食獣植物の草原
前回のあらすじ~
「攫う者」の猛攻を受け、なんとかしようと放り投げた弾が、何故か風ではなく水の弾だった。
もの凄い勢いで森の中を流されていく。
「ぶはっ!」
いくら満タンに魔力込めたからってこんなに水が流れるものだっけか?
ちらりと脳裏に黒猫の姿が浮かぶ。絶対あいつがなにがしか噛んでやがる。
しかし確かめる術もないまま流されていき、とうとう森が切れるのが見えた。
ザバー
森が切れ、草原が広がっていた。水も拡散して流れていき、やっと地面に足が付く。
「攫う者」の森からは大分離れた所まで来られたらしい。
「っは! やっと、水が、消えた…」
突然水に飲まれたので息継ぎもままならぬまま流されていたのだ。ああ地面が有り難い。
バタン!
何か閉まる音がしたが、地面に膝を付く。少し休ませてくれ。
「グレハム!」
誰かの叫び声がした。なんだ? 何かあったのか?
顔を上げると草原の中に直立する緑色の何か。ああ~なんか見たことある気がする…。
「グレハムを放せ! この野郎!」
その前に男が立ち、銃口を向けているのが見えた。
え? 撃つ気?
その緑色に向けて男が乱射し始める。
「あああああああ!」
銃撃に合わせて悲鳴も響き渡った。
「やめろ!」
ジャンが止めに入る。
「ジャン! グレハムが!」
「ばか! 一緒に中のグレハムも撃ってるのが分からんのか!」
ジャンの言う通りだ。開いた穴から赤い血が流れ出てきている。
「だったらどうしたら!」
「そいつは食虫植物のでかい版だろ。撃っても開かないぜ」
別に知識をひけらかすわけではないが一応講釈を垂れてやる。
「シアン! 何か知ってるのか?!」
ジャンがこちらを見た。手を付いて立ち上がり、歩きかける。
「そいつは…」
足を踏み出そうとして、何か背筋がゾワリとなった。ここを踏んだらヤバい。第六感がそう言っている。妖しの血のおかげか、俺はそういう勘も鋭い。
「おい、ここら一帯そいつが生えてるみたいだから、動くなら気をつけろよ」
まだ地面にへばっている奴等に声を掛け、地面の茶色い色が見えている所に足を踏み出す。皆の顔色が悪くなった気がする。
気持ち悪い感じがする所は避けて、ひょいひょいとジャン達に近づく。
「確か食虫植物ってのは体にある水分を移動させて口を閉じたり開いたりしてると聞いた気がする…」
「どうしたら助けられるんだよ!」
ジャンに押さえ込まれている男、確かドゥルーティアとか言ったな、が俺に向かってがなる。酷いなぁ、助けてあげようとしてるのに。
「まあまずはさ」
ソードを取り出し、剣の形を作る。
「切り落とせばいいんじゃね?」
「ちょ、ちょっと待て…」
何を勘違いしたのかジャンが俺を止めようとしてくる。しかし俺は華麗にステップを踏み、食虫植物に迫った。
「待て! 中にグラハムが…!」
スパ
う~ん、流石の切れ味。食虫植物がぐらりと傾き、ズシンと音を立てて地面に横たわる。
「切るわけないじゃん。何を勘違いしてるのよおたくら」
根元の茎? の部分を切っただけよ?
「あとはほれ、こうして地道に切り分けるしかないんじゃね?」
ソードをナイフくらいの長さにし、合わせ目の所に入れていく。ポカンとしていたジャンとドゥルーティアも慌ててナイフにして加勢に入った。
やっとこ食虫植物の中から助け出したグレハムだったが、ドゥルーティアの銃撃によって重傷を負っていた。少し髪が溶かされていたけれど。溶かされたんだよね? 元からじゃないよね?
すぐに「回復」の弾を使い、傷を治す。髪が治らなかったのは怪我認定されなかったから? また生えてくるから?
「すまんグラハム…。気が動転して…」
「俺を殺す気か、馬鹿!」
なんとなく雰囲気の似た黄色人種の2人が仲良く慰めあっている。放っておこう。
動けるようになった者達がジャンの所に来ようとフラフラ歩き出した。
「足元気をつけろよ~」
と言っている側から、
バタン!
また誰か捕まった。
第二の犠牲者はアン・イーロンという女生徒。ポニテのロミーナちゃんが猫目ならこの子は糸目と呼べるくらい目が細い。可愛いから良いけど。
「大丈夫か?」
「す、スイマセン…」
お団子にしていた髪が解けて垂れている。やはり髪は一番溶けやすいのか? そうだよね。そうだと言って。
1度皆集まる。点呼を取るのだ。誰がいて誰がいないのか。明らかに人数が減っているのが少し精神的にくる。
(エミリアがいない…)
食料が少しあったとウィンクしてきたあの女性がいなくなっている。攫われたのか…?
