第2帖:見知らぬ土地
「っっ……うっ………う、……んっ?」
固い地面の感触と静かに響き渡る虫の音に私は少しずつ意識を取り戻した。
「!?!?」
目を開けると、そこは見知らぬ場所だった。
「ど、何処なの此処!? どうして私こんな所にいるの!?」
辺りを何度見回しても木々に覆われた山の中。今いる場所は私が知っている場所ではなかった。
「あっ!」
私はゆっくりと思い出した。
確か、おじいちゃんに頼まれて、蔵の掃除をしてたんだよね。
そしたら、巫女様について書かれてるって本が落ちてきて――――――。
「ま、まさか………ここ、あの本の世界?」
そう思うものの、本の世界に入ったなんて非現実的。だけど、今体感していることは、やけにリアルで夢にしてはかなり現実味を帯びている。
「………まさかね。ありえないよね? ………とにかく、此処が何処なのか確かめないと!」
そう自分に言い聞かせて奮い立たせると、まずは此処が何処なのか知る必要があった。
本当は夜だし、知らない場所だから明るくなってから歩き出した方が良いんだと思う。だけど、早く此処が何処なのか知りたかった私は怪我をしないように気を付けながら森の中を歩き始めた。
しばらく歩くと、森を抜け開けた場所に出ることができた。そこから見上げる星空は、キラキラと輝いていた。
月明かりだけを頼りに辺りを見渡すと、小さな村を見つけることができた。
「良かったぁー」
私は安堵の息を吐いた。どうやら人が住んでる所まで出ることができたみたいだ。これで明るくなったら此処が何処なのか尋ねることができる。
「でも、歩き続けて疲れちゃった。村の何処かで休める場所はないかな?」
再び辺りを見渡し、休める場所を探した。
「あっ!」
すると、どこかで見たような社を見つけた。あそこなら、休めるかもしれない。そう思い、社に近づくと、その中から優しく淡い光が放たれていることに気が付いた。
「何、この不思議な光?」
社から放たれている光が気になり一歩中に踏み込むと、
「何者だ!!」
「!?」
「そこから先は、足を踏み入れることを許さない!」
突然、何処からともなく辺りに響き渡るような知らない怒鳴り声が聞こた。
(だ、誰………?)
私は驚いてその場に固まってしまった。
「もう一度、問う! 見かけない顔の者、名を名乗れ! !」
凄まじい怒鳴り声で再び、そう聞かれた。
「だ、誰なの!?」
私は震えた声でそう問いかけたけど、声の主からの返事はない。
「警告だ。此処はお前のような者が来るような所ではない! 怪我をしない内に早く此処から立ち去れ!!!」
そう罵られ、辺りを見回しても誰の姿も見ることができなかった。
「………っっ!」
背後から突如、気配を感じ振り向こうとすると、誰かに首元を殴られ私は意識を手放した。
◇◆◇
「っっ………ぅぅ……っ……」
誰かに顔を覗かれてるような気がして、ゆっくり目を開けた。微睡んだ意識の中、何度か瞬きをすると目の前には知らない顔が私の顔を覗き込んでいた。
「きゃ!?」
私は勢いよく起き上がった。
「おぉ、驚かせて済まなんだ。大丈夫かね?」
「えっ?あっ、………っっ!」
急に起き上がったからか首に激痛が走ったし、頭も少し痛い。
私の顔を覗いていたのは、おばあさんだった。おばあさんは下げ角髪で太古の壁画や祈祷師の人のような髪型をして、巫女装束を纏っていた。
「これを飲みなさい」
見知らぬおばあさんは私にお碗を出した。
「この辺りで採れる薬草で煎じた薬じゃよ」
「あ、ありがとう………」
私は、差し出されたお椀を恐る恐る受け取った。お椀の中には透き通った液体が入っていた。
「心配せんで良い。毒じゃない」
心配そうに中を見つめていると、私の気持ちを察したのか見知らぬおばあさんはそう言った。私は、意を決してグッーと一気に飲んだ。
「に、にっがーーい!」
「薬じゃから仕方がなかろう」
私が薬を飲むとおばあさんは笑ってそう言った。私は飲み干したお椀を畳の上に置くとおばあさんに質問した。
「あ、あの………」
「???」
