第3帖:封神村の神使
「目が覚めたのか?」
そう言って部屋に入って来たのは、少し怒った表情の見知らぬ綺麗な銀色の瞳と銀髪の男性だった。年齢は私の1つ上くらいで、身長は176㎝くらいだろうか。
「おぉ、そういえば紹介がまだじゃったな」
私がまじまじと目の前の男性を見ていたからか、それに気付いたおばあさんがそう言った。
「こやつが國彦じゃ。其方が気を失った 社の神使じゃ。そして、この娘は和葉じゃ」
おばあさんは國彦さんに私の紹介もしてくれた。
「其方を此処まで運んで来たのもこの國彦なんじゃ」
「そ、そうなんですか!? あ、あの……ここまで運んで下さってありがとうございました!」
私は此処まで運んでくれた國彦さんにお礼を言った。
「お前、重たかったぞ」
ずっと沈黙を貫き通していた國彦さんは、迷惑そうな口調でそう言った。
「えっ!?」
「何だよ? そんな顔で俺を見て?」
私は初対面の人間にそう言う國彦さんの態度に開いた口が塞がらなかった。
「言っとくが、お前の想像以上に重くて此処まで運ぶのに疲れたぞ!」
「ちょっと、失礼ね! 私、そんなに太ってないわよ!」
お礼を言ったのも束の間、失礼な態度を取り続ける國彦さんに頭に来た私は初対面なのに感情的に抗議した。
「第一、初対面の人にいきなりそんなことをいうなんて失礼なんじゃない!」
「失礼? ふん、俺は思ったことを言ったまでだ!」
國彦さんは悪びれる様子もなく腕を組み、怒った口調でそう言った。
「それに、お前だって充分失礼だぞ!」
「えっ?」
すると、予想もしていなかった返答に私は驚いた。
「あの社は、この土地では特に神聖な場所で、闇夜に蠢くあらゆる邪気からこの地を守る聖地。日が沈んだら、何人たりとも足を踏み入れてはならぬ場所。なのに、お前は足を踏み入れようとした! そのせいで、この地に邪悪な者が蔓延ったらどうするんだ!?」
國彦さんは私をすごい勢いでそう叱責をする。知らなかったことだし、理不尽なことだと思ったけど、國彦さんの勢いに押され私は反論することができなかった。
「まぁまぁ、そのくらいにするのじゃ」
様子を見かねたおばあさんが私と國彦さんの仲裁に入った。
「お前が 社に入るのを阻止したのじゃろ? なら、問題はないではないか?」
國彦さんはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「それに、お前も和葉の容姿を見て巫女様ではないかと思い此処に連れて来たんじ
ゃろ?」
「まぁーな。俺じゃ、コイツが巫女様だとしても何もできないからな。そうじゃなくても、コイツ、人間の女だし…………」
私をチラッと見て國彦さんはそう言った。
(な、何よ………、なんか嫌な感じ!)
『人間の女』と言って嫌そうな視線を向けた國彦さんの態度に私は内心腹を立てた。
「まぁ、そうじゃろうな。お前には、分からんこともあるじゃろう」
だけど、おばあさんは普通に國彦さんと会話を続けていた。
「まだ確信は持てぬが、おそらく和葉は巫女様の生まれ変わりなのだろう」
「巫女様って、あの………?」
「うむ。 和葉は書物やあの社に祀ってある巫女様の像に生き写しじゃ」
おばあさんにそう言われても私は戸惑うしかなかった。巫女様に似ていると言われても私は像を見たこともないので真偽が定かではなかった。
「和葉、其方は先程の東京という国に急いで帰るのか?」
「ま、まぁ、できれば……………」
「その方法は分かっておるのか?」
「い、いえ……。この場所がはっきりと何処かまだ分からないですし…………」
私は、そう言って言葉を濁した。
正確には「帰りたくても帰れない」であった。此処はどう考えてもあの本の世界だった。あの本が見つかれば帰れるのだろうが、私が倒れていた近くには本は落ちていなかった。
「それならば、帰り方が見つかるまでの間だけでも良い。和葉、この地に留まるとよい」
「えっ?」
「むやみに、この土地を出て探しに行けば、邪悪な者に襲われかねぬからな」
「邪悪な者?」
「この土地は、國彦がさっき言った通り、巫女様のお力によって守られておる。じゃから、邪悪な者が蔓延ることはない。しかし、この地から遠ざかれば遠ざかる程、巫女様のお力は効かなくなるのじゃ」
「そ、そうなんですか………。分かりました。帰り方が見つかるまで、此処でお世話になりたいと思います」
