攫う者の領域
前回のあらすじ~
「これ捌いて食えばいいんじゃね?」ドバ! 血まみれになった…。
夜が明ける。
碌に食料もない状態で、何日かかるか分からない道程を踏破しなければならない。だがリーダーがそんなことを顔に出せば、全体の士気に繋がる。
俺達は精一杯大丈夫そうな顔をする。
「引き攣ってるぞ」
「お前もな」
エデルとそんなことを言い合う。
年齢や経験年数から、なんとなく全体のリーダーがジャンに決まる。ジャンが早速これからのことを全体に告げだした。
転送ゲートを確認しに行くには食料が足りないこと。それに無事である可能性がとても低いこと。ならばこのまま南に向かい、ヨコハマに助けを求めに行った方が良いと。なんとなく不満がなくもないような顔をしつつも、言っている事に間違いはないので反対の声は上がらなかった。
「よし。では隊列を組んで行く。ホワイトファングを先頭にその後を生徒達。ライオネス達は殿を頼む」
そして俺達はヨコハマを目指して旅立った。
俺は生徒達の一番後ろ、ライオネス達の前に就いた。
「俺とバディでも組むか?」
「冗談だろ? 男と組む趣味はねーぜ」
「ムカつく奴だな!」
エデルは俺が1人なのを心配して言ってくれているのだろうが、今でも人が多くて動きにくい。それに、バディを組んでも俺が相手を守り切れるとは思えない。嫌な責任は負いたくない。
「お前らはお前らで組んで来た経験があるんだから、俺は気にするな」
「お前本当、良くソロで活躍できたものだな」
お褒め頂きありがとう。
森の浅い所ではそんな冗談を噛ましながら余裕で歩く。先に行くホワイトファングが殆ど魔物を狩ってくれるので、俺達は楽だ。後に備えろと言うことかも知れない。
森が深くなってくると「切り裂く者」や「角突く者」、「牙突く者」が出てくる。「角突く者」は鹿の魔物だ。その名の通り角で突いて殺しに来る。元は草食動物らしいけど、今は立派に捕食者だ。「牙突く者」は猪。突く系は突進してくるだけなので、対処は楽だ。
しかしそんな奴等もホワイトファングの前では赤子同然なのか、時折その死骸が道に落ちていたりはするものの、生きている者と擦れ違うことはなかった。うわ、すっげ楽。
ホワイトファングも上位者なので魔力も十分にあるし、ここは楽をさせて貰おう。俺はそんな風に気軽に歩いていたが、
「あいつらええかっこしたいだけじゃないすか?」
ライオネスの中でも一番若い奴が文句を言う。
「何言ってんだ。倒して貰ってるんだぞ。礼を言っても文句言う所じゃないだろ」
エデルが諫めている。
「でも…」
ああ、活躍したい子ちゃんなわけだね。若い子特有の。しかも年の近いカワイコちゃん達が前を歩いているから、自分の勇姿を見せつけてモテたいって奴だ。若いね~。
ちょっとニヤニヤしながら振り向くと、そいつと目が合った。
「な、なんすか…」
「いや。血気盛んなのは良いけど、足元掬われるなよ」
「…!」
考えがバレバレなことに気付いたようだった。うん、若者よ、精進しろよ。
エデルがちょっと近づいて来た。
「随分お若い者だけど、お前のチームじゃ珍しくね?」
「1人抜けてな。穴埋めで入りたがってたあの若いの入れたんだが。どうもまだまだ甘ちゃん気質なんだよな」
「お前も大変だな」
「そうよ、大変なのよ。だからなんかあったらお前に任すから」
「俺は俺の事しか責任持てんよ」
しっかりしてくれリーダー。
森が深くなってくる。次第に口数も少なくなり、ソナーに集中するようになる。もうしばらく行けば、奴等「攫う者」の領域に入る。奴等の武器は爪と牙もあるが、最大の武器はその数。ばらけるとその威力も半減するので、滅多に領域を出ない奴等だ。個々に出た者はその他の魔物か、俺達ハンターに狩られる運命にある。
隊列が進行を止めた。一時休息でも取るのだろうか。
ホワイトファングの面々が、話しが聞こえるようにとこちらに近づき、生徒達も出来るだけ近づけた。
「ここから先、草原を抜けると「攫う者」の領域に入る。そこは立ち止まったら男は即、死。女は嬲られ続ける地獄だ。だからいいと言うまで走り続けろ。そして銃は上に向けて打ち続けろ。安全装置を解除することをお勧めする」
ジャンが自らの安全装置を解除して見せた。そして上に向けて若干斜めに構える。生徒達も真似をして安全装置を解除。それぞれに上に向けて構えた。
「危ないと思ったら上空に弾を投げろ。風の弾が多分有効だ。今のうちに魔力を込めておくことを勧める。それが終わるまで一時休憩にしよう」
