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04 勇者さん、僕は味方です

 まあ、ついていけない、というだけならよかったんだが。

 考えるだけでげんなりとしてしまう。俺はここから、一つ大きなハードルをクリアしないといけないのだ。

 今もなおヒートアップしていく論争を繰り広げる三人の輪の中に入るという、大きな大きなハードルを。

 敵対関係だろうと、この三人は一種の関係性を築いていることには変わりないわけで、その中にたった今転生してきた俺が入るというのは、常連客しかいなさそうな個人経営の居酒屋に入るくらいの心理的難易度の高さだ。

 だが、この居酒屋に入らないことには、俺の地獄行きが確定してしまう。こういったときに軽いノリで入れるような人間性を持ち合わせてない自分を、心の底から恨めしく思ってしまう。

 入ろうかなあ。でも入ってきたら変な目で見られないかなあ。と、店の前でうろうろと困り果てていたところに、助け船がやってきた。


「あれ? この人、いつの間に……?」


 ピンク髪の女が俺に気づき、困惑気味の声を上げた。その声を皮切りに勇者も魔王も言い争いを中断し、俺のほうを見た。

 この場にいる全員から注目され、俺は緊張してしまう。鼓動が有無を言わせず速まる。

 何と言うのが正解なんだ。俺は心の中で情けなく狼狽(うろた)えていた。半年間無職で特定のコミュニティにも属することもなかったため、ちゃんと人と話すこと自体が久しぶりなのだ。

 意を決し、息を深く吸って俺は口を開いた。


「すいません、俺、ちょっとさっき来ちゃったみたいで……なんか手伝うことってあります?」


 現場作業員時代、仕事が残ってる先輩に声をかけるようなテンションで俺は言う。

 言った後、後悔の念が押し寄せてきた。

 しまった、緊張のあまり言葉足らずになった。これでは、どちらの味方なのか――どちらの仕事を手伝うのか分からないではないか。

 弁解の間もなく、案の定、勘違いが起きてしまった。


「くっ……! まだ仲間がいたのかッ!」勇者が慌てた様子で俺に向かって剣を構える。

「いや、こんな奴は知らん。お前らの仲間ではないのか」魔王が即座に否定する。

「俺もこんな奴は知らないぞッ!」勇者も即座に否定する。

「じゃあこいつは誰だ?」魔王が俺に一瞥(いちべつ)をくれ、疑問を呈する。 

「え……じゃあこの人、誰……?」女が不審者でも見るかのような目を向ける。


 三人は怪訝そうな目で俺のことを見る。両手を上げ、情けなく降伏のポーズをとっている俺を。あの、勇者さん、剣を向けるのやめましょうよ。

 背中に冷たいものが走る。なのに、頭は焦りで燃えるように熱い。

 なんか、呼ばれてもない誕生日会か何かに勝手に来ちゃって気まずい空気を作った人みたいじゃん、俺。

 気まずいなあ。帰りたいなあ。そんな弱音が井戸水のように胸の内から湧いてくる。

 だが、そんなものはすぐに枯らさないといけない。俺の生き死にが掛かっているのだから。

 落ち着け。まずは勇者側の誤解を解くことだ。


「俺、勇者さんたちの仲間です。ほら、服装だって、あんたら見覚えあるだろ?」


 両手を挙げたまま、サッカーで胸トラップをするかのような動きをし、自分の着ている服を主張する。

 三人の視線が俺の服に集まる。安物のジーパンに安物のパーカーという、おおよそこの世界の世界観にはそぐわない、とてもカジュアルな服装だ。


「……あ」


 女のほうが先に気づいたようだ。「もしかして、転生を……?」という呟きに、勇者もハッとした表情を見せた。


「そうだ。あんたらの同僚というか同郷というか……とにかく俺はあんたらの味方だ。あのやけに胸のでかい女神、あいつに連れてこられたんだ」


 俺のたどたどしい主張が逆にリアリティも持ったのか、勇者は信じてくれたようだ。剣を降ろし、見開いた目のまま困惑の声を洩らした。


「俺たち以外にも転生者が……でも、こんなタイミングで……」


 そうだよね。こんな切羽詰まってるときに来ちゃってごめんなさいね。

 心の中で謝罪をし、俺は両手を降ろす。なんにせよ、信頼は勝ち取れたようだ。


「なんだ、お前らの仲間だったのか」


 そこでようやく、魔王が口を開いた。俺たちのやり取りに区切りがつくまで傍観してくれていたとは、こいつ意外といい奴なのかもしれない。


「まあ、転がる死体が二匹から三匹になるだけだがな」


 俺たちを睥睨(睥睨)し、淡々と喋る魔王。やっぱこいつは嫌な奴だ。てか怖い。


「ふざけるなッ! お前の野望はここで終わるんだッ!」

「そうよ! 私たちが絶対に食い止めて見せる!」


 勇者たちが啖呵(たんか)を切る。切り替えが早くて心強く思うが、劣勢の状況なのは変わらない。

 それは向こうも分かっているようで、


「威勢だけは良いな」


 と魔王は不遜に鼻を鳴らした。


「我に触れることすらできないのに、どう倒すというのだ。お前らは家畜のようにただ死を待つことしかできんのだ」


 触れることすらできないとは、どういう意味なのか。もし言葉通りの意味なら、相当まずいんじゃないのか。


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