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生と死のはざま

 教室はパニックになった。

 皆お迎えバスを怖がり、泣き出す子もいた。担任教師は必死に児童をなだめなければならなかった。


「おかしなバスの噂が広まっているそうだが、そんなバスは存在しない。先生たちが通学路を見守っているから、寄り道せずに帰りなさい」


 春日は普通の児童らしく、ひとしきりバスを怖がる振りをした。

 ちらと楠木凛を見ると、彼女はただ本を読んでいた。

 一日の授業が終わり、春日は静音と下校し、途中の分かれ道でバイバイした。

 その後春日が一人で歩いていると、


 唐突に「それ」は現れた。


 一体どこから現れたのか、右から来たのか左から来たのか全く分からない。

 ただ「それ」は春日の前に止まっていた。

 一台のバス。

 音もなく乗車口が開いた。


(お迎えバスだ)


 自宅まであと五分ほどだったが、春日はバスに乗車していた。体が勝手に動いていた。こんなことは初めてだった。


「楠木さん」


 春日がバスに乗車したのは窓越しに楠木凛の姿を認めたからだった。春日は楠木凛と二人きりで話がしたいと思った。

 楠木凛は乗車口の近くの席に座っていた。春日が乗り込んで話しかけても顔色一つ変えない。

 ふいに体が揺れ、春日は手近なポールにつかまった。いつの間にが乗車口が閉まり、バスが発進したのだ。


「座ったら」


 楠木凛は目線だけ春日の方へよこしてそう言った。

 春日は嬉しくなって、楠木凛の隣にそっと座った。楠木凛が窓側、春日が通路側の形である。

 春日は楠木凛を見た。真っ黒のショートボブに切り揃えられた長めの前髪。やや吊り上がった目が名前の通り凛々しい。垂れ目気味の春日とは対照的だ。

 春日の前にある透明な壁がどんどん消えていく。


「何見てるの、さっきから」


 楠木凛が無表情な顔を春日に向ける。


「きょ、今日は本を読んでいないんだなあって、思って」


「バスで本を読むと酔うから。別にただの暇つぶしだし」


「酔うっていえば去年はごめんね。あの時はありがとう、本当に助かったよ」


「別に。気にしないで」


 再び楠木凛は前を向いた。少しの沈黙が続いた後、前を向いたまま「このバスが何のバスか分かってるの」と春日に問うた。


「何って、お迎えバスだよね」


 自分で言ってから春日は気が付いた。

 楠木凛と話せたことが嬉しくて、心臓の鼓動が彼女に聞こえていないか心配で、今どういう状況なのかをさっぱり失念していた。

 春日はバスを改めて見回した。

 中は薄暗く、ひんやりと無機質に冷たくて、異様な雰囲気に満ちている。外の景色は見えているのに、外界と繋がっていないような、なんだかバス全体が浮いている感じさえするし、とにかく無音なのだ。

 普通のバスじゃない、と直感で分かった。

 バスに乗ったと自慢して交通事故で亡くなった男子も、乗った瞬間同じものを感じたんじゃないだろうかと春日は思う。

 と、バスが何のアナウンスもなく唐突に止まった。

 前の方に座っていた大人の女の人が降車口から降りる。料金を払っている様子はなかった。


「人、乗ってたんだね。ちゃんと降りられるんだ。けど、お迎えバスに乗ると死んじゃうんでしょ? わたしと楠木さんも、あの男子みたいに死んじゃうの?」


 一生懸命春日は楠木凛に話しかけた。


「……凛でいいよ。違うよ、あんな噂嘘だよ。私はもう何十回もこのバスに乗ってるけど、生きてるもの」


「え」


「その間に思ったことなんだけど、このバスは生と死のはざまにいる人間が乗れるんじゃないかなって」

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