本当なら生徒達は実戦訓練をしながら自分がどれだけ撃てば倒れてしまうのか分かっていくものなのだが、今回はぶっつけ本番だ。もし途中で倒れても助けられるか分からない。多分高魔力保持者達だろうから、大丈夫だろう、とは思いたい。
それぞれバッグから弾を出し、魔力を込め始めた。弾は魔力を込め、スイッチを押してから5秒経って爆発する。魔力を込める量によってその威力は様々。今回は皆満タンまで魔力を込めているのだろう。そして腰の所に装備。いちいちバッグから出すなどとやってはいられないからな。必要数を腰に付けスタンバイ。生徒達の顔も緊張で青くなっている。俺も生きて渡れるか分からないこの状況に、酷く緊張していた。
(この森の向こうは、まさに地図のない世界…)
ここまでが地図のある世界。その先は前人未踏の地図のない世界。いや、地図がないわけではないが、まだ人が行き来していた頃の古い地図であり、魔物の種類や生息数などは全く分からない。下手をすれば道に迷い、永遠に彷徨い続ける、いやその前に魔物に狩られるか。どんな魔物がどこにいるのかも分からない、まさに未知の大地。ヨコハマまで無事に行けるとは全く思えない。
(1人2人どころじゃないかもな…)
全員で辿り着けたらそれが理想だが、そう上手くは行かないのが現実。最悪は自分1人が生き残る、そんな未来も考えられる。
(俺だって…)
クロが守るとは言っていたが、何か即死の攻撃を受けたら無事には済まないだろう。あの猫はいろいろチートなくせに、
「我が輩は治すことだけは出来ぬ故、大きな怪我などはしてくれるなよ」
と言っていた。最悪「回復」の弾が残っていれば怪我ならばなんとかなるかもしれないが…。
思わず銃を握る手に力が籠もった。
小休止を終え、立ち上がる。地獄の行軍の開始だ。
「森に入る手前で1度弾を投げる。その後は兎に角前に向かって走れ。いいな」
そう全体に言うと、ジャンが先頭を歩き出す。皆青い顔をしながらその後ろに続く。
木々が切れた。草原に着いたのだ。「攫う者」がここに出てこないのは木がないからだろう。奴等の機動力は木があってこそ発揮される。ヘタにこの草原に出てこようものなら「角突く者」や「牙突く者」にあっという間にやられてしまう。今しもホワイトファングが「角突く者」を一頭仕留めた。
「一頭くらい持ってく? こいつも美味いらしいぜ?」
噂ではあるが。
「俺あんな生臭い肉食うなら霞食ってた方がましだわ」
昔々の仙人という輩は霞を食ってたとか言うね。
そんな話しをエデルと交わしつつも、緊張で体が強ばるのが分かる。
「攫う者」のいる森は、これまでの森とは植相が違う。これまでの森は広葉樹林が多かったが、草原の先は針葉樹林が多い。つまり真っ直ぐで背の高い木が多いのだ。下の方に枝がないのは「攫う者」を捕食するものが上りにくくする為なのではないかと言われている。奴等も「隠す者」や「晒す者」から見たらいい獲物なのだろう。
「行くぞ!」
掛け声の直後、ジャンが森に向かって弾を投げた。それを合図に一斉に走り出す。
「ギャー!」
「攫う者」の嬉しそうな声が聞こえた。そして樹上から現われる白い影。
森にジャンが入っていく。と、頭上で弾が爆発。もの凄い風が吹き荒れた。
備えていた俺達もバランスを崩しかけるが、なんとか持ち直し走り出す。とにかく走らねば。
突風に驚いたのか「攫う者」達も姿は見せるが襲ってこない。今のうちだ。
しかし、滅多に地上は生き物が行き来することはないのだろう。丈の高い草花が行く手を邪魔する。前の者達が踏み固めてくれているだろう俺達でさえ進みにくいなら、先頭はどうなっているのか。
ソナーに反応があった。
「来るぞ! 撃て!」
頭上に向けて一斉に掃射。派手な音はないが、空気を切り裂く音が前からも後ろからも聞こえてくる。
「ギャ!」
「ギャギャ!」
見てはいないがソナーに打ち落としたらしい反応が見られた。これなら行けるかも知れない。だがしかし、それは甘い考えだったと直後に知ることになる。
数の暴力とは良く言ったものだ。奴等はまさに四方八方。それこそ死角がないくらいの隙間を埋めるような数で襲いかかってきた。
「撃て! 足を止めるな!」
一方向に向けてなど言っていられない。俺は出来るだけ全方向に向けて撃った。トリガーは引きっぱなしだ。ガンガン魔力が吸われていくのが分かる。これはあまり時間をかけてはいられない。
「ギャ!」
「ギャギャ!」
奴らの声が近くで聞こえ出す。ともすれば目が合う。そこに向けて銃を撃つ。目の前に鋭い爪を生やした手が迫るのが見える。それも打ち落とす。打ち落とした数が尋常ではない。それなのにまだまだ向かってくる。
「きゃああああああああ!!」
女の子の悲鳴が聞こえた。隊列の足が乱れた。まずい!
