第6帖:正神使の住む村
「それで、その靖麿さんって此処からどのくらい所に住んでいるんですか?」
色々と不安はあるものの一刻も早く元の世界に戻りたい私は、婆様にそう聞いた。
「巫女様の社は知っておるな?」
「國彦さんが神使をしてる社ですよね?」
「そうじゃ。そこから続く森の道をまっすぐ行って抜けた所にある村に住んでおる。此処からなら夕方くらいには靖麿の住んでおる村に着くはずじゃ」
この土地に悪霊を封印していたからか不測の事態に備えて正神使の靖麿さんは思っていたよりも比較的近くで暮らしているようだ。
「じゃあ、行って来ます!!」
「今からか!?」
「だって、夕方くらいには着くんですよね?」
「まぁ、そうじゃが、ちと急すぎぬか?」
あれだけ早く行動して欲しいと言っていたのに、いざ私が行動しようとすると婆様は戸惑っているようで、なんとか私を思い止まらせようとしていた。
「だって、悪霊を早く封印しないといけないんですよね?」
「そうじゃが、のう………」
「だったら、善は急げだよ! 決めたら吉日っていうでしょ?」
「待て、和葉!」
私は立ち上がり、居間の襖を開けると婆様に呼び止められた。
「何ですか?」
「まさか一人で行く気じゃなかろうな?」
「そのつもりですけど?」
「それはいかん! 危険じゃ!!」
「近くなんですよね? 大丈夫ですよ! すぐ近くの村に行くだけなんですから。じゃあ、行ってきます!!」
「コラ、待つのじゃ! 和葉!!」
これから悪霊封印の旅に行かなくてはいけないのに、近くの村に行くというだけで一人で外出できないのは過保護過ぎると思う。國彦さんの社から森に続く一本道なら迷うこともないので初めてこの世界を一人で行くには丁度いい練習になると思った。
◇◆◇
昨日、國彦さんと初めて会った社の前を通り過ぎ、そこから続く森の中に私は足を踏み入れた。
森に入る前にチラッと社を覗いたけど國彦さんは村の人だと思う数人の女性に囲まれたいた。何を話しているかは分からなかったけど、國彦さんはあからさまに嫌な顔をして牽制をしているようだった。
「この道をまっすぐ行けば良いんだよね。簡単、簡単♪」
私は目の前に続くまっすぐな一本道の向こうへ歩き出した。
村を出てからどれくらいの時間が経ったのだろう。まだ出口の先が見えてこない。時計があるわけじゃないから自分がどのくらいの時間、森の中を歩いてるのか分からない。
「あと、どのくらい歩けば良いの? 結構、歩いたと思うんだけどなぁー。ちょっと、休憩」
私は椅子にできそうな岩を見つけるとそこに座った。最初は、物珍しさが手伝ってたからか軽快な足取りで進むことができていた。だけど、周りは木々に囲まれた森。変わらない景色は次第に私の足取りを重くしたのか少し歩き疲れてしまった。
すると、どこからかガサガサという荒々しい物音が聞こえてきた。
「な、何、この音!?」
次第に近づいてくる物音に私は思わず立ち上がった。森の中だから獣だろうか?それとも――――――
「キャ!?」
ガサッ!ザッ!と音が頭上から聞こえたかと思うと、何かが勢いよく落ちてきた。
「えっ!?」
恐る恐るゆっくりと目を開けると、私の目の前にいたのは仏頂面の國彦さんだった。
「く、國彦さん!?」
「お前なぁー、自分の立場を考えろよな!!!」
開口一番、國彦さんのものすごい剣幕を私は浴びた。
「何かあったらどうすんだ!! 悪霊が解放された今、この地にもアイツ以外の悪しき者も蔓延るんだぞ! それに元の力がないっていっても全く力がないわけじゃないんだ!!!」
「で、でも…………」
「でもじゃない!!!」
國彦さんのお説教は止まらなかった。
「お前、自分の立場分かってんのかよ!? お前は、いつ何処で誰に狙われてるか分かんねーんだぞ!! それをちゃんと心得て行動しろって言ってんだよ!!!」
ものすごい勢いで捲し立てられ私は返す言葉も出なかった。
「ったくー、中途半端な奴が勝手に一人でウロチョロすんなよな!」
暫く、頭を垂れて黙り込んだ私を反省していると理解したのか國彦さんは呆れた口調でそう言うと、私に弓矢を差し出した。
「婆様からだ! お前に渡すよう頼まれた。―――― 行くぞっ!!!」
「えっ?何処に?」
國彦さんは、私に弓矢を押し付けると、まだ続く道の先を歩いて行こうとする。
「何処って靖麿さんがいる村に決まってるだろ?」
「一緒に行ってくれるの?」
まさか國彦さんが私と一緒に行ってくれるとは思わなくて思わず聞き返してしまった。
「仕方がねーだろ? 中途半端な力しか持ってねぇーみたいだけど、巫女様の生まれ変わりみたいだからな、お前。………血には逆らえらんねーんだよ!」
(もしかして、私のこと心配して付いて来てくれたの?)
