結婚式当日
「サラ、ありがとう」
ヘアメイクをしてくれたサラは、一礼すると部屋から出ていった‥‥‥。部屋の外には、護衛のハンスとオーベル様が控えている。
「‥‥‥メイクの次は衣装ね」
振り返ると、姿見の前には純白の衣装を抱えた『タニア』が立っていた。
「素敵なドレスをありがとう、アネッサ」
「‥‥‥アイリス様? 私はタニアですよ」
「ごめんなさい。私には魔眼は効かないのよ」
私はオーベル様が作った、幻影魔術の解呪薬の粉をタニアへ向けて振りかけた。
「きゃっ‥‥‥。何をなさるのです?」
タニアに降りかかった粉がキラキラと輝き、次第にアネッサの姿へと変わっていく。
「アネッサ、あなたはトラスト国の人間だったのね‥‥‥。なぜ、ジェイドに薬なんて渡したの?」
昨日、あれからオーベル様にジェイドに薬を渡したと思われる、タニアの戸籍を調べてもらっていた。偽造されてはいたが、アネッサはカルム国の人間ではなく、トラスト国の人間だったようだ‥‥‥。本当の姿を暴かれた事に気がついていないのか、それとも諦めてしまったのか、ドレスを放り投げると髪を振り乱しながら言った。
「アイツが‥‥‥。ジェイドが、『フォーチュンクッキー』なんて、言い出すからよ‥‥‥。私の幻影の魔術も、見破られてしまえばお終いだわ。正体を見破られてしまえば、ファーゴ王子の暗殺計画も達成出来ない‥‥‥。そう思ったからよ」
(幻影の魔術を完成させたのは、オーベル様なんだけど‥‥‥。この様子だと、知らないようね)
私は真実を言えずに、アネッサの次の言葉を待っていた。
「あの‥‥‥。人間とも思えない、トラスト国王の子供なんて、考えるだけで恐ろしいわ‥‥‥。この血は呪われているの」
「姉が汚されたっていうのは‥‥‥。嘘?」
「そうよ。魔眼の力を持っていることは、誰にも知られたくなかったの‥‥‥。私の母は、街の踊り子だった。酒場でよく踊っていたわ。恋人もいたし、母は幸せな人生を歩んでいた。ある日、酒場で偶然トラスト国王に出会うまでは」
「アネッサ。あなた、嬉しそうに話してたじゃないの‥‥‥。自分の店を持つのが夢だというのは、嘘だったの?」
アネッサは、目に涙を溜めながらこちらを睨んでいた。
「それも、アイリス様に気づかれないための嘘よ‥‥‥。母は、私を産んだあと逃げ回るような生活をしていたわ。醜聞を恐れたトラスト国王が『追って』を仕向けたの」
「まさか‥‥‥」
「母は『暗部』に暗殺されたわ。私が5歳の時だった。私は、たまたま殺されずに済んだだけ。それからしばらくして、孤児院に保護してもらえるようになるまでは、泥水を啜るような生活をしていたわ」
「だから魔眼の力を隠していたのね‥‥‥。トラスト国王の血を引いている事がバレないように‥‥‥。アネッサ、あなたの魔眼の力は『暗示と認識阻害』ね? それも、相手がそれと分からないように少しずつ影響するタイプの‥‥‥。合ってるかしら?」
私は昨日、疑問に思っていた内容をオーベル様に相談していた。人の歩き方で同一人物に気づくオーベル様が、気がつかなかったのは、流石におかしいと思ったのだ。今、部屋の外には、もしもの場合に備えて、魔術師団の精鋭が控えている。
「さすがね。そこまで検討がついてるの‥‥‥。でも、貴方を消してしまえば、認識阻害と暗示で、後からどうとでも出来るわ‥‥‥。私、本当は貴方みたいに、温室で温々と育ったような人間が大嫌いなの!!」
「止めてアネッサ‥‥‥。これ以上、罪を重ねないで」
「うるさい、うるさい、うるさい‥‥‥。消えろ!! ブラックアウト!!」
アネッサが手を振り翳しながら放った魔術は、黒い塊となってこちらへ向かって来た。
私は全身の力を振り絞って、手のひらを頭の上に翳した‥‥‥。闇魔術を吸収していたが、とてつもない威力に、途中で立っていられずに、膝がガクガクし始めた。吸収が追いつかずに、もうダメかもしれない‥‥‥。そう思った時、外から意外な人物の声が聞こえてきた。
「アイリス様!!」
反対側の窓を開けて入ってきたのは、何と聖女エレナ様だった。
「エレナ様?!」
エレナ様は私の背後に回ると、背中に手を当てて、私の中へ魔力を補充していった。
「‥‥‥ありがとうございます」
これ以上にない強力な助けを得て、私は再び踏ん張った。膨大な闇魔術を身体の中へ、解体して吸収していく‥‥‥。やっとの思いで、全て吸収し終わると、ドアを蹴破った魔術師団と一緒に、騎士隊が駆け寄ってきて、アネッサをあっという間に取り押さえた。
「アイリス様、大丈夫ですか?」
オーベル様が駆け寄って来て、私の額に手を当てていた。
「だいじょぶ、じゃない‥‥‥。爆裂火炎魔法の時と同じ‥‥‥」
「とにかく、吸収した魔術を放出しましょう‥‥‥。出来ますか?」
「‥‥‥やってみます」
オーベル様は、私を椅子へ座らせると倒れないように肩を支えてくれていた。私は人のいない斜め前へ向けて手を伸ばし、魔術を放出する。
「イリュージュルスト!!」