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3-2



「…あれ?この紅茶、濁ってない?味もなんか渋いし…?」


午後の紅茶を嗜む憩いのひと時に刺したのは、濁った紅茶の水面だった。

底を見通せない濁った水面は今後の私を暗示していたのかもしれない。



「あ、申し訳ありません…それが今用意できる最上級品でございまして。」


「これが?昨日までは違ったじゃない。」


「えっと…」


メイドは頭を下げながら助けを呼ぶように壁際に立つ寡黙な執事を見た。


「……あら?え、っと…いつの間に執事が変わったの?」


「え、もう2ヶ月も前からですが…?」


「そうなの?」


メイドと話をしている間に新顔の執事が頭を下げて挨拶をする。以前は老練の紳士という雰囲気の男性だったが、この人は若い。たぶん30代くらいではないだろうかとおもう。


「あの、昨日と同じお茶はないの?」


「昨日で飲み切ってしまいましたのでもうございません。もしまた同じものをご所望になられましても、この王子妃宮の予算はとうに枯渇しておりますのでどうしようもございません。どうしても、とういのであれば第二王子妃であるファラリアンナ様が個人の持ち物を売るなりして財源を確保すればどうにかなるでしょうね。」


「…………へ?え、どういうこと??」


「お金がない、と申しました。」


「いやいやいや…えっと、あの?わたし…王子妃よね?」


「はい。」


「なんで、お金がないの?」


「現在の第二王子妃様に国から支給されるのは身分相当の品格維持費のみとなっております故、仕方がありません。つい先日までは王妃様付きの執務補佐をなさっておいででございましたからその分の報奨金もございましたが、現在はそれも無くなりましたので。」


「えーっと、ちょっとまって。説明詳しく。」


聞けば、今現在の私の立場は既に危ういものらしい。

それもこれも『初夜の儀』の義務を果たせなかったことから始まる。子を成せない妃は意味が無いんだとか。それでも王妃の執務補佐という道は残っていたのに、自分からそれも放棄してしまった。二度も王妃に背を向ければ信頼は地に落ちる。今後は収入減となる仕事はさせてはもらえず、生活するだけで割り当てられた予算は目減りする。

そうなると生活は切り詰められ、食・衣・住の順番で家計は削られるらしい。それで贅沢品の最たるお茶の品質が下がったのだと。


「前世だったら…衣食住だったのに?………えっと、なんで住環境が優先されるんですか?」


「王子妃としての体面を保つためでございます。次に衣装費。そのための品格維持費でございますから。あぁ、そういえば来月には庭園の植え替えで人件費が嵩みますので、昼食は優先してこれまでと同等を維持しますよう努めますが朝食と夕食はそれなりに質素になります故に先にご了承くださいませ。」


「ちょ…っ!ちょっと待って!?…え?そんなことの為に、食費を削られるってこと…?」


「そんなことではありませんでしょう。王子妃として品格を保つために必要な経費にございます。」


「いやいや…家なんて、そんな…1Kアパートでだって普通に生活できてたし、ベランダも無かったから花が咲いてる生活しなくたって死なないし…」


オタ活で散財してたせいで質素な食生活にも慣れてはいるけど、それはそういう生きる活力源にお金を使っていたから平気だっただけで、特に興味もない花壇の花が~とかっていうのにお金を勝手に使われるの納得いかないんですけど。←


「ちょっ、ちょっと…!あの、えーっと…家計簿?みたいなのって見せてくれる?あるよね?」


「家計簿がなんなのかはわかりませんが、仰りたいことは理解しました。ファラリアンナ様の執務室に置いてございますがいま持ってまいりますので少々お待ちくださいませ。」


「…………え、私の執務室なんてあったの?」


知らなかったんですけど。…っていうか多分最初に説明はされたのかもしれないけど、覚えてないし。

(はァ…最近何もかも訳が分かんない…上手くいかない…)

