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婚約破棄からはじまるホラータイム

作者: 高瀬あずみ

ホラーではありません。怖いのは主人公にだけ。

中盤コメディで後半はちょっとシリアス。


「リブラン・フロレアール、其方との婚約を破棄する!」



 ブリュメール王国の王子である私の名はジュリアン。ニヴォーズ王朝の13代目の国王になる男だ。

 今宵、建国記念の式典後に開かれた舞踏会。国内外の招待客で埋め尽くされた大広間にて、私は高らかに宣言した。


「其方、男爵家令嬢パンセ・テルミドールに対する非道な行いの数々、見逃せるものではない。よって、ここで我らの婚約を無効とし――」



 幼少の頃からの婚約者であり、宰相の娘である悪辣な公爵令嬢リブランを追い払い、心を慰めてくれる愛らしいパンセと結婚し、リブランは国外追放に処す予定をしていた。



 そうなるはずだった。



 銀の糸のように輝く癖のない髪を垂らし、雨に濡れた若葉のような瞳に合わせたドレスは薄布を重ねたエンパイアスタイル。その名の如く、清楚で白百合のような印象を周囲に与える。なんと小賢しいことか。私に対して口やかましいばかりのお堅い女で、優秀なのが更に気に食わなかった。

 リブランは黙って私の糾弾を受け止めていたが、その表情からは何も読み取れない。嘆きも悲しみも嫉妬すら。ただその目を閉じてその場に崩れ落ちた。まだその所業を皆に知らせるまで行っていないというのに。そして、リブランが当たり前の貴婦人のように失神する姿に違和感を覚えたが。


「リブラン様っ!」

「大変です、フロレアール嬢が息をされていません!」


 私の言葉の途中で崩れ落ちたリブランは、そのまま息絶えた。

 どうしてこうなった。





 当然、舞踏会は急遽中止となり、リブランの父である宰相がすぐさまその遺体を連れ帰った。そして私は愛しいパンセと引き離され、まるで罪人のように父王の元に引きずり出されたのだ。


「少し調べただけで、あの小娘の虚言であると分かったものを。これほど視野の狭い愚か者にまかせられる玉座などない。処分が決まるまで、そなたは自室にて謹慎しておれ!」

「パンセは、パンセはどうなりますか!?」

「たかが男爵家の娘の分際で公爵令嬢であり王子の婚約者を貶めようとしたのだ。宰相の怒りを収めるためにも死罪は確定であろう」

「父上! どうか御慈悲を!」

「ジュリアン。パンセなる考えの足りぬ罪人などよりも、其の方の愚挙により、心の臓を止める程に傷付いたリブラン嬢へ詫びる気持ちもないのか」

「それは……」

「其の方の足りぬ部分を補い、努力を重ねた幼き頃からの婚約者に対する情すらないとは。人としてあまりにも未熟。王太子と立てずにいたのは僥倖か。もうよい、下がれ。誰ぞ此奴を部屋に。処遇を決するまで閉じ込めよ。ああ、侍女も侍従も世話をすることも許さぬ」




 国王のたった一人の子であったから、部屋の外に護衛が立つのは常であった。だが、今夜からその護衛は不審者から私を守るためでなく、私が逃げ出さぬように見張る者となった。


 せめて身体を休ませようと、式典のための正装を脱ぎたいと思ったが、いつまで経っても侍女のひとりも現れない。呼び出しのベルを鳴らしても誰も来る様子もない。仕方なしに扉の前に立つ護衛に侍女を呼ぶよう命じたが。

「陛下により、こちらのお部屋には侍女や侍従の立ち入りも現在禁止されております。殿下も聞いておられたはずですが。我らも非常時以外の入室は禁じられております」

 木で鼻を括るような返答ののち、部屋に押し込まれ扉は固く締められた。おい、鍵を掛けた音がしたんだが?


 護衛の発言からすると、つまり着替えの手伝いには誰も来ないということだ。たしかに父上はそう命じられていたが、誰かは寄越されると思っていた。王族の正装ともなると、飾り紐だの肩章だの宝飾品などがいくつも付けられている。これをどうやって外せと? 


 悪戦苦闘してなんとか衣装を脱ぎ捨てた頃には、真夜中と言ってよい時間になっていた。湯あみしたくとも、どうやって浴室の魔道具を動かしてよいのかすら分からない。仕方なしに湯あみを諦めて寝るために夜着に着替えようとして、それがどこにあるかも分からない。それにもう、ひたすらに疲れて眠りに逃げたかった。もう下着姿でよい。私はそのまま寝台に潜り込んだ。




 うつらうつらとしはじめた時だった。


 しくしくしく。

 しくしくしく。


 女のすすり泣きがどこからともなく聞こえてくるではないか。

 しかもその声は徐々に近づき、寝台を覆う天蓋のすぐ横から響く。


 しくしくしく。

 しくしくしく。


 扉も窓も、その開閉する音は聞いていない。なのに声は部屋の中でしている。幼少時より使っているこの部屋で、このような怪異に見舞われたことはなかった。


 しくしくしく。

 しくしく。ジュリアン様、恨めしい~。

 しくしくしく。


 標的は私、らしかった。枕の下に常に潜まされている短剣を握り、同時に天蓋を払って寝台より躍り出た。

 防犯のために、王族の居室は魔道具によって完全な暗闇にならぬよう調整されている。だがやはり夜間はかなり光量が落とされており、室内はほの暗い。

 そこにぼんやりと透ける女が佇んでおり―――。


「きゃぁぁぁぁーーーっ!」


 裏返った悲鳴が漏れたのは私の口からだった。その女はリブランだったから。


「で、で、で、出たーーーーーっ!」

 腰が抜けて、寝台に座り込むような形になったが、立っていられない。

『うらめしや、ジュリアンさま~』

 少し透けて向こうが見えるが、間違いなくそこにいたのはリブランで、ふわふわと浮きながら私へとにじり寄って来るではないか。

「ばっ、ばかなっ、近寄るな! 貴様が死んだのは断じて、私のせいではない!」


 リブランが頬に指を当てて首を傾げる。幽霊のくせに。

『王命の婚約を勝手に~破棄したのは~ジュリアンさま~。あ・な・た』

「スタッカートをきかせてまで言うことかーっ!」

『小娘の色仕掛けにころっと。ころっと引っかかる無能のジュリアン様、有罪~』

「おい。さりげに悪口を混ぜるな!」

『足りない頭を~顔だけで誤魔化す無能の分際で~わたくしを冤罪で死に追いやった~阿呆~』

「待て! 発言が酷い!」

『有罪・有罪・絶対有罪~』

「語尾だけ幽霊っぽく伸ばすんじゃない!」


 俯いたリブランは肩を震わせた。あれか? 幽霊も泣くのか?


『この恨みはらさでおくべきかーっ!!!』


「ひぃっ」

 リブランが叫び、両腕を上げたと同時に、部屋中のものが浮かび上がって飛び回り始めた。腰かけている寝台すら、ガタガタと激しく揺れて、私は背中から倒れ込む。


『ひと~つ。学園試験の採点済み答案用紙~』


「そ、それはっ!」

 棚の引き出しの奥に隠していたはずの答案が何枚も目の前を漂ってくる。王子である私が、こんな点数を取るわけがない! 教師共は忖度も知らないらしい。仕方なしに人目に触れぬよう隠していたというのに!

『公開・公開・国王陛下に公開~』

「やめろーっ!」

 複数枚の答案はふいに消え失せる。

『陛下に直送・直送・お届け~』

「返せーっ!」

 リブランがにやりと笑う。背筋が凍るようだ。


『ふた~つ。色ボケ王子の収集品~』


 再び室内を紙片が舞い始める。

「一体、今度は何が……。や、やめろ、それはっ」

 寝台の下に隠していた薄着や裸の女性の絵が、いくつもいくつも引き出されているではないか。間違いない。私の秘蔵の収集品だ!

『げひ~ん・げひ~ん・品性下劣~』

「や、やめてください、お願いします……」

『公開・公開・王妃殿下にお届け~』

「ひーっ! 母上にだけは、どうかっ!」

『もう、お・そ・い』


 恐怖でどうにかなりそうだ。幽霊ごときがと思うのに、身体に力が入らない。なのに奴は続けるのだ。


『みっつ~。真夜中の~ぽ・え・む~』


「ひいいーっ。やめろぉ。やめてくれぇ」

『朗読。してやる~。王宮全部に~もれなく放送~』

「読むなーっ!」

『真夜中、迷惑。後日のお楽しみ~。“君の瞳に映る薔薇の花びらが僕へのハートになって飛んで来る”』

「あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーっ」


『よっつ~』






 悪夢のような一夜はそれでも明けて。私は一睡もできぬまま寝台に丸まって震えているしかなかった。

「ごめんなさい。ごめんなさい。もうしません。ごめんなさい。ゆるしてください」

『だ~め~』

 最後にそう残して、リブランの幽霊は部屋へと差し込む朝日と共に消えて行った。


「や、やっと、いなくなってくれた……」

 安堵で滲む涙。いやもう、一晩中泣かされた。ともあれ、これで休める。部屋中にあらゆるものが散らばった荒れた部屋から目を反らして、そのまま目を閉じた途端。


「ジュリアン! この馬鹿息子がーっ!」

「ジュリアン! この恥知らずっ!」

 怒りに震える父上と母上が夜着姿のまま、部屋に押し入って来られて、眠ることは許されなかった。


 神よ。私はそれほどの罪を犯したというのでしょうか。





 私はその後、散々説教され、罵られ、部屋から下着のまま引きずり出され、貴族牢どころか城の地下にある一般牢に放り込まれてしまったのだ。


 着替えは与えられず、牢内に備え付けられた嫌な臭いのする薄い毛布を身体に巻き付けて、床よりまし程度の寝台の上で寒さに震えているしかなかった。地下は寒いのだ。

 食事は日に二度。そのままでは噛み切れないような固いパンと水だけ。何日かに一度、ぬるい具のないスープが付く。夢見るのはかつて当たり前のように供された晩餐。だが目が覚めれば、そこには何もない。

 他の囚人とは隔離されているのか、周囲には誰もおらず。話し相手すらいない。食事を運んで来る牢番は、作業中に一言も口をきかずに去っていくばかり。

 日の射さない牢の中では、今が昼なのか夜なのかすら分からず、ここに入れられて何日経ったかも、もう定かではなかった。

 ここでは顔を洗うことも、ましてや湯あみするような施設もない。無造作に置かれた排便のための壺は、清掃もされずに放置されており、その悪臭にすら慣れるしかなかった。

 何もすることがないので眠ろうとするのだが、夢に出てくるのはいつだって、最愛のパンセではなく、鮮やかに微笑をたたえるリブランばかり。


 リブラン。私が、殺した? 父上はパンセの虚言だとおっしゃっていた。信じていたのに、パンセ。いつだってにこにこ笑って私の話を聞いてくれた。君は私を欺いたのか? そして私はそれを信じ込んで、無実のリブランを糾弾しようと……。


 涙は、枯れずに頬を濡らしていくばかり。

 リブラン。君はいつだって正しくて。いつだって優秀で。傍にいるのが辛くなるばかりで遠ざけようとした。記憶の中の君はすっと背筋を伸ばして一人静かに立って。その名の通り、死にゆく私に手向けられる白百合のように。どれほど悔いても遅いのか。もし、やり直せるならば、その時、私は……。





 気が付けば朦朧としていた私は牢から引きずり出されていた。室内だというのに常に薄暗い牢と違って、その光が目を焼いて、痛みと共に私の意識が戻った。

「こ、ここは……」

 久しぶりに声を出そうとしたせいか、声がかすれている。


「ふふふ。一月の別荘暮らしはいかがでしたかしら、ジュリアン様?」

 耳に届いたのは、かつて良く知っていた声。ぼんやり声の方向に目を向けると。

「リ、リブラン……?」

「お久しぶりですわね。まあ、見事に痩せ衰えられて」

「い、生きていた、のか?」

「生きておりますわよ? わたくし、死んでなどおりませんもの」

「だが、あの舞踏会で、倒れて、息が止まっていて……」


 ふふふ、と手にした扇で口元を覆いながら、リブランが笑っていた。

「知っている者は家族くらいでしたけれど、わたくし、特殊なスキルを授かっておりまして。『幽体離脱』という名前ですの。自分の意識を身体から抜け出させて自由に動けますの。実体のない意識は壁も抜けられますわ。思考だけで周囲のものも動かせますのよ。ただし、スキルの発動中は身体の時間が止まっておりますので、せいぜい発動できるのは半日までなのですけれど」


 鈍く働かない頭でリブランの話を聞く。ということは。あの舞踏会で倒れたのも。その夜に私の部屋に現れた幽霊も。

 でもそれよりも何よりも。


「そうか。死んでなかったのか。生きていて、良かった……」

 泣き出した私を、少しだけ和らいだ瞳で見つめる彼女は、記憶以上に美しくて。


「根は、悪い方ではないのですけれどね、ジュリアン様は。ただあなたは、怠惰で、そして騙されやすくて、短慮で、視野が狭くて。ですから、王太子どころか王族として不適切であると判断されました。正式に王族より除籍され、今後は離宮という名前の粗末な家で、静養という形の幽閉となります。まあ、過ごされた牢よりはましでしょう。


 あなたが舞踏会で糾弾されたのがわたくしでなければ、本当に死を選んでいたかもしれないほどの仕打ちでしたのよ? 十分、反省なさったかしら? 騙されていたとはいえ、発言者の言葉を鵜呑みにして、婚約破棄だけでなく冤罪まで着せて。それが令嬢へのこれ以上ない貴族社会からの抹殺になると知っておられたかしら?

 一月の牢暮らしを、厳しいという者も甘いという者もいますが、甘やかされたあなたには十分辛いものだったとは思います。庶民の下層の生活はあれより酷いものもあるとか。

 平民として放逐されれば、何もできないあなたはすぐにも、牢での日々すら夢のように思える結果を迎えるでしょう。それがあまりにも明白でしたので甘い裁きになりました。陛下方もわたくしも、そこまで情がなくもございませんでしたから。王族に相応しくないよう育たれたのは、わたくしたちにも多少の責はあることですし。

 ですが、行動に移されたのはジュリアン様です。御自分の責任は取っていただかなくては。わたくしへの賠償として私財も没収させていただきました。清貧な暮らしを堪能なさってくださいね。最低限の保証はいたしますから。



 もうお会いすることもないでしょう。わたくし、リブラン・フロレアール・ニヴォーズとは。

 わたくし国王陛下の養女となりましたの。元々が陛下の姪でもありますし、血筋と優秀さを認められてのことですわ。先日、王太女に定められました。この国の未来はわたくしが守りますので、どうぞ、心安らかにお過ごしくださいませ」


 優雅に立ち上がって、リブランは流れるように優雅に歩き出す。が、部屋から出る前に私の方を振り向いた。


「そうそう。舞踏会の後の一夜の戯れ、本当に楽しゅうございました。あれはあなた様の尻ぬぐいばかりさせられて、溜まった鬱憤を晴らさせていただきましたの。それくらいは、直接報復しても許されますわよね? それではごきげんよう」




 それから。私の身は密かに王都郊外の家へと移された。王宮とは比べ物にならない、小屋のような家と狭い畑が高い塀で囲まれた場所。

 そこで私は一人で生活できるよう指導を受け、暮らし始めた。服は絹ではなくなり、食べる物は牢よりマシ程度の粗末なもの。当然、併設された畑だけではそれすらも無理なので、週に一度ほど食料や物資が届けられる。風呂で湯あみなぞ、夢の夢。

 けれど、牢で閉じこめられていた時と違い、自分の意思で動ける。太陽の光も浴びられる。


 私は、本当に王族に、王には到底向かなかったのだろう。誰に傅かれずとも、誰に阿られることもなく、誰と比べられて煽られることもない。そんな日々に安堵するようになった。


 ある時、誕生日の贈り物だと、差し入れされた。日付すらあやふやな日々に、自分の誕生日なぞ分かるはずもない。差出人名はなかったが、添えられた簡易なカードの文字はリブランのものだった。

 渡されたのは一匹の茶色い子犬。懐こい瞳で私を見上げ、しきりと尾を振っている。使いの者は、子犬に必要な物と育て方の本を置いて、すぐに去ってしまったが、それに気づいたのはずいぶん経ってからだ。自分以外のぬくもりが、これほど胸に沁みるとは思わなかった。


 愚かな自分の過去を思うと、居たたまれないばかりで後悔だけが繰り返す夜は、子犬のぬくもりで癒される。


 リブラン、君は私を忘れないでいてくれる。生きていく為の物だけでなく、心に沿う存在まで許してくれた。そんな君であれば、きっと素晴らしい王になるだろう。それを私が見ることはないが、間違いはない。

 君ならば私と違って、甘言も陰謀も退けて、強く立っていける。それを信じている。その君が幸せであれと、この愚かな男が祈ることも、どうか許して欲しい。


 貧しい家の庭に不釣り合いな白百合が、一本だけ静かに咲いて、その芳香が私の心にも満ちていた。


一〇〇%のクズって、無理でした。しかもコメディのつもりだったのに。着地点がどうしてこうなった?

パンセ嬢はさくっと。

おかげでジャンル迷子だよ。


百合は犬猫には毒なので、子犬が届かないように保護した方がいい。

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― 新着の感想 ―
春画とか普通にメイドに見つかってそうだけどな
( ̄▽ ̄;)ジャンルが迷子…たしかにwww ( ̄▽ ̄;)コメディにするとしたら…夢オチでしょうか?
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