私は暫く考えた後、元の世界に戻るためにもこの申し出を承諾した。私をこの世界へ誘ったあの本が見つかれば、此処から帰れる糸口が見つかるはずだ。それまでの間は、おばあさんの言う通り此処にいた方が安全に思えた。
◇◆◇
「今夜は、この部屋で休みなさい」
「はい。ありがとうございます」
私は、このままこの客間で一夜過ごすことになった。
「お休み」
「はい、お休みなさい」
「フンッ!」
私がおばあさんに挨拶をすると、國彦さんは客間を出る前に一度チラッと私と視線を合わせると鼻を鳴らしすぐに視線を逸らした。
(何なのよ、一体…………)
そんなことを思いながら、私は再び布団に横になった。
「おじいちゃんが言ってたこと、本当だったんだ…………」
見慣れぬ天井を見つめながらそう呟いた。
小さい頃に聞かされた巫女様伝説。妖と共に戦い悪しき者を封印したと聞いて、御伽話の世界だと思っていた。だから、おじいちゃんから「本当にあった出来事」って聞いた時は呆れて聞き流していた。
でも、いざ自分が昔の人からその話を事実だと聞かされたら信じずにはいられなかった。
「はぁ~」
私は寝返りを打ちながら深い溜息をついた。
この時代の人は、深く巫女様伝説を信仰している。私の時代では、そんな伝説は廃れて誰も知らないし、信じてもいない。私は人々の信仰心のギャップに驚いた。
それにしても、これからどうすれば良いのだろうか? どうすれば、元の世界に戻れるのだろう? 本を探すにしても本が何処にあるかも分からない。もし、本が見つからなかったら、私はこのままこの世界で暮らさなくてはいけないんだろうか?
「…………皆に、……会いたい………」
急に淋しくなった私はポツリとそう呟くと、掛け布団を上に引っ張って顔を埋めた。すると、優しく雨戸を叩く音が聞こえた。
「んっ? 何?」
掛け布団から顔を出し、雨戸の方を見ると、また雨戸を叩く音が聞こえた。
「だ、誰?」
私は、起き上がり恐る恐る雨戸を押し上げた。
「あっ!」
「………………」
そこにいたのは國彦さんだった。國彦さんは身軽なのか雨戸の燦の所に屈んで、膝立ちの私と丁度同じ視線になっていた。
「な、何………?」
私がそう聞くと、おもむろに國彦さんは小さな壺を差し出した。
「これは?」
「………薬だよ」
私が尋ねると國彦さんは少しぶっきらぼうにそう言った。
「薬?」
「あぁ、この土地に生えてる薬草は色んなものに効くんだ。さっき、俺……社に入るのを止める時、お前のここを殴っちまっただろ?」
國彦さんはそう言うと自分の首元の辺りを指さした。
「だから、その………そこが痛いかと思って、社から持ってきた」
國彦さんはそう言うと、私の手に無理やり壺を乗せた。私は何て言ったら良いか分からず、無言で渡された壺を見つめた。
「んじゃな!」
國彦さんはそう言うと燦の上で立ち上がった。
「これ、塗って早く直せよ! じゃないと、俺が悪いことをしたみたいで気分が悪いからな」
「あ、ありがとう!」
私に背中を向けて、立ち去ろうとした國彦さんに慌ててお礼を言った。
「ふっ………」
私がお礼を言うと、國彦さんは一瞬、私の方を見て笑った。
「じゃあな」
國彦さんは、そう言うと一瞬で姿を消した。
「えっ!?」
私は、慌てて外を覗き込んだ。
「い、いない………!?」
この部屋は、2階くらいの高さにある。なのに、瞬時に姿を消して、何処を見渡しても國彦さんの姿は見当たらなかった。
「一体どうやって此処まで来たんだろう?」
まるで解明できない手品を見せられた気分だ。そのままジッーと目を凝らして外を見ると、社があると思われる場所は此処から随分離れてるみたいで小さく見える。
「そういえば、さっき此処で別れてから社に戻って薬を持ってきたんだよね?」
私は、國彦さんから渡された壺を見つめた。
「別れてからそんなに時間が経ってないよね?」
そんなことを不思議に思いながら、雨戸を閉めた。
先程までの感じの悪い態度と違い國彦さんは私を心配してわざわざ薬を持って来てくれた。もしかしたら、不器用な性格なのかもしれない。有り難く國彦さんがくれた薬を痛いところに塗った。
「ふぁ~。………んっ、……なんか、眠いや…………」
薬を塗り、少し痛みが引いたからか? それとも色々あり疲れたのだろうか? 私は眠気に負けて、考える思考を止めた。私は、大人しく再び布団の中に入ると目を閉じ眠りに就いた。