ロミーナに支えられてやって来た女の子、確かマルチナと言ったか。ジャンより少し黒い肌の女の子だ。スタイルがとてもいいのだが、今は体をガタガタ震わせ、涙をボロボロ零している。そういえば犠牲になっていたアガスターの班にいた子だ。もしかしたらあれを目の前で見てしまったのかもしれない。悲鳴ももしかしたらこのマルチナだったのかもしれないな。となればかなりのトラウマものだよなぁ。
アリーフェアの肩を抱いて慰めているダルシュ。あそこも一人消えている。確かアリーフェアと同じような金髪碧眼の可愛い子、カタリナと言ったかな、がいたはずだ。あそこも攫われたか。
エデル達の方へ目を向けると、1人足りなかった。走っている時は気付かなかったが、どこで脱落したのだろう。あの時は必死だったからあまり覚えていない。
ホワイトファングの犠牲者はエミリア1人。
生徒達の犠牲者はロワイヤとカタリナの2人が攫われ、アガスタが殺された。
ライオネスの犠牲者はラシャードという、そこそこベテランで腕のいい男。多分生きてはいない。
「全員で抜けられなかったのは残念だが、これだけの人数が生き残ったのも奇跡だと思う。シアンには感謝だな」
あの時の水の弾はちょっと違うと思うが…。黙っておく。
「ここら一帯はシアンも言っていた通り、この食獣?植物とでも言うのか、こいつらが生え揃っているらしい。皆1列になって前の者が踏んだ場所以外は踏まないようにして進んで行こう」
「待ってくれ、ジャン」
白金髪で灰色の瞳のアレクセイが手を挙げた。
「助けには、行かないつもりか?」
「お前は行けると思っているのか?」
2人が睨み合う。
「だがしかし! エミリアは仲間だぞ! 生きている可能性も高い!」
「あそこからどうやって助け出すと言うんだお前は」
「1つ手がある」
みんながアレクセイに注目した。
「あの森を焼いてしまえばいい」
みんな揃って溜息を吐いた。
「それで? 大火事になったらどうやって鎮火させるつもりだ? 樹上の何処かにいる彼女達をどうやって見つけるつもりだ。煙に巻かれて一緒に燃えてしまうぞ」
「それは! …」
何も考えていなかったらしい。
前にも言ったが、ソナーではそこに何かいるという情報しか分からない。それが敵か味方かなのか判別は出来ないのだ。そんなあやふや情報では助けに行きたくとも行けない。
俺がいるだろって? 説明出来んわ。
それに火事を起こして森を焼き、うまく助けられたとしても、その大きくなった火事は最早水の弾だけでは止められないだろう。
森が失くなれば生態系も変わってくる。俺達にとっていい方向に変化が現れてくれればいいが、何分現実というものはいつも残酷なものである。俺達にとって言い方向に変化することはないだろう。余計に厄介な物が出張ってきたら、それこそトーキョーホームは再建不能になってしまう。これ以上人類の生存圏を失うわけにはいかない。
「俺達だって助けに行けるものなら行きたい。しかし難しい事は分かっているだろう」
アレクセイも今度は言い返してこなかった。納得したのだろうか。
「では、みんな、行くぞ」
ジャンの声の後に皆が続く。しかし、一番前にいるのは何故か俺。
「なんで俺が先頭…」
「お前、器用に避けてたろ。見たぞ」
みんなが怖々足元を見て歩く中、俺だけヒョイヒョイ歩くのに気付かれていたようだ。しまったやっちまった。
俺の踏んだ後を皆が踏んで歩いてくる。そのおかげかどうか、その後犠牲者は出なかった。
ようやっと食獣植物の原を抜けたのか、足元から嫌な予感がなくなってきた。原っぱを抜け、丘のような場所にやって来ていた。
「そろそろ食獣植物の原を抜けたようだぜ」
「そうなのか。よく分かるな」
「よく見ろよ。あの大きな葉っぱがもう見えねえだろ」
「なるほど。確かにな」
そんなに時間が経っていたのか、もう日暮れが近い。
「ここら辺なら一応安全なんじゃ?」
「そうだな。今日はこの辺りで野宿するか」
俺とジャンが足を止めると、後続も揃って足を止めた。
お読みいただきありがとうございます。
読んでくださる人がいるだけで嬉しいでする。
涙涙。
生き残り(シアン除く)
生徒 男:2 女:4
6位 男:4 女:1
12位 男:3
実は女性は3人攫われていたという。