「一年生の春に大学受験の心配してもしょうがないって」

 そう言うとゆっくりとハンバーグを切り、噛みしめるように食べた。

 友達と一緒に飯を食っているのに時折、何かを考えるようにゆっくりとした動きをすることがある。野球のことと女のことしか頭のない俺とは何か、どこか、違うのだろうか。自分の心が重くなりそうな予感がしたから、他の話題を振った。

「そういえば俺、昔コンビニの店員が常連客にあだ名をつけてるっていうのを聞いたことがあるんだけど、そういうのって本当にあるの?」

「あだ名ねえ。まだ入って二週間だからあんまり常連客とかは分からないんだよな。すまねえ」

「別にいいよ。たださ」

 わざと小声で、気になっていることがあると俺が言った。

「何だ」

「ここに来て三日になるじゃんか。で、いつも大体同じ席で食べてるけど、常連客っぽいやつがひとりいるんだよね」

「誰?」

 武の斜め後ろを指さす。そこには自分たちと同じハンバーグを食べている白髪混じりのおじさんがいた。

「ホームレス、というより派遣か」

 武の言うとおり、身なりからしてあまり綺麗とは言えない。裾が少し破れていて、くすんだ色をしたシャツとズボンを履いている。

「あの人さ。俺がくるのと同じ時間帯に来て、いっつも窓の外見ながらハンバーグ食ってるんだよ。夜中でここら辺に見続けていたい風景なんかあるか?」

 角度から窓の外はどうなっているかははっきりとは見えなかったが、たしか田舎の細い通りが走っているはずだ。向こう側に何があったのか憶えてないくらい、ぱっとしない窓の外を見続けているおじさんとハンバーグ。

「なあ、やっぱ変じゃないか」

「そうか?」

「なんで?」

「だってあそこの近くで何年か前に交通事故があっただろう? そういうのじゃないのか?」

 そういえば中学生になるかならないかの時にニュース映像で近所の道路が映し出された。そこで出会い頭の交通事故があり、一人死者が出たという。その時は近所がテレビに映ってるという興奮があったが、そんなことはすっかり忘れていた。第一、交通事故をいちいち覚えるよりも、もっと違うことを覚えさせられうのだから忘れても当然かも知れない。

 ただ完璧にどこの場所の映像が映し出されたのか思い出せなかった。なんとなく近所が写っていた記憶はあるのだが。

「あったな。そういえば」

「そういうこと。事件解決」

 武は今度は勢い良くハンバーグを食べた。


      *


 献花を見つけたのは翌日だった。学校の帰り道、夕日が沈みかけのまだ周りが明るい時間帯に見つけた。駅からファミレスの前を通って自宅へ向かうのだが、ファミレスのだいぶ手前の交差点。信号待ちをしている最中にふと下を見ると、電信柱の下に牛乳瓶に入った一輪の花を見つけた。

 そうだ。今度ははっきりと思い出した。事故は出会い頭。交差点でぶつかったのだ。

 その証拠に端の目の前の電信柱には「死亡事故発生場所」と御丁寧に書かれた看板が設置されていた。

 じゃああのおじさんは何を見ていたのだろうか?

 衝動が湧き上がる。

 すぐ携帯電話で武に通話した。

「武? ちょっと今日早めにそっちに行くからさ。タダ飯じゃなくてもいいから、早めに食ってるよ」


      *


 武はいつも十時にバイトが終わる。それを見計らって食べに行っていたが、九時頃にファミレスへ向かった。見渡せば客がいつも以上に多い。だが幸運にもあの席が空いていた。おじさんが座る席が。

 一人そこへ向かい、窓の外を見て驚いた。

 窓の外は何も見えなかった。窓の目の前の通りには街灯もほとんど無い。そのせいでファミレスの中が鏡のように映し出されていた。

 はっとした。

 その鏡になったガラスには、昨日まで武と一緒に座っていた席が明瞭に映し出されている。おじさんは窓の外を見ていたのでも、ましてや事故現場を見続けていたのでもない。俺たちを見続けていたのだ。

 そのせいで店員のいらっしゃいませ、という声に思い切り驚いてしまった。女子高生だと思われる店員もつられて驚いている。その顔を見て現実に戻されて、なるべく落ち着いた風を装って話した。

「すいません、本郷武って今いますか? ここで働いている」

「ああ、本郷くんなら今日は休んでますよ。たしか家族がどうかしたとかで」

 しばらく黙った後に慌ててハンバーグを注文した。窓に映った武を見つめる想像をしながら食べてみようと思った。

 おじさんと同じように。

 いや。

 お父さんと同じように。

 きっとハンバーグはタダ飯じゃなくてもおいしく感じられるはずだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] この作品も面白いです。 他の作家さんの感想にも書いてあるけど、伏線の張り方が素晴らしい。 また、読みたくなるようなネーミングですし、なかなか達者な方ですね。 これからも読ませていただくつもり…
2010/06/10 10:44 退会済み
管理
[良い点] 伏線の張り方と、ラストの展開。話の持っていき方が非常にうまいと感じました。 [気になる点] 特になし。誤字があったり、出会い頭の事故だったということを思い出すシーンが二度あったりなど、多少…
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