表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

昨今の意識の低いパンチラを憂うパインツ大佐による演説



ここは某国の陸軍訓練場。その中にある大集会場。

本日の演題として白い幕に大きく書かれているのは



『パンツがチラッと見える件について』



の文字。気合いの入った達筆である。

………担当者は、一体どんな気持ちで書いたのだろうか。


会場の椅子には軍服を着た兵士がぎっしりと座り、満員御礼の活況を呈している。ステージの上では、一人の壮年の男性が拳を振り上げまくし立てていた。階級章や勲章などから、軍内部でもかなりの地位にある事が察せられる。

その男性が吼えた。将校に相応しい、大きなよく響くバリトンで。



「パンチラとは何か!」



聞き間違い!?

いや、そうではない。

本日の演題を思い出してみて欲しい。元々、正気を疑うテーマなのだ。だから客席の兵士たちにも一切動揺はない。


「そう、浪漫だ!」


大佐は続ける。


「浪漫とは何か!?」


「ツチノコでありUFOだ!」


自らの問いに自らで答え、一人語り続ける。


「何故、それらが浪漫なのか!?」


会場からのレスポンスはない。だが大佐は気にしない。そういうものだからだ。


「そう、滅多に見れない、存在するかも怪しいものだからだ!」


大佐は、聴衆の意見も自分と同じだと微塵も疑っていない。

自信に満ちた振る舞い。力強い頷き。流石は歴戦の強者。強い信念は、それだけで人を惹きつける。



「即ち!」



ダン!



と大佐は演台を強く叩いた。憤懣遣る方無い、といった憤りを込めて。眉尻が急角度にグッと上がっている。


「一ステージ中に何十回も見えるパンチラに浪漫などないっ!そのようなパンツの安売りなど!私は!断じて!パンチラとは!認めなぃいっ!!!」


ダァアアン!!


もう一度強く叩かれる演台。

しかしやけに具体的な発言である。キツく閉じた瞼の裏で、一体何を思い出しているのだろうか。この前、慰問に訪れたアイドルグループだろうか?十代の女の子のパンツが見放題という触れ込みだったが。

確かあれは、別のお偉いさんのたっての希望だったはず。いや、そのお偉いさんはもちろん、パンツが見たくてそのグループを呼んだのではないだろう。栄えある陸軍のいい歳したおっさんが、そんな事をする訳がない。……ないと信じたい。


しかし先程の発言は少々、マズいのではないだろうか?

他人の趣味にケチをつけるのは、集団生活では御法度だ。理解できなくてもそっとスルー。それが様々な人種や民族が一緒に暮らすコツだ。後で二人はケンカになるんじゃないだろうか。


そんな考えが客席の兵士たちの頭にチラっと浮かんだ。だがそんなことは平兵士(ペーペー)には関係ない、とすぐに考えることを放棄した。

とばっちりを受けなければ大丈夫だ。……とばっちりを受ける可能性が高いから嫌なんだけど…。でも今、心配したところで自分にできる事などない。だから彼らは賢明にも静聴に徹する事にした。


大佐は、そんな客席の動揺に気を取られることなく演説を続ける。

流石は大佐。時に怯え悩み躊躇いもする兵士たちを率いる事ができるからこそ、その地位にいるのだ。

大佐が腕を振り上げた。


「見せパン?」


「邪道だ!邪道極まりないっ!!」


大佐が唾を飛ばすと、客席の一部が深く頷いた。同類(バカ)のようだ。


「パンチラに不可欠なものが何か、全くわかっておらあん!!!」


その時、一人の勇者が客席から質問の声をあげた。大佐は即座にそれに反応した。数々の戦場を経験してきただけあり、素晴らしい反応速度だった。


「何?「パンチラに不可欠なものとは何か」だと!?」


大きく息を吸う大佐。


「そんなもの、恥じらいに決まっておろう!恥じらいなきパンチラなど、パンチラではなあいっっっ!!!!!」


ダァアアアアン!!!!!


会場が揺れるような怒号を響かせて、一際強く演台を叩く大佐。演台が壊れやしないかと、心配そうな顔をする備品係。

けれど下っ端のつまらぬ心配など、大佐が気に留める事はない。


壊れたら直せば良い。


大佐ともなると、些細な事に気を取られて物事の本質を見誤ったりはしないのだ。


「「見せてます」じゃねぇんだよ!見せるな!「決して見られたくないのに見られてしまった」これが真のパンチラだ!!!見られた瞬間の、乙女の恥じらいの表情。それこそがパンチラなのだ!パンツなど、そのオマケでしかなあいっっっ!!!!」


そう、これこそがこの演説における本質。

この真理より優先すべき事など、他には何もないのだ。この為に、忙しい合間を縫ってこの講演会を開催したのだ。世の無知蒙昧な輩どもに、全力で啓蒙してやる為に!


