妖の血を引くハンター
じゃじゃじゃじゃん! 新作です!
気配察知で周りの様子を探る。他に危険な生物はいないようだ。
木陰からチラチラと見えるクマのような魔獣。俺は銃を静かに構える。
スコープを覗き、マーカーをセットする。これでもう百発百中。空に向けて打っても絶対に外れることはない。
まったく便利な機能が付いてくれたものである。
静かに引き金を引くと、シュッと空気を掠める音。空中を走る魔力の光の帯。スコープの向こうで四足歩行をしていた「引き裂く者」が、頭に穴を開けドサリと倒れた。
「うし。今回はこれくらいにしとくかな~」
隠れていた木陰から身を出し、う~んと伸びをする。こんな所でこんな緊張感の抜けたことをしていたら、誰かがいたら「油断しすぎだ!」と怒られたかも知れないが、俺は単独行動をしているのでその心配は無い。
もちろんだが気配察知は切らず、のこのこと「切り裂く者」の所へと歩いて行く。そして腰に付いている次元収納バッグを翳してクマのような魔獣「切り裂く者」に触れた。
「収納」
あっという間にバッグに吸い込まれる。
次元収納バッグとは、小さいのに広い体育館ほどの物を入れられるという便利バッグだ。
「食料もそろそろ乏しいし、帰るか」
まあ食料がなくなってもこっそりホームには帰れるのだけど。それは言わないお約束。
一応形ばかりに長銃を肩に掛け、俺は俺だけが使える裏道に入り込む。俺、シアン・クーパーがハンターという危険な職業に就いているくせに、単独行動しているのはこれが原因でもある。
俺が裏道と呼んでいるこの道は、古くは妖怪と呼ばれる者達が使っていた通常空間とは違う場所を通る道なのだそうだ。
何故こんな道を使えるのかって?
そりゃ、俺がその妖怪と呼ばれる者の血を継いでいるからに決まってるっしょ。
今から遙か昔。それこそ2千年を超える前の話。趨勢を極めた人類はとうとう核戦争を始めてしまったのだそうな。
その核の力が色々合わさって、奇跡的に空間に穴を開けることに成功。いや、成功というか偶然開いてしまったのだ。むしろ失敗と言うべきかも知れない。
その穴から魔素、魔物と呼ばれるもの達がこの世界に入って来たのだ。
魔物は元からいた生物達を食い殺し、それぞれに繁殖し進化した。そして世界中にちらばり、もちろんだが人類もその標的となった。
人類の中には魔素に適合し、魔法を使える者が出現。その力を使って魔物を撃退することに成功した。その後は一進一退。人類の中でも魔法を使える者は一握り。それまで使っていた武器などは悉く魔物には通用せず、魔法頼みの戦闘となる。
あ、もちろんだが戦争は有耶無耶になったらしい。
戦争どころではなく生存するのに必死になった人類は、魔道銃を開発。魔力を込めれば誰でも使えるという武器が現われた。だがしかし、魔力を持つ者は限られる。なので微妙な所だったそうな。
その技術を活かし、人類は安心して暮らせるホームと呼ばれる場所を作った。高い壁に覆われ、多重の結界を張って魔物が入って来られないようにした街。各地にホームは作られ、生き残った人類はそこへ逃げ込んだのだった。
そして魔力量の多い者、中級程度の者は、納税の代わりに毎日魔力を提供し、納力した分だけそれが賃金として変換されるので、魔力量が多い者程働かずとも生きていけるようになった。それ以下または無い者達は、肉体や頭脳労働するという制度が出来ていった。
そしてある時、増えすぎた魔物によって1つのホームが壊滅。以降魔力量の多い者は月に1度、最低3日間(ノルマ有)のハンターの仕事をすることが課せられるようになった。
そして、それだけの期間では物足りぬ者達が、専門ハンターとなって活躍するようになった。
で、それが俺の仕事でもある。
ハンターの仕事は危険がいっぱいだ。なので普通はパーティーを組む。しかし俺は前に話した理由から、単独でハンターをしている。
そう、妖と呼ばれる者の血を引いているからだ。
