トラスト国
「俺はトラスト国の王太子、ファーゴだ」
「王太子? あなたが?? ってことは、次期国王?!」
そういえば、以前見せてもらった姿絵に似ていないこともなかった。灰色の髪に鈍色の瞳をしたファーゴ王子は髪を肩まで伸ばしたイケメンだった。さっき衛兵から姿が戻った時に、どうして気がつかなかったのだろうか‥‥‥。そう思った。
トラスト国のファーゴ王子は、『女たらし』で有名だ。側室や妾が既に20人以上もいる。『税金の無駄遣い王子』と、陰で噂されていた。
ファーゴ王子は、私に近づいてくると顎を掴み、上を向かせると口づけてきた。
濡れた唇を押し付けられ、気持ち悪いと思った‥‥‥。エリオット様以外の人とキスをするなんて、吐き気がする。私は顔を背けて唇を引き離すと、ファーゴ王子を睨み返した。ファーゴ王子は再び、キスをしそうな距離で私の瞳を覗き込んできた。
「‥‥‥え?」
ファーゴ王子の鈍色の瞳が虹色に輝いた瞬間、右目の周りに緑の光が煌めくと、それは小さく弾け散った。ほんの一瞬の出来事だった。
「やっぱりな‥‥‥。そなたには効かぬか。やはり、そなたは俺の妃になれ」
「‥‥‥へ?」
「俺の瞳は『魔眼』らしくてな。人を操り、惑わし、魅了してしまうらしい‥‥‥。好きな女は俺のことを、いつの間にか好きになっていた。だから、モテるのだと‥‥‥。ずっと、そう思っていた」
「‥‥‥」
「けれど、それは違ったのだ。魔力で‥‥‥。みんな、魔眼の力で好きになる『呪い』を掛けられていたのだ。だが、お前の力は───『識る力』といったか? 魔術を吸収してしまうのだろう? 聞いた時は、俺のためにいるような存在ではないかと思った‥‥‥。それに、エリオットみたいなボンクラより、俺といた方がいいに決まってる」
最後の一言は聞き捨てならなかったが、ファーゴ王子は周りの人間が知らず知らずの内に、自分の言いなりになっていることが気に食わなかったようだ。そんなんで誘拐されたら、たまったもんじゃない‥‥‥。何て自分勝手で自己中心的な人なのだろう。
何でも持っている人は、持っていないものを欲しがるのかしら‥‥‥。確かに、言いなりになってばかりの妃とか、問題になりそうだけど、ワンマン国王で政治が出来るなら、ケンカもなくって、反っていいんじゃない?
そんなことを、つらつら考えていると、ファーゴ王子は膝を進めてきた。
「そなたが、まだエリオットのものになっていないことは、メイドに確認させた。どうか俺の妃になってくれ」
ファーゴ王子の手が私の手に触れようとした瞬間、部屋の扉が誰かにノックされる音が聞こえた。