第12帖:靖麿の采配
靖麿さんの社に着くと司さんが鳥居の前に立って空を見上げていた。
「司さん!」
「おう! お帰り、國彦、嬢ちゃん!」
「ただいま戻りました」
國彦に名前を呼ばれた司さんは空から視線を外すと、笑顔で國彦と私を迎えてくれた。
「思いのほか早かったな」
「そうですか? きちんと説明はしてきたんでそれなりにかかったと思うんですけど。司さんは何しに外に出ているんですか?」
「俺か? 靖麿に代わって此処の結界を張るために出てきたんだよ」
「司さんが結界ですか? 靖麿さんは?」
「アイツは長老達に返事を書くために部屋にいるはずだ。俺は筆不精だからな。返事なんて無理だ。あと、なんか探し物があるらしい。それで俺が代わりにやることになったんだ」
「手紙は階級からしても靖麿さんが適任でしょうけど、結界が得意な俊成がやるのかと思いました」
「だろ? お前もそう思うよな! 俺は力仕事の旅支度をするって言ったのによ、そっちを俊成に任せたんだよ!」
司さんと國彦の会話から司さんは力仕事が得意で俊成君は結界を張るのが得意なことが分かった。
「どうして司さんが旅支度できなかったんですか?」
「あー、それはな…………」
靖麿さんが意地悪をして司さんが苦手な結界をわざわざ指名して任せるとは思えなかった私がそう質問すると、司さんは私から視線をそらし遠くを見つめた。
「…………俺が昔から必要なものをよく忘れるからだ」
「「………………」」
國彦と私はしばらく何も言えなかった。この沈黙がいたたまれなかったのか司さんは慌てて弁明をした。
「俺は、そんなことないと思ってるぞ! だけど、靖麿にそう言われたら何も言えないだろ? 今回の旅で忘れ物があっちゃまずいから俺は控えて結界を張れって言われたんだよ! ったく、俺は昔っからあんまり結界張るの得意じゃねーんだよ!」
靖麿さんと同年齢で幼馴染の司さんは小さい頃からの失敗談とかを知られているようで靖麿さんの一言に押されてしまったようだ。
「術式とか苦手だって昔からよく聞きますけど、村の社とか大丈夫なんですか?」
「今まで問題は起こったことないから大丈夫だ! それに、今回は――――」
「今回は?」
「な、何でもねーよ!」
「???」
何かを言いかけた司さんを國彦は不思議そうに見つめた。
「うっし! 仕方がねぇー、やるしかないか!」
司さんは自分の両頬をパンッと叩くと、気合を入れて腕を回した。
司さんは目を閉じて何か集中をしているようだった。國彦もそんな司さんを見て、私に静かにしているようにと自分の口元に人差し指を立てた。
しばらくすると、司さんは目をゆっくりと開けた。
「さすが靖麿の管理する社だな! 特に問題のありそうな場所はねぇーな!」
「結界張る前になんかあったら困るんですか?」
私がそう質問すると司さんは大きく頷いた。
「あぁ、そりゃー問題大ありだ! 結界を張るってことは、その空間は外からの攻撃から守るってことだろ?」
「そうですね」
「だから、結界張る前に何か変なもんとかあったら排除しないといけない。でないと、それを保護することになって本来の社を守るっていう目的が果たせなくなるだろ?」
「そっか! そうですよね」
司さんにそう言われて納得した。結界の本来の目的を考えれば、自ずと答えは一つしかない。
「だから結界を張る前に、まずは周囲を見回して悪しき気配がないか判断する。で、問題がなければ空に手を向けて結界の術を唱えるんだ」
司さんは大きな掌を空に向けると、結界の術式を唱えた。
すると、空気が震え、まるで空気が水のように波紋が空に広がった。靖麿さんの社を包み込むように覆った結界は徐々に村中に広がっていった。
「わぁーーー!!」
その光景がとても綺麗で幻想的だったため思わず歓喜の声を上げると、司さんは嬉しそうに私を見た。
「よし、成功だな! 今回は、上手くいった!」
司さんは満足げに村中に広がった結界の確認をした。
