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そんな慶事から待つこと半年。

ウィルフレッドも小規模ながら成婚したことを市民に発表した。…これまで不本意ながらあった第二王子派を一掃する狙いもあってのことだ。

翌月には第二王子の成婚パレードも小規模ながら市街で催し、隣には預言書の攻略対象であったレイテク・リリアーナ・マクスウェル侯爵三男が金糸銀糸をあしらった純白の婚礼衣装で寄り添っていた。


王族が国益のための政略的なものでもなく離婚するでもなく二回目の婚姻を結ぶには条件がある。

それは最初の結婚から3年以上が経過していながら子を成せない場合だ。この第二婚の時に同性を伴侶に選ぶことも重要で、この成婚を以って俺という第二王子は今後に子を成す意思はなく、兄の臣下に(くだ)ることを大々的に民にも表明できたのだから万々歳だ。

これで事実上、第二王子派は壊滅せざるをえまい。

(やっとだ…。これでくだらぬ思惑をもった連中を一掃できた。)

いくら俺が王位を望んでいいないといっても欲に駆られた連中には響かなかった。だがしかし俺が同性婚をしたとなれば、しかも民衆に公言したとなれば奴等の希望も潰える。


いままでうっとおしい蠅のように集っていた連中も引かざるを得まい。

なにせ後継を残さない俺には未来が無く、阿るだけ無駄だからな。

貴族とは常に()ではなく先を見据える考えが染み付いている。


幼い頃から婚約関係であった兄上と義姉上が成人を過ぎても婚姻するでもなく、王太子のもならない状況に、俺という第二王子にすり寄ってくる人間が派閥を作った。

実際には王が王太子を任命するのに遅かったのは年の近い兄弟であることもそうだが、最大の原因は信託の預言書のせいであった。

限りなく物語のスタートと同じ状況であらねばならなかったから。ただそれだけだ。


けれどもそうした状況が派閥を作ることを誘導し、貴族の真価を見極め愚かな連中を炙り出すことにも繋がった。

お蔭で愚かな連中を見つけ排除するのにとても役立った。


あぁ、でもそんなことばかりではなく。俺がリリアーネと出会えたのもまたあの預言の書のお陰とも言えるのだ。

神託の予言にキャラクターとして描かれている側近の顔合わせから暫くして親しくなった俺とリリアーナは自然とお互いに恋仲になった。

よく考えれば、あの預言の中でリリアーナは婚約者のない唯一の当て馬(モブ)だった。普通にありえない。侯爵家の三男と言えば引く手あまたな存在だ。侯爵位は継げなくとも大貴族ならば幾つも爵位を保有しているその中から本人に見合った爵位を譲り受ける。つまりは貴族のままだ。そんな令息が幼少からの婚約者を持たないなんて預言神託書のキャラクターに選ばれたからでしかなかった。侯爵当主もその事実に気が付くまで彼に婚約者を持たせなかったことを不思議に思っていなかったこともらしくない。

それもリリアーナことレイテクは作中でヒロインと仄かに想い合いながら友人エンドを迎える、いわば異性のお友達ポジションというやつだったからこそ、そういう立場でなければいけないと神の意思が働いていたのかもしれない。


しかし神託の書があったとしても俺たちは神の意思とは関係なく考え動き生きている。

予言があったから、俺が物語のヒロインに恋しなかったわけではない。

もしも、もしもファラリアンナという女性が転生者の記憶を思い出すことなく元の()()()()()()()であったなら、物語は成立することは無く、またもしもそのままのファラリアンナ嬢であったなら国外追放後に俺は第二王子という身分を捨てる覚悟をもって彼女に恋しただろう。その可能性はあった。