裏道を通ると通常よりも早くホームに近い場所に着く。うん、便利。そして門へと近づいて行く。
門の横に付いているセンサーに、左手を翳す。俺の手首辺りには個人を識別するチップが埋め込まれているのだ。
「お帰りなさいませ、クーパー様」
機械的な声がして、門の一部が人が通れるくらいに開いた。変な者が入って来られないように、あまり大きく開かないようになっている。緊急時や大きな獲物などを獲ってきた時などはもっと大きく開くそうだ。俺の母親が若い頃ビックリするくらい狩ってきて、この門を大きく開かせたことがあるらしいが…。
門は入るとすぐに閉じられる。一定の間隔で分厚い扉が俺の進行速度に合わせて開いたり閉まったりする。これも魔物対策らしい。50mほど進むとやっと終わりの扉が見える。今までの物よりごつく見えるその扉。それが良いタイミングで開き、俺は悠々とそこを潜り抜けた。ちょっと広い広間に出て、正面に見える扉へとは向かわず、部屋の真ん中辺りで足を止める。すると俺を識別する光が足元に灯った後、床が円形状に抜けて下へと降りて行く。
「お帰りなさいませ、クーパー様」
受付の向こうで赤茶けた髪を1つに結んだ可愛い子がお辞儀をする。
「ただ今~、ヒュルリィちゃん」
「ちゃん付けはやめて下さいませ」
ちょっと顔を赤くするヒュルリィちゃん。何気にお気に入り。降りた床から俺が降りると、また床は自動で上に上がっていく。ここはハンターの受付の場所であるが、時間が中途半端なのか、あまり人がいない。裏道を使って帰って来たからな。普通なら1日以上かけて来る行程を1時間程で来たからな。大体午後3時くらいか?
「今回の狩りも成功ですか?」
「うん。大漁大漁♪」
そう言ってバッグをポンと叩いた。
「さすがですね。では早速こちらへ」
と、移動し始める。俺はその後へと付いて行く。
少し奥まった所までやって来ると、
「では、こちらへ」
「うん」
壁に付いているセンサーにやはり左手を翳すと、ぱかっと大型のダストシュートが現われる。もちろん、獲ってきた魔物を入れる所だ。
「今回は何か希少なものはございますか?」
「ん~特にないな。いつもの感じだよ」
そう言いながらバッグを開けてダストシュートに向ける。
「取り出し、魔物」
獲ってきた魔物を思い浮かべて手を突っ込むと、固い毛の感触。まずは「切り裂く者」から。その他にも蛇のような「巻き付く者」、大型の猛禽類のような「掠め取る者」など、色々な魔物を思い浮かべて手を突っ込み、次々とダストシュートへ放り込む。そう、このバッグ、何を入れたか忘れると永遠に取り出せなくなってしまうので要注意である。ちなみにチップにはメモ機能も付いているので、数が多い時はそれを活用することもある。
使い方は簡単、左手首を右手の指で2度叩くと画面が現われる。そこからタップして機能を選んで行けばいいのだ。なんと便利。もちろん時計も付いてるよ。
「こんなものかな?」
20体ほどの魔物を放り込んで、バッグを閉めた。もちろんだが時間停止機能も付いているので獲物は新鮮なままである。
ダストシュートに入れられた魔物達は、珍しい部位などを取り除いた後は磨り潰して魔力を取り出し、この街を運営する力となるのである。あ、一部食肉になることもあるそうな。
「さすがですね」
ヒュルリィちゃんがダストシュートのセンサーに左手を翳すと、穴が閉じられた。一応不正などがないように職員が立って見張り、終わりを確認するのが仕事なのだそうだ。たまに人の手柄を横取りする不貞な輩がいたりするらしい。俺一人だからあまり意味ないけど。
また受付に戻り、今回の狩りの成果を確認する。
「う~ん、順位に変動はなさそうですね~」
「そっか~」
ちょっとがっかり。まあいいけどね。
専門ハンターになっている者はそこそこいる。その中でも俺は単独でありながら10位以内をキープしている。凄いのよ。今は8位。7位パーティーにそろそろ追いついてもいいと思うのだけど、7位パーティーは6人パーティーだから、それこそ1回の持って帰ってくる魔物の数や量が半端ないんだよね。