「あの、………此処は、何処ですか?」
「此処か? 此処は現世と隠世に繋がる地とされる封神村じゃ」
「現世と隠世に繋がる地?」
私は、なんだか怪しげな所に来てしまったようだ。
「儂は、この地を代々治めている者じゃ。其方、名は?」
「あっ、はい! 私は久遠和葉って言います」
おばあさんは、この地を治める人だっていうし、きっと悪い人じゃない。そう思って、私は挨拶をした。
「和葉、か。良い名じゃな。ところで、和葉とやら、其方は何処から来たのじゃ?」
「何処?」
「そうじゃ。お主の生国は何処なのじゃ?」
「ど、何処って…………」
「???」
「此処は東京じゃないんですか?」
「東京? 聞いたことない国じゃが、そこが其方の故郷なのだな?」
「えっ? あ、はい…………」
戸惑っている私の答えを聞くと、おばあさんは少し訝しげな顔をした。だけど、また真剣な表情に戻って私に質問した。
「まぁ、良い。ところで、和葉」
「はい」
「其方は、何しに此処に参られた?」
「えっ?」
「見たことのない、その衣装。それに、聞いたことのない国」
おばあさんにそう言われ、自分の姿を見ると制服姿のままであることを思い出した。この世界が何時代か分からないけど、おばあさんの言う通りセーラー服姿は確かに見慣れない格好だと思った。
「其方の目的は何か? 何用で此処に参られたのだ?」
「よ、用って…………」
暫くの沈黙後、これ以上、怪しまれたらいけないと思い、私は包み隠さず此処に来た経緯を話すことにした。気が付いたら、知らない森にいたこと。森を抜けて近くにあった社で休もうとしたら、誰かに殴られてしまったこと。ただ、本を通して此処に来たことだけは伏せた。
「それは誠か?」
全てを話し終えるとおばあさんはそう尋ねた。私はコクリと頷いた。
「そうか………。それでは、この土地神である巫女様のことについては知らぬのだな?」
「巫女様?」
「巫女とは、神や精霊の声を聞き、時に予知や降霊などの不思議な力を見せ、その力によって人々を救ってきた。しかし、この地で祀られている巫女様は特別じゃ」
私が首を傾げると、この土地の神であるという巫女様について話してくれた。
「今から数百年前、この地を治められていた巫女様と悪しき者との戦いがあった。巫女様は自分の神使として仕えていた妖と共に、この地に悪しき者が蔓延らぬよう努めた。じゃが、その戦いは長きに渡り、これ以上の戦いが続けば、妖といえども命が持たぬまでじゃった。そのことを悟った巫女様は残された己の霊力と命を持って、悪しき者を封印したのじゃ」
その話を聞き、私の家の神社に伝わる巫女様伝説と同じだと気付いた。
「それより、この地に悪しき者は蔓延ることはなくなった。そのため、この地は封神村と呼ばれ人々に崇められている」
「そ、そうなんですか………」
この話を聞いて、私は此処はあの本の世界なんだと確信した。普通では考えられない。ありえないことが起きてしまったのだ。
「……和葉、………和葉?」
「あっ、はい!」
「大丈夫かね?」
「あっ、は、はい! すいません!」
どうやら、おばあさんに何度も名前を呼ばれていたみたい。
「そんな言い伝えがあるんですね………」
「言い伝えではない! 事実じゃ!! その証拠も、この地には存在する」
「ご、ごめんなさい………」
そう言うと、おばあさんは怒ってしまい私は慌てて謝った。
(じゃあ、何? 本当にそんなことが昔あったっていうの?)
言い伝えではなく事実だと訴えるおばあさんの言葉に驚きを隠せないでいた。
(妖と共に戦った? 非現実的じゃない? そんなの本当にいるの?)
「それにしても、本当に似ておる」
「えっ?」
頭の中でそんなことを考えていると、おばあさんはポツリとそう呟いた。
「巫女様にじゃ」
「巫女様って、……その封印をした?」
「うむ。それに微弱じゃが、清らかな神力を感じる。じゃから、國彦も気になり此処に其方を連れて来たのじゃろう」
「國彦?」
知らない名前が突然出てきて首を傾げると、隣の部屋の襖が勢いよく開いた。