「お嬢ちゃんは、まず小さいものから練習して結界の張り方を覚えるんだな。コツさえ掴めばできるはずだ! 靖麿の社はデカイから初心者には難しいだろうけど、小さいものならお嬢ちゃんにもできるはずだ。頑張れよ!」
「はい!」
司さんは大きな手で優しく私の頭を撫でててくれた。最初、司さんは怖い人なのかなって思ったけど、話していく内に分かる。司さんは、すっごく優しくて面倒見がいい人なんだって。
「司さん達って本当に凄いですよね」
「俺達が凄い?」
私がそう言うと司さんと國彦は首を傾げた。
「はい、凄いですよ! だって、こんな大きな社に結界を張ることができるし、強い敵にも立ち向かうことができるんですから!」
「………ぷっ、はははは!」
私が興奮気味にそう言うと國彦は大きく目を見開いただけだけど、司さんはお腹を抱えて笑った。
「えっ? ど、どうしたんですか? 私、なんか変なこと言いましたか?」
「―――ははは、はぁ~。………悪い、急に笑ったりして」
私は素直な感想を伝えただけだった。本当に巫女の力があるのかどうかも分からない私と一緒にこれから悪霊を封印しようとしてくれる司さん達は素直に凄いと思ったのだ。
「お嬢ちゃんは、別に変なことは言ってねーよ! そうだな、俺達も凄いよな?」
「はい、凄いです!!」
「なんか、元気が出た! お嬢ちゃんのそういうところ俺、好きかもしれねーな!」
「えっ?」
満面の笑みそう言う司さんのその言葉に私は赤面してしまった。だけど、他意はないのか司さんはそんな私に気付かず、國彦に指示を出した。
「んじゃ、俺と國彦で此処と母屋の方の施錠確認と軽く掃除をするぞ!」
「分かりました」
「お嬢ちゃんは、靖麿に戻って来たことを伝えてくれ。靖麿の部屋の場所は分かるか?」
「はい、大丈夫です。ここに来た時に教えていただきました」
司さんは大きく頷くと私達は手分けして次の行動に移った。
◇◆◇
「靖麿さん、和葉です。ただいま戻りました」
「どうぞ、お入り下さい」
靖麿さんの部屋の前で声をかけると、中から入室の許可がでた。
「失礼します」
そっと襖を開けると靖麿さんは慣れた手つきで手紙を書いていた。
私が襖を閉め終わると、筆を置く音がした。靖麿さんは、書き終わった手紙をサッと広げて読み終わると、手紙を鳥の形に折り畳み術を唱えた。すると、鳥の形をした手紙は、まるで生きている鳥のように羽ばたき、書院窓から飛び立った。
「驚きましたか?」
驚いている私を見て靖麿さんは面白そうにクスッと笑った。
「あれは早く安全に相手まで手紙を届ける術式です。結界も張ってあるので、余程のことがない限り長老達の元に届くはずです」
「手紙に結界を張るってことは想像以上に危険な旅になるんですか?」
「――――― そうですね。長老達からの手紙の内容では、今回の件で話しておきたいことがあるそうです。しかし、手紙でその詳細を書けないところ、最悪の事態を想定して悪霊には知られたくない何か重要な話があると推測できます」
「………………」
暫く考えた後、そう答えた靖麿さんの表情から深刻な状況であることがひしひしと伝わった。
「危険な旅になるかもしれませんが、私達で必ず貴女をお守りします。ご安心下さい」
「は、はい………」
私は今頃になって、大変なことに巻き込まれてしまったんだと実感した。
「そうそう。和葉さんにこちらをお渡ししようと探しておきました」
不安そうな顔をしたからか靖麿さんは明るい声で話題を変えた。
「どうぞ、こちらを」
靖麿さんは一冊の和綴じ本を私の前に置いた。
「この本には巫女ならできるであろう数々の術について書かれています。私達は全力で和葉さんをお守りしますが、丸腰というのも心配です。時間がある時で構いません。旅の最中にでも、こちらの本に目を通しておいて下さい」
「分かりました」
私は古そうな本を靖麿さんから受け取った。
「きっと、悪霊との戦いで役立つはずです」
靖麿さんからもらった本にザッと目を通した。文字がぎっしりと詰まっていて、時々絵が描かれていた。だけど、最初のページに書かかれている魔力操作が分からなかった。体内に秘められた巫女の力を循環させることらしいが、どうやれば良いか分からなかった。
「いきなりそう言われても困ってしまいますよね。手始めにすべての術式の基礎になる魔力操作のやり方を教えますね」
私が途方に暮れていることに気が付いた靖麿さんは私の傍まで来た。
「両手を出していただけますか?」
「こうですか?」
「今から私の魔力を和葉さんに流します。まずは、それを感じ取っていただけますか?」
両手を出すと靖麿さんは優しく私の手を握り、静かに目を閉じた。私も靖麿さんを真似るようにそっと目を閉じた。
最初は何も感じることはできなかった。だけど、少しずつゆっくりと温かい何かが私の体の中を巡っているような気がした。ゆっくり目を開けると靖麿さんと目が合った。
「如何ですか? 何か感じ取ることができましたか?」
「はい。何かが私の体の中を巡っている気がしました」
「良かったです! それは私の魔力です。その感じた流れが魔力操作です」
私がそう答えると靖麿さんは嬉しそうな顔をした。
「術式を唱える時は、その対象物や護符などに魔力を流すことで術の効力を発揮させます。最初は、上手くいかないことも多いかもしれません。ですが、めげずに訓練を続けてみて下さい。慣れてくれば、自在に魔力を操ることができるようになります。まずは、小さいものから試してみて下さい。徐々に大きなものにも魔力操作することができるようになります」
靖麿さんにも司さんと同じことを言われた。まずは、小さいものを対象に魔力操作を試していこうと思った。
「和葉さんは、この土地に来て日も浅いですし、不安なことも多いと思いますが、何かあれば遠慮なく仰って下さいね」
「ありがとうございます」
靖麿さんはいつもそう。人の気持ちを汲み取ってくれる優しい人。だからかな? なんだか、靖麿さんと一緒にいると自然と安心することができる。
「さて、やることは済みましたので、見回りをしましょうか」
靖麿さんはそう言って立ち上がると、何かを思い出したみたいにポンと掌を合わせた。
「和葉さん、お願いがあります。俊成君の様子を見て来てくれませんか?」
「俊成君ですか?」
「えぇ、おそらくまだ旅支度をしていると思うので手伝いをしていただけますか?」
「………分かりました」
俊成君に何故か嫌われている私は靖麿さんにそう頼まれて、少し間を置いて返事をしてしまった。そんな私を見て靖麿さんは苦笑しながら話してくれた。
「俊成君との作業は居心地が悪いかもしれませんが、これをきっかけに少しでも俊成君と仲良くしていただけますか?」
「えっ?」
「本当は効率を重視するなら司が旅支度をして俊成君が結界を張っても構わないんですが、そうすると和葉さんが戻って来る頃には二人の仕事が終わっていると思ったんです。旅の間、お二人がギクシャクしているのもよくありませんから、少しでも会話できる機会を設けられればと思い、このような采配を取らせていただきました」
私が俊成君にどう接すればいいか悩んでいることを知って、靖麿さんは意図的に皆の仕事の分担をしてくれたこと知った。
「和葉さんの気持ちはよく分かります。今回の場合、俊成君があんな態度を取っていることが問題です。ですが、本当は気持ちが優しい良い子なんです。何故、あんな態度を和葉さんに取るのか分かりませんが許してあげて下さい」
靖麿さんなりに私と俊成君を気遣って提案してくれたんだと思った。
「分かりました! 私も少しでも仲良くなれるよう頑張りますね!」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
憂いが晴れ、今度はすぐ了承をすると靖麿さんは笑顔を向けてくれた。
◇◆◇
靖麿さんから俊成君が裏の庭園にある小さな建物にいると聞き、私はそこに向かった。そこには旅に必要な様々なものを外に運び出し、忘れ物がないか最終確認をしている俊成君が見えた。
「俊成君!」
名前を呼ぶと俊成君は私の方を振り向いたけど、すぐに荷物に視線を戻した。
「あ、あの、俊成君?」
「………………」
「良かったら手伝うよ? 私、何を手伝えば良いかな?」
「………………」
俊成君のいる所までたどり着き、私が声をかけても俊成君は返事もしなければ、私に視線も合わせようともしない。ただ、私を無視し続けて黙々と作業を続けている。私は何もできず、ただ俊成君がやっていることを眺めているだけだった。
(靖麿さんに俊成君と仲良くして欲しいって言われたのに会話すらできないよ)
この時代のものは私が住んでいた時代にはないものばかりで、一体何に使うのか分からなかった。そのため、勝手に触って手伝うこともできない。
(私、知らない間に俊成君に何かしちゃったのかな? でも心当たりがないんだよね………)
「ちょっと、邪魔! そこどいて!」
「あっ、ご、ごめんね」
そんなことを考えていると俊成君がムスッとした顔で私を睨みつけた。私が慌てて場所を開けると、俊成君はどこからともなく私の身長より少し低いくらいの大きな筆を取り出した。
「えっ? それ何?」
「………………」
俊成君は相変わらず何も答えてくれないけど、山積みになっている荷物の周りに取り出した筆で地面に魔法陣のようなものを描いた。
「何をしているの? 荷物を小分けにしてまとめないの?」
「はぁ!?」
めげずに私が俊成君に疑問に思ったことをそのまま伝えると、心底呆れた様子で俊成君は私の顔を見た。
「お前って何も知らないんだな? ってか、本当に巫女かよ? こんな大荷物、普通に運べるわけないだろ? お前を入れて五人分の荷物なんて、いくら力持ちの司さんでも無理だね」
「じゃあ、どうするの?」
司さん一人に全員分の荷物を持たせようなんて、これっぽちも思っていなかった。各人が自分の荷物を持って旅に出ると思っていた。だけど、俊成君の態度から私の想像とは違う方法で荷物を持って旅に行くことがなんとなく察することができた。
「………………」
「………………」
黙り込んでしまった俊成君。私達の間には、しばらくの沈黙が続いた。
「………まぁ、見てなよ」
俊成君は大きな溜息をつくと荷物の方に手をかざした。私は何が始まるのか分からず、ただ黙って俊成君を見つめていた。
「あっ!」
すると、荷物の周りに描いた魔法陣が青白く光り出し荷物を包み込んだ。その光を確認した俊成君は手を空に向けた。すると、光に包まれた荷物が宙を舞い俊成君の手の動きに合わせて段々と丸くまとまり最後には小さくなった。
「すっ、すごい!」
鮮やかに荷物をコンパクトにすると、最終的には手のひらに乗っかるサイズになった。
「すごいね、俊成君! こんなことできちゃうんだ!」
「僕ら神使にとって、こんなの初歩の初歩の術だよ」
私が感動してそう言うと俊成君は冷たくそう言った。
「修行とかで荷物が多くなる時はこうして荷物をまとめるんだ。一般の人達には無理だけど、巫女や僕らみたいな神使は力があるからできるんだ。それにしても、この方法を知らないってどういうこと?」
「そ、それは…………」
「一般人レベルってことだよね?」
「………………」
「まぁ、僕はアンタのことを信用していないから関係なけど、他の人達が知ったらどう思うんだろうね?」
「………………」
嫌味ったらしく俊成君にそう言われても私は何も言い返すことはできなかった。この世界のことについて分からないことだらけとはいえ、私の言葉は無知過ぎた発言だったようで俊成君との溝は更に深まってしまった。
「………ほら、準備できたんだから社の前に先に行ってなよ。僕は施錠をして鍵を元の場所に戻してから行くから」
「う、うん………」
どうすれば俊成君と仲良くできるのか分からないまま俊成君の指示に従って私は先に皆が待っている社へ向かった。
トボトボと歩いて行く私の後ろ姿を俊成君は黙って見つめていることに私は気付かなかった。
今年最後の更新とさせていただきます。
皆様、素敵な2025年をお過ごし下さい!
また新年も更新できるように努めてまいります。