「でも単独でこれだけの順位にいるって、凄いと思いますよ!」
「ありがと、ヒュルリィちゃん」
「だからちゃん付けは…」
その照れる顔が見たくってね。
その後は簡単な身体検査などを済ませて、ロッカールームへと向かう。そこでシャワーを堪能した後、普段着に着替える。服は留守の間にクリーニングされているので綺麗なまま。下着から何から一通り着替える。着ていたハンター専用スーツはクリーニング用ダストシュートへポイ。これで次回出掛けるまでにクリーニングや修復が成され、俺のロッカーに準備されるのだ。最後に認識を阻害させるサングラスを付けて準備万端。俺はロッカールームを出てヒュルリィちゃんに手を振ると、転送ゲートへと向かう。東地区方面へ行けるゲートに乗ると、足元が光り始める。
「転送、イースタンロッド」
行き先を口にすると、一瞬にして違う場所へと飛ばされた。
そこはそこそこ人がいる広間で、あちこちの転送ゲートから人が現われていた。ここは帰還用のゲートなのだ。
階段を降りると出発用ゲートの周りにも人がたむろっていた。
建物から出て、タクシーを捕まえる。もちろんだが自動運転である。
「セントラル通りのBまで」
「かしこまりました」
男性の声で案内の音声が流れ、タクシーが走り始める。もちろんだが俺は専門ハンターであり、高量納力者なのでVIP扱いである。
街の様子は相も変わらず。俺のような高量納力者は普通は遊んで暮らすものなのだが。
「俺が変わってるのかな…」
窓の外を眺めつつ、つい呟いてしまう。
友人にも「変わり者」とお墨付きを頂いているが…。
まあ、戦い好きなのは母親の影響もあるのかもしれない。
指定の場所でタクシーが止まり、降りる。目の前の高い建物に入り、エレベーターに乗った。
「31階」
階数を言うと、静かにエレベーターが動き出す。そして31階で止まり、降りた。すぐ目の前が家の玄関だ。近づいて左手を掲げると、
「お帰りなさいませ、シアン様」
かしこまった女性の声が聞こえ、扉が開く。中に入ればそこはもう俺の家。ワンフロアが俺の家なのである。VIP様様。
「メールが42件届いております。ダイレクトメールが34件。お母様からが3件。お父様から1件。ご友人から4件。それと動物病院から1件来ております」
「動物病院」
「かしこまりました。内容が「クロちゃんの予防接種の時期となっていますので、お忘れ無く」だそうです」
「あー、予防接種かぁ~」
頭をガシガシと掻く。予防接種、つまり注射だ。
家の中の気配を探る。
「く、隠れてやがる…」
我が家の黒猫、姿を隠すのがとてもお上手なので、隠れられると見付けるのが大変なのだ。
「といっても、最近のお気に入りは…」
寝室にそーっと入っていく。足音はなるべく立てないように。そしてベッドの下を覗き込むと、こちらを見つめる金の瞳と目が合った。
「見付けたぞジジイ!」
「く、この可愛くないのだの!」
黒猫が急いでベッドの下から逃げ出すが、それを予測してこちらも身を翻す。
「とあっ!」
なんとか後ろ足を掴んだ。
「放せ! 放すのだ! 病院なんかいかんのだ!」
「そういうわけにいくか! 予防接種は必須じゃい!」
動物を飼うにはそういう予防接種などは必須。しないと飼育権を取り上げられてしまう。
「よ~し、まだ病院も開いてるし、ついでにこのまま行って来るか~」
「放すのだのーーーー!!」
そのまま無理矢理キャリーに押し込み、帰って来て早々、俺は動物病院へと出掛けるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
5月26日は何かを始めるのに持ってこいの日だとありましたので、
「じゃあちょっとまだ漠然とだけど」
と前から考えていたお話を書き始めてみた次第であります。
「異世界は黒猫と共に」
をお読みいただいた方はきっとニヤリとしている事でしょう。
この続きは、気長にお待ち下さい…。