ズカズカと私の前を歩いて行く國彦さんに私は声をかけた。
「あ、あの………!」
「んっ? 何だよ?」
「ありがとう、國彦さん! 付いて来てくれて…………。」
若干イラついた様子で振り返った國彦さんに私はお礼を言った。
「あぁ、そうだ。お前に、言い忘れてたことあった!」
國彦さんは一瞬、目を見開き驚いた様子だったけど何かを思い出したようでそう言った。
「何?」
「國彦!」
「えっ?」
「俺のことは國彦って呼び捨てにしてくれ。村の連中には、國彦って呼ばれてんだ。さん付けされると変な感じがする」
「えっ、でも…………」
「だから、お前も俺のことは呼び捨てにしろ! 良いな?」
まだ親しくもない相手を呼び捨てすることに戸惑いを隠せないでいると國彦さんに念を押されて思わず頷いてしまった。
「う、うん………」
「よし! じゃあ、行くぞ!」
國彦さんは満足そうに私の返事を聞くと再び歩き出した。そんな後ろ姿を見て私はクスッと笑ってしまった。
◇◆◇
夕方になり、私達は靖麿さんが住んでいるという村に着いた。村に着くと、巫女の格好をして萌黄色の髪だからか私はジロジロと村の人に見られ、何やら噂をされているようだった。
「オドオドすんな!」
「えっ!?」
「もうすぐ、靖麿さんがいる社に着く。それまで辛抱してろ!」
私の隣を歩いていた國彦は耳元で小声でそう注意した。何だかんだと國彦は私のことを気遣ってくれているような気がする。
しばらく歩いていると夕日に照らされた立派な社が見えた。
「此処が靖麿さんの社だ。この社で靖麿さんは神使を勤めてるんだ」
「へぇ~、そうなんだ。立派な社だね!」
「まぁな。靖麿さんは昔から神使を勤めてる由緒正しい家系だからな。…………にしても、靖麿さん何処にいるんだ? いつもだと、この境内の所で村人の相談に乗っているか掃除をしているんだけどなぁー」
國彦は辺りを見渡して靖麿さんの姿を探していた。
「あっ! 居た! ………靖麿さーーん!」
「國彦君!?」
國彦が呼んだ方向を見ると、社の裏手から夕日でキラキラと照らされた白い髪を後ろで一つに束ねた男の人が出て来た。名前を呼ばれ、國彦を見た紫色の瞳は一瞬、驚き見開くも微笑んで國彦の名前を呼んだ。
◇◆◇
「國彦君、元気そうですね」
「お久しぶりです、靖麿さん!」
笑顔で握手を交わして挨拶をする二人を私は見つめていた。近くで見る靖麿さんは、とても綺麗な人で優しくて知的な雰囲気を持っていた。
「それにしても、珍しいですね。いつもギリギリに来るのにどういった風の吹き回しですか?」
國彦にそう聞く靖麿さんは國彦の後ろに居た私に気付くと驚いた顔をした。
「!?!? ………國彦君、そちらの方は?」
「あぁ、コイツですか?」
「は、はじめまして…………」
國彦の後ろから少し前に出ると私は靖麿さんに挨拶をした。
「実は、コイツのことで話があって早く来たんです」
「この方の?」
「はい」
「…………分かりました。立ち話もなんですし、中にお入り下さい」
真面目な口調の國彦を見て、込み入った話になると悟ったようで靖麿さんは私達を母屋まで案内してくれた。
「―――― なるほど、そういうことでしたか。だから、國彦君はいつもより早めに此処に来たんですね」
「えぇ、まぁ」
國彦がここまで来た経緯を説明すると靖麿さんは納得したようにそう言った。
「事情は分かりました。では、改めて。私の名前は靖麿。この村で神使を勤め、数百年前に巫女様と共に戦った蛇の妖の子孫です」
「あっ、私は久遠和葉です。よろしくお願いします」
私に向き直り穏やかな口調で挨拶してくれた靖麿さんに私も慌てて自己紹介をした。
「それにしても、まさか封印が解けてしまうなんて思ってもみませんでした」
「俺もですよ」
二人共、今回の出来事は予想もしていなかったみたいだった。
「でも、この時期に封印が解けたのは考えようによっては良かったかもしれません」
「えっ!?」
私は靖麿さんのその言葉に耳を疑った。
「あっ! 誤解しないで下さいね。確かに、悪霊の封印が解けてしまったことは残念なことです。ですが、この時期に封印が解けたことで、もしかしたら早く対処できるかもしれませんよ」
「それって、どういうことですか?」
私は靖麿さんが言っていることが理解できずそう尋ねた。
◇◆◇
「実は、巫女様と共に戦った私達、妖は 五年に一度、この社に集まっているんです」
「此処にですか?」
「はい、その会がちょうど明後日に開かれます。明後日は、私達の先祖が巫女様と契約を交わし、共に悪霊を封印すると約束した日。そして、今でも何かあれば巫女様の子孫を守ろうと変わらぬ誓いを共に立てる日なんです」
私は、靖麿さんの話を聞き婆様が言っていた國彦も参加しているという定期的な集会はこの会のことなんだと思った。
「昔は、毎年行っていたそうなんですが戦友の妖の一人が遠くで暮らすようになってからは五年毎に行っているんです」
靖麿さんは毎年行わないのは忠誠心が薄れたわけではないと集会の説明を付け加えてくれた。
「ですから、その集会を開くこの時期に封印が解けたのはある意味では不幸中の幸いといえるでしょうね。明後日までには、残りの妖の子孫達も此処に集まります。その時に皆で悪霊を再び封印するための作戦を立てましょう」
「はい。よろしくお願いします」
仲間集めに時間がかかると思っていた私は、思いのほか巫女様と共に戦った妖の子孫達に会えることに安堵した。
「婆様の家に比べたら狭いですが、明後日まで此処に泊まっていって下さい。國彦君はいつもの所を使ってくれれば良いですからね」
「ありがとうございます」
「それでは、和葉さん。お部屋まで案内しますね。こちらです」
「あっ、はい。ありがとうございます」
私は靖麿さんの後に続き部屋まで案内してもらった。
正神使の蛇の妖の靖麿。
ついに新たな仲間の登場です!