「いやああああああああ!!」
もう一度叫び声。そして白いものが何か黒い物を掴んで樹上に消えたのが見えた。
「走れ! 足を止めるな!」
発破をかけると、なんとか動き出す隊列。しかし先程よりもスピードが落ちた。
前方に誰かの死体が現われた。あの顔は確か、男子生徒のアガスター・スミスだ。頭を半分程削られ中身が見えている。なるほど、こんなもの目の前で見せられたらショックで足が止まるのも分かる。しかし足を止めたら死ぬのだ。それに、先程のはきっと攫われた女生徒だろう。足を止めたので狙われたのだ。
「ギャギャ!」
と嬉しそうな「攫う者」の声の向こうに女性の助けを求める叫び声が聞こえるが、助けに行く余裕など全くない。兎に角走らねばならない。
「走れ! 走れ!」
全方位に向けて撃ちながら、兎に角走れと急かす。
「無理だ! 無理だこんなの!」
後ろからも情けない悲鳴が聞こえて来るが無視。
「きゃああああああああ!!」
再び上がる女性の悲鳴。また誰か攫われたのか、白い影が黒い影を伴って樹上に消えた。
「きゃあ!」
前を走っていた女生徒が転んでしまった。
「おい! 立て! 走るんだ!」
腕を掴んですぐさま立ち上がれと力を込めるが、何故か立ち上がらない女生徒。その間にも迫り来る白い影。
「無理です…! 足に、力が…!」
恐怖や焦りで足がもつれ、転んだショックで足に力が入らなくなったらしい。
立ち止まった俺達に狙いを定めたのか、先程よりも多い数の「攫う者」が迫ってくる。
置いて行くしかないか?
そんな考えが頭を過ぎる。
トリガー引きっぱなし全方位打ちっ放し。止まっているのでみるみる前の列と離される。これ以上離されたら余計に命の保証はない。
「いや! 置いて行かないで!」
俺の思考を読んだのか、女生徒が足にしがみついてきた。凄い力だ。なのに何故立てないのか。
「シアン! 援護しろ!」
エデルが銃を背に仕舞い、女生徒を抱き上げた。
「きゃ」
「多少乱暴になるが、我慢してくれよ」
こんな状況で女生徒に向かってウィンクできるこいつが素直に凄いと思った。
「分かった! 走れ!」
置き土産とばかりに、頭上に弾を投げる。
「備えろ!」
俺が先頭に立ち、前の隊列を追いかけ始める。エデルとその仲間達もピタリと後を付いてくる。すぐに暴風が吹き荒れ「攫う者」達も体勢を崩し、少しだけ穴が開いた。
前の隊列に追いつくが、未だに森の出口は見えてこない。まずい、このままでは魔力切れの奴が出てくる。そうなると戦線も瓦解する。
「弾を投げる! 備えろ!」
前方に警告。すぐさま腰の弾を取り、頭上に投げた。風で奴等の身動きを封じて、少しでも生き残る確率を上げる。
しかし、俺は風の弾を投げたはずだったのに、出て来たのは暴風ではなく大量の水。
「な、シアン?!」
「え? なんで?!」
俺達は水洗便所よろしく、水に流されていった。
お読みいただきありがとうございます!
今週もなんとか更新出来て胸を撫で下ろしています。
来週はどうなるか…。ふふふのふ。
生き残り(シアン除く)
生徒 男:2 女:6
6位 男:4 女:2
12位 男:4
女性が2人攫われているが、まだ誰なのか確認が取れていない為、次回。