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期待ハズレ

「春日、何言ってるの」


 凛は春日の不可解な言葉に、顔を歪めた。


「何って? 言ったとおりだよ。わたし、凛ちゃんとこのままどこまでも行きたいの」


 バスが停車して、サラリーマン風の若い男性が降りる。発車する。春日は凛の細い手首を掴んだ。


「離して」


「どうして」


「どうしてって……」


 春日と凛は、しばし固まったまま、見つめ合う。

 バスが病院の前で停車した。夕焼けを綺麗ね、と言った中年の女性と、優先席に座っていた高齢の男性が、バスを降りるために立ち上がる。


「今日もお互い生き延びられましたな、奥さん」


「ええ。バスに乗っていれば、生き延びられる。辛い闘病生活も、頑張れる」


「不思議なバスですな」


 その会話を耳にした春日は、おや、と思う。

 そうか、そういう考え方もあるのか。

 自分の降りるべき場所できちんと降りれば「死」を回避できる。

 そういう意味ではこのバスは「貴方は今、死ぬか生きるかのラインにいますよー、乗っていきなさい、そうすればそのラインを回避してあげますよーっていう、救済バスでもあるんだ。闘病中とかで、自分が生死のラインにいると自覚している人は、進んで乗るってわけか。


「そう……バスに乗れば、生きていられる」


 凛は呟き、春日の手を振り払おうとした。春日は手に力を込め、離すまいとした。


「凛ちゃんは生き延びたいの? いつ死んでもいいんじゃなかったの?」


「あのときは、その場のノリで、言っただけよ……」凛はバツが悪そうな顔をした。「と、とにかく、離してよ、春日。もうすぐ私の降りる場所だから」


 バスが止まった。音もなく降車口が開く。


「ここ、凛ちゃんの家の前?」


「そうだよ。私の降りる場所。お母さんが待ってるから、じゃあね」


 凛は今度こそ、春日の手を振り払おうとした……が、春日は離さない。


「凛ちゃん、明日もこのバスに乗ってくれる? 明日、わたしと一緒に……」


「嫌よ! あんたおかしいんじゃないの、私は死にたくないからこのバスに乗ってただけ」


 凛がそう言った瞬間、春日はあっけなく手を離した。突然だったので、凛は反動で後ろに尻もちをついた。


「お客さん、降りないんですか。発車しますよ」


 運転手が初めて口を聞いた。抑揚のない、間延びした声だ。


「ま、待って、降りる、降ります、待って!」


 凛は立ち上がろうとしてよろけ、またその場に転ぶ。結局座席につかまりながら、這うようにして一番前の降車口へたどり着いた。

 よろよろと、頼りない足取りで、バスを降りていく。

 凛がバスを降りた直後、バスは音もなく発進した。

 春日は一番後ろの座席に座ったまま、宙を見つめていた。

 その目は、もう何にも見てはいない。

 凛がどこへ行こうと興味はない。

 透明な壁の向こう側がどうなろうと、知ったことじゃない。


 わたしと同じだと、思っていたのに。

 どんな理由で死にたくないのか知らないけれど、凛はこの世界に実感があるんだ。怒ったり、慌てたり、オロオロしたり……普通の女の子。

 別にガッカリしたとかじゃないけどね。


「期待ハズレ」


 春日は吐き捨てた。

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