――――それくらいに、本来のファラリアンナという女性は報告書で見聞きしている分には好ましい人柄だったのだから。


しかして彼女は、それなのに前世の記憶を取り戻し無能の愚女に成り下がった。


この密かな落胆は物語の男主人公(メインヒーロー)にならざるを得なかった俺にしかわからないだろう。

淡い期待が散った、現実。期待してはいなかったけれど、心のどこかで運命の相手への理想は壊れ砕けた、ちいさな失恋。

けれどもこのことが王子である俺の心の決定的なことになった。


召喚される聖女、それによって世界が歪み悪役令嬢が生まれ、そのような事柄に翻弄されるのは…男ばかりだ。

側近として寄り添い、同じく物語に翻弄されながらずっと支えてくれたのは同性であるリリアーナ。

俺という個人が女性不信になって同性である彼に信頼と安らぎを求めるには十分な理由。


そもそも初恋自体が彼だったのだからもう我慢する理由が国の未来を左右する事柄だけであり、それが終わればもういいだろう、と。

預言書の物語には登場しないが、俺には弟も妹もいる。

俺が都合上絶対にファラリアンナと結婚しなくてはならなかったとしても、次に同性婚をしたって別にいいだろう。


ストーリーが始まるまでに十年。

そんなに前から俺は王族として生まれた義務としてこんな茶番を成功させるために尽力した。ほかならぬ国のためだからこそやれたことだ。

これがすべて終わったら――――――もう、もういいだろう。


ファラリアンナが様変わりして暫らく後に、俺はリリアーナに自分の心を受け取って欲しと告白した。当然だが、断られた。

「まだ何も始まっていないし…終わってもいないのに、…性急すぎます。」と、至極真っ当な正論でお断りされた。


でも「ぜんぶ、おわったら――僕の心も、何もかも、貴方のものにしてください。ぼくも、…僕は、それを望んでいます。」という熱烈な返事を貰えた。



■■




「リリアーナ、朝はまだ冷えるよ。」


春先とは言え朝はまだ冷える時間だ。

寝室の窓から庭園を眺めているリリアーナにガウンを肩に掛けて抱きしめるように寄り添う。


「ありがとうウィルフレッド。ただ…ちょっと今日の予定が憂鬱でね。」


「あぁ、アレ(ファラリアンナ)に招待されたのだっけ。それでこんなに早起きしているのか。」


「うん。下位妃の離宮となると同じ王宮敷地内でも馬車で一時間以上はかかるから支度の時間とかも併せて考えたらそりゃあね。だけど気掛かりなのは…ウィルフレッドとぼくの成婚から半年も経ってから「お祝いのための茶会」に招待されたからなんだ。…ウィルの正妻の座を奪った恨み言を言われるのかもと………どうして今更?っておもってしまって…」


「そんなことか。気にしなくてもいいさ。()()は王子妃としての義務を果たさなかった自覚も無いからこそそんな厚顔無恥で居られるんだろう。それに情報に疎いのも享楽に耽ることに忙しく他に目を向けていなかったからこそだろうし、王子妃から側妃に格下げされたことにいまさら気が付いて文句を言われる謂れもないと構えていればいい。」


「やっぱり、そのことで何か言われるのかな…」


「相手が常識的であるならそんなことはないだろうが、ファラリアンナだからな。憂鬱になるのも無理はない。俺も先日面会権を行使されて呼び出されたが、数分でも同席すればいいだけさ。権利を失えば二度はない。義務を果たさない罪人に与えられた面会権は一度きりだ。この先は幽閉された離宮で生涯を終える相手に憂うな。」


愛しいリリアーナを励ます言葉を投げれば、暗かった表情も和らいだ。


「そうなんだ。それなら…気が楽になるね。昔は、仲良くしていたから…恨まれたくはないっていうのもあるけど、やっぱりウィルフレッドを奪おうとするんじゃないかって、…不安で………。」


「っ可愛いな!そんなことで気落ちしてたのか?はぁ…そんなの天地がひっくり返ったってあり得ないことなのに!」



おもわずギュウゥとだきしめてこのままどこにも出したくなくなってしまう。


つい先日に俺がファラリアンナに面会を求められたことも気にしているんだろう。

だが、そんな心配は無用だ。

確かに俺は夫婦として「四度目は必ず夜伽に応じる。」とあれと約束はしたが、それはお互いが同等の夫婦としての立場であれば、という意味でしかない。

自ら住まう宮を格下げしていき下位妃に身を置くことを選んだ女は、とっくに正妃足りえずその時点でむこうから約束を反故したのと同じなのだ。

先日の面会でそのことを伝えたらヒステリックに喚いていたが、相手にするだけ無駄だし伝えるべきことは伝えたから長居は無用と数分で退席したのであの後のことは報告書の文面でのみ確認した。

肥大した巨体で暴れたせいで家具や茶器と一部室内も破壊したらしいが、修繕費や買い戻しの費用も自らの品格維持費から出て行くだけなので自業自得の結果になっただけだ。

室内と家具の修繕は元々古いこともあってさほどではないかもしれないが茶器の買い戻しは痛手だろうな。

なんせ腐っても下位妃であろうとも王子妃の品格を保つためには茶器は欠かせない。

現在の住まいでは使用人が30人程度ではあるが彼らの給料を纏めても二月分は軽く消える程度の値段だ。


()()()()()()()()()()()()しか支給されていない今、それはとても大きな金額だろう。


(もしかしたら、また宝飾品を売るのだろうな。)

