街の灯
あたり一面が花畑の幻影に包まれると、空中に四角い『ディスプレイ』の様なものが現れる。
目の前にあるディスプレイに、チャップリンの映像が流れ始めた。映画『街の灯』だ。
「っ‥‥‥」
膨大な魔力の放出に苦しんでいると、オーベル様が隣で肩を支えながら言った。
「アイリス様、イメージです。指先から魔力を放出するイメージで、少しずつ出していってください」
私が何も言えずに頷くと、部屋一面にチャップリンの映ったディスプレイが現れた。それぞれ別々のシーンが流れているようだったが、私が覚えてないシーンは途中で止まったり、同じシーンを繰り返したりしている。
「「‥‥‥」」
「終わったわ‥‥‥。何で、チャップリンだったの?」
「それは、私が聞きたいです」
「「‥‥‥」」
「もしかして‥‥‥」
「もしかして?」
「‥‥‥ジェイドが」
「ジェイドが?」
「結婚式に出席するからって、髭を剃ってきたでしょう? 今朝、それが可笑しくて笑いを堪えていたせいかもしれないわ」
ジェイドは宮廷料理人ではないため、結婚式の料理作りには参加出来ずに、オーベル様の侍従として結婚式会場へ来ていた。
「‥‥‥」
オーベル様は私の話を聞いて、椅子の肘掛けに手をつくと項垂れていた。
「アイリス様、このヒゲおじ様? 面白いですわね。絵が動いてて‥‥‥。会話が聞こえないのに、面白いですわ」
振り向くと、エレナ様は笑顔で話していた。
「エレナ様‥‥‥。この作品には、もともと音が入っていないのです。音がなくても、楽しめる作品になっておりますわ」
「まあ、そうでしたの‥‥‥」
チャップリンの映画は、中途半端な部分を繰り返し、巻き戻っていたので、私はエレナ様に、あらすじを話しながら、ディスプレイに映った映像の内容を説明していた‥‥‥。次第に、空中に浮かんでいた映像も消えていく。
*****
今回の件は、エリオット様には内緒にしていた‥‥‥。けれど、黒幕であるアネッサを捕まえたことにより、エリオット様にも連絡がいったらしく、しばらくしてから、ものすごい剣幕で部屋の中へ入ってきた。
「アイリス、無事か?!」
「エリオット様!!」
エリオット様は、私の姿を見つけると安心としたのか脱力していた。
「ほんとにもう‥‥‥。心配ばかりかけて‥‥‥」
「ごめんなさい」
エリオット様に抱きしめられると、安心したのか、私は何故か涙を流していた。
「無事で良かった。結婚式は出れそう? 中止にする??」
エリオット様は、指の腹で私の涙を掬うと、頭を撫でながら聞いてきた。
「‥‥‥あ"い。だいじょびです」
私が鼻水を啜りながら言うと、エリオット様が、笑いを堪えたような顔で言った。
「アイリス、ふふっ、いつもどおり面白い顔をしているね」
「‥‥‥エリオット様、ひどいです!!」
私が怒っていると、エリオット様は私の額にキスをした。
「愛してるよ‥‥‥。アイリス」
「私も、愛しております。エリオット様」
外野がいることを忘れて抱きしめ合ってしまった私達だったが、気を利かせた騎士達はすでに部屋の外へ出ていた。エレナ様が隣で、頬を染めて「まあ」と言っているのに対し、オーベル様は相変わらず椅子の側で、へたり込んでいるのだった。