第3章 第8話
ザァァァァァ
ザァァァァァ
と海の波が打ち寄せる音が響く。雲が空を覆い、風は一切吹かず、湿気はかなりあるものの雨は不自然なほどに降っていない。その海の上を一人の少女が駆ける。海水に足を踏み入れているにもかかわらず、”空歩”を使い沈むことなく一直線に、ある存在へと走っていく。ある存在、それは魔王シャネハのことだ。水龍の上に立つ魔王シャネハの姿は相手を萎縮させるような睨みを少女ーー勇者ミーシャに向ける。
そして、海水を使い攻撃をしようとしたところでミーシャは異変に気付く。一切魔法が発動しないということに。そして、刹那の合間生まれた気のそれた瞬間。ミーシャは空を舞っていた。
ミーシャは眼下にうねり、猛っている波を見る。魔王シャネハが魔法で支配した海水は人の腕を30倍の大きさにしたものとなり、ミーシャを殴り飛ばす。腕の後に、肩が、次に頭が、そして反対側の腕が海水から出てくる。胴体が現れ、足を海水の表面につけて立つ。それはゴーレムだった。
「キネハの真似だけど。これって手軽でいいよね」
海水でできたゴーレム。それは10体も現れる。空中で"空歩"を使い海の上に立つ10体のゴーレムをミーシャは見下ろす。見下ろすとも言っても、それはゴーレムの頭よりすこし高い場所にいるだけだ。巨体を誇るゴーレムが腕を振り上げれば簡単に届く高さである。
「なんちゅう大きさや」
ミーシャは”水”勇者である。そして相手は”水”魔王だ。これだけ見れば互角に思えるかもしれない。しかし、片や15年も生きていない勇者。片や1000年を超える時を行きる魔王。歳をとればとるほど魔力は上がり、時間があればあるほど技術を磨く時間を得ていた魔王。生まれて15年、そのうち12年を戦闘訓練に費やしてきた勇者ミーシャと言えども魔力の量は魔王と比べてたかが知れており、技術も数年で魔王と同じ土俵に立てるほどの天才ではない。技術も、魔力も圧倒的なほどの差が有る。
「これが魔王かいな……けどやるしかねぇ。ミーチャ支援頼んだで!」
「うん」
ミーシャは空歩を解除し、重力に逆らうことなく一体のゴーレムに落ちていく。そして細剣を一閃、ゴーレムの頭から胴体を切り裂き、真っ二つに割る。そして、ゴーレムを構成していた大量の水が海に落ちていく。
ザッバーン
という音とともに水柱が上がる。飛び散る水はなぜか魔王と水龍の周りにだけなにかに阻まれたように止まり、海面に落ちていく。海面に着陸したミーシャは目にも留まらぬ速さで魔王の目前に迫る。水龍の首は細剣で馘られ、落ちていく。しかし、水面に頭が付いた途端、頭は弾け、水に戻る。それに気を取られたミーシャを魔王シャネハが”水”魔法で後方の海面に叩きつける。
「一応、水龍もゴーレムにしておいて良かったですね」
魔王シャネハはミーシャに見向きもせずそう呟く。
「アァァァァァ」
飛ばされたミーシャは魔王シャネハから無視されたことに熱り立ち、細剣でまっすぐに魔王シャネハの首を狙う。ミーシャの支援もあり、細剣の威力は魔物の首を刎ねるのに触れるだけで良いと思えるほどの魔素が込められている。そして、その細剣は魔王シャネハの首にあたり、弾かれたようにあらぬ方向に跳ね返り、魔素が霧散する。
「なんで…」
魔王シャネハは絶句するミーシャを強打する。海へ落ちていくミーシャに追い打ちをかけるように、凪いだ海面が一瞬にして荒れる。
「……やはり発動するのに少々手間取りましたね」
都市スクイアの近くの海底はある場所を境にして一気に深くなる。宛ら、海の中にある崖と言えるような場所だ。その深い場所にある海水が都市スクイアに押し寄せていく。まるで津波だ。その波は都市スクイアを完全に海の下へと飲み込んでいく。
破神の加護を受けた魔王シャネハの”破”属性を持つ津波の魔法が都市スクイアの無生物を破壊していく。
都市スクイアは下地となる石に”時間停止”の魔法を刻むことで海に浮かんでいるような形をとっている構造だ。しかし、それも”破”属性でその魔法陣を破壊してしまえば残るのはただの石。簡単に崩壊し、素粒子レベルに分解する。
生き残っているのは人だけ、その人たちも海岸に打ち上げられると、波は何事もなかったように引いていく。もはや都市があったとは誰が見ても信じないような海岸があるばかり。しかし、その海岸に打ち上げられた何百人もの人が何かがあったということを証明している。
魔王シャネハは海岸を一瞥すると、再生させた水龍のゴーレムに乗って海に戻っていった。
= = = = = =
海岸に打ち上げられた人は大抵は気絶をしており、数名起きている人がいるかいないか。そして、その数名起きている中に勇者ミーシャと聖女ミーチャがいる。
「あぁぁ」
呆然と都市スクイアがあった場所を眺め、嘆き呻く。
「……何もできんかった」
呟く言葉に力はなく、あるのは悲しみと自分に対する憤り。
「そ、そんなことないよ」
「簡単にあしらわれて終わったんやで。向こうは本気どころかまともに戦う気すらなかったやんか……」
「そ、それでも死んだ人は少ないよ」
「向こうの温情やろ?」
「そうだけど」
「魔王に温情をかけて貰わなといけんほど僕は弱かったんや。ハハハ、笑ってまうね」
極力、表情を笑顔に努めるようにして話すミーシャ。しかし、その目は虚ろだ。見兼ねたミーチャがミーシャに近寄る。そしてーー
バシッ
ーーミーチャが両手でミーシャの両頬を叩く。
「ミーシャ。気にしても意味ないよ。今は生き残ったことを喜ばないと。そして、いつかあいつを見返せるぐらいに強くなるの」
「そう……やね。そうなんやね」
活気を取り戻したミーシャの目には火が宿り、口元には満面の笑みが戻る。
「向こう、見にいこか」
「だね」
二人は海岸に横たわる人々へ向かっていった。
次話は4月13日(予定)です。