しかしながら品格維持費で買った物品は売ることは出来ない。その費用のもとが王宮のものであるから品物もすべて王宮のものでしかないのだから。

となればファラリアンナが売れるのは婚姻当初に下心ある連中から贈られた品物だけに限られる。

(確か、目録に残っていた金目のものは…あぁ、アレだけだ。)

一見豪華だが安いクズ宝石や硝子粒を寄せ集めたブレスレットとイヤリングのセット。

アレはほんとうに下品でセンスのない品だったが、前世の記憶が戻った彼女には色とりどりに輝くソレは一番の値打ちモノだと思い込んだようで、大事に今まで保管されていると間者から聞いている。


(記憶を取り戻すと常識どころか審美眼まで失うのだから…恐ろしいことだ。)


ファラリアンナの元を去った侍女の中には彼女から精緻なレースをもらい受けたことでさっさ離れた賢い者も居た。

馬鹿なファラリアンナには価値が解らなかったのかもしれないが、緻密なレースや精緻な刺繍を施された布は宝石に匹敵する価値あるものだ。

(ファラリアンナにとっての前世…異世界では文明が進んでいてレースも布も刺繍さえも機械が量産するらしいといいことは他の転生者の記録から知ってはいるが…この世界ではそれらはすべて職人が時間をかけて手製で作り上げる芸術品だ。だからこそ価値があるものなのだ。)


淑女が刺繍や編み物を教養として学ぶのは、万が一の場合い…もしも夫を失うことや家の没落の憂き目にあっても身を立てる術であるからだ。

ただの趣味や個人的な楽しみの延長などではない。

目新しい図案を考案すれば商標登録もされ収益にもつながる。

何年か前に『クロスステッチ』という新しい刺繍技法で窓一面を飾るほどの大作をバザーに出品した子爵婦人がいた。

その作品は名画を模したもので、遠くから見ればそれらしい一枚の絵画だが、近づくにつれ歪なブロック絵になり、さらに間近で観賞すると計算されつくした精緻な糸の流れが作品の重厚さを支えているのだと理解する逸品だった。


たかが貴婦人のバザー。されど貴婦人の実力を発表する場もこのバザーなのだと、よくよく俺は理解した。

当然ながら最高額を叩き出したのはあの子爵婦人の刺繍画で、バザーだから収益は慈善事業に寄付される。

しかしながら才を発揮したことにより王家の言祝ぎをもって彼女の作品は商標登録され技術伝授は収益化されて然るべき。

もしも勝手に模倣すれば収益に対し税は500%の課税を周知された。

文化盗用は重罪だ。

しかし罰則を定義することは難しいため、一番最初に公に発表した者を第一人者と定めて保護する。

だからこそのバザーだ。

平民も貴族も関係なく出店することが出来るのだから、身分の差は関係ない。そこで認められれば平民関係なく褒賞を得てさらには継続的な技術保障と収益に繋がる。


そういえばファラリアンナは記憶が戻る以前の本人の習慣は身についているようだった。

身のこなしは令嬢そのものだったことだし、もしかしたら令嬢の嗜みである裁縫やレース編みなどの技能もやれば高い技術を発揮するかもしれない。


一応の夫であるはずの俺は一度たりともそのような贈り物は貰ったことは無いけれど。まぁ貰ったところで用途も無いから捨てるだろうな。

そういう意味でも、彼女は俺を愛していなかった。前世の記憶の通りに進む人生に従っただけの女だった。

だから、お互い様だ。




「さぁ、リリアーナ。彼女にサヨナラを言いに行こうか。」


馬車を先に降りて愛おしい彼をエスコートする。

(リリアーナの心のつっかえは今日で終わりにする。)


しかし数年後には、俺のつっかえが消える番だ。

俺の進めている政策や兄上の提案、実現するには時間が掛かったがそれが近く施行される。そしてそれを取りまとめる父王の采配がいかに成功しても不満の種は必ず落ちる。

()()は未だ、その頃合いじゃない――――けれど、必ずその時は、来る。


彼女(ファラリアンナ)には()()()()として華々しいフィナーレを贈ろう。

いつでも断頭台が彼女を待っている。







ーーーーーENDーーーーー



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