なんとなく、原因はわかってはいる。この身体の元々の人格…というか、私自身の記憶が蘇る以前のファラリアンナの記憶にないことばかりだからどうにかできないのだ。

そして結婚後の生活は、私の前世の記憶にもない。独身喪女だったからだけでなく、そもそもエンディング後のことなんてアニメではやってなかったから知る由もない。

(もうちょっと…こう、どうにかなるとおもってたんだけどなぁ…)

いや、どうにかはなっている。見方を変えれば、働かなくても国からお金をもらって生活できるんだから。それも宮殿に住んで身の回りの世話を全部他人任せにしている豪華な生活だ。

前世の私だったら「最高じゃん!」って喜んだはずだけど…ファラリアンナになってしまった私には微妙だ。

だってこの世界、そもそも娯楽が少ないんだもん。

テレビもネットもないし。漫画もアニメも無い。せいぜい劇場に行って観劇することが、楽しい娯楽っちゃあ娯楽、かな。

テーブルゲームは私には楽しさが解らないし、対戦相手が居なきゃどうしようもないし。


つらつらと考え事をしている間に、執事が分厚い帳簿を持って戻ってきた。

説明を受けながら予算の内訳をみていくが…驚いた。


「えぇっ!?じ、人件費が半分以上も持って行ってるじゃない!」


王子妃宮で働く使用人は約200人らしく給料だけで半分以上を持って行かれても仕方ないのかもしれないけど…次いで高い衣装費が約2割、宮殿の修繕や手入れなどの維持費が1割、備品費や予備費が1割と5分、残った1割以下で私の食費からなにからを賄ってる、……って。

いやいや…え~?おかしくない?

1割以下っていうか…正確には5分以下…パーセントでいったら予算の3%くらいで生活してるってことになるよね?

そこからさらに来月は花壇の植え替えとやらで削ってくってか?

はあぁァ~~~~~~~~~?????



「あーえーっとー…この衣装費半分にしたらいいんじゃないですかね?」


特にどこへと出かける予定もないし。なんだったら今後は引きこもりニートになるしかないような私にこの衣装費は高すぎるし無駄でしかない気がする。っていうか他の予算を削ろうにも人件費とか人件費が、とかは、言ったら顰蹙買いそうだから言いたいけど言い出せない…。


「それはなりません。ファラリアンナ様は我が国では王子妃様でなくなれば平民の身分でございますので、品格を維持なさるためにもこれは削れません。」


「あ~~~~そういえば私、国を追放されたんだった…」


以前の公爵令嬢という身分でなくなったことをすっかり忘れてた…アニメではそこんとこ詳しくツッコんでなかったし……結婚しましたハッピーエンドで、終わりだっただけだし。

しかし、頭の中にだけあるファラリアンナの知識によれば、だからこそ王族に嫁ぐには有力貴族の娘でなければいけないのだと。

だって割り当てられた予算だけでは茶会などを頻繁に開けば簡単になくなる。

だからこその執務補佐であり、実家からの支援金も無くてはならないもの…だけど、わたしにはもう実家が無い。仕事だってない。


「もしも人件費を削りたいとお考えならばお住まいを移されてはいかがですか?ここは「薔薇の宮」と呼ばれる王子妃宮の中でも一番に規模の大きなところでございますし。もう少し小さな「水庭の宮」であれば使用人の数は150人ほどでも足りますでしょうし。」


「そ、そんなことして…いいの?だったら、そうします。」


一瞬頭の中を読まれたのかとビビったけど、魅力的な提案に即座に首を縦に振る。

だって、限られた予算のうち12.5%も浮くんだよ?そりゃー万々歳でしょ。

ってか執事の口ぶりからしてどんなけ王子妃宮があんだよっておもったけど、よく考えたら子だくさんの時代に王子の数だけ宮殿を作ったのかも。


急遽の引っ越しになってしまったけど、庭の花の植え替えの前に引っ越したかったから急ぎで荷物を運ばせた。


…が。そのせいで引っ越し先の「水庭の宮」の修繕工事費を負担する羽目になってしまった。

まぁ、そこは。住まない宮の花壇の植え替えに予算を使うよりはマシだと思うことにして納得することに。

一応生活の質は下がらなかったし、いいか?って。


だけど住んでみて分かったのは、庭園だけでなく屋敷中に水を流しているこの宮は湿気がとんでもなくて維持費や修繕費が掛かるし服なんかもカビてどうしようも無いということだ。

