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彼女はわたしと同じ

「どういうこと?」


 春日は凛と会話を続けたくて先を促した。


「今降りた女の人、よく一緒になるの。はじめだけ少し会話した。難しい病気でずっと闘病中なんだって。病院の三階の窓にバスが迎えに来るって言ってた」


 このバス、空を飛ぶのか。春日はへえと思った。


「闘病中の人は割とよく乗ってくるの。あと持病を持っている人とか」


「お年寄りは?」


「生と死のはざまって言ったでしょ。もう死ぬ運命が決まっている人は乗れないの、たぶんだけどね。本当にどっちに転ぶか分からない人がこのバスに乗るんだと思う」


「どっちに転ぶか分からない人……」


「そう。そういう意味では不慮の事故も含まれるみたい。この前近くの川で中学生が溺れかけて助けられたでしょう? ネットのローカルニュースで見たけど、その中学生溺れる前の日にバスに乗ってたんだよ。ちょっとイケメンだったから私覚えてたんだ」


 そんなことを言いながらも凛の口調は冷めている。


「けど……、同じクラスの、バスに乗ってやったぜってヒーロー気取ってた、あの男子は事故で死んじゃったよ」


 春日がそう言ったとき、制服を着た、高校生くらいの少年が一人でバスに乗って来た。バスの中をキョロキョロと見回している。

 いつの間にかバスが停車して、この少年を乗せたらしい。

 少年が席に着く前にバスは発進した。


「な、なんだよこのバス」


 少年はひどく動揺して、悪態をついた。「まさか噂のバス? おい、降ろせよ! おいったら」

 少年は運転手に詰め寄った。運転手は無言だったが、バスは停車した。転がるように少年がバスを降りる。


「あーあ」


 凛は抑揚なく言った。


「あの人もうすぐ死ぬよ」


「?」


「バスを、自分が()()()()()()()じゃなくて、関係のない、途中で降りた人は死んじゃうの。同じクラスの男子もそう。あんな風にヒーロー気取ってたけど、半泣きになって途中で降りたんだよ」


 凛ちゃん、そのとき一緒に乗ってたのか。


「途中で降りなければ死なないの? 途中かそうでないかって、どうやって見分けるの? わたし、どこで降りればいいのか全然分かんないよ。名前とか呼ばれるの? 凛ちゃんはどこで降りるの? というかそもそもなんで凛ちゃんはバスに毎回乗ってるの? 全然健康そうに見えるけど」


「質問がいっぱいだね」


 凛はクールな目線を春日に投げかけた。春日はドキリとする。


「自分が降りるべき場所、は乗ってると自然に分かるよ。名前を呼ばれるわけじゃない、自分で()()()。それが死を回避できた、っていう合図なのかも。確信ないけどね」


 そこまで言うと、凛は一呼吸して、


「私が何度もバスに乗っているのは」


 すっと立ち上がった。春日も反射的に立ち上がって道を開ける。バスが止まって、降車口が開いた。


「毎日いつ死んでもいいと思ってるから」


 凛はバスを降りて去って行った。

 春日は凛のサラサラなショートボブを恍惚とした表情かおで見つめていた。


 その日の深夜、住宅地の一軒家が火事になり、小さな町は大騒ぎとなった。

 夜通し消防自動車のサイレンが鳴り響き、春日の両親はわざわざ玄関まで出て、様子を見たらしい。


「あんたはぐっすり寝てたから知らないだろうけど、すごい騒ぎだったのよ」


 どうやら母親は野次馬に加わったようだ。さすがに小学生の春日に詳しいことは語らなかったが、きっと、語られても春日はろくに聞いていなかっただろう。

 子供らしさを失わない範囲で「へー」「そうだったんだ」と生返事を返した。

 火事に興奮する気持ちは春日には分からない。わざわざ現場に足を運ぶ気持ちも。

 現に春日は深夜のサイレンには気が付いて目が覚めたけど、眠かったので耳当てをしてそのまま布団を被って寝直していた。

 ということをわざわざ母親に説明するのも面倒だった。

 ただ、きっと被害者が出ているだろうと、ぼんやり考えた。そしてそれは……運転手に詰め寄っていたあの高校生くらいの少年だろう。


 その推測は正しかった。

 春日が学校に着くなり、昨晩の野次馬の一人となった児童が、高校生が火事で死んだ、という情報をクラス中に拡散していた。


「かーちゃんが燃える火に向かって泣きわめいてた。しんじ、しんじ、って」


「死体、見た?」


「遺体ってゆーんだろ? 大人達で見えなかった。てか、子供は帰れって言われるしよ」


 途中でバスを降りなければ、助かったのに。

 春日はそう思うも、高校生に特に同情しなかった。彼に対する印象は粗野な人物、というだけ。それ以下でもそれ以上でもない。

 それよりも、楠木凛だ。彼女は正しかった。春日はちらりと凛を盗み見たが、彼女はいつものように読書中だ。


(毎日いつ死んでもいいと思ってるから)


 凛の言葉を思い出して、春日の胸の鼓動が高鳴る。


 春日は昨日凛と別れたあと、降りるべき場所で下車した。

 凛の言った通り、ここで降りなきゃと直感的に思ったところで降りたら、なんと自宅の真ん前だった。春日的にはバスにずいぶんと長く乗っていたような気がしたが、結局移動距離は数百メートルだったのだ。

 春日は放課後を待ち望みながら、長い一日を過ごした。

 教室内では凛に話しかけず、いつもの通り静音とのおしゃべりに興じた。

 春日には確信があった。

 放課後、またバスは現れる。

 生と死のはざまにいる、わたしと凛を乗せに来る。

 凛は、わたしと、同じなのだ。

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