「あのチラっと見える薄紫だの水色だのシマシマだの、おっとドッキリ赤だの、履いていないのかと見まごうベージュだのレースだのTバックだの紐だの………ゲフっ…ゴホっ……」


……………。

何を思い出したのか大佐が唐突に咽せた。

けれどそんな時の為に、演台には水が置いてある。今回、グラスではなくペットボトルにしたのは準備係Dの英断だ。

グラスは確かに見栄えがいい。だがガラス製品にしていたら、先ほどからの振動でとっくにグラスは床に落ちて砕け散り、最前列あたりの兵士は大変な事になっていただろう。

こんな事で負傷なんて嫌過ぎる。


大佐の性格と今日の演題を考慮した彼の細やかな気づかいには、誰も気づかないかもしれない。防げた惨事にスポットライトは当たらないのだ。当の大佐も、きっと気づいてはいないだろう。


でも、それでいいのだ。

準備係Dの功績は、彼本人が知っていればいい。このくだらない演説の準備をさせられて、聴衆まで引き受けさせられた彼だけが、己の胸の内に(ささ)やかな勲章を飾るのだ。誰に認めてもらえなくとも。自分は先を見通し必要な事を為したのだと、自分で自分を労えば良いのだ。


(今夜はデザートに、チョコレートプリンも付けようっと)


ちょっと満足気な準備係Dを他所に、演説は続く。


「………ゴホン。そんなものは些細なことなのだよ。わかるかね?」


先ほどのあまりの咳き込みっぷりに、聴衆の何人かは(ああ、見たんだな)と確信したが、声には出さなかった。


大佐くらいの歳にもなれば、パンチラアクシデントに何度遭遇していても不思議は無い。何しろこの国は風が強い。


「そう。いっそスパッツだって良いのだよ。本人に見せる気がなければ、それはパンチラなのだ!」


……うん?


冷静な聴衆の何人かが首を傾げた。

良くはないだろう。

パンツはパンツ、スパッツはスパッツ。

別物だ。

しかし


「なだらかなヒップラインを太ももまで包む、厚手のピチッとした生地。イタズラな風にスカートをまくられ、慌てて押さえる乙女。パッと振り返ると、そこには一部始終を見ていたとおぼしき男性。赤く染まる頬ーー」


大佐が大きく息を吸い込んだ。


「そう!これが!これこそがパンチラなのだっ!!わかるかね!?諸君!わかるかねっ!!?」



バンバンバァアアアアン!!!



大佐は演台を三回、力強く叩いた。

とても重要なポイントだったからだ。

本演説の肝と言っていい。

まぁ、大佐の顔を立てる為に無理矢理招集された兵士の大半は、碌に聞いてもいないのだが。ごく一部の聴衆(同類)を除いては。

そのごく一部の同類(バカ)どもは、熱心に頷きながらメモまで取っているが。


(…いつ使うんだよ。

何に使うんだよ、そんなメモ)


両隣や後ろに座っていた兵士たちは疑問に思ったが、賢明にも口には出さなかった。

何しろ今は、大佐(お偉いさん)の演説中だ。私語など以ての外。

それに、疑問には思ったけれど全く興味はないし。


ともかく「それはパンチラとは呼べないだろう」というツッコミは、誰からも入らなかった。大佐(偉い人)が気分よく喋っているのだ。そっとしておくに限る。

でも何人かは堪えきれずに「それは、スパチラだろ」と心の中で呟いた。


でも良いのだ。

大佐が白だと言えば、卵の黄身だって白いのだ。大佐がパンチラだと言えば、なんだってパンチラなのだ。

だからよく訓練された兵士たちは、一斉に大きく頷いた。


その様子を満足気に見渡す大佐。

自分の怒りを大事な部下達と共有できた事が、よほど嬉しいようだ。その口元には、強面の大佐にしては珍しく笑みが浮かんでいる。

気分がよくなった大佐は、ここらで〆ることにした。


長すぎる話は嫌われる


かつて一兵卒だった大佐は、そう知っている。初心を忘れないのは、大佐の数ある美徳の一つだ。


「うむ。ではこれにて本日の集会を終了とする。解散っ!!!」


やや唐突なその号令に、兵士は一斉に立ち上がり敬礼を送った。

一糸乱れぬその動き。流石は厳しい訓練で鍛え上げられた陸軍兵士である。

彼らの胸には、このくだらない演説を早めに切り上げた大佐への尊敬の念があった。


招集された事自体は不満だが、長すぎないあたり、やはり大佐は我々の事をよくわかっている。


そんな奇妙な敬愛の念と連帯感が、兵士達の胸に湧き起こっていた。

彼らに綺麗な答礼を返し、堂々と壇上から去っていく大佐。

そして



…こんなくだらない物でも成功させられた



その安堵に、この集会の実行を否応なしに任された準備係ABCDFDGHは、ほっと肩の力を抜いたのだった。



※この話は異世界でありフィクションであり、実在する団体、人物等とは一切関係ありません!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