しかも、王太子婚約者様や王妃様が茶会を催すこともあり、その間は庭園だけでなく応接室やらがある一階は立ち入り禁止になるため、自分の住む宮なのに窮屈このうえない。

結局は三ヶ月で根を上げて次の引っ越し先を探す羽目になった。


三度目の正直で選んだ「四季花の宮」の王子妃宮は、庭園のは花が常に咲く四季花草や常緑木で手入れもそこそこ、宮殿も多少年季ははいっているがしっかりした造りのところで修繕費はそこそこ掛かるものの人件費も100人分で足りることを考えれば、お得な物件であると感じた。

だがやはり…難はあった。

昼間は良いのだ。天気がよければ明るいし。

しかしいかんせん、古いせいで電気を通す工事をするにも手間がかかるらしく夜は真っ暗。

ランプの灯り頼りで、しかも古いせいか不気味な雰囲気。

天気が悪い日なんか昼間でも鬱蒼としている。

どうにか工事を終えたら、夜でも明るくなればどうにかなるだろうとおもっていた不気味な雰囲気は消えず、後から聞いたら…元々この宮は所謂、愛人専用のもので寵妃宮として使用されていたらしい。

あー。それなら王妃様も王太子妃様もこの宮はお茶会に使わないわーって、おもったよね。

…なんか。人がたくさん死んだらしいし。

だから昼間でも薄暗い雰囲気なのか…。

………気持ち悪い。



「ねぇ!こんなとこもう住みたく無いんだけど!?」


やはり耐えかねて言い出せば執事は渋い顔をした。


「四季花の宮より小さい宮となりますと寵妃以下、それこそお立場が無くなることとなりますが。この宮より下の規模ですと下位妃の宮に、なりますが。」


「そんなの今更よ!兎に角、王妃様も王太子婚約者様も来ない小さい宮に引っ越しさせてよっ」


下位妃とか、どーでもいい。

私が頑張らなければウィルフレッドだって王太子にはなれないんだから同じことだし?落ちるなら一緒に落ちれば良い。


「そうなりますと…」


と、案内された妃宮はなかなかにちゃんとしていた。

確かにこぢんまりとしてはいたが、別にわるくない。

宮殿とはいえないが3階建てだし、庭も見える範囲だけだけど自分の身の丈に合っているような、質素でありながらささやかに花のある見窄らしくない宮だ。


「ここにする、ここがいいわっ」


あがる息で宣言すれば、引っ越しは速やかにおなわれた。


なにせ私はこの半年であっという間に体重が激増している。

被服費だけで財政を圧迫するほどに。

だけども食費を削るつもりはない。

だって。娯楽のないこの世界で、私の楽しみは食べることくらいしかないのだ。

当然衣装費用も、嵩む。


際限なく膨らむ身体に気まずさはあるが、最後の砦として四度目の夜儀式の約束が、後押しとなって…自制心を緩くしている。

(だって、絶対に四度目は応じるって、約束したし。)

それは、どれだけ、私が、醜く太っても、…有効だよね?


なら。まだ「いま」じゃない気がする。

もっと太って、醜くなってからでも、いいじゃん。

幸いに、住まいを移して予算は余裕がある。

じつは先月に引っ越し費用をねん出する為に王子妃になった初月にお祝いとして贈られてきた宝飾品の一部を売ったのもあり、余ったお金もあったりして。


下位妃宮に移ってしまったら自分の宮からも自由に出入りできなくなってしまうことは後から聞かされたらことではあるが、そもそもこの国出身ではないファラリアンナにはともに出歩ける女友達は一人もいないし、王族となったら出かけるだけで一々いつ・どこに・何の目的でとも報告する義務があるので出かける気すらない。


寧ろ立場に見合った社交(お茶会とか)を自主的に作らなければいけないという義務も無くなっただけ自由時間が増え、おやつ時間になった。…まぁ、お誘いする相手もいませんから一度も開催したことなんてないですけど。

ってかさ。女友達なんて出来るわけがないんだよね。

攻略対象の男キャラの婚約者に嫌われちゃってるからさー、社交界でも評判悪いんじゃん?この国で仲良くなったのは攻略対象の男性キャラだけだし。

だっていうのにお茶会に異性を誘うのは駄目なんだってさー。友達なのにってゆっても、既婚者が自宅に男性を名指しで招くのは尻軽だって注意されたらもう諦めるしかないじゃん。離婚されたら路頭に迷うのは私なんだし。


だから私は、なにもしない。自分に出来る範囲のことはやってる。予算を越えての無駄使いもしていないんだから、誰にも文句は言われないでしょ。

ってことでゆったり、のんびりする午後の時間は最高だ。脳みそが蕩けてしまう感覚がある。

「ンっ!このお菓子おいし~~ぃ♪」

仲良くなったメイドや侍女たちと共にお作法なんて気にしないで楽しく(ちまた)で話題の焼き菓子を頬張る。

「わぁっ美味しいですわっ!」

「ぅ~んっ!中のクリームが蕩けますぅ~」

飲む紅茶も最上級品の香り高いもので、白砂糖や生クリームも入れて最高のミルクティーだし、違う日には海を越えた外国から取り寄せたコーヒーも前世の記憶から生クリームたっぷりのモカフラペチーノにしたりして楽しんでいる。

仲良くなった彼女たちには好評だ。

なんせ彼女たちとは立場の違いから友達にはなれないけれど、幾度も引っ越しを繰り返して残った戦友のような絆で結ばれている。


最初に配置された指導役も担っていたベテラン勢は、王妃様の宮で働いていた侍女だったり王子宮の侍女頭だったりで口煩くて彼女たちをよく叱っていた。引っ越しの度に削る人員はそういう人から順に辞めてもらった。だって。彼女たちは私のメイドや侍女じゃなくても他でやってけるでしょ。

だから私の傍に残ってるのは若い子たちばかり。

それでも掃除は丁寧だし仲良しだしで不便はない。収まるところに収まった、ってカンジだ。

(まぁ私にも口喧(くちやかま)しいのがうっとおしかった、っていうのもあるけど。)

仲良しの彼女たちが泣きながら愚痴るほどだったんだもん。そりゃそっちを大切にしたいよねー。可哀想だもん。

でもお陰で自由に楽しく暮らせてるんだから結果オーライよ!


「ねぇ、ファラリアンナ様。私またあのパフェが食べたいですわぁ」

「えぇ~?それならプリンアラモードのがいいですわよぉ!」

「プリンもいいですけど、フルーツババロアも美味しいわよねぇ」

「それよりも私はベイクドチーズケーキにアイスとコーヒーゼリーを添えたものの方が好きだわ」

「フルーツならタルトが美味しいわよ」

「フルーツタルトは一種類のフルーツだから飽きちゃうわ。色んな味を楽しむならフルーツミルフィーユこそが至高よ!」


侃々諤々(かんかんがくがく)する彼女たちを宥めるのも、また楽しい。

まるで前世での女子会みたいで。


「まぁまぁみんな落ち着いて。それなら全部一度に用意してしまえばいいじゃない。ね?そしたら喧嘩する必要もないわ」

「「「「「「ファラリアンナ様ぁ~!素敵ぃ~~!!」」」」」」


苦労もあるけど、執事に申し付ければ何でも揃うこの生活は幸せで楽しいから絶対に手放したくない。





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