第7話 白川清掃
「おはようございます。清掃に参加の方は、こちらにご記入下さい」
9:30に白川に到着すると、受付机のまわりには既にたくさんの人が集まっていた。
シニアの方から、20歳前後の若い人、小学生位のお子さんや、外国の人達もいる。
なんだか、不思議な光景だ。
「おはようございます」
「おはようさん、今日もえらい暑いなあ」
「あ、お疲れさまです」
魔女さんについて皆さんに挨拶していると、集合の声がかかった。
地域の団体の、副会長さんの挨拶の言葉を聞いて、みんな動きだす。
白川は小さな川だ。5月には蛍の光が見えるらしい。
今日の清掃は、三条通りから一本橋まで。
軍手と鎌とゴミ袋を手に、川上へと移動する。
川辺には、所々に川へ降りる為の石階段が設置されている。
「みさきちゃん、この川な、もっと上の方では、昔プールとして利用されててんで」
「え? プールってどういう事ですか?」
「板かなんかで川をせき止めて、水嵩がましたところを泳いではったらしいねん」
「そうなんですね。なんか……すごい歴史を感じます」
そんな話を聞きながら、川へはいる。
今日は日差しが強く、初夏とはいえかなり暑い。
念の為、膝上までパンツを折ってある。
素足にゴムサンダルなので、水が直接足にあたって、けっこう冷たくて気持ちいい。
「上田さん、おはようございます」
「おはよう。あれ、なっちゃん、今日はだんなさんは?」
「ちょっと用事で遅れてくるんです。みさきさんも、おはようございます」
なっちゃんさんは、ご夫婦で引っ越しこられた方。30代はここでは若手なので、いろんな地域のイベントに引っ張りだこらしい。
いつもニコニコされている、とても感じの良い方たちだ。
勿論、包丁研ぎの岩真さんの姿もみえる。沖るさんとこは奥さんと息子さんも一緒に参加。他にも商店街で会う人達の顔もちらほらと。
私は今まで、町内会や地域のボランティアにかかわってこなかったので、ただただ頭が下がる。
「みさきちゃん、ほな、刈ろか」
魔女さんの動きを真似てみる。
川辺の雑草はけっこう手ごわい。なかなか抜けないし、鎌で刈るにもワサワサとたくさん生えているので、刈っても刈っても減らない気がする。
「これって、毎年掃除されてるんですか?」
「うん、年に2、3回かな。あと、近隣の学校の生徒さんも、別日でしてはるし。地域みんなで、この川の安全維持のためにがんばってはるんよね」
「すごい……。私、そういう活動とか全然知らなくて、何にもしてませんでした。何だか申し訳ないです」
「うーーん、申し訳なく思う必要はないと思うけど……。なんていうか、現代って、人間ひとりでは生きていけないんよ。良くも悪くも、つながってる。水道や電気使うにも、トイレットペーパー買うにも、燃えるゴミやペットボトル捨てたり、道路歩くだけでも。気ぃついてへんとこで、みんな誰かのお世話になってる。蛍がみれるこの白川も、色んな人の努力で維持できてるし。そう考えたら、もしかしたら今までと違う景色が見えてくるかもね。まあ、知らんけど」
「……良くも悪くもって、どういう意味ですか?」
「今は何でも便利になって、自然と接する時間は減る一方やん? この川掃除は、頭だけでなく、私らの体を使って汗をかくええ機会やと思う。たまには人間社会のシステムから離れて、いち動物として自然と対話する時間はやっぱり必要やしね」
――魔女さんの話は、時々難し過ぎてよくわからない時もあるけれど。確かに。水道やトイレペーパーなしには生きていけないよね。お金払ってるから、当たり前だと思っていたけど。でも、誰かが仕事してくれてるから、私は部屋でトイレを流せるし、ネットを使えるし、舗装された道路を歩けて地下鉄にも乗れるってことなのね。
人間って、ひとりでは生きていけない。
身の回りにある物は、ほとんど誰かによってつくられたもの。
気がついてなくても、みんなどこかで誰かに助けられている。
そして、人間には自然と対話する時間が必要。
魔女さんの言葉を頭のなかで繰り返したら、よくわからない感情がブワッと体の内側からわいて。鳥肌がたった。
当たり前の、でもちゃんと理解できてなかったこと。
今日もまたひとつ、新しい発見をした気がした。
「皆さん、お疲れさんでした」
休憩を挟み、約2時間程で、清掃は終了した。
刈り取った草を川辺にあげ、それをゴミ袋に入れて受付まで運ぶ。
また、川底に落ちているゴミや陶器の破片等をひろう役の人もいた。
それぞれが分担して、川をきれいにする。
終わった時、汗だらけだけど、みんな笑顔でとても楽しそうだ。
「みさきちゃん、お疲れさま。どやった?」
「お疲れ様です。はじめてだったので、疲れました。でも、楽しかったです。誘ってもらってありがとうございました」
「ほんま? 楽しんでもらえたなら良かったわあ」
魔女の店に帰り、二人でお茶を飲みながら休憩する。
「今日はこのお茶のんだら、解散しよ。はよお風呂入りたいやん? あ、でも、次の課題だけ伝えとこか」
「次の課題……。何でしょうか?」
「次の課題は、ん~~、そやね。五感を磨く、かな」
「五感を磨く、ですか?」
また、新たな馴染みのない言葉に、ポカンとしてしまう。
ーー五感を磨く、五感を磨く……。 えっと、それってどうゆうこと?