幸せの定義
「何だか、すごい熱気でしたね」
「え、ええ……」
「このパンは、全てアイリス様が食べられるのでしょうか?」
「まさか。私の分もありますよ。余ったら、皆様にお分けすることも出来ると思いましたので……」
「そうですよね」
「……」
「……」
宿へ戻る途中でサラに話を振ったものの、警戒されているのか、彼女の表情は何だかぎこちなかった。沈黙が続き、宿屋の看板が見えてきたところで、サラは私に言った。
「私は平民出のメイドなんです。オーベル様には、よくしていただいていて、こんなことを言うのは申し訳ないのですが――私を気に入って、くださってますよね?」
「えっと、あの……。はい」
「私の、どこがいいのでしょう?」
「いや、その……」
即答出来なかった。『前世で夫婦だったかもしれない』なんて、答えにならないだろう。私はサラ自身を見ているようで、見ていなかったのだ。
急に目の前に現実を突きつけられた様な気がして、私は苦し紛れの言い訳をすることしか出来なかった。
「動きが……」
「動きが?」
「滑らかで、所作が美しいなと……」
「それだけ? それだけで私のことを?」
「はい。いえ、これから知っていきたいなと思ったのです」
サラは私の顔を見ると、溜め息をついた。
「私が思うに、オーベル様は誰か他の人を見ていると思います。ご自分で気がつかれませんか? 誰かと私を重ね合わせているように思えるのですが……」
あまりにも適切な指摘に、私は息を呑んだ。
「そんなつもりは、なかったのですが……」
私は気まずさに視線を逸らし、口元に手を当てると俯いた。
「図星のようですわね。その方に、思いを告げてみてはいかがですか? 申し訳ありませんが、誰かの代わりなんてまっぴらごめんです。それに……」
「それに?」
「魔術師団長兼騎士団長代理兼護衛の方と、お付き合いなんてしたくありません。私は結婚するなら、普通の幸せを掴みたいんです」
「……」
「失礼いたします」
サラは私に対して一礼すると、宿屋へ